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WRECKTHERION(仮題)  作者: montana
107/149

罪を背負いし者がそうあることについて

 ありとある人間には罪があるという。そのせいで楽園から追放されたのだと。

 そんな寓話を聞かされたとき、あの頃の俺はそうかもしれないと得心がいったものだ。不逞の子であり、罪の象徴でもあった自身の境遇と照らし合わせて……。

 とはいえそっくり俺の出生に関することを説いている訳ではないということは幼心にも理解できていた。本当に俺に罪があるとも思っていなかった。

 それでも好奇の視線やからかい、侮蔑は辛かったが……成長するに従い、それはそれとして割り切ることはさして難しくはなかった。ことの本質はそこにはないと思い至ったからだ。

 重要なのは、もっと普遍的にあり得るありとあること、俺がそうあることについて、あるいは俺以外の人間がそうあることについて、それを理解、解釈しようとしたことそのものなのではないか。

 例えばそれを原罪と名付けたとして、それはきっと明哲なことに違いない。あるいはまた、別な呼び方ができたとしても、やはり同様に違いないのではないか。

 人はそうあることに対し、何か理解をすることになった。なればこそ、そうさせる働きが知性であり、人間を人間たらしめている、あるいは貶められている本質ではなかったか。あの寓話はそういうことをいいたかったのではないか。俺はひとまずは、そんな答えに行き着くこととなった。

 俺がそうあること。誰かがそうあったこと。そしてヴァッジスカル、お前がそうあること。

 それが知性の働きであると思えばこそ、善悪の所在もまた知性の中にしかなく、だとするなら、知性なき世界では、あるいは俺たちは……。


                  ◇


 ……奴の心理分析とやらが終わる。

 なるほど、俺のことをよく調べたようだ。

 俺に対し、そこまで労力を費やしたことには驚くが……それよりなにより、その分析はまさか……。

「……やはり、お前は分かっていない」

『強がりはよしなよ』

 奴は笑うが、強がりではない。お前は……。

「……心理分析は、半端者がするとむしろ自己の投影を晒すことになる」

 奴の笑い声が止まる。

「本当に俗世を憎んでいるのはお前自身だ。ただの生き方、ただの生活、ただの労働、ただの世間話、それが赦せなかったのがお前なのではないか。だからそれらを破壊しようと画策する」

 今度は含み笑うが、小馬鹿にしている雰囲気はない。

『……外界はつくられた世界だった。そして俺たちは家畜だった。家畜は搾取され屠殺される運命を知らない。それを嘆いて、人になろうとすることがそれほど不思議なことか?』

「それとお前が罪なき人々を殺すことにどんな関係がある?」

『啓蒙のためだよ』奴はゆっくりといった『答えはシンプルだった。しかし、心身を去勢された家畜どもはその答えを受け入れられない。だから身をもって知る必要があるのさ』

「暴力をか」

『