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WRECKTHERION(仮題)  作者: montana
116/149

戦艦墓場

 巨人の眠る地ではありとあらゆるものが与えられるというが、その巨人たちが起きて私たちの頭上に居座っているというのに、現状ではなんにも与えられていない。

 しかしこの窮地、どうにかして彼女らに縋るしかない。クラタムたちはあれを奥の手としているが、とんでもないことだ。どうにか別の手段で解決を望みたい。

 ……などと考えていた矢先に件の彼がやってきた。なんでもあの巨人たちと話をしに来たらしい。

 これは僥倖だ。あとは私たち次第、これで上手くいけばようやく家に帰れるかもしれない……。


                  ◇


 昨夜は寝つきが悪く、睡眠時間はさしてとれなかったが、意外にも気怠くはない。重要な局面を前に気が高ぶっているのだろう。

 ラウンジに向かうと、すでにみんなが揃っていた。日が昇らぬ内に単独で出発すべきかとも考えたが……まあ、そういうわけにもいかないか。

「おはよう」背中を叩かれる。アリャだ「ついにきたね」

 翻訳機を通して流暢に聞こえる。それにしても、この機械の精度はいかほどのものなんだろう。あるいはまったく別の意味合いを……などと邪推するのは愚かだろうか。

「アリャ、できればクラタムにはニリャタムをぶつけたい。どうにもかなり有効かと思われるんだ」

「そうなの?」アリャはパンを頬張る「……できれば戦いたくないんだけど、クラタム兄さまってすごく強情だから中断とかしないだろうなぁ」

「説得で済むならそれが最善なんだがな……」

 あるいはニリャタムの件、アリャの出自に関しての話で……いや、下手に口にしない方が賢明だろうか。そもそもセルフィンではない俺が知っていていいこととも思えないしな……。

「それでね、じゃあ兄さまをボコボコにすれば済むのかというと、そういう話でもないんだよね。一時、大人しくなるかもしれないけど、いつかまた同じこと繰り返す可能性は高いと思うんだ」

 そう、だわな……。戦いに負けたからってすぐに諦めるなんて話にはならないだろう。あるいは手口や時期を変えて……なんてこともあり得る。

「でね、どうやって諦めさせるのかって話になるじゃない? でもこれ無理なんだよね。戦士として送り出した者に対する命令って取り消せないんだ。長老さまでも」

 取り消せない……?

「……え、マジで?」

「うん。戦士の誇りを汚すことになるから。でもさ、実際問題、そういうわけにもいかない場合があるじゃない? 状況は変化するものだし」

「ああ、当然な」

「だから、戦士自身が使命を果たさないままにしておくって場合があるの。でもこれって不名誉なことなんだよね」

「だが、状況は変化するって……」

「だからさ、周りは認めるものなの。そういう雰囲気を漂わせるのね。遊びに誘ったり、昼間からお酒とか勧めたり。でも、口では絶対にいわないの。その使命はナシだからなんて、長老さまでもいえないのね。大変な侮辱になるから」

「ほう……。しかし、やらないままでも不名誉には違いない」

「そうなんだよね」

 うーむ……。

 その……悪いが、厄介な伝統だなぁ……!

「それに彼らはかなり名誉を重んじているようだしな……」

「そうそう、あの三人、若いのにけっこう古くさい考え方してるんだよね。まあ、だから選ばれたんだろうけど」

「えっと、デンラ君も?」

「そうだよ、だからあんなに迷惑かけて! 最近じゃ、長老一族って……えーと、インテ、インテルゲ……? まあ、そんな名前のやつで、とにかく勉強したりするのが主な役割なの。いまの時代、狩猟だけやってればいいってわけじゃないみたいでね……」

 インテリゲンチア、か……。つまり知的階層であり、政治、外交、貿易などの知識を得て里を守る役割を担っているみたいな感じなんだろう。

 ……なるほど、だからレオニスも元老の椅子を用意することを認めたのか。いくらなんでも知識もなにもない素人に任せるわけもないからな。

「だから狩人としての腕前より勉強だっていわれてたのに、デンラのバカはわがままで参加してさ!」

「それは……そうかもしれないが、まあ、男としての沽券というものもあるだろうしな……」

 アリャは鼻を鳴らし、

「関係ないよ、そんなの。昔は名誉だったし、称号を得ることで里での地位も決まったってほどだったらしいけど、いまじゃあんまり関係ないんだよね。より危険な地域で狩りができるくらいかな。でも長老一族がそういうことしてちゃダメだよね。せっかくたくさん勉強したのに危険地帯に入って死なれても困るし」

「そうなの? じゃあ、お前のそれはどういう意味があるの?」

「私のは流れるものの称号っていって、長期の流浪が認められるんだ。だからいつまでもこうしてられるのもこの称号のお陰なの」

 へえ、そうなのか……。

「それで、流れるものって?」

「称号は全部で五つあって、生まれるもの、支えるもの、集まるもの、流れるもの、そして広がるものがあるの」

 ほう……?

