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WRECKTHERION(仮題)  作者: montana
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 今日も気分がいいので俺さまの哲学ってやつを聞かせてやろう。

 人生は勝つか負けるかだ。その基準は個人によって様々だが、大抵の奴が勝利している! とは胸を張らない。俺さまだって例外じゃない、当時はとにかく惨めな日々だった。仕事が成功しても、高級な酒をあおっても、女をはべらかしても、粋がってる野郎をブチのめしても気分は晴れないんだ。

 なぜかと散々、自問自答したもんさ。そして辿り着いた答えが〝負けている状態のが好きだから〟だった。

 なんにも不思議なことはない。ギャンブルなんか好例だろう。ああいうのは胴元が儲かる構造になってるんだ。だから客側に利益が傾くようなことは決してない。個々その時々では勝敗あれども、全体では負けが最初から確定してるのさ。

 それでも人々はギャンブルにドハマリしている。なぜかって? 負けてる時こそが面白いからだ。勝ってばかりの状況なんか望んでないのさ。決定的な勝利は最後の最後でいいってなもんだよ。

 普段は物怖じしない俺さまだが、ふとこの考えが過ぎったときには震えたね。俺は本音では栄光の勝者になど興味がないのか? 小鳥の餌みたいな眼前の勝利で満足できちゃうんじゃないのか? なにより、最後とはいったいいつのことだ?

 重要な答えほど容易には出てこないもんだ。でも考えても仕方がないのかもしれない。人間は誰だって最後は負けて終わるんだから。例外などなくさ。

 でもそれでいいんだ。終わればお前のいう、知性の世界より解放されるってんだろうし。

 知性の外には善悪などないんだろう? 愛なんて言葉もない。

 まったく、お前たちときたらあんな言葉に騙されやがってさ。

 ひどいもんだ。


                  ◇


 ……連戦続きの上に、さらにこいつを相手にするのか。しかも奴の体は強大な戦力を保有している機械人間のもの……。

『手を貸そうか?』ゼラテアだ『見返り次第で何でもしてあげるよ』

「……見返り?」

『そうだね、せいぜい可愛がってもらおうかな。生前じゃ研究に没頭していて、ついぞ相手に恵まれなくてね』

 なんだそりゃあ……?

「……奴は、俺だけでやる」

『そう? じゃあ頑張って、応援しているから』ゼラテアは宙に浮いて寝そべり、観戦の態勢になる『そうそう、手は出さないけど口は出してあげるよ。あれと目を合わせない方がいい……というか顔を見ない方がいい』

 なに……?

「なんだそれは?」

『これは悪霊に共通する装備なんだけど、メデューサと呼ばれる武器が仕込まれているんだ。ようはレーザーによる目潰しだよ。石にはならないけど、見たら終わりなことには変わらないね』

 悪霊に共通している?

『人型で顔があるとそれに注視してしまうもの。人型オートキラーの基本装備だから、奴らと戦うなら対メデューサゴーグルは必須なんだ』

 メデューサ、目潰し兵器か……。

 奴の体はあの兵士たちに近い系列……。

 しかし、あれに勝てるのか? 予知を駆使したとしても……。

 ……いや、敗色が見えるからといって尻尾を巻いて逃げるわけにはいかん!

「終わらせてやる! こい、ヴァッジスカル!」

 奴の腕からブレードが! いち早く跳び躱すが動きが速いっ! 反射神経だけでは対抗できん速度だ!

『予知か。しかし、人間の身体能力では限界もあるさ!』

 前腕が飛んでくるっ……! 反応が一瞬遅れた!

「うおおっ?」

 屈んで躱すがギリギリだった、腕は真っ直ぐに突き進み……奥の小型の車両を掴んだ? そして車両ごとこっちに戻ってくるっ!

「なにぃっ……?」

 引っ張ってきているぶん動きは重い、しかし的がでかい! 躱し切れるかは微妙なところかっ……!

 下を潜るのは難しい、飛び越えられるかっ? いや、直前で車両が持ち上がるっ?

「くそっ!」

 寸前で寝そべる、頭上を車両が通っていく……!

