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WRECKTHERION(仮題)  作者: montana
114/149

混迷の渦

 そうだ、けっきょくは本当ではなかったのだろう。

 道具屋の夢も、遺物探しも、エリのためというのも……。

 俺はあそこへ帰りたかったのだ。

 ここへ帰ってきたのだ。

 そして、もうすぐ帰れるのだ。


                  ◇


 夕日が落ちていく。ロッキーは立ち去った後だ。

 なんだよ、気配が変わらない、裏表のない奴だと思っていたのに……。

 ……いいや、それは俺の勝手な思い込み、文句をいうのは筋違いだ。誰かがこうあるべきなどと喚いて何の意味がある?

 しかし……実際問題、かなり危険な状況といえるだろう。エジーネの側には蒐集者がいる。あいつを狙うとなれば自ずと奴を相手取ることになる。そうなれば……。

 エジーネ、エジルフォーネ……。あいつは実態が掴めない。本当に俺たちと血が繋がっているのかと疑うほどに……。

 親父は豪気だが反面繊細で、聡明だが愚劣さを愛してもいた。そしてその正妻たるフレジオーネ夫人は気丈かつ厳格だが、とても脆い一面があった。俺がいうのも変かもしれないが、ふたりは互いの欠点を補い合える良き夫妻だったと思う。

 長男であるディラークは自信家で高慢だが根はそこまで悪い奴ではない。人目がある場合はあからさまに俺を見下してきたが、ふたりのときはそうでもなかった。当初は根が臆病なのだと思っていたが、どうにも奴なりに家を継ぐ者としての態度を模索していたらしい。いい奴と表現するほど俺はお人好しではないが、決して邪悪ではない男だ。

 しかしエジーネは異質極まる存在だ。あの家では誰もが内心、あいつを怖れていた。親父や夫人ですらも……。

 夕日に照らされた森を眺める。この地はかくも雄大で生命力に満ちている。獣の王国は単純で、なんと美しいことか。

 いまの俺ならばもっと深部に行けるはずだ。そこはさらなる高密度な野生の世界、べたついた人界の関係性などさして意味をなさないだろう。

 そう、そこでは人界の問題など意味をなさない……。

 ……行ってみたくはないか? そんな場所に……。

 ただただ高密度な生命の故郷に。

 是非もない、俺は行きたい。

 そうだ、けっきょくは本当ではなかったのだろう。

 道具屋の夢も、遺物探しも、エリのためというのも……。

 俺はあそこへ帰りたかったのだ。

 ここへ帰ってきたのだ。

 そして、もうすぐ帰れるのだ。

 蒐集者、エジーネ、追ってくるというならいいだろう。

 俺とお前たち、どちらが先に食われるか勝負といこうじゃないか。

 俺は獣の口の中で踊ってみせる。

 俺ならできる。

 俺ならば……。

 ……風が吹き、森が囁く。

 そのとき、また橋を上ってくる人影があることに気づいた。青い立派なローブを着ている見知らぬ男……ではない。この気配は……。

「あんた、オ・ヴーか……?」

 男が自身の顔を撫でると、本来の顔に戻った。

「さよう」孤高の魔術師は笑む「奴らは死んだのか?」

「……奴ら、ワルドとクルセリアのことなら死んではいない」

「そうか、しょせんは男と女、雌雄を決するというわけにはいかんようだな」

 皮肉めいた物言いをしやがる。

「……何の用だ?」

「あの男が独学で犠牲魔術を編み出したとは思えん。例え秘伝書なるものがあったとしても読み解くのは至難、手ほどきをした師がいたはずだ。知らないか?」

 確かに秘伝書はあったらしい。しかし師匠だと?

「……師はいたらしいが、よくは知らない。彼の口調からして、ゴッディアの一件により死亡したものと思われるが……」

「その師の名は?」

「名前……確か、ソバール・ウィンダムだったような……」

 オ・ヴーーは一瞬固まり、突如として笑い出す……!

