高貴たる資格
さてどうする、ともかく火急な方から片付けるとして……そうだな、シルヴェと連絡を取る必要がある。しかし、彼女へはどうやって……と、忘れていた。
「エリ、通信機だ。ニューから渡してくれと頼まれた」
「はい?」
エリに通信機を手渡し、簡単な使い方を教える。というか俺もこれの使い方よく分かっていないんだよな。エリは唸り、
「……ニューさんは、お元気でしたか?」
「ああ、それはもちろん」
「彼女は……」
そこまでいって黙すので、俺がつけ足す。
「なぜ、レジーマルカの言葉が堪能なのか、かい?」
エリは目を大きくし「は、はい……」
「信仰において重要な場所だからと、答えはそれだけだった」
「そう、ですか……」
そのとき通信が入る、レオニスだ。向こうとの連絡の件だな。
『そうそう、忘れていた、ヘスティアの連絡先を送っておく。何か奇妙な点を発見したら逐一、報告をしてくれ』
「……ああ」
『それでは、健闘を祈る』
そして通信が切れた。……やはり疑っているようだな。
……それで、ええっと、どこまで話したっけ?
「ニューの話はした、それで……そうだ、君に留守番をさせるわけにはいかなくなった。元老が君を欲しているらしいってね」
「そうなのですか?」おや、聞いていない?「な、なぜでしょう……?」
「分からないが、どうにも君は特別らしい」
「特別……」エリは唸る「……いったい何において」
「あるいは、セイントバードが関係しているのかもしれない。あと悪いけれど、ロッキーの説得を頼むよ。消去法で留守番は彼女に任せるしかない」
「はい……伝えます」
そうしてエリはロッキーの元へ、彼女は「にゃにぃ……?」とこっちを睨むが、俺は向こうとの通信で忙しいんだもんね。
『こちらヘスティア・ラーミット、お話は聞いています』
そういやカタヴァンクラーのところ以来か。
「ええと、以前はどうも、レクテリオル・ローミューンだ。単刀直入にお尋ねするが、あんたら何をしようとしているの?」
『さあ……』
さあってなんだよ……?
『単独かつ独断で動いたことは事実ですが、私とてこうなるとは……』
「その……あんたと同じ名前なんだって? 乗っている兵器が?」
『そういった異名もあるそうですね。レオニス様が探れと?』
うっ……。
まあ、そういうニュアンスだったが、彼女に対し肯定するわけにもいかないわな……。
「……あんたを? いいや、シルヴェとアージェルは俺の知り合いなんだ、だから彼女らに事情を聞いてくれと頼まれた」
『その件については私から伝えましたが?』
うっ……なんか声音が冷たーい感じ……。
俺、どことなくこの人苦手なんだよな……。
『何か、腑に落ちない点があると?』
あるかないかでいえばそりゃあ……あるわなぁ。
「レオニスがどうかは知らないが、個人的にはもちろんある。残りの二機を元老たちが入手したのはなぜだ?」
『それはアテナがそう決めたからです』
「あんたはレオニス側なのにそれを見過ごした?」
『結果論ですね。元老たちが手にするとは思っていませんでした。彼らは老体なので動けないと思いましたし……。まさか若返る薬があるとは……』
「シルヴェはどうしてその兵器のありかを知っていた?」
『さあ。その辺りはご自分でお聞きになられたらどうですか?』
確かに……。
「ということでシルヴェと話がしたい。繋げられないか?」
『可能だと思います。少々お待ちを』
……ややして、シルヴェの声がする。
『やあ、久しぶりだわん!』
口調も態度も変わらないな。少しホッとするぜ……。
「ああ、悪いね、ちょっと話があってな」
『エリゼは元気かわんっ?』
黒エリは……。
「元気だが問題を抱えている。中にいる存在が表に現れた。どうしたらいい?」
ふとした沈黙……が続いたが、やがて彼女の声がする。
『……そうか。彼女らは互いにその存在を認めていないのかもしれないな』
「互いに……。それにしても、表に出てきたのはいったい何者なんだろう? 黒いパム系で名前はニプリャと名乗っていた」
『スフィだよ。だが激戦の果てに頭部に損傷を受け、眠っていたとされている』
頭部に損傷を……?