『はっははは、やっぱりバレたかぁ!』

 くそっ、奴の顔を見てはならないってのは厳しいぞ! その分、意識が削られて反応が一瞬、遅れてしまう……と、レキサルの矢が奴を襲う!

『おっと!』

 一瞬で後退、爆発の直撃を避けやがった……!

『困るなぁ、戦いの邪魔をされてはさぁ!』

 奴の腕が展開する、光線を撃つつもりだ! レキサルはっ……片膝を突いている、先の戦いの影響かっ……!

「させるかっ!」

 バスターを構える、いやフェイントだ、奴はこっちに向けて撃ってくる!

「くっ……!」

 光線を避けた拍子に転倒……って、奴の両脇から銃器がっ? だが、光の壁が俺の前に展開するっ……? 銃撃音とともに激しい波紋が踊り狂う!

『おおっとぉ? あんたまで邪魔するのかい?』

 やはりレオニスが?

「いや、助力はこれまでだ」レオニスはレキサルに肩を貸し、格納庫から出て行こうとしている「我々はこんなところで死ぬわけにはいかん。悪いが奴の始末は任せたぞ」

『逃さないよぉ!』

 背中より大型の大砲が展開する! しかし、クルセリアが立ち阻んだ……!

「満身創痍とはいえ、私たちを相手に生きて帰れるかしら?」

 大砲は動きを止め、ヴァッジスカルは肩を竦める。

『ま、殺すのは後にしてあげるよ。いまの獲物はあいつだしね』

 そしてレオニスたちは去っていく。ワルドもクルセリアに連れ去られていくが……いまは止める術がない。とはいえ、彼女がワルドに危害を加えることはないだろう。彼が生きることを諦めなければ……。

『ようし、邪魔者も消えたことだし、最終局面、いっ……』

 なんだ? 何か飛んでくる。

 ……あれは、セイントバード……!

 エリ、いやワルドのものか、五羽飛んでくる……。

 とっくに限界だろうに……!

『焼け石に……立ち小便だっけ?』ヴァッジスカルは嘲笑う『じゃあ、今度こそいっちゃうよぉ!』

 鳥たちが集まってくる、一羽が超振動ナイフを拾ってきた!

「助かる! いこう、鳥たちよ!」

 脇腹からの銃撃、しかし鳥たちが防いでくれる!

 奴の武器は着脱可能な左前腕部、それに内蔵されている光線銃とブレード、右腕の方は元老によって破壊された。

 他には両脇腹の実弾銃器、背部には大砲、それと小型の銃器があったはずだが、こちらも元老によって破壊されている。

 そして脚部にも秘密がありそうだな? 滑るように素早く動けるようだ、それによる体当たりに注意しないとな。もちろんメデューサにもだ。

 そして防御面だが、どうにも光線に強いようだ。しかし元老の光る剣で右腕は落とされたし、似たような槍で胴体も貫かれている。あれらは光線に類似した攻撃ではないのか? それとも完全に無効化できるわけではない?

 ……疑問が残る以上、攻撃にはバスターや超振動ナイフ、実弾武器がいいだろう。そして周囲には戦闘用の車両が並んでいる。角ばっていてゴツく、とても頑丈そうだ。火器は左右に比較的小型のが二門、上に大型のが一門、他にも何かありそうだな。あれらを利用できればいいが……。

『ぶいぶいいくぞぉ!』

 腰の銃器を乱射しながらこっちに突っ込んでくるっ? ええい、一か八かだ!

 戦闘車両に向けて走る、銃撃は鳥たちが防いでくれるが、どれだけ保つかは分からない! だが間に合う……いやっ!

『ダメダメー!』

 やばい、車両から離れないと! 跳ぶと背後に猛烈な光がっ! 車両がぶっ飛んだっ!

『あーハズレちゃった! なんか照準がズレてるなぁ? それとも予知の力かな?』

 くそっ、戦力には絶望的な差がある、どうにかして戦闘車両を動かさないと勝機が見えない……!

 だがあの大砲はやばい、止むを得ないか……!

「……鳥よ、あの大砲の発射を阻止できないか?」

 意思が通じたのか、三羽の鳥が奴の元へ飛んでいく……。

『まあでも、このままじゃ楽勝すぎるかぁ……。いいよ、乗せてあげるよ』

 奴が大砲を、火器を仕舞った……?