「酒飲みのソーバーだと! しらふのルーダス! そうか、そうだったのかっ……!」

「なに、何だそれは?」

「ソバール・ウィンダムは偽名だ! ソバールは奴のあだ名、しらふのルーダスの略称で、ウィンダムはウィンド・オームの言い換え、つまり風のマントラを意味する! 奴の本当の名は、風の真言ルーダス!」

「ルーダス……? それは誰なんだいったい?」

「ワルド・ホプボーンは利用されていたのかもしれんな!」

「なっ……なんだとぉ……?」

「確かに、いまや奴は魔術研究をする者にとって格好の研究材料といえる!」オ・ヴーはふと神妙な顔つきになる「……しかし、どこまでが計画だった……? 三十年も前からすべてを読んでいたと? いいや、まさかな……」

「なんだってんだよ!」

 オ・ヴーは俺を見やり、

「貴様、ワルド・ホプボーンを奪還するつもりか?」

「あ、ああ、それはもちろん……」

「そうか」

「なんだよっ?」

「いや、あるいは……手を貸してやらんでもない。奴の居場所は……」

「分からないから困っている」

「よし、私が調べておいてやろう」

「なんだ、気味が悪いな」

「信用しろとはいわん。だが、いまは互いに利用できると提案している。貴様がいると事が上手く運ぶかもしれんしな」

「あんたの目的は魔術なんだろう?」

「そうさ、その探究だ」

「膨大な力を手にしてどうする?」

 オ・ヴーは彼方の山を指差し「あそこへ」

 中央、あんたも行きたいのか……。

「それに必要なのは膨大な力ではない、叡智だ。最小限の力でことを成す、それこそが真の強者といえるだろう」

 確かに、そうかもしれないが……。

「……あんたは魔術に精通しているようだが、実際問題、強大な力にどうやって対処する? ギマは変身が得意と聞いたが……」

 オ・ヴーはやれやれとでもいわんばかりに首を振る。

「貴様らは魔術の片鱗しか知らない。変身魔術は基本なのだよ」

「なに?」

「視覚化されるほど明確な形状への変身はギマの魔術師にとって通過点に過ぎん。しかし貴様らにとっては特別なことのようだな」

「どういうことだ? 例えばグゥーは変身魔術を火炎放射などとは別種のニュアンスで語っていたように思えるが……」

「奴は魔術に関しては素人だ」オ・ヴーは唸る「あるいは貴様らの顔を立てたのではないか? ギマは俗名の通り、貴様らよりはやや先んじているだろうからな」

 ということは、単純に変身状態までいけない魔術師が……フィンではほとんどだというのか?

「視覚化、具象魔術……?」それは俺にも通じる概念だ「魔術の鎧……」

「そう、見方や呼び名が違うだけですべては同じことなのだ。アイテールより過去実在したものを呼び出す能力、それが魔術。そして未熟な者ほど持続力がない。それゆえにフィンは一瞬で大火力を発生させる魔術を好む。巨大な爆発を発生させたりな。確かに戦力としては効率的だが、魔術の本質とはかけ離れている」

 た、確かに……。長時間残り続ける魔術はそう多くなかったかもしれない……。

「そういえば出会ったばかりの頃ワルドがいっていた、魔術師は長時間の戦闘には向かないと」

「悲しいかな、それがフィンの常識だ」眼前の魔術師は夕日を眺める「しかし魔術は持続力こそがその本懐なのだ。一日、二日? いいや、百年、千年……あるいは……」

「まさか?」

「私とて驕り高ぶるつもりはない。我々は魔術の片鱗に腰かけているだけのちっぽけな小人なのだから」

「アイテールとはいったい? 繰り返しの作用を持ち、輪廻もその一環らしい、俺たちはその歯車の中でずっと回っているとも」

「狂気的だと? そうだな、シンは狂っている。狂人も増えてゆく」

「……どういうことだ?」

「勘のいい者はこの閉塞感に気づき始めている。しかも輪廻で何度も呼び起こされ、狂気は加速してゆく。そうして人を殺し回るようになる。死を求めるかのように」

「ヴァッジスカルのように……?」

「そして貴様のように」

 オ・ヴーは俺の目を覗き込む。

 突然、何の話を始める……?