『高い位の存在とは聞いているが、詳細は私も知らない』
位が高い……わりには少々、子供っぽかったような……。
もしや、そうなったのは損傷によるものか……? そして、やったのは……。
「……よく、そんな存在と融合させることができたな?」
『技術はあった。後は私の命令によって実行ができたらしい。彼らはそれを震えながらやったんだ。その震えは畏怖か、歓喜か』
「……歓喜?」
『お前には分かるまい。ともかく、エリゼはスフィでもある。私もそうだ。そして私たちには使命がある』
「……使命?」
『望むとも望まなくとも。これは重大なことなんだよ。いずれ分かる』
ようはいまは話さないってことね……。
「……それで、黒エリはどうやったら戻る?」
『彼女らのことは彼女ら自身で解決するしかないかな』
「これまでに同じことがあったのか?」
『いいや。おそらくエリゼが行動している裏で、そのニプリャの損傷がある程度回復したのだと思う。ということは一旦エリゼに戻しても、またすぐにニプリャが出てくる可能性が高い。当分は人格が行ったり来たりすると思う』
そう、か……。
「そして後は彼女ら次第、ね……。それで……そうだ、皇帝のこと放ったらかしのようだが、いいのか? ちょっと揉めているようだぞ」
そこでまた口調が明朗な調子を取り戻す。
『そうなのかわん? ヴァーミリオンがしっかり守るっていってたわんよ』
ま、まあ、ある意味、間違っちゃいないがなぁ……!
これまでの経緯を説明するとシルヴェは笑う。
『いいんじゃないかわん? もともと乙女チックというか、そういう気質だわん。女の子になった方が楽しいわーん!』
「とはいえ、奴の手篭めにさせることもないだろう。どうにかならないか」
『ヴァーミリオンを叩き潰せって? 嫌だわーん! 私はもはや傭兵じゃないわん! これからは女王らしく生きるんだわん!』
女王らしく……?
「えっと、なんだいそれは……?」
『だから、女王にふさわしい立ち振る舞いをするんだわん!』
……血筋の話じゃあないよな、確かシルヴェは孤児だったらしいし……。そして生き抜くために暗殺業を請け負ったとも……。
「……すまない、ちゃんと説明してくれないか?」
『しょうがないわんねぇ……。まあ、お前はエリゼと仲がいいし、こっち側だから特別に教えてやるわん! そうしたら私がいかに女王にふさわしい存在なのか理解できるはずだわんっ!』
こっち……? ああ、高純度の輪廻転生者だってか……?
『いいか、女王とは高貴な女性を指すわん。では高貴さとは何かという話になるわん。お前は高貴なる意義をなんと捉えているのかわん?』
なんだ、高貴さについて……? ええ、ちょっと考えたことないなぁ……。
「うーん、人格者であることは大切だと思うよ……」
『そうだわん! 愛のある優しい人間でないとならないわん! それで、私はどうかわん? 気を遣える優しい女だと思わんかわん?』
うーん……? うーん……。
でもまあ、カタヴァンクラーのところでは彼女には何かと助けてもらったしな……。暴走した黒エリを止めてくれたし、エリを守っていてくれた……。
「そうだな、確かに」
『そうだろう? それで、高貴なる資質だけど、他にもないかわん? 人格者ってだけでは女王とはいえないわん。ボロボロの身なりの人格者だっているわん』
「そうだな……じゃあ、権力があるとか?」
『そうだわん! 王には権力が必要だわん! でも権力って何に担保されてるわん? 人徳だけでは説明がつかないわん。徳の高い清貧者だって珍しくないわーん』
「ええ? うーん、歴史、血筋……」
『歴史は紡がれるものであり、個人は一本の糸にしか過ぎないわん! それに血筋はよく混ざるものであり、せいぜい編まれた歴史がカラフルになるだけだわん! そういう意味では面白いわんね? でも王の資格とはさして関係ないわん! よい血筋の愚者もいるわんよ!』
「……じゃあ、力、金銭……」
『そうだわん! 力と金だわん! 知っての通り、私には力があるわん! いまならなおさら力があるわん! このアテナとミネルウァは一心同体だわーん! なぜなら、私と融合しているスフィがこのミネルウァの正当なる搭乗者だからだわん!』
……正当なる、か……。
ということは、黒エリも……?