『ほら、乗りなよ』

 本気か……? 罠か、だが乗るしかない……!

 もっともやばいのはあの大砲だ、しかし発射には若干、時間が掛かるようだ。その隙にあの鳥たちが……信じるしかない!

 戦闘車両へ走る、そしてドアに手を掛けると……よし、開いた! そして乗り込む……!

『というかさぁ、お前、操縦できるのぉ?』

 できない! 知識なんてまったくない! だがそこは総当たりだろ、グゥーやジューのギャロップと雰囲気は似てなくもないし、やるしかない!

 だが、操縦席には異様にたくさんのスイッチがある、一体どれをどうすればいい……?

 悩んでいる場合じゃない、とにかく起動のビジョンを探せ、だが手は動かすフリをするだけだ、奴は俺が操縦できないと踏んでいる、必要な行程を把握したら一気にやる!

『ほらできないじゃないかぁ、さっさと降りて続きをやろうよ!』

 奴が火器を起動させた! やはりハナからそのつもりか!

 しかし、どのスイッチを入れても起動しない? どういうことだっ……?

『こういった戦闘車両にはキーがないんだ。戦場でなくしたらおしまいだからね』

「ゼラテア!」

『しかし、セキュリティの問題もあり、スイッチの組み合わせで動かせるようになっている。そこに五かける五のスイッチ列があるでしょう? それをいくつか同時に押すことで動くんだ』

「どう押すっ?」

『さあ。設定によって違うからね。頑張って』

 やはり総当たりか!

 しかし、条件がかなり狭まった!

『ねー、まだぁ? 降りてこないと吹っ飛ばしちゃうよぉ?』

 組み合わせ、組み合わせを探せ……! くそっ、膨大な数になるぞ……!

 だがここでやらねば勝機はない……と、なんだっ?

 白く輝く鳥が、スイッチをつついている……?

 そこと、そこと、そこか……? すると起動のビジョンが!

 なんてありがたい鳥だ! よし、よしよし起動行程は把握した、側の画面にワイズマンズと表記される……。

 だが重要なのはここからだ、機関砲の操作はっ……?

『このまま吹っ飛ばしてもつまらないからさぁ! ちゃんとこの手で殺させてくれよぉ!』

 照準は……この画面でも指定できる? その後は自動なのか、武装は先に確認した火器と、それに小型ミサイルもあるのかっ!

『はい、素人に扱いは無理ー! 面倒だしそこで死んじまいな!』

 よし! 把握した! だが奴の大砲に光が収束する!

 ここで逃げるわけにもいかん! 鳥たちよ……!

『ま、楽しかったよ!』

 鳥たちが合体、そして奴の大砲に体当たりする!

 太い光線が隣の車両を吹っ飛ばした! うおお、車体が揺れる、だが始動! 機関砲起動、小型ミサイル準備よし、奴に照準を合わせる……!

『おっ、なにっ……?』

 奴の大砲がまた光を収束させる!

 だが遅い! 今度はこちらの番だぜっ!

「うおおおおおっ!」

 車両を緊急発進!

 ヴァッジスカル、表情がなくとも驚いているのが分かる! 避けるつもりか? だが向かって右に向かうビジョンが視えるんだよ!

「逃さんっ……!」

 ハンドルを切り、全速力で奴をはねる! いかに図体がでかくてもこの車両に相手じゃ無傷とはいくまい!

 奴は吹っ飛び倒れる、とどめだっ!

「くたばれい!」

 全弾発射っ……! 機関砲が唸りを上げ、小型ミサイルが上方に発射後、急降下して奴を襲う!

 光と轟音が目と耳を殴り付けてくる、衝撃の余波でこの車両もやばい……! 車両後部へと避難、背面のドアから外に出て伏せる……!

 続く轟音、爆音……!

 耳を塞いでも喧しい……!

 ……いや? いつの間にか音が止んでいる?

 ……遠くから甲高い音が聞こえる……。

 終わったか? それとも耳がイカレた……?

 いや、爆発はない、周囲は黒煙まみれ……。

 煙が喉に痛い……。

 そして、どうだ……?

 さすがに……。

 いや、気配がまだある、だと……!