「あるとき生まれるものが現れ、生まれたものは支えとなって、支えがあるところには集まるものがあって、集まるものはやがてどこかに流れ出して、流れたものは広がっていき、そして広がった先からまた生まれるものが現れるって伝承があるのね」

 ふーん……?

「つまり、万物は流転しているみたいな話だな」

「そうそう」

「それで、五つ集めると何かあるの?」

「掟としては族長になれる資格が与えられるよ」

「族長……長老ではなく?」

「その辺の違いはあまり厳密じゃないんだけど、族長はどっちかっていうと成り上がったばかりな人な感じ」

「なるほど……と、あんまり長話している時間もないか。ともかく、まずはクラタムを止めることが先決だ。準備はいいな?」

 アリャは強く頷き「うん! あ、そうそう、私もできるようになったからね」

 アリャはにっこりと笑む。

「できるって、何を……?」

「えっと、レクの武器の、そーてん?」

 ああ……そんな話あったなぁ!

「いやでも、それはロッキーが……」

「ロッキーお留守番でしょ?」

 まあ、そうだが……。

 しかし、俺のために努力してくれていた? ええっと、なんというのか……。

「すまない、いや、ありがとうな……!」

「いいんだよ! 私、テンサイだし、ちょっとやったらできちゃったんだ」

「うん、お前は天才だよ。本当にすごい」

 アリャはコロコロと笑う。

 だがいまさらいえない、実は俺もやればできちゃうかもしれないなんて……!

「よし……! それでは行くか!」

 みんなも立ち上がる。ロッキーだけは不満気に座ったままだ。

「聞いた? このロッキーさんだけお留守番なんだってさ……!」

 そうだし、だから別に早起きしてこなくてもよかったのに……。現にフェリクスの姿はないし。

「……ああ、頼んだ。どこまで警護するかは君の裁量に任せる」

「なーんもしてやんねーもんね」

 すっごいヘソ曲げてるなぁ……。

 まあでも、フェリクスに深追いをさせないだけでもいい。

 皇帝もあれだ、異性化するつもりがあるならいっそシフォールに頼んじまえばいいんだ。その後に自力で逃げるとか助けてもらうとかすりゃいい。俺は感知しないけどな。

「よし、では行こうか!」

 ゼ・フォーに連絡すると、例の広場付近まで来いときた。なんかあの辺、俺たちの溜まり場になってるよなぁ……。

「そうだ、これを」

 ふと、ジニーが小さな円柱状のものを手渡してくる。

「電撃爆弾です。いざというときはこれで充電を」

「おお……? あ、ありがとう」

 確かに電撃は効かないが、爆弾って、大丈夫かよ……? でもまあガークルが側にいない場合を考えればあると便利だな。

 そして広場の方へと向かうと、森に入った先より、うっすらと複数の気配を感じる。しかしこの気配、他の冒険者とか気づかないんだろうか……。

 森へと入って少し歩くと黒い大型のギャロップが停まっていた。そこには特高のメンバーたちの姿が……。ゼ・フォーを除き、隊員は四名、そのうち二名は初めて見るな。グゥーやジューの姿はない。

「おはよう」ゼ・フォーは黒い戦闘服姿だ「ご協力に感謝する」

 あんたいつもそういっているが、言葉通りの意味合いは薄いだろう。わりとしかめっ面だし、お互い大変だな的なニュアンスにしか感じ取れない。ゼ・フォーはふとジニーを見やり、

「……おや、彼女は?」

「ジニーだ。新しい仲間だな」

「……そうか」

 ガークルのことは聞いてこないところを見るに、そっちは話が通っているんだろうな。しかし、ジニーに関しては何も伝えていないらしい。その必要がないと判断したのか、それとも……。俺たちは黒いギャロップに乗り込む。