『他とは適合率が段違いだわん! そしてその肉体に私の精神性が乗っかったこの状態がかなり素敵らしいわんね! つまり、この私こそが世界を統べる偉大なる王たちのひとりなんだわん!』
この世界を統べる……。
「そんな……まさか、力で支配すると?」
『いったわん、私は優しいんだわん! もう暴力を振るう必要はないんだわん! なぜなら女王だからだわん!』
暴力を振るわないというなら……。
いや、しかし、何を暴力と見なすかには個人差がある……。
『それで話は戻るけど、私はとってもお金持ちでもあるわん! 毎日、高価かつ高カロリーな食事をいっぱい摂ってるし、体内に大量のエネルギーを溜め込むことができるわん! それにいまにして思えば、この体になる前から私は女王の資質があったわん!』
「……というと?」
『お前には私の生き方について話したことがあるわんね! 私はナイフ一本で未来を手に入れたわん! 人を殺してはした金を手にしたわん! そうしてこれまで生き抜いてきたわん!』
「……それは、聞いた」
『ある者の死は、何十年もの幸福であったかもしれない未来と、社会に与える経済効果の損失に繋がる! そしてその人物に徳があり、偉大であればあるほど失ったものは大きい! では、その死に支払われる報酬によって生き延びた者の価値はいかほどのものなのか、お前に分かるかっ?』
「……何が、いいたい?」
『私がある時期生き抜くための値段は善き人々の総額に匹敵する! それはつまり、私の人生が誰よりも高価なことの証明なんだよ!』
これは……。
いいやそれは違う……そうではない……。
しかし……。
「……たくさんの、善き人々があんたを育てたって……?」
『……そう、そうなんだよ! うん、お前ならきっと分かってくれると思っていた! その私が超人的な力を手に入れ、そしてこのミネルウァを手にすることにいったい何の疑問がある? 見合っているんだよ、私の人生はいままさに帳尻が合おうとしている! それに知ってるか? お金は使わないと回らないんだ! だから、毎日いいものを食べて、いろいろ買って、消費できてる私はお金持ち足る資格があるんだよ! 私は誰よりもたくさん食事を摂れるし、いろんなことに興味がある! 何でも楽しめる! あとエリゼがいれば完璧なんだけどね!』
シルヴェは次々とまくし立てる……。
しかし……これは、なんと虚しい理屈なのだろう……。
彼女にもその自覚があるのか、どこか……。
「……あんたに力と金があることは分かった。それで、優しさについてもっと聞きたいな。つまり、これからはいっそう善き人として活動するということでいいのだろうか?」
「それは、もちろんそうだわん!」
「具体的にどうする?」
「どうするって?」
「富と力のある者は何かを守るべきではないのか?」
そう聞くと、いやに長い沈黙があった。
「……シルヴェ?」
そのとき、これまで聞いたことのない口調と発声で答えが返ってくる……。
『残りの話はこちらでゆっくりとしましょう。来るのでしょう?』
……これは、シルヴェなのか?
「……ああ。クラタムを止めたいんだ」
『なるほど、それもよいでしょう。ですが、私はお前と話がしたい』
……俺と。
「なぜ、俺なんだ?」
『ミネルウァがそれを望んでいるからです』
兵器が、俺との対話を……?