「奴を殺して満足か? 貴様は義憤でやったのか?」

「お、俺は……」

「まあいい、反吐の出る輩を掃除したくなるのは当然のことだ。責めるつもりはない」

 俺は……。

「ともかくだ、手を組む利点があることを覚えておくのだな」

 そうして彼は去っていこうとするが……。

「待て」

 オ・ヴーは立ち止まり、振り返る。

「あんたはなぜワルドにこだわる? ギマの魔術師の方が先んじているんだろう?」

「無論、犠牲魔術の研究を……」

「いいや、あんたは最初からワルドに興味があった。戦いたがっていた」

 人影は背を向ける。

「……ただの勘だな。奴はモノになる。そう思っただけだ」

 そしてまた歩き始めるが、まだ聞きたいことがある。

「……殺しは、悪だろうか?」

 今度は振り返りもしないで彼は答える。

「愚問だな」

 その言葉を残し、人影はどんどん小さくなってゆく。

 ……やがて日が落ち、夜になり……闇が辺りを支配していった。

 この中でも、あの黒い影たちを把握できるのだろうか?

 何となくそんなことを考えながら、遠くを眺める。

 闇は深いが、彼方よりの光は窺い知れる。

 中央部より届く光……。

 ……俺の新しい故郷はきっと、あそこにある。


                  ◇


 宿に戻り、ラウンジを覗くとみんながテーブルを囲んで何やら話し込んでいた。まさか、エジーネを殺す相談か……? いや、笑っているし、まさかな……。

 俺は彼女らのいる場所に背を向け、なんとなくユニグルの方へと足を運ぶ……途中で思い出す。そうだった、この鞄を渡さないと……。

 診療所ではユニグルがまたチーズの挟まったパンをかじっていた。どうやらあれが好物らしい。

「あら、ご苦労さま」

 バッグを渡すと彼女は中を確認し始める。

「ふんふん、問題なくあるわね」

 ……彼女は仇を赦した。そうしていまは恐れられながらも医者として上手くやっている。

 見習うべきか……それとも……。

「……なあ、俺の妹がこの宿へ来たらしいが、知っているか? エジルフォーネという名前だ」

「え、ああ……あの方と一緒にいたひとでしょ? 高価なドレスを着ていたわねー」

「何か、その……感じなかったか?」

「別にぃ」

 態度こそちょっとトゲはあるものの、異常な憎悪は感じられないな……。

 なんだろう、どこかホッとしている俺がいる……。

「あいつには近づくなよ、かなり危険な奴だからな」

「ええ? なによ、あんたの……妹なんでしょ?」ユニグルは医薬品を棚に収めていく「ただ……そうね、あれは普通じゃないわよね。あんたと血が繋がっているとは思えないくらい」