「さて出発するが、準備はいいかな」

 頷くと、彼の指示のもと黒い馬は飛び立った。

 あっという間に下方は緑の絨毯に覆われ、ハイロードが貧相な模様のように細長く伸びている様子が窺える。

「……そういやギマの社会のこと、他の冒険者に話してもいいものなのかな……」

 何気なくそう口にしていた。他の冒険者たちはあの危険な道を徒歩で延々と歩き、俺たちはこの文明の利器でひとっ飛びをする。そこに無頓着でいるにはあまりに恵まれ過ぎていないだろうか。

「いいが」ゼ・フォーだ「他者のためにはならないだろう」

「どうしてだ?」

「君の話を聞いた者たちが何らかの期待をし、たまたま見かけたギマに対し友好的に接したとする。しかし、そのギマが善良ではなかったら?」

 ……確かにそうだ。俺の体験がそのまま他者に通じるわけではない。しかし……。

「ずるいとでも思っているのかね?」彼は俺の心情を見抜いた「ギャロップでどこまでもひとっ飛びだと」

「まあ、な……」

「しかし、君たちは何かや誰かに運ばれ、その先で何を得た? なるほど心身も成長し、よい武器を手にし、各個人、勢力ともパイプを繋いだか」

 ゼ・フォーは外の風景を眺めている。

「しかし、人界ではそれをしがらみという。そして君たちの最初の任務は、不可侵領域へ侵入した五名の抹殺だ」

 ……なに?

 なんだと……?

「彼らを止めるのならば、息の根までもお願いしたい」

「……何の話をしている?」

「クルセリア・ヴィゴット、アロダル・イーガフィン、クラタム・ミコラフィン、ゾシアム・リカロフィン、そしてデンラ・イズラフィンの抹殺だ。まあ、今日はそのうちの四名か」

 思わずみんなの顔を見る。驚きの表情が並んでいる……。

 アリャがふと姿勢を崩した、待てと手振りで制する。

「……何をいっている、俺たちは殺しに行くわけではない……」

「ではシルヴェル・エスカキアの説得に尽力するかね? 戦艦墓場より彼女を引き離すのだ」

「そんなの……なんだ、命令をするつもりか?」

「ある領域への侵入は協定で禁止されているのです」突如、シィー隊員が口を開いた「その領域を不可侵領域といい、具体的には戦艦墓場にある特定の三隻、その内部のことを指します。そして抹殺対象となっている五名はその内部へと侵入したことにその理由があります。それゆえにこれより抹殺しにゆくのです。この決定は覆りません」

 こ、これは……!

「待て、私はどうなんだ」レキサルだ「彼らに加担しただろう」

 シィー隊員は答えないので、やれやれと別の隊員が代わりに答えた。

「シンの意思を集めて回るってことはな、まあ単純にいって威嚇に該当する行為なんだわ、お偉い方の解釈ではな。だから集めている時点ではまだ、あるレベルにおける交渉の内と解釈できるし、またお前たちはその材料でもあった。といってもそれはあくまで認識の話であり、明確に協定があるわけではない。だからお偉いさんにもお前を始末する理由はない。だが奴らは不可侵領域へと入った。それは明確に協定違反行為で、シンプルに敵性行為と判断され、抹殺すべき理由となる。オーケー?」

「しかし」レキサルは眉をしかめる「手引きをしたのは……」

「ああ、外界元老だな。だからその流れにいち早く感づいた奴らが奴らの元へ攻め込んだろう? お前もそれに参加した。なおさらお前を始末する理由にはならんわな」

 まさか……? ではあの流れは……!

「わかったろう?」その隊員は俺とレキサルを交互に指差す「お前らは旧外界元老の解散に加担した。つまり現元老設立の功労者だ。そんな奴らがここまで来たということは……」

「……俺たちは!」

「周囲の目に対し、無頓着に過ぎたな。どんなことにも理屈や因縁は必要だが、お前たちはあちこち動き回っている内に周囲にそれらを撒き散らしてたのさ。だからいまもここにいるんだ」

 なんだとぉ……?

 いや、だが、クラタムの件は譲れない……!

「では言い方を変える、彼らを生かして帰す方法はないのか?」

「この土壇場で何をいっている? お前ができる最良のことは、奴らを始末し、あのデカブツを墓場からどかせることだ。それができたらどこからも一目置かれるだろうさ、注文はそれからにしろ」

 くそっ……! なんてことだ……!