「……ああ。分かったよ。それではまた」
『待っています』
そして通信は途絶える……。
……何だか、本当にヤバいな。これまでの脅威とはまるで異質な感じがする。
そして気づくと、みんなが俺を見つめていた……。
「よし……では、明日また戦艦墓場へと向かう。そこでクラタムらを説得し、連れ帰るのが目的だ。そして……」
「ちょーっと待った!」ロッキーだ「アタシばっか留守番なんてそりゃないよん!」
「……うん。できれば俺ひとりで行きたいくらいだ」
みな一様に顔を見合わせる。
「……だが、もろもろの理由でそうするしかない。留守を頼んだぞ、ロッキー」
「えーっ!」ロッキーは机に突っ伏す「……借りは返してもらうからね……!」
「いいや、俺に感謝するだろうよ。向こうには戦力的に何をしようが間違いなく敵わない相手が複数いる。シルヴェ、アージェル、ヘスティアだ。彼女らは恐ろしく強大な兵器を手にしたらしい。そうして戦艦墓場、つまりクラタムらの近くにいるんだ。何やら俺と話があるそうだが、いい予感はしないな」
みんなは顔を見合わせる……。
「だからこそ忠告をする。明日はついて来ない方がいい。向こうで後悔しても遅いんだからな。それじゃあ、おやすみ」
俺は二階の部屋へと向かう。襲撃の件より、俺たちは特別待遇を受けられることになっているので、好意には甘んじておこう。
……そしてベッドに横になり、考える。どうすべきか? いっそのことみんな置いて行くか? だが……以前にこういう話があった。クラタムはニリャタムに敵わないと。そうでなくてもアリャやレキサルはいてくれた方がいい。やはり同胞の言葉は重みが違うはずだ。
ガークルは仕事だし来るだろう。ジニーもおそらく来る。そうなるとやはりエリは連れて行くという方向で間違いはないな。元老に狙われた場合、この宿まで危険に晒す可能性がある。もはや奴らが手段を選ぶとも思えないしな……。
……やはりワルドや黒エリがいないと厳しいな。あの二人なら安心してエリを任せられるし、特に黒エリがいたらプリズムロウの援護も受けられただろうに……。
……と、そのとき、ドアがノックされた。
「……どうぞ、鍵は開いている」
しかしこの異様に薄い気配は……。
そして入ってきたのはやはり……ゼ・フォー……! 顔をバンダナで覆っている……。
「今晩は」彼は静かにドアを閉める「先日はどうも」
「何の用だい……?」
「もちろんあれの件だ。何の因果か、この事態を処理するのは私の役目のようだ」
「あんたの……?」
「シルヴェル・エスカキアは私の教え子だ」
なに……?
なんだとっ……!
「あんたが暗殺を教えたっ……?」ということは……!「ニューもあそこにいたらしい、あんたたち、レジーマルカで何をしていたっ? 内戦と関係があるんだろうっ?」
詰め寄るが、ゼ・フォーは身を躱す。
「複雑なのだよ。あの国はとある事情により監視しておかねばならなかった。そしてそう考える勢力が複数あった場合……」
「争いに発展した? 敵国のスパイによるものじゃなかったのか?」
「複雑なのだ」
「とある事情とは何だ?」
「レジーマルカでは雪のように白い髪を持つ者が生まれる確率が高く、彼らはエンパシアと呼ばれている」
「それは、シュノヴェ人のことではないのか?」
「両者はイコールではない。シュノヴェ人はエンパシアの船に過ぎないのだから」
……船、何の隠喩だ?