「俺もそう思うよ」

 ユニグルはふと、振り返る。

「見た目もぜんぜん似てないしねぇ……」

「そうだな」

「……むしろ、私の方がよほど妹っぽいわよねぇ」

「まあな」

 ユニグルは目を瞬き、薬品の小瓶がいくつか床に落ちる。すわ割れると焦ったが、どうにもそういう材質ではないらしく、どれも無事だった。彼女は慌ててそれらを拾う。

「……あっ、そうそう、そうだわよ」

「え、なに?」

「ええっと、そう、あれよ、アンヴェラーよ」

「アンヴェラー……? ああ、皇帝か……」

「そうそう」

「え、名前で呼ぶほどに仲良くなったの?」

「はああ? 仲良くなんかないわよ! ただの名前でしょ!」

「まあ、そうだけど」

「皇帝とか陛下とか呼ぶわけないでしょ、野良犬みたいな立場のくせに!」

 野良犬……。

「あとフェルガノンは長いし、略して呼ぶのも愛称みたいで癪だわよ!」

 まあ、気持ちは分かる。

「それで、あの皇帝がどうかしたのか?」

「いやね、なんかけっきょく女性ホルモンを打ち続けるみたいよ」

「ふーん」

「つまり、女の道を歩むっぽい感じみたい」

「ふー……ん?」

「それで、性転換の技術にも関心あるっぽいのよね……」

「せい……なにそれ?」

「男が女に、女が男になること」

 はあ……なるほど……?

「そう、なんですか……」

「ちょっと、我関せずモードに入ろうとしてんじゃないわよ。あんたにも関係あることなのよ」

「はあ? なんで俺ぇ……?」

「可能性としてはギマのところでやれるかもしれないからよ。あんたのところに相談に来るかも」

「ええ? ギマの社会にはそうそう入れんだろうよ」

「あんたにはコネがあるからね。私にもあるにはあるけど、あいつのために無理してやる義理はないから」

「俺にだってないよ」

「それならそれでいいんじゃない? 無理することなんか全然ないわよ。一応、忠告しておいただけ」

「それは痛み入るが……って、あれ? それじゃあシフォールの目的と一致していないか?」

「誰それ?」

「前にいったろ、皇帝派のヴァーミリオン」

「ああ、そんなのいたわね」

「そいつが皇帝を女にしたがってるって話だよ」

「ああー、じゃあ、そうしてもらえばいいのにねぇー」

「そうだよな? でもまあ、その後が問題なんだけれど……。そのまま手篭めにされちまうかもしれない」

「そのくらい我慢しなさいよね」

「おっと、いうねぇ?」

「私怨だけの話じゃないわよ。ハイレベルな性転換はすごい値段なの。本人の細胞を培養して本物の性器を作るんだから」

「……マジかよ? じゃあ、まさか、子供を産めるようになるの?」

「なるの」

「元は男なのに?」

「なのに」

「へええ……?」

 いや、えええ……?

「もちろん段階はあるわよ、機械化するとかね。とはいえどちらにしても野良犬みたいな立場じゃ到底、代金なんか払えないわよ。だったら手篭めでもなんでもリスクを受け入れろって話」

 そ、そうか……。

 そうなのか……。

「やっぱり面倒臭いことになってきたなぁ……」

「まあ、あくまで可能性よ。あれの発言からそうなんじゃないかって私が思っただけのこと」

 ……と、そこにフェリクスが現れた。

 再会はいいが、タイミング的になんか嫌な予感……!

「やあ、レクじゃないか!」

「よう、フェリクス」

「無事でなによりだよ」俺たちは拳を合わせる「でも、ワルドさんとシスが戻ってないらしいね?」

「そうなんだ、面倒な事態になっている。後で話すが、ワルドの居場所は調査中だ、しかし黒エリは……」

「シスは大丈夫だよー、強いし。それにさっきプリズムロウのみんなに相談したら、すぐにでも捜索を始めるって」

 そうか、そうしてくれるとありがたい。

 しかし、問題は生死というより人格にあるんだがな……。

「ところでどうしたんだ、どこか痛めたのか?」

「いや、アンヴェラーが相談したいらしくってさー」

 やはりか……。思わずユニグルと顔を見合わせてしまう……。

 しかし、こいつも皇帝とは呼んでいないんだな。ユニグルは咳払いし、

「性転換なら無理よ。高額だし、条件が厳し過ぎるから。というか、そんな簡単に元の性別を捨てて後悔しないのあいつ?」

「まあ、僕も彼女の真意までは分からないからねー」

 ユニグルはささっと近づいてきて、耳打ちをしてくる……。

「……ちょっと、あの男にあるんじゃないの? 女になる動機……」

「ああ……まあ……どうかな……」

「そもそもあの二人、上手くいきそうなの?」

「さあ……」

「責任とるつもりあるの? あの男は」

「ど、どうなんでしょうね……」

「あるならいいわよ、でもなかったら洒落にならないわよ!」

「そう、ですよね……」

「ちょっと確認してよ!」

 そしてユニグルが肘で突いてくる……。

 いやあ、ちょっとさぁ、この問題、俺に関係あるぅ……?

