共有すべきフィクション
アリャ、レクニバイムウ、マタシモスケル!
トシテ、クラタムニスケタイムウ、ムチロンモスケル!
マイジョウム、ニリャタムニヤカセル!
◇
やはりロイジャーはかなり、いや、おそろしく速い……! しかしその速さは気配の動きからしてどうやら直線運動でもっとも本領発揮されるらしい、ジグザグに動くクラタムたちのそれを相手にはいささかてこずっているようだ。
おそらく地の利も彼らに味方しているのだろう。廃墟ならではの壁に空いた穴、これが意表をつく逃げ道になっているんだ。
俺たち、少なくとも俺の足では追いつくことは難しそうだが……どうにも動きに傾向があるな、上方へと向かっているようだ。よし、昇降機を使用して先回りできるかもしれない。
「気配からして上へと向かっているらしい、昇降機を探そう」
「あっ、それなら向こうにありますよお!」
ルナが先導していくが……やはりというか、詳しいな。まあその辺りの事情はいまは聞くまい。
そしてあった、昇降機だ。ドアはほとんどなくなっているものの動きはするらしい。さあ、上へ向かうか!
「オオー!」
動く小部屋と流れる光景にニリャが声を上げる。こうしている様はかわいい女の子だが……。
しかし不思議だ、背丈で見ればアリャより大きいし、肉体年齢は大人なんだろうか? 言葉が拙いのは単純に共通語をよく知らないから? だが、挙動を見るにどうにも幼い印象を受けるし、それはやはり若くして亡くなったから……?
それにクリスタルジオサイトでの戦いで見せたあの強さ、あれは明らかに天才とされるアリャよりはるかに上をいっている。亡くなった時点であれほどの強さがあったのだろうか?
「ニリャ?」
「ニエッ?」
ニリャはすごい速度で振り返る。
「き、君は……アリャの、双子の姉妹?」
「ニエッ?」
「……歳はいくつなんだい?」
「ヌー……」ニリャは首をかしげる「ニリャ、レク、ヤモル。クラタムヨ、ヤモル」
……あまり、この言葉は理解できないみたいだな。でも翻訳機がある。
「元の言葉で話してもわかるよ。セルフィンの言葉」
「ニエッ?」
だめか、そもそも単語の意味が理解できていないらしい。
……まあいい、いまはあれこれ詮索しているときではない、とにかくロイジャーをどうにかしなくては……。
そして最上階についた。通路が左右に伸びている。右へ向かえばたぶん甲板の方へ出るだろう、クラタムたちの気配は左の……やや下方にあり、こちらへ向かってくる形のようだ。どうやら先回りはうまくいったらしい。
……そうか、一か八かでミネルウァの手を借りようとしているのかもしれない。だが現在、甲板にあの巨人はいないはずだ。搭乗者であるシルヴェが降りてパムの聖戦士らしき気配を追っているし、それらしい気配もない。
「よし、彼らは左手の方から来る、待ちかまえよう」
そして通路を左に進むとちょっとした広場に出た、何の部屋かはわからないが、がらんどうとして天井も高い、ところどころで大型の機械が大破して転がっている。広く適度な障害物もあるし、戦いの場にするにはちょうどいいが……ロイジャーの飛行機もまた自由に飛び回れるだろうからな、戦場として選ぶにはかえってよくない……などと考える暇もない、来たな、クラタムとゾシアムだ。彼らは俺たちの姿を見て慌てて立ち止まる。
「お前たち……なぜっ?」
「……いいからさっさと立ち去れ、奴は俺たちがくいとめる」
「クラタムー!」
おっとニリャが近づいていく……が、クラタムは途端に狼狽し、よろよろと後退していく……。
「クラタムー……?」
「先ほどからどうしたっ?」ゾシアムだ「彼女は何者だ? なぜ怯えている?」
「どうして……。まさか、アリャか……」
「そうだ、彼女がお前を助けるために呼び出した」
「し、しかし……知らないはずだ、名前すらも……」
「詳しいことは俺にもわからん」ちっ、ロイジャーが来るな「いいからさっさと行けっ……!」
「くっ……」
「ニリャ、クラタムは後だ、敵をくい止めるぞ!」
「ムゥー……」
そして二人が出て行くと同時に現れた、ロイジャーだ! 室内に入るなり上昇し、上から俺たちを見下ろす……。
「ふっ、いったんは見逃してやったというのに、どうしても先に死にたいらしいな」
……説得は無理だな、奴は任務でここにいる。ニリャがいるとはいえまともにやりあって勝てるのか……って、あれっ? そういやゼラテアいないな! どこにいった?