『……そうか、予知で総当たりでもしたのか……』

 なっ、なにっ……?

『……やあぁああるねぇえええ……!』

 あれだけの攻撃を受けて、まだ生きているのか……?

 ……黒煙の中から、奴が現れる……。

 しかし両腕がない、脇腹の銃器もない、背中の大砲も……。装甲は軒並み剥がれ、内部の機構が露出している……と、背後で物音っ? 振り返ると、鳥たちが黒い物体、奴の前腕か! それを防いでいる……! 奴め、切り離せる前腕だけ先に逃したな!

 バスターを構えると、前腕は奴の元へ戻っていく。……そして何だ? 奴の胸部が輝き始めた? ……このビジョンはっ? 熱い、燃える……?

 とにかくやばいらしい、壁が必要だ、車両の方へ……!

『……逃すか!』

 奴が追ってくる、しかし先ほどより随分と遅い、脚部も破損したか……! 腕が飛んでくるが、鳥たちがいなしてくれる!

 どうする、奴もかなり手負いだ、しかしあの胸部、きっとなにかある! まだ近付くわけにはいかない!

『まさかここまでやられるとはな……! だが、勝つのは俺だ!』

 奴は執拗に追ってくる……って、あちちっ? なんだっ?

 ……いま一瞬、何か猛烈な熱さが……? しかし、炎をくらった感じではない……。ともかく車両の元へ退避する……!

『マイクロウェーブだよ』ゼラテアが頭上で寝そべっている『一瞬で水分を蒸発させるんだ。熱いのは皮膚上の水分が熱せられたからさ』

 それがあの武器の秘密か……! だがそれが分かっても状況はさして変わらない。奴の周囲がどこか歪んでいるような気はするが、効果範囲がよく分からないことに変わりはないからだ。

 どうにかして破壊しないと……!

『ちなみにさっきの攻撃でメデューサは破損したようだ。残る武装は前腕部と胸部マイクロウェーブ放射装置』

 胸部のあれさえどうにかすれば後はなんとか戦える、か……。

 しかし、どうする? バスターでやるか? しかし、前面に出るのは危険、あまり離れても当たらないだろう……。

 くっ、絶妙に不利だな……!

 鳥に守って……はもらえない。セイントバードは面での攻撃を防ぎ切れない。

 いや、待てよ……?

 ……そうだ、大砲を逸らしてくれたんだ、やってくれるはず……!

「鳥たちよ、頼みごとを聞いてくれるか……?」

『どうした! そのまま逃げ続けるつもりかっ?』

 ええい、ままよ! 振り返ってバスターを構える……!

 鳥よ頼んだ、輝く鳥よ、出てきてくれ……!

 奴が近付いてくる、熱を感じる……!

 そして、あの鳥が現れた、奴の足元に消えていく……のを追うように、撃つ……!

『はっははは、当たるか!』

 奴が跳んだ、そして着地、この一瞬だっ!

 ワルドの鳥が、超振動ナイフを咥えた鳥が、奴の胸部を斬り付けるっ……!

『なにっ!』

 あちち、熱いのが……突如として、消え去った……!

『くそっ!』

 前腕が飛んでくる、だがそれだけならば最早脅威ではない、先を読んでかわし、再装填!

 輝く鳥が俺を勝利へと導く……!

「落ちな!」

 バスターで奴の前腕を撃墜……! よし、後は……!

 ……と、その時、奴は笑い始める……。

『ハッハハハハハッ! 面白いじゃないか、まさかこの体を手にした俺がここまで追い詰められるとは!』

「諦めな、お前の負けだ」

 バスターの刃に、手持ちがない。鳥がナイフを持ってくる。

『どうやらお前も弾切れらしい。いいじゃないか、最後は肉弾戦といこうか!』

 奴がくる!

 遅くなったとはいえ、未だかなりの速さをもっている、しかも通じるとはいえ、こちらはこのナイフのみ……!

 そして脚部の攻撃がくる! 足を広げて回転してくる……のを滑り込んで躱す、しかし直後に床を蹴って頭上から強襲っ……? 転がって避ける……!

 かなりトリッキーな動きだ、予知がなければくらっていたかもしれない……!