 お前だって助けるつもりないんだろう……?

「……いや、あの、皇帝はなんでまた女になりたいの……? 元々は男に戻りたい的な話だったんじゃあ……?」

 フェリクスは腕を組み、首を傾げる……。

「いや、本人も悩んでるようだよー。だから相談されるんだけど、本人の問題だし、僕にはなんとも答えられないよね」

「……探ってるのよ」ユニグルだ「……つまりこの男次第ってわけ、こいつが勧めたらやる気なのよ……!」

 マジかよ、じゃあフェリクスがいつもの軽い口調でやっちゃいなよーとかいったら皇帝はやる気になっちゃうの……?

「……お前はどう思っているんだよ? 皇帝が女になったら嬉しい感じあるのか……?」

「ええ? アンヴェラーはアンヴェラーだし、どちらでもいいと思うよー」

 なんだそりゃあ……? ユニグルは鼻を鳴らし、

「アンタ、それどういう意味よ?」

「どういうって……そのままの意味だよー」

「どうでもいいってこと?」

「本人次第という意味だよー」

 ……と、おいユニグル、変な注射器取り出すな……!

「ちょっといーい?」ユニグルは注射器を構え、異様な笑みを浮かべている「アンタ、アンヴェラーがアンタのこと好きっていったらどーするの?」

「もちろん嬉しいよー」

「そうなの? だったらお付き合いとか、するつもりあるの?」

「それはどうかなー。恋人なら女性がいいよねー」

「もしあれが完全に女になったら?」

 フェリクスは考え込む……。

「そうだねー……そういうこともあるかもしれないねー……」

 待てっ……! その謎の注射器を刺そうとするなっ……!

「止めないでよ……! アンヴェラーなんかどうでもいいけど、こいつはなんかムカツクのよ……!」

 フェリクスは両手を上げ、

「待った待った、そういうことはさー、そのときじゃないと分からないものさー。それがロマンスというものなんだねー……」

 フェリクスはなんかキザッたらしいポーズを決める……。

「でも、僕には女性ファンがたくさんいるし……いろいろと怖い目にも遭ってるからね、あんまり重苦しいのは困るかなー……」

「そう、イチ抜けた!」

 ユニグルは自身に注射し、その場に倒れる……! 慌てて抱きとめ、奥のソファに寝かせるが……いったい何を注射したんだこいつは? 一応、毛布でもかけておくか……。

 しかしこいつっ、自分で振っておいて逃げやがったなぁ……!

 ……でもまあ……じゃあ俺もいいか……。

「はいはい、医者不在により閉店です」

 俺は診療所からフェリクスを追い出し、念のために鍵もかけておく。そしてドアの下方にある隙間から鍵を中に滑り込ませた。

「ちょっとちょっと、まだ相談の途中だよー」

 こいつ……!

「……まあ、役者として活躍したいって感情が第一なんだろ? 女より夢みたいな」

「そうだねー」

「なにがよ!」うおっとユニグルが出てきた!「アンタマジでブッコロスわよ!」

「あれ、眠ったんじゃ……?」

「短時間だけ仮死状態にできる薬よ。毛布ありがと」

「あ、ああ……」

 仮死状態って、そんなもん打つなよ!