……まあ仕方ない、こちとらハナから出たとこ勝負さ、やるしかない! 奴の背中より小さな飛行機が四機、飛び立った!
「突撃、最前線! はい、レポーターのルナでーす! なな、なんと! 戦艦墓場内部にて戦闘が発生しました! 見てください、彼は……えーと、手元の資料によりますとロイジャー・メック氏のようですね、思想救済連盟の守護者たるストームメンに所属している凄腕の兵士です!」
なんかルナが横で番組を始めやがった! つーかいつの間にか変な機械が彼女の前に浮いているし……あれはカメラなのか?
いや、それよりこっちだ、飛行機が高速で旋回し始めた……!
「Kill Kill GO!」
……そして攻撃がくるっ!
「はいっ、ロイジャー氏と戦いを繰り広げているのは冒険者であるレクテリオル・ローミューン氏です! おおっと、ロイジャー氏が放ったMDFの猛攻をかわし続ける体さばきは見事の一言! さてここでルナクーイズ、MDFとはいったい何の略称でしょーお?」
……ずいぶんと暢気じゃねーか! こちとら殺されそうになっているってのによ……!
「はい時間切れでーす! 展開が速いので受付時間も短いのです! 答えはマイクロドローンファイターでした! もっとも早く正解できた上位五名へ送るプレゼントは発送をもって返させていただきまーす!」
……ちっ、頭上を飛び回られるせいで照準が合わないな! しかしニリャの放つ矢が奴を追尾しており、先ほどから多少の隙が窺える、そこを突けるか……?
「はい? ええ、なるほどぉー、たしかにそおですよね! それではインタビユーをしてみたいと思いまーす!」
なんだっ? ルナが普通に戦いの渦中へと入ってきたっ!
「あのあの、みなさんはどおして戦っていらっしゃるのですかっ?」
ロイジャーの攻撃が止んだ、そしてニリャの攻撃を避けつつ……何だ? 口が動いている、通信しているのか? なるほど、この状況をどうするのか上に伺い立てているのだろう。
「……待て! 番組へ向かって発言する機会をもらいたい!」
「ニェー!」
しかしニリャは攻撃の手を緩めない。そりゃそうだ、だってあまり言葉が通じないんだもん。
「おいっ、こいつをどうにかしろ!」
そっちの都合で中断されても……といいたいところだが、このまま戦い続けても面白くないのはこちらも同じ、か……。
「ニリャ! いったん中止だ!」
「ニェッ?」
「攻撃、するな!」
……言葉が通じたのか、手でバツ印をつくったからか、とにかくニリャは攻撃を止めた。そしてポツーンと立ったまま、こちらを見つめている……。
ややしてロイジャーが降下し、ルナのところへ向かった……。
「説明させていただこう」奴はひとつ、咳払いをする「……先日より、この戦艦内部にメアス協定関係における反抗因子の存在が確認され、我々はそれの排除任務を任されている」
「そおなのですか? でわ、あのローミューン氏もまたその反抗因子なのでしょうか?」
「正確には、彼はその関係者であり……」
あっ、これはヤバい気がする……! 奴にベラベラと変な憶測を並べられると俺たちが悪者になってしまうかもしれん……!
「たしかにそうだが! 排除そのものには反対していない。単に、生命を脅かす行為を認めていないだけだ!」
「そおなんですかぁ? でもそれってどこか矛盾に近いニュアンスを秘めていませんかぁ?」
なに……? どういう意味だ……?
というか、反抗因子ってなんだ? そんな表現、これまでにあったか? 奴特有の言い回しか、それとも……?