しかし雪のように白い髪、エンパシア……。
「……共感?」
「そう、彼らには驚くほど高度な共感能力があり、常人には理解できない次元において感情を共有できるのだ。その特性は人類に好ましい影響を与えるとされているが、同時に極めて脆弱ともいえる。例えば君の友人、彼女はここへ何をしにきた?」
エリ……のことか。
「……彼女は、つまりは死ににきた」
「そう、彼らはそういった考えをよくする。他者の死に立ち会ったとき、その死に様が苦悶にまみれればこそ、その感情を強烈に共有してしまうからだ。これは単なる同情心や感情移入ではなく、知覚的フィードバックであるがゆえに事態は切実だ。看取ったあと、我が身をも死に晒そうとしてもなんら不思議ではない」
「……エリはとにかく人を傷つけたがらない」
「もちろん性格的な気質もあるだろうが、他者の痛みが自身に跳ね返ってくるのだからそれも当然のことだ」
「だが……黒エリは? あいつもレジーマルカ出身だろうし、髪も白いが……普通に攻撃するぞ?」
というか、初対面なのに鞭でしばかれたし……。
「白髪だからといって超共感能力があるとは限らない。また、出身や髪の色がそのままエンパシアであるという断定には繋がらない。だが、単純に我慢している、あるいは無視をする技術を手にしたという可能性はある。生来の気質に流されては生き残れないからな」
そう、か……。
あいつのことだしな……って、戦いじゃあ我慢も仕方のないことかもしれないが、俺がしばかれたことの説明にはならないぞ……?
いや、だが……あるいはルナも? ルナはエリのことを近いと評価していた。それが超共感能力のことなら……黒エリへの評価もまた、エンパシアであることを示唆していることにならないか?
でもルナも俺をぶっ叩いたんだよなぁ……! まあ、あれには俺にも非があったのかもしれないが……。
「なぜこのような話をしたのかというと、その二人のエリ嬢が君のことを慕っているという観察報告があるからだ。人はよく怒り、憎しみ、哀しむなどといったネガティブな感情を抱くが、そういった人物に対するエンパシアの対応は回避が多い。関わり合いになろうとしないのだな。まあ、懸命に救おうとする場合もあるがね」
確かに……共感してしまうがゆえに、甚だしい感情を持つ人物の側には近づきたくないだろうな。
……そうだ、だからこそか? 黒エリはワルドに対し批判的なことがいくらかあった。そしてそのワルドはゴッディアの滅亡を哀しみ、クルセリアへの憎悪を抱いている……。
でも、それならおかしくないか? どうして俺が慕われているという話になる? まるで……。
「……俺がいつもあっけらかんとしているとでもいいたいのか?」
「そうだな」
……ええ?
いやあ、そいつはさすがに違うだろうよ、いっつもあれこれ悩んでいるよ俺は……!
「ともかく君は様々な点において興味深い。今後ともご協力を期待している。無論、恩は忘れないつもりだ」
「……それで、具体的にシルヴェをどうするつもりだ?」
「どうするのかというより、どうしたいのか探る必要がある。必要な教育は与えたはずだが……」
「教育だと、殺し屋をさせておいてか? ……彼女はそのことを正当化する歪な理屈を創造していた。それは罪悪感があるからだ……!」
「喜ばしいことではないか。それがあるということは健全な精神構造をしているという証拠なのだから」
「暢気なことを……! それにあの子だと、まさか父親面するつもりじゃあなかろうなっ? 子供に殺しをさせておいて……!」
ゼ・フォーは俺を睨み、しかし目をそらした。
「……君には分かるまい、あの子の、我々の哀しみが。この世において真に恐ろしいこととはな、誰も他者の幸福を願わなかったわけではないということだよ。確かに我々は失敗した。しかし、その本質は理想に届かなかったという意味よりもさらに深いものだったのだ。我々の運命を翻弄する悪魔が実在していればどれほど楽だったろう。しかし、今度こそ我々は克服してみせる。そのための鍵があの子なのだ。殺しは必要だった」
まだ、断じるか……!