 どうする? 突破口は……!

 ……そうだ、不可解な点がある!

「……待て、不可侵領域への侵入が許されないことなら、俺たちも領域内に入れないことにならないかっ……?」

 ……どうだ? ゼ・フォーは頷く……!

「ゆえに不可侵領域は絶対不可侵ではなく、厳密には条件つきだ。侵入者を排除するという名目では内部への侵入は許可される」

 当然だな、入ったら終わりなんてあまりに解釈が硬質的だ。

「では、排除の定義は?」

「追い出し行為全般だな。捕縛、殺害もそれに含まれる」

「つまり、追い出すだけでも面目は立つわけだ」

「一応はな。しかし、我々には抹殺命令が出ている」

「俺にはあんたたちが受けた命令を遂行する義務はない」

 ……そう、そのはずだ。レオニスはなんら注文をつけなかった。もちろん殺しなど断るに決まっているからだろう。

 ……だが待て、ならばなぜ俺たちを向かわせる……? アズラとかの方が……いや、そもそも向こうにヘスティアがいるじゃないか。

「そうだな」ゼ・フォーは肯定する「しかし、殺害が共通認識であると忠告しておこう」

 だが協定上、矛盾はないはずだ。いくら心証が悪くとも、協定を破っていないのだから俺たちを害する理由は立たない。

 しかし……この点はとても重要だな。各勢力のお偉いさん方はそういった決まりごとを遵守するらしい。おそらく、このボーダーランドがもともと野生の王国、なんでもありの世界だからだろう。いちいち一線を越えてたら何が何だかわかったもんじゃないし、簡単に武力衝突が起こってしまう。

 だが、そうなるとかなり大きな問題があるということになる。俺たちが協定の内容を知らないことだ。

「……そもそも、不可侵領域についての知識が俺たちにはまるでない。説明があって然るべきではないのか?」

「それは我々が感知することではない」

 だとするなら、現在の外界元老たるレオニスの怠慢ということか。しかし奴がそんなポカをするとも思えない。あえて多くは語らなかったとみた方がいいだろう。しかし、どうしてだ……? この重要な局面に対し、なぜレオニスは無知な俺たちを選んだ? 素人を重要機密のある場所に向かわせてどうする?

 ……いや、一応は理屈が立つか? シルヴェは俺を指名しているので、その件の解決のためには俺を呼ばねばならない。しかし、奇しくも同じ場所でクラタムの案件も起こっているので、俺がその場にいた場合、そちらにも介入することは必至だ。しかしレオニスからすれば横槍の形で一応の関係者たる俺たちに参戦されても困る、だから仕方なく馬の骨でも正規の排除要員として使うことにした……。

 だが、それならばやはり、説明不足はおかしいことになる。協定ということは複数の勢力が噛んでいる問題なのだろう、そこに顔を出すということは、俺たちが外界元老の代表という立場になるはず、無知がゆえの粗相を懸念しなかったのか……?

 どのみち俺たちが他の勢力と足並みを揃えることはなかったろうし、あるいは伝えても同じことだろうと思ったのか……?

 ……通信を試みるが、レオニスはでない……!

 ……ともかく、クラタムらを助けられるのは俺たちだけだ。悲しいかな、当の本人らがそれを望んではいないだろうが……。

 ……やがて、奇妙な形状の小山が連なる地帯へと入っていく。その不自然さの正体は大半が植物に埋め尽くされた戦艦の面影なのだろう。いったい何隻あるのか、個々の全長はいかほどのものか、なにより、なぜここに戦艦が密集しているのか……。

 その中央付近にひときわ大きい小山がある。どうにも大型の三隻が衝突した形となっているようだ。そしてそれぞれの頂上付近に人影が窺える……。この高さから視認が容易ということは、つまり巨人サイズということだ。ぱっと見、鎧ったような姿だが……どれもが女体らしい線をもっている。そして三体は同時に、こちらを見上げた。

 それにしても、とんでもない気配だな……。嫌な感じはないが、尋常でもない。威光とかそういう類に近いかもしれない……。

 ゼ・フォーは下方を見つめ、目を細めた。その眼差しはどこか、嬉しそうでもある……。

「……そろそろだ。降りるぞ」

 黒馬は巨人のいる三隻の小山、その麓へ向けて着陸する。そこは木々がまばらな、やや開けた場所となっており、大型のギャロップが何台も並んでいる。そして数十人の人影が取り囲む中、中央では各勢力の要人らしき人物たちがテーブルを囲み、お茶と軽食の用意を前に、何やら会談でもしているらしい……。

「おお、やる奴らが大勢いるぜ」

 ガークルが笑む。戦闘員が投入されているのは予想通りだが、あの会合はなんだ? こんなところで何をしている……?

 ふと、テーブル席の老人がこちらへ向けて手招きをした。すると、ゼ・フォーが俺に行けとジェスチャーをする。なぜ俺がと思うが、断るわけにもいくまい……。

 俺を呼んだのは見慣れぬフィンの老人だった。固めた白髪に高価なスーツ、およそここには似つかわしくない格好……。他にも各種族の……これまた見たことのない顔ばかりだが、唯一、巨大兵器の上で会ったマグラスのお偉いさんは確認できた。彼は俺を見つめながら、カップをやや持ち上げる。

 ……その意図はさておき、パム系の姿はないな?

「あれをどうにかできると?」老人は戦艦の方を見やった「どうにも知り合いらしいが」

「……話ができるだけです」

 おそらく各勢力のトップクラスなんだろうが、どうにも礼節を尽くす気にはなれないな。

 そして周囲より獣の気配がする。これだけの人数が集まっているんだ、当然か。頭上にも複数のでかい鳥が旋回している。

 それにしても森に似つかわしくない連中だ。そのスーツは野生の正装には程遠い。獣たちもそう思うのか、来るようだ。鳥たちが飛来してくる……!

「迎撃せよ!」

 周囲の戦闘員たちが複数、動いた。大口径による猛烈な銃撃音が轟き、鳥たちがどんどん墜落していくが……数羽がこっちにやって来るらしい。

 テーブル連中は一様に驚いた表情を見せた。俺はあえて迎撃しない。だが影が一瞬通り、襲来した鳥たちは一瞬で両断された。見たところランサーバードの亜種のようだ。

 ……そして奴も以前に見たな、マグラスのディモだ。二メートルを遥かに超えるほどの巨体なのに、俺たちの頭上を舞うとは……。

 ディモの男は俺を見やった。俺に動く気がなかったことは察しているだろうが、特に責める視線ではない。

「ああ、なんてことだ」

 見ると、テーブルクロスに鳥の血しぶきだろう赤いものがあちこちについており、またお偉いさん方にも多少かかったらしい。一同は揃って渋い顔をしている。

「君のそれは飾りかね?」

 名も知らぬ老人が当てこすってくる。

「まあ……しばしば」

 この返答はいまいちお気に召さなかったらしい。老人は鼻を鳴らした。

 ……さて、順序としてはシルヴェの方が先か。心情的にはさっさとクラタムの方へ向かいたいが、何の手立てもないままではあまりにも危険だ、突破口はもはや彼女にしかない。

「ではそろそろ、あの女神さまたちと話をしてこようと思いますが、侵入者排除の件はいつ実行へと移すのですか?」

 どこの勢力ともわからぬ老人は唸り、

「正直、あれらの手前、動きづらくてな。君の報告を待とうと思っている」

 そうか、そいつは好都合だ。

 ……しかし、彼女らに恐々としている割にはここでティーセットを並べるのか。ある種の縄張り主張なのかね……。

「それでは行きますが……」

「うむ、急ぎなさい」

 ……あんたらのために行くわけじゃあないがな。

 さてシルヴェたちは目の前の戦艦小山、その頂上にいることは先ほど確認した。強大な気配も感じる。小山は三隻が衝突、合体したような風体だが……クラタムらはどこにいるのか……。

 いちいち情報が足りないな。それゆえにか強い場違い感を覚えるが、つまりはこれが以前、グゥーのいっていた地獄の釜ってやつなんだろう。もしここで俺たちが招かざる客として現れた場合、なるほど殺されていたに違いない……。

 そして戦艦の入り口の前に立つ。というか、分厚い装甲が強大な力でぶち抜かれ、人が容易に入れるほどの穴が空いているだけなのだが……と、みんなとゼ・フォーがやってきた。

「この戦艦に彼らはいる。しかし、先んじての排除行為は認められていない。戦闘になっても回避するように」

 アリャもいち早く入りたがったが、当然、それは認められない。しかし、一応は彼らを排除しに来ているのに、攻撃されても逃げろだと? 大事なのはあくまでルールかよ……。

「……アリャ、大人しく待っていろ。どうにかできるよう考えるから」

「うん……」

「しかし……俺を先に内部へ入れていいのか? 馬で上まで送った方が安心だろうに」

 そう尋ねるとゼ・フォーは頭上を見やり、

「上の女神に警告されたのだ。馬で側まで来るな、目障りだと」

「そうか……。ここでティーセットを並べるのはいいのか?」

「薙ぎ払われて全滅するかもしれんな」彼は肩をすくめる「だからこそ、彼らも意地を見せねばならない」

「くだらんな」

「そういうところにことの本質が隠れているものだよ」

 まあともかく、先に入れるのはありがたい。シルヴェが間接的に便宜を図ってくれたと考えるのは楽観し過ぎだろうか?

「お気をつけて」

 エリが心配そうな眼差しを見せる。ジニーは彼女の手を握り、

「大丈夫ですよ」そして俺へと視線を向け「何かあったらあれを」

「……わかった。行ってくる」

 ……そして、内部へと足を踏み入れるが……妙に明るいな。無数に空いている穴から入ってくる朝日のお陰もあるが、どうにも施設が生きているらしい……? 人工的な灯りもある。

 内部は人工の艶と記号が並ぶ無機質さだが……床や壁を植物が覆い、ほとんど緑のトンネルと化している。しかし、入り込んだ土埃に根を張っているわけではなく、その下の壁や床に浸透している……。どういう材質でできているんだここは……?

 まあいい、とにかく上へ向かえという話だが、どこに階段やらあるのかまるでわからないな……と、どこからともなく声が聞こえてくる……!

『ついに来たか』

 この声は……クラタム。

『外の奴らと仲がいいようだな。お前も権力の犬になったのか?』

「……まさか。奴らの目的は抹殺だが、俺たちは違う」

『こんなところにまでアリャを連れて来るとは……』

「そうさせているのはお前だ。帰したいなら自分で里へ連れて行け」

『……なぜ、ひとりで入ってきた?』

「……クラタム、マジでさっさと逃げろよ、凄腕が大量に集まっている、敵うわけがない……!」

『そうはいかないな』

「元老の総入れ替えが始まった。しかもその席にセルフィンの分があるんだ。侵略は終わった、そのことを知っているのか?」

『もちろん』

「ならばなぜだ、戦士としての名誉か?」

『そうだ。しかし、お前はことの本質を理解していない』

「本質だと?」

『始まりが他者の手によって起こったのなら、終わらせるのは戦士たる我々であるべきだ。どちらも他者に委ねられて引き下がるわけにはいかない。それは屈辱なんだよ』

「そうだな、理解できているとはいわない。しかし……」

『セルフィンの戦士が嘲られた。使いっ走りとしてちょうどいいと思われたんだ。そんな侮辱は赦されない』

『その通りだ。これはセルフィンの沽券に関わる重大な問題だ』この声は、ゾシアムか『……お前のいいたいことはわかる。しかしな、我々のあずかり知らぬところで始められ、そして終えられると考えるその傲慢さは赦せんのだ!』

 ……確かにそうだ。唐突に始め、巻き込み、そして終了宣言をする。あまりに身勝手かつ傲慢なことだ、彼らには戦いを続ける権利がある。しかし……。

「そうして一矢報いれば満足か? こんな場所で死んでどうなるというんだ!」

『いいや、俺たちは勝つ!』

 なんだと? 馬鹿なことを……!

『お前も我々の前に立ちふさがるというなら……』

「俺はアリャのために来ただけだ。彼女の望みはいわずともわかるだろう。そして別件もある、いまはシルヴェ、上の巨人と話をしに来たんだ」

 少しの沈黙、ややして聞き慣れない声がした。おそらくアロダル・イーガフィンだろう。

『そこをまっすぐに進み、左手に見える通路を直進し、十字路をさらに左へ行った先に昇降機がある。そこから少し進めば甲板に出られるだろう』

「……ああ」

 どうやらいまここで衝突ということにはならないらしい。案内通りに進むと、なるほど昇降機らしきドアの前にたどり着いた。獣の気配もたくさんあるが、近づいて来るようなものは……いや、あるな!

『早くドア横のボタンを押して、ブレイドジャガーがあなたに接近している。内部には獣がたくさん住み着いているので気をつけて』

 ジャガーだと? ヤバいな、素では戦いたくない、でもここで予知を発動して消耗もしたくない、昇降機側のボタンを押すと、ややガタつきながらもドアが開いた……というか、遠くからでかい猛獣が走って来るのが見えるぅ……!

『入ったら、一番上のボタンを押すといい』

 早く速く、いわれた通りボタンを押すが、というか連打しているが、ドアがガタついてさっさと閉まってくれない……!

 足音が近い、ガフッガフッと怖い声がする、ようやくドアが閉まる……直前でジャガーがドアを叩いたっ……!

 ……しかし、無事にドアは閉まり……昇降機は揺れながらも上昇していく……。

 ああ、ちょっと危なかったかな……。まあ、慣れっこだけれど……。というかなんとなくメオトラを思い出すな。彼女も最初は怖かったなぁ……! あれから姿を見ないけれど、まだ装備とやらをつくっているのかな……?

 そして連鎖的に思い出してしまう、声だけだったあいつ……。あいつはいま、どこにいるんだろう……?

 そんなことを考えているとドアが開いた。その先はだだっ広いフロア、巨大な穴が空いており、青空が見える。フロアの先にはさらに広大な草原……いや、甲板が広がっている。そして巨人の気配も近い……!

 ……いや、他にも気配が? 振り返ると、青いマントを羽織った長い髪の青年が微笑んでいた。男か女かよくわからない……。そういやさっきの声もどっちかずだったような……。

「あんたは……アロダル・イーガフィン?」

「そう。君は件のレクさんだね。あの巨人と話をしに来たんだって?」

「ああ。そしてもちろん、あんたたちを連れ帰りにも来ている。しかし、ここで何をしようとしている? 制御装置は異常に複雑でまともに操作はできないと聞いた。シンと望んだ意思疎通ができるとどうして考えられるんだ?」

「外の連中よりは希望があると思っているよ」

「いまのところ、落とし所がまるで見えない。ここで死ぬつもりなのか?」

「そうなる可能性が高くて困っているところなんだ。彼らはとことんやるつもりらしい」

「あんたは?」

「私はひとまずの役割を果たしたのでさっさと家に帰りたい」

「役割とは……?」

「制御装置の扱い方を調べること。その成果としてハイ・ロードの復活を予言してみせた」

「確実だと?」

「私はそう確信している」

「それがあんたの……」

「そう。私の一族は代々、それを使命としているんだ」

「里のため?」

「というよりは人類のため」

 おおっと規模がでかいな……!

「もともとそれはパムの役割だったとされているが、他の種族が彼らより制御装置を奪ってしまった。勝手にここの領有権を主張し始めたんだ。しかし、手中に納めるだけで装置の解明は永らく進んでいなかったとされている。その手の指にはそれぞれ思惑があり、互いにそれがわかっているからこそ、手を出さないようにした方が穏便だという共通観念に囚われたんだろうね」

 ……確かに、下の会合にはパムがいなかった。

「あんたたちはパムと関係がある……」

「そう、我々はパムの意思を継いでいるんだよ。もっとも、彼らはすでに世界の情勢には興味がないようだけどね」

「ないのか……」

「ない。彼らは基本的に狩猟や採集にしか興味がない。まあ、一概に狩りといってもその趣向は様々だけど……」

 そうなのか? ではルナなんかは変わり者なんだろうか……いや、そういやなんとかハンターとかいっていたような?

「……とにかく、死にたくないならさっさと逃げろよ。あんただけでもさ」

「そういうわけにもいかないから困っている。ところで、あの巨人たちがいつまでもここにいる理由を知りたい。あるいは可能性が開けるかもしれないからね。私も同席していいだろうか?」

「それは……構わないが」

「では行こう」

 アロダルは甲板へ向けて歩き始める。確かに、この状況を打開するにはシルヴェの力を借りるしかない。

 ……しかし、俺は彼女のことを知らない。いや、知らないというより、思った以上に複雑な人格を有しているということを知ってしまった。

 それにあの巨人にはそれ自体に意思があるらしい。シルヴェの中にいるスフィのこともある。

「どうしたんだい?」

 アロダルは振り返る。彼? は落ち着いており、どことなく楽しそうにすら見える。

「……いや、怖くないのかい、あんたは?」

「どうかな、状況が状況だし、いまさら怖がっても仕方ないよ」

 そうだな……いまさらか。

 どのみち、みんな納得というわけにはいくまい。

 そう、仕方のないことはある……。

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