「言葉のニュアンスはともかく」ロイジャーだ「少なくとも、私の任務に邪魔立てする権利はない」
「なるほどお、つまり、排除に対するニュアンスの違いで衝突をしていたわけですね!」
ニュアンスか……。いや、確かにそうなんだが、何か違和感があるな……? 矛盾に近いってなんだ? ここでの排除は殺すの意味合いが強い? 俺は何かトンチンカンなことをいっている?
いや、待てよ、まさかっ……!
「……確認したいんだけれど、ええっと、これって番組なんだよね?」
「もちろんですよお! 突撃、最前線! 戦艦墓場スペシャルでーす! あ、生放送なので禁止ワードには気をつけてくださいね」
生放送……? とにかく誰かが観ているってわけだな。
「あのあの、ローミューン氏にお伺いしたいのですけど、どおしてただの知人のためにそこまで頑張っているんですかぁ?」
お前……それを聞くか?
「……ええっと、その知人はですね、親しい友人のご家族なのです。つまり知人本人に固執しているわけではなく、あくまで友人のために自分はここにいるんですね」
「しかし」ロイジャーだ「この作戦に参加した以上、排除行為に尽力すべきなのでは? なるほど、なるべく実力行使に出たくないという感情は理解できるが、先も述べた通り、私の邪魔をしていい理由にはならない。わかるかね、無事なまま捕縛したいという君の希望と、私の邪魔をしていいという判断は決してイコールではないのだ」
いや、たしかにまあ、そうなるかもしれんが……。
とはいえ、物は言いようって話なら、こっちにもふさわしい表現があるんだぜ……!
「……いえ、たまたま邪魔になっただけなのでは? 少なくとも自分はあなたを攻撃していませんし……」
正確には狙いが定まらなかっただけだが……。
この返答が意表を突いたのか、ロイジャーはふと黙した。正確には装置のあった部屋で彼の飛行機を撃墜したが、少なくとも奴自身を攻撃はしていないのでその点は誤射で押し通してやる。
「しかし、君のお仲間は私に攻撃を加えたが……」
「あなたの攻撃に反応したのでしょう」
ロイジャーは考え込む……。意外と筋が通っていたのか?
「そもそもぉ、ローミューン氏がこの作戦に参加した経緯とはどのようなものなんですかぁ? 一介の冒険者ということは協定と直接的な関係はないということになりますよね?」
うーむ……義理こそないが、ゼ・フォーの名を出すのは一応、控えておくか……。
「……いえ、そもそもの話をするなら、この作戦とやらが今日ここで行われていたのは偶然でして……。ええっと、自分はミネルウァ? とかいう巨人の搭乗者に呼ばれてここにへ来たのです」
「そおなんですかぁ?」
「その人物はこれらの戦艦の所有権を主張しています。その絡みで、協定に関する勢力より説得を依頼された形になっているのですね。そしてそうなると、必然的にこの戦艦へと足を踏み入れることになってしまう。ならばいっそ、作戦の参加者として認知した方がいいと判断したのだろうと思います。少なくとも排除的な行動を取るよう縛ることができますからね」
「なるほどぉー? ということはそもそも別件でここへ呼ばれたと」
「具体的な経緯としてはそうですね」
というかルナ、つまりはお前の立ち位置なんだよ、あのお偉いさん方が嫌ったのは。もちろんお前ほど強力なものではないかもしれないが、俺はミネルウァことシルヴェが呼びつけたいわば客なんだ。いまにして思えば、ゼ・フォーの後押しなんか関係がないと思う。巨人の客である俺に好き放題振舞われたくなかったからこそ、あえて作戦に参加させて俺の行動力を縛った、いわば心理的盲点をついたやり口だったに違いない……。
……なぜそう断言できるか? 答えはこのカメラにある……!
「なるほどぉ! それで立場の差異が生まれ、ひいては目標の対処法においても対立が生まれて、ついに武力衝突が勃発したということですね!」
「とはいえ、自分はあれです、なるべくメック氏とも戦いたくありません。とにかく血を流したくない。しかし先ほどより殺意にまみれた小型の飛行機が……」
「戦闘機ですね。MDFです」
「戦闘機、エムディー……? まあそれがですね、自分の命を狙ってくるのですね」
どうだ? 平和的解決を望む俺を殺そうと動くお前の構図だ、一般的に心象は俺の方に傾くはず……。ロイジャーはやや離れ、また通信をし始めたが……すぐに戻ってくる。
「いささか誤解があったようだ」
……誤解?