「……しかし、私の贔屓目だけであの子を推し量ることはできん。だからこそ、最悪の事態に備えて対抗手段は用意せねばならない」
「……対抗手段だと?」
「同じものを探すのだ」
「同じもの……彼女らと同じものを?」
「そうだ」
「それを誰が操縦するというんだ。まさか黒エリか?」
「操縦というのは正確ではない。あれほど強力な力を個人が保有することはできん。あれらがこれまで死ぬ物狂いにて捜索されなかった理由がここにある」
「というと?」
「意思があるのだ、あれらには。決して人類に従うものではない。これはかつて制定された法に準じて製造された兵器全般にいえるもので、元々が制御不可能な側面を持っているのだ」
「なんだと、なぜだ?」
「虐殺を防ぐためと推察されているが確かではない」
ゼ・フォーはため息をつく。
「しかし、これだけはいえる。人はな、自らで兵器を制御することを諦めたのだよ」
「……賢明じゃないか」
「そうだが、では兵器にどのような叡智を与えればそれは健全に働いているといえる?」
「甚だしい意図で使用される兵器ないし、それを扱う兵士の排除……とか」
「どのようなものであろうとも、我々の敵になるという懸念を孕むことは事実だ。いうなれば審判を下すもの。しかし、その基準が分からない」
「人間性を有していない?」
「なかなか理解が早いな。そうだ、あれは人格的なものを有しているが、人のそれではない。そして起動した場合、何かを攻撃しようとする」
「……あるいは、シン・ガードと関係が?」
「賢い! あれらはつまりそれなのではないかといわれている。神話をモチーフに名が与えられているのも神のような役割を果たそうとしていた名残なのかもしれん」
「そしてその神々は人心を考慮しない」
「だが希望はある。それがシルヴェだ。なぜ彼女が選ばれたのか、血筋などという生半可なものではない。融合しているスフィのせいかもしれないが、あるいは精神的なものかもしれん」
精神的……。
そう、さっき通信したとき、そんなことをいっていたな……。
「ともかく、何が起こるか見当もつかん。我々としても無用な刺激は避けたい。そこでだ」
「話をしろって? やるにはやるが、こちらはそもそもクラタムを取り戻しに行くんだぞ」
「クラタム……? ああ、あのフィンの少年か」
「シンの意思を保有している」
「そうか」
「そうかって……」
「そちらは後で回収すればいい」
「後でって……重大な遺物なんじゃないのか?」
「あれらは端末であり、いまのところ百二十七個、確認されている」
百二十……だとぉ……?
「馬鹿な、古い遺跡にて守られて……」
いや、確かにおかしい……! あの遺跡はクルセリアとフィンの若手三人で……結果的には無傷で攻略できたんだ。飛び抜けて重大な遺物があるとしたなら、これまで無事だったことがあまりに奇跡的じゃないか……!
「あの遺跡は一種の資料館なのだよ。それが宗教施設に転じて、オートマタが保護していた」
「なにか……バックマンらしき人物がいたが……?」
「管理人か神官か何かだろう」
うーん……。そう、か……。
「あれの奪取はともかく、使用するとなると大ごとの範疇に入る。そうするためにはとある戦艦内部にある制御システムが必要なのだが、そこは不可侵地帯なのだ」
クラタムらが追われる理由はそちらの方が大きいのか……。
「とはいえあの極めて複雑な制御システムを自在に使用することは不可能に近い。大したことはできないはずだが……」
それでもハイ・ロードの復活を予言することはできたらしい。しかし、それ以上のことはできない……?
「ともかくだ、我々は動向を観察させてもらう。以後、ご協力を願う」
協力を、ね……。
だが、拒否したところで弊害の方が大きそうではある……。
「ああ……」
「それと、明日は我々が戦艦墓場まで送ろう。連絡先はすでに送ってある」
「送って……って、そういや、こいつの細かい操作方法を聞いていないが……」
「それは教えられない。君はその機能をすべて把握することはできない」
なにぃ……?
いや、しかし……そうだ、これは軍人のニューから貰ったものだ、ただの善意や好意だけで与えられると考えるのは浅はかか……。
「タダより高いものはない……」
「その通り。ご協力に感謝する。それでは」
ゼ・フォーは去り、室内はまた静寂に包まれる。
……しかし、事態はかなり深刻なのではないのか? もしクラタムたちがその制御システムとやらをテキトウに動かして……たまたまとんでもないことをしてしまったら……?
そんな可能性すらないほどに複雑なものなのだろうか? それならまだ安心できるが……。
俺はまたベッドに寝転んだ。しかし睡魔は意外と遠くにいる。
クラタム……シルヴェ……何を考えている?
どうしたいというんだ? そんな力を得て……。