「それにしても、お前、いやに皇帝のこと気にするな?」

「なにがよ?」

「いや、なんか恋路を案じているようだから……」

「はああ? いえいえ、別にどうでもいいっちゃいいのよ! ただ、こいつら見てると、なんかこう……関係が妙にズレてて気になるのよ、下手な縫合跡みたいで……!」

「まあ、上手くいくに越したことはないけれどな……」

「あとヴァーミリオンもそうだし、サラマンダーの動向もあるでしょ、事態は混迷しているわ」

「サラマンダー?」

「ええ」

「あいつがなんか関係しているの? ……ああそうか、主人のお相手は間接的な主人になり得るから、気になるのも……」

「いえ、そうじゃないわよ、もっと単純な話」

「あっ……まさか?」

「そりゃあそうでしょ。何が悲しくていつまでも野良犬の従者になってんのよ」

 た、確かに……? いわれてみりゃあそうだわなぁ……。

「と、ともかくもうこの話はいいや、俺はいまそれどころじゃない、やることたくさんあるんだよ。フェリクスもあれだ、あんまり気にするな」

「そうかなー」フェリクスはまだ話し足りないらしい「ところで、具体的にはこれからどうするの?」

「まずはクラタムたちを止める。セルフィン関係は一応は事が済んだからな、後は彼らが大人しくなればいいんだが……」

「そうなのかい? 僕らは?」

「まあ……同じくここで待機……かな? もしかしたら黒エリが戻ってくるかもしれないし……」

「そうだねぇ……」

 フェリクスは少々、不服なようだ。まあ、最近ずっとここにいるんだろうしな。

「だが気をつけろよ、ここまで引っ張るとは、シフォールが入念な準備をしている可能性がある。いまは警備も厳しいしな、おそらくここで揉め事は起こさないだろう」

「ということは?」

「こっそり忍び込んで誘拐の線が強い。サラマンダーは回復したのか?」

「うん、ゲオルフさんは大分動けるね。クラニーも動けるようになったし、いまは交代で見張りをしているんだ」

 ゲオルフはサラマンダーのことだったか。しかし、

「クラニーって?」

「あの少年だよ、クラッツ・ルニー」

「へえ……というかそうだ、ユニグル、ディーヴォのこと聞いたか?」

「ああ、あの大男?」

「彼の弟が難病なんだ。でも、お前なら回復する手段を知っているんじゃないか?」

「ああー、なんかいってたわねー。でも実際に診てみないと分からないって答えたら、なんかここへ連れてくるって出て行ったわよ。まだ完全に回復してないでしょうに」

「おおっと、外界へ戻ったのか? しかし……できるのか?」

「分からないわ。私の専門は外科だからね。手に負えないなら……まあ、知り合いを紹介してあげてもいいけど、相応に料金はかかるでしょうね」

「そうか、足りない分は俺も考える、頼んだぞ」

「なんであんたが頼むの? まあ、いいけど」

 そうか、ある意味幸運だったのかもしれないな、皇帝派は元老の管轄であるこの宿には近寄らない、もしくは長く滞在しないはず、シフォールにやられなかったらユニグルの存在に気づかなかったかもしれない。

「でも、彼もいないとなると皇帝派はガタガタだな。フェリクス、サラマンダー、あとカルメロ、カメリア? クラニーでいいか、あの少年の三人。でも少年は戦力になるのか?」

「うーん、微妙だねー。彼はもともとスリや泥棒をして生きてきたらしくってね、侵入とかそういうのは得意だけど、戦闘は専門じゃないそうだよ」

 となると実質二人……。困ったな、プリズムロウの面々は……って、そうか、黒エリ探索でいないんだった!

 となると後はエリ、アリャ、レキサル、ガークル、ロッキー、ジニー……そしてフェリクスと俺……。

 クラタムのところへはアリャとレキサルは確定だよな、あとガークルも任務で向かうだろう、となると残りはエリとロッキー、ジニー、そして俺か……。

 俺もクラタムのところへ行くしな、となるとエリ、ロッキー、ジニーから……二人は残していきたいかな……。

 うーん、さっさとその辺を確認しておきたい、か……。

「よし、それじゃあユニグル、またな」

「ああ、ええ」ユニグルは頷く「気をつけなさいよ、あんたそそっかしいんだから」

 なんでお前、そんな知った風な口を……。

「フェリクス、ちょっとエリたちと相談をしよう」

 そうしてエリたちの元へと戻り、皇帝の件で相談をする。

「ええー? なんでアタシがまた残る候補になってんの?」

 ロッキーは先ほどの気配はどこへやら、いつもと同じ調子に戻っている……。まるで何事もなかったかのように……。

「……いや、人がいないし……」

「あの……」エリが小さく手を上げる「私も行きたいかなー……と……」

 えっ、エリにも不満がある感じ……?