「ローミューン氏は私が攻撃をしかけたと発言しているが、実際には威嚇射撃をしていただけだ。彼がいまだ存命しているのがその証拠といえるだろう」
なにぃ……? 嘘つけこの野郎、めちゃくちゃ殺そうと狙ってきていたじゃねーか……!
「いえ、自分は普通にかわせていたので……」
「それは本当かな? とても重大な発言をしていると承知の上なのだろうか。当然ながら、威嚇射撃と実際的な攻撃にはその意味合いに天地ほどの差がある。そしてこれは私の、ひいてはストームメンの信用問題にも関わることだ。それゆえに確認をしたい。かわせるという君の主張は、いまこの場で実証できることなのかな?」
こっ……これはヤバくないか? これだと正当な理由で俺を攻撃できることになる。しかし、俺は自身の主張をここで証明しなくてはならない……!
……いや、やるしかない。さっきもかわせたんだ、やれるはずだ……!
「当然……できますけれど……?」
「自身の生命がかかっていることを理解できているのかな?」
「……もちろん」
「言質をとった。ではこれより実戦的な射撃行為に移る」
「でわでわ、そおですね、実証に必要な時間は五分とします!」
そしてっ……ロイジャーからさらに六機ほどの戦闘機が飛び出したっ……? うおおおマジかよ、さっきとはぜんぜん数が違うじゃねーかっ……! ふざけんなよこいつ……!
「はいっ、戦闘が再開した模様です! おおっとかわすかわす、ローミューン氏、殺意の羽根が撒き散らす銃弾を見事にかわしています! なるほど、すばらしい回避ですねー!」
「ニァー!」
うおっとニリャが動き出した、そりゃ当然か!
「待てニリャ! 手を出すなっ!」
ニリャはやはり状況がつかめていないらしい、俺を守ろうとこっちにくる!
くそっ、その行動自体はありがたいんだが、いまはちょっとダメ! おかしなことだが俺は彼女から逃げないとならない!
「ニェッ? レク、マンデニゴルッ?」
いやあ、俺にもよくわからんのだがねっ?
「とにかくこっちへ来るな、巻き込まれるだろう!」
手を突き出して止まれのジェスチャーをすると、彼女なりに察したようだがそれでも追ってはくるので逃げつつ……って、銃弾がかすった! くそっ、一瞬の仕草すらも命取りになりかねん……!
「すごいすごい! ご覧ください、本当に当たっていません! 正確には多少かすっているとも思いますが、直撃はしていない模様です! これはどうでしょう、ローミューン氏の主張が正しいと思いますが? 残り三分です!」
「GO! Kill Kill GO!」
さっ、さらに戦闘機が増えたっ? マジかよこいつっ、いくら先が読めるっていっても体が追いつかんぞっ……? だがニリャに頼っては証明できないし……!
「さらにMDFが増えました、総数十六機にものぼります! しかし有言実行、かわしていますかわしています、めまぐるしく飛び回り、射撃を繰り返す不吉な鳥の猛攻を紙一重でかわしています! これは余裕のあらわれでしょうかっ?」
単にギリギリなだけだよっ……!
「まだかわします、まだまだかわしています、飛び跳ね転がり、迫りくる光弾の雨をかいくぐっています! あと二分です!」
まだそんなにあるのかよ!
「やはり五分は長かったでしょうか? 四方八方より迫りくる光弾が標的を外し、代わりに廃墟をより廃墟らしくさせています! しかしローミュン氏、身軽です! なんと飽きのこないダンスなのでしょう! 殺意とのデュエットです!」
まだかよ、いつまでもかわしてなんかいられないぞっ!
「さあ、あと一分! MDFの動きがさらに激しくなっていきまーす!」
あともう少し、死ぬ気でかわせっ……!