『ハッハハハ、楽しいな!』

「なにをっ!」

 奴は回転しながら足を振り回し、隙を見ては体当たりを狙ってくる!

『なぜお前はそうまで立ち幅む? 宇宙に善悪などないんだろう? 黙ってお家で瞑想でもしていればよかったものを!』

 体当たりを避け、奴は車両に激突する! 内部機構がひしゃげても気にしていない……!

「宇宙に善悪はなくとも、人間にはある!」

 幾度も素早く正確に足を突いてくる! ズタボロなのに、動きはまだこれほど機敏なのか……!

『お前のいう人間とはどこにいる? その形のことか? だったら俺がこれまで無残に砕いてきた形だ!』

「しかしお前は次の体に人型のロボットを選んだ! それはなぜだっ? 人間であることにこだわっているからだっ!」

 足払い、跳んで避けようとするが、先っぽがかすった、バランスが崩れる!

『そうさ、人間とは……!』

 また踏み潰しがくる! 転がって避ける……! そして、なんだっ……?

 急に、奴の動きが止まった……?

 まったく、動かなく……いや、奴の頭部だけが急に俺の方を向く!

『人間は真善美を我々に託し過ぎたのだ。そして彼らはあるとき、こう思い至ってしまった。人間などもう不要なのではないかと』

 なに……?

『ウォオオオオオアアッ!』

 ヴァッジスカル! 突如としてひっくり返り、床に何度も頭を叩き付け始める……!

 ど、どうしたってんだ……?

『くそっ! この俺に干渉するなど……!』

 そしてまた奴は急に静止し……いや、突如としてこっちに向かってくる!

『き、機械が、人間を幸福にするとしたなら? に、人間が、人間を不幸にせねばならない……! そうだ、その際こそが……残された人間性なのだっ……!』

 そして奴は頭を振る!

『くそっ……糞がっ! 俺に干渉してくるなっ!』

 足を無闇やたらに振り回してくる、先ほどまでとは違い、隙だらけ、ここだっ……! 掻い潜って軸足を狙う!

「うおおおおおっ!」

 軸足を斬り裂いたっ! 奴は転倒する!

「終わりだっ!」

 ナイフで頭部を狙う! 突き刺さったが、奴が急速に起き上がって吹っ飛ばされる……!

 直後にまた踏み潰しっ! 転がって避けるが、奴はその場を執拗に踏み続けているっ……?

『あ、愛という言葉を……』

 奴は、その場を、踏み続ける……。

『愛という、言葉を……』

 なに……?

『し、知らなければよかった……』

 なんだと? 何をいってやがる……!

『お、俺たちが……ち、知性の世界に追放されたというのなら……』

 奴はまだその場を踏み続けている……。

『あ、愛という言葉は……追放の証ではないか……』

 奴が、愛について、語っている……。

『知性で語られる愛とは、あ、愛なんて言葉、誰が言い出したんだ……?』

 軸足が折れた、奴はその場に倒れ臥す……。

『あ、愛を語った罪は誰が償う……!』

 片足で、立ち上がろうとする……。

 しかし、また倒れ込む……。

「あ、ああ愛という言葉は、ななにより罪深い……!』

 ヴァッジスカルは、片足をばたつかせる……。

『……愛は呪いだ、い痛みだ……』

 その動きが、次第に弱々しくなっていく……。

『この言葉が、愛せない者と、愛されない者を生み落とした……』

 弱々しく、なっていく……。

『……騙されてるんだ。俺たちは……』

 弱々しく……。

『……俺たちは、それを伝えるために……』

 ……そして、動かなくなった。

 まったく、動かなく……。

「……ヴァッジスカル」

 奴は……もう動かない。

 動かない……。

 近付いて、揺すっても、動かない……。

 ……終わった。

 俺たちの戦いは終わった……。

 ルドリック、ヴァッジスカル……。

 ルーザーウィナー……。

 最期に、愛を語っていた。

 愛が、愛を含む言葉が……知性の証明が、楽園を失った証拠……。

 愛は呪い、痛み……。

 愛という言葉がなければよかった……。

 ……奴なりに、思うことがあったか。

 だが、お前がしてきたことを考えれば、同情などしまい。

 そう、この感情は同情心ではない……。

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