「最近、何もできていませんし……」

 こ、困ったな……どうする、いっそ俺が残る? いやいやそれはない……。

 アリャやレキサルに比べたら関係性は弱いし、俺が行かなきゃならん確固たる理由はないんだけれど、なんかこう……いや、やっぱり行くだろ俺は……!

「それで、ジニーは?」

「はあ」ジニーは首を傾げる「まるで知らない方と敵対しなければならないとはこれいかに」

 うっ……。

 シンプルだがその通りでもある……。

「でも、カタヴァンクラーのところで……」

「敵対したそうですが、それはルーザーウィナーの泥人形ですわ。後はこれといって記憶に残っていません。というか顔すら覚えていません」

「そ、そうか……」

 うーん、ううーん……。

 助けてくれ、グゥーに通信!

『はあ? 嫌だし』

 グゥーに頼むものの、一瞬で却下される……。

『お前この、あのときわがままいって残ったこと、俺それなりに怒ってんだけど?』

「そ、そうなの? ごめんねぇ……?」

『で、今度は俺に戦えってか? 皇帝とか知らねぇーし! どうでもいいよそんな奴!』

 あああ、なんかけっこうマジで怒ってるぅ……!

「そうか……すまないな、お門違いだったな」

『おう』

「じゃあ、またな……」

『おーよ』

 通信は切れる。くっ……手詰まりか!

「よし、やっぱりエリとロッキー、留守番ね」

「え、ヤダ」

 真顔でロッキーは即答する……。エリも今回はなんか妙に渋っている感じだ……。

「ちょっと君たちいいのかね、皇帝がシフォールにさらわれてアレコレされちゃっても」

「よくはないけど、アタシが留守番したって死ぬ気では守らないよん。皇帝ちゃんは仲間ってわけでもないし。むしろ劣勢ならフェリクス止めて皇帝渡しちゃうよ」

 おいおい……。

 だが、仲間を優先させるという意味では間違いではない……と、そのとき、すすっとエリが近づいてくる。

「あ、あの、よろしいでしょうか? こんなときなのですが、相談があるのです……」

「え、なに?」

「ちょっと……」

 エリがすすっと移動するので、俺もそちらに向かう。

「どうしたんだい……?」

「……その、アズラ・オマーさんがレクさんたちの無事を伝えに来てくれたのですが、その際に、いろいろなお話をされまして……」

「また勧誘か」

「は、はい……。ですが、その、そう遠くない未来に中央攻略のための精鋭部隊を設立するそうです。それで……」

「……誘われているって?」

「はい……。それで、あの、以前にその……レクさんは、私のために中央へと向かうようなことをおっしゃいましたよね……?」

「あ、ああ……」

「ですが、やはり危険だと思うのです、現状の戦力では……。それならば、五年か十年か、そのくらい先に……」

 おお……そうきたか……。

「……君はその案に乗りたいと?」

「私は……よいのです、いつでも。ですが、レクさん、あなたが一緒に来てくれるというなら……より安全な方が……」

 ……悪い話ではない。エリがしばらく危ない橋を渡ろうとしないという意味なら、決して……いいや、むしろよい話だろう。

 もっといえば、その何年かの間に心変わりしてくれればさらにいい。時間があることは悪いことではない……。

 レオニスには大志か野望か、ともかく目論見があるようだが、現状では邪悪な観念によるものではないと思えるし、彼の思想への賛同もやぶさかではない。

 しかし……。

 正直、俺がいま、中央へ行きたい……。

 誰のためでもなく、自分自身のために……。

「……そのことは、君自身が決めるといい。俺はいつでも君の味方だが、常に同行しなくてはならないわけじゃあないしな……」

 エリは目を大きくし、そして何かいいたそうにしたが、次の言葉はなかった。

『レクテリオル君かな』

 そのとき、レオニスから通信が……!

 驚いた、あんたがらみの話をしていた矢先に……。

 ……この符号はまずい、ヤバい話な気がする……!

「なっ、なんだ……?」

『まずいことになった、どうにも老いぼれどもが大物の遺物を手に入れたらしい。加えて、メザニュール嬢が狙われるかもしれん』

「なにぃ?」

『命ではなく身柄をな』

「ああ、エリとホーさんと、あとカルオなんとかが特別だとかいっていたな?」

『そうだ。今回発掘された機体は全十二機中五機、その内の二機が奴らに奪われてしまった』

「……残り三機は?」

『我々の敵とも味方ともいえない。いや、その内の一機は我らの同胞が手に入れたのだが……』

「だが、なんだ?」

『正直、私は何らかの計略を疑っている。これほどの偶然があり得るわけもないからだ。しかし、彼女が裏切るはずが……』

「何だ、誰のことだ」

『三機の所有者はヘスティア、シルヴェル・エスカキア、そしてアージェル・マインスカッフ』

 ……なに?

「なんで、彼女らが……?」

『ヘスティア、アテナ、アルテミス。どれも同名の異名を持つ機体の搭乗者として登録されたらしい』

「なんだ、その組み合わせは?」

『そうだ、おかしな組み合わせだ。だからこそ、その背景を探りたい。どうやらその内の二人は君と懇意のようだが……?』

 懇意……か?

「まあ、話はできるだろうが……」

『充分だ、橋渡しを頼みたい。老いぼれどもに対抗できる戦力として引き入れたいのだ。これ以上奪われると手に負えなくなる。なるべく早く奴らを叩きたい』

「……よほど強力なものなんだな?」

『神の力といわれている。これまで存在は知られていたものの、所在は不明だった。しかしヘスティアいわく、シルヴェル・エスカキアがそれを知っていたというのだ』

 シルヴェが……?

「どうしてあの爺さんたちに奪われた?」

『五機同時に発見したものの、そのとき三人しかいなかったので、残り二機はそのままにしたらしい』

「ず、杜撰だな……!」

『あるいは積極的な譲渡があった? ああ、その可能性はある』

「身内をも疑うのか?」

『必要ならば……。しかし、彼女はこれまで従順でよい部下だった。だからこれからもそうであると信じたい』

 ……信じたい、か。

『これはクラタム・ミコラフィンの件より優先度が高い。しかし現在、彼女らは戦艦墓場にいるという。どことなく奇妙な話だ』

「ヘスティア・ラーミットは応答するのか?」

『ああ、あくまでおこぼれを預かった立場なので、強くは出られないといっている。残り二人の監視をしてもらってはいるが……』

 何だか、マジでヤバそうだな……。

「分かった、どうにか探ってみよう」

『助かる』

「それと、またエリを勧誘したって?」

『……ああ、元老に渡すわけにいかんからな。それに、我々となら彼女の目的もより安全に果たせるだろう。もちろん君の参入も喜んで受け入れるよ』

 嘘つけ、そんな話これまでなかっただろう。

「……まあ、考えとくよ。しかし、無理強いは絶対にやめろ」

『当然だ。私はあの老いぼれどもとは違う。洗脳も脅迫もしない』

 ああ……そう願うよ。

「了解した、善処する」

『感謝する。それでは』

 ……まったく、変な口八丁はやめろっての。

 しかし、シルヴェだと? 新しい友達ってのはアージェルとヘスティアのことか……。

 ちくしょう、すべきことが山積みだ、どうする……?

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