「光弾の旋風が床を粉砕し、塵が舞って状況がつかみがたくなっています! ですが、攻撃が終わっていないところを見るに、まだまだかわし続けているのでしょう! さてさてあと十秒……!」
あと、もう少しだっ……! 九、八……!
「七、六……五四さんにーいち……はぁーい、ストップ! 実証時間はそれまででーす!」
よし終わった……って、まだ撃ってきているっ? おいおい終わっただろうがっ……!
「あのあの! とっくに五分経っているのですがぁー?」
……くっ、ようやく射撃が収まって……きたか? あの野郎、しつこく撃ってきやがって……!
だがようやく終わった、というか疲れた……!
「ニェー!」
うおっ? なんかニリャが体当たりというか抱きついてきたっ!
「レク、マンデニゴルッ?」
……マンデニゴル? なんで逃げる、か?
「いや、それは……」
「クラタム、ニゴル! レク、ニゴル! ニリャマ、ムタリ、モスケル!」
ああ、助けようとしているのになんで逃げるのかって怒ってるんだな……。
「いや、ちょっと待て、そうじゃないんだ……」
「ニァアアー!」
そして首を絞められる……! いやいや必要なことだったんだって……!
……だが、これでかなり優勢な立場になったはずだ。命をかけてまで得るべきものなのかはわからないが……。
しかし、奴らの欺瞞を食い破る一手としては強力なもののはずだ。これとあのカメラで、奴らに植えつけられた心理的盲点の証拠を暴いてやる!
そう、そもそも撮影できていることが奇妙なんだ。ルナは俺とロイジャーにそれぞれの立場を尋ねた。ということは、この番組を観ている視聴者が相応に無知であることを意味している。
そして無知ならばここの関係者ではないということでもある。しかしここで矛盾が生じる。どうして機密の場所を無関係な者たちに観せることが可能なのか?
ルナがパムだから自由にさせている? なるほど彼女に触れられないという話はわかる。しかし、カメラの持ち込みまで許容されるのはさすがにおかしくないか? その辺の文化には詳しくないが、自分の家を勝手に撮影されて嬉しいなんて心理は滅多にないだろう。おそらく非難の対象となる行為のはずだ。
……これらの事実を踏まえればおのずと答えは導き出せる。なんてことはない、この戦艦墓場は誰のものでもないんだ。勝手に領有権を主張し始めたといっていたアロダルの発言とも繋がるし……いや、それすらも怪しいのかもしれない。ここまでパムに気を遣っているのに、広く権利を主張するなんてことができるのだろうか?
ロイジャーの主張もおかしかった。反抗因子とは何だ? クラタムたちに被せた汚名は侵入者だっただろうに。
つまり、カメラに向かってここが我々の土地であるとはいえないんだ。それはあくまで奴らだけの認識、そしてさも周知であるかのように無知な俺へと植えつけた価値観だ。そう、俺は、俺たちは無知であることがむしろ必要だった……! レオニスの野郎め!
面と向かってシルヴェに主張を叩きつけられないのはそもそもそんな権利がないからだ。それはシルヴェも同様だろうが、だからこそ保有する戦力の差がものをいう。
「……俺は無知ゆえに確認したいことがある」
「はい、なんでしょお?」
「反抗因子とは何だ? 俺は侵入者と聞いたが。つまり、ここから追い出せという意味合いでの排除を頼まれた。だから俺は生かしたままそれを行おうとし、殺そうとまでする彼を止めようとした」
「ええっとお……」
「単刀直入に聞こう、この戦艦墓場の所有者は誰なんだ? カメラで撮影しているということは許可をとったのか? それとも最初からそんな必要はなかったのか?」
「そおですねぇ……」ルナはわざとらしく思い出すふりをする「ここは有地関係の場所ではなかったと思いますけどぉ?」
やはり……! ルナが特権的に過ぎるというより、奴らに正当性がないんだ。……ロイジャーがまとう空気が変わる。
「どうにも、この問題の核心はある装置にあるようだが、それの所有権はどこにある? そのメアス協定とやらに参加している勢力はそれを証明できるのか? できないのならば俺を攻撃したことに対する根拠も希薄といわざるを得まい」
空気が、はりつめる……!
「なにが不可侵領域だ、実際はそんなものないんだろう。ここは誰のものでもない。あの装置だってそうさ、いいや、パムのものだったか?」
「えっとお……反響がものすごいですね、とても目が追いつきませんー」
やはりな、なにが排除要員の選抜だ、誰も排除されるいわれはないし、義務もない。あの装置だってせいぜいがパムのもの、奴らが奪取する権利などない。
とどのつまり、そうしたいからそうしているという獣の理屈、根元はつまりそれではないか。そういう意味ではこの地らしい感性だが、あれこれ屁理屈を並べて俺たちを騙そうとしたことは欺瞞的だぜ!
「ハナからここはなんでもありの世界だろうが、俺は知り合いを助ける、お前は殺す、そしてここで衝突している。それだけだろ」
ロイジャーのこわばっていた表情が、笑みに変わる……!
「このストームメンを前にそんな口を叩くとは。そしてその発言の危険性をよく認識すべきだな」
「悪いが、あんたたちのこともよく知らないな」
「我々は思想者救済連盟における実働部隊だ。君のいう、なんでもありの世界において、理解なき腕力より人間的思想を守護する役割をもつ。言い換えれば、我々は思想を持たない。ただのパワーなんだよ。それゆえにストームメン同士で戦うこともあるほどだ」
「つまりは傭兵だろ」
「いいや、兵器だ。そしてよく聞くがいい、お前は我々に騙されたと思っているようだが、そのフィクションこそがお前の命綱でもあったのだよ。この獣と機械の世界において、人間らしい機敏の上に演じることは決して無意味なことではない。だがいいだろう、先に人の皮を剥いだのはお前の方だ」
「なにを……! とっくに殺そうとしていただろうが!」
「攻撃を当てようとはしていたが、殺す気は本当になかったのさ。だが茶番は終わりだな」
そしてロイジャーは明確にその言葉を発した。
「こちらストーム6、ノンフィクションコードに該当する語句を確認。これより第二目標の強制排除を実行する」
……くるっ! 飛び退いてかわすと奴の手から光る剣がっ……!
「ニリャ、広い場所は不利だ! 通路へ行くぞ!」
そして駆け出すが、奴の戦闘機が先回りをする!
「Kill GO!」
そして銃撃してくるっ!
「ニェエー!」
しかしニリャが一瞬早く剣の軌跡による盾で弾いたっ! だが小型のやつは縦横無尽に駆け回り、こちらを狙ってくる……! 先んじて通路に入ればそのトリッキーな動きも制限されるだろうが、そこまで行けるかっ……?
「やるな、ではこれでどうだ?」
ロイジャーは腰より、大型の銃器を取り出したぞ……!
「散れっ!」
「ニェエエッ!」
ニリャは剣を手先で回転させる! そして奴の銃から連射されるでかい光弾を……多層に構築した軌跡の盾でなんとか耐えている……!
「ほう、だがいつまでもつかな?」
よし、なんとか通路に入ることができた、しかし今度は純粋な火力と防御の問題になってくるだろう、ニリャは盾の形成で忙しいようだ、となると攻撃は俺の役割だが、バスターが通じるかっ?
とにかくやるしかない、動きを先読みしろ!
「くらえぇえええいっ!」
撃った、当たる! しかし奴は小さいが盾状になっている左腕で防御しやがった……! 多少はめり込んだらしいが、やはり貫通まではしていないっ! こうなってくると手立てがないぞ、もっと強力な武器がいる、俺にも攻撃の伝播が使えれば……!
「ニァアアアー!」
ニリャは飛び跳ね、縦横無尽に壁を駆け回って矢を構えるが……なんだっ?
「はははっ、砕け散れ!」
ロイジャーが光をまとって……せ、戦闘機に変形? そして奴の周囲に小型のそれもが集まっている、まさか、あのまま突撃してくるのかっ……!
「ニリャ! 突っ込んでくるぞ、かわせっ!」
「ニエエッ?」
慌てて伏せる、頭上をでかいものが通っていった……瞬間、猛烈な衝撃波で吹っ飛ばされるっ……!
体が宙に浮き……まるで落下するように通路が流れていく、吹っ飛ばされている……が、これで終わりではない、小型戦闘機が追撃してくるっ……! かわそうにも手足が接地していない、となると身を守る手立ては……撃たれる前に撃ち落とすしかないっ!
集中しろ、やらねばここで死ぬぞっ……!
「うおおおおおォオオオオッ!」
死線を越え、戦闘機の動きよ、視えろっ!
時間がゆっくりと動く……輝く鳥が複数飛び立つ……狙うはそこか! アサルトを連射する、ここで全弾撃ち切ったっていい……! だが戦闘機も射撃してきている、その光弾は小さい、急所に当たらなければ……たぶん、きっと大丈夫……!
アサルトの弾がまるで蛇のように連なり……当たるぞ、戦闘機たちを撃墜していく……が、敵の光弾もこちらに飛んでくる!
くそっ……! 防御しないと……!
光弾が腕に着弾、かなりの威力を予感する……! そして時間が徐々に加速していく、戻っていく、爆走し、爆風となり光が弾け、全身を叩いて、壁が、床が迫りくるっ……! 四方八方よりめちゃくちゃにぶん殴られたような衝撃と痛みが襲いかかってくるっ……!
……そして、気づくと床に寝転んでいる……。 くそ……頭がぐらぐらする、全身が痛え……! だが、嘆いている場合ではない、光弾を防御した左腕は……まだある。だが、痺れてまったく動かない……! 他の手足も……だめだ、動けない……なんていっている場合ではない……! 戦いはまだ終わっていない、根性出せこの野郎っ……!
「レクッ!」
視界がぐらつく、ニリャか、だが、右腕がない……! もっていかれたか……!
「ニェエエエエ……!」
いや、徐々に再生していく……? さすがアイテールでできているだけあるな……!
そして奴は、いない……? すさまじい速度だったし、かなり向こうまでぶっ飛んでいったのか……? ニリャに助け起こされ、立ち上がる……。
たった一撃で満身創痍だ、これからどうする……って、考える間もなく、奴が廊下の向こうより現れた……!
「レク、ミタネツケタ、ムルサン! ムチナメス!」
だがまだ右腕は再生しきっていない……って、これは! 以前にアリャが見せた、足で射るやり方! そしてニリャが矢を射った……が? なんか……すっごい遅い、普通ではあり得ないくらい遅い……。
ロイジャーも挙動から不審に思っているのがわかる、それでも奴は迎撃しようと矢に向けて銃撃するが、光弾が矢の周囲を巡り始めた……?
向こうも理解不能らしく幾度も撃つがすべて吸収される、小型の戦闘機をも向かわせたが、これも巻き込まれる、そしてどんどんエネルギーが溜まっている……?
「ウェー!」
そしてニリャが後ろから矢を射った……その瞬間、ものすごくデカい光弾となってロイジャーへと向かう!
「うおおおおっ……?」
敵の攻撃を利用したのか! 奴は光弾に巻き込まれ、甲板の方へと吹っ飛んでいった……!
「やった、か……! よし、追うぞ……!」
足元がふらつくがそんなことをいっている場合ではない、奴の気配は甲板の方よりまだ感じる。それに気配はまだ強い、あれでまだ倒れないのか、強いのは承知していたが、これほどとは……。
そしてニリャに肩を借りつつ甲板へと向かうと……やはりというかミネルウァの姿がない、そして……いや、なんだっ? この大量の気配はっ?
ロイジャーが小さく見える、甲板の端に、下を覗き込んでいる? いや待て、隣の戦艦に……白い人影がちらほら見える、あれは……まさかコマンドメンツかっ? 馬鹿な、なぜ奴らがここに……って、なんだ? いつの間にか光る鳥が体に張りついている……これはエリの鳥……!
『レクさんっ? エリヴェトラです、無事ですか!』
おおっとまさかのエリからの通信!
「ああ、無事には無事だ」
『よかった! ですが状況はより緊迫しています、ゼロ・コマンドメンツが強襲してきました! それに、突如として動物たちも乱入を……!」
「ああっ……奴らの姿はこちらも確認した!」
『すぐに戻ってください、この場を離れるそうです!』
「まだだ、まだクラタムらを見つけていない! 俺のことはいい、先に行っていてくれ!」
『そんな……!』
下方から叫び声が聞こえる、見るとやはり大量のコマンドメンツだ、戦闘になっている、お偉い方も囲まれて危険な状況らしい……! そして外壁を駆け上がってくる姿、あれはレキサルか! 彼は身軽にこちらへと着地した。
「強襲だ、すぐにここを出よう!」
「待て! クラタムは……」
というかニリャがロイジャーの方へ突撃していく!
「おいおい待てってニリャ!」
「ニリャだって?」レキサルはニリャの背中を見た「あれがアリャの具象魔術……?」
「というかこれはどういうことだ、みんなは無事なんだよなっ?」
「ああ、ゼ・フォー氏のギャロップに乗り、撤退しようとしているところ……待て、あれは何だっ?」
レキサルの視線を追うと、遠目に見える奴らが何かを……って、まさか戦艦の大砲だと? 動いている、まさかこっちを撃つつもりかっ……!
「まずい、ここを離れなければ!」
「くそっ、ニリャアーッ! 戻ってこい!」
ニリャは足を止め「ニエッ?」
「砲撃される! 辺り一面、吹っ飛ぶぞ!」
ニリャは俺が指差した方を見やり、
「ニェエエー!」
そのとき彼女は胸に手を突っ込んでナイフを取り出したっ? そして……こちらへ向けて射った! ものすごい速さだ、甲板への出入り口付近に突き刺さる! おそらく走っては間に合わないと見て核となるナイフを逃したんだろう! ニリャの姿は砂のように崩れて消え去った……。
「急ごう、奴らは我々を狙っている!」
ちくしょう、馬鹿かあいつら、人に向けて大砲撃つんじゃねぇーよ! ニリャのナイフを回収し、急いでこの場を離れ……甲板から出た瞬間、背後が猛烈な輝きに包まれたぁっ!
「マジで撃ちやがったっ、あのクソ野郎ども……!」
猛烈な熱波が背後に、振り返ると草原のような甲板が……燃えて、爛れている……! あれではさしもののロイジャーも助かるまい……って、いつの間にかクラタムの姿がある……!
「……奴は、死んだのか?」
「さあな、だがおそらく……」
「……ニリャタムは?」
「いったんは、消えたが……」
「そうか」
そしてクラタムとゾシアムは甲板の方へと歩いていく。
「……待て、これがお前たちの奥の手か? 奴らと手を組んだのかっ……?」
クラタムは答えない。俺たちも彼らを追い、甲板へ……。
熱気の中、立っている二人の姿がある……。
「もういいだろう、里へ帰れ。もはやここにいる意味などあるまい」
クラタムは、振り返る。
「……ニリャタムは、どうやって呼び寄せた?」
「アリャが……遠隔で出現させたんだ」
「いくらアリャとはいえ、あの齢で何もない状態から呼び出せるほどの実力があるわけもない。核となるものがあるはずだ」
「ああ……まあ、預かっている」
「短剣か?」
「そう……だが」
熱気の中の、沈黙……。
「それを渡せ」
「……どうしてだ? ニリャに会いたいのか?」
「いいから渡せ」
「彼女は、お前に会いたがっていた。お前を助けるために頑張っていたのに、どうして逃げる?」
「俺を……?」
クラタムの瞳は……暗い、まるで闇のように……。
「そんなことはあり得ない……」
「なに? なぜそんな話になる。助けるのは当たり前だろう、なぜなら……」
「黙れっ……!」
クラタムは手を伸ばす。
「黙って、渡せっ! さもなくば、ここで殺す……!」
何なんだ、この反応は……?
まさか……。いや、まさかな……。
「……待て、こんなことをしている場合か、混乱しているいまならここを脱出することは容易なはずだ、さっさと里へ帰れ!」
「駄目だ、我々にはまだすることがある」
「クラタム……」ゾシアムだ「本当に、奴らの……」
「ああ、それしかない」
いったい何を考えている? まだここにいる意味などあるのか?
……だがまあいいさ、力づくでアリャの元へ戻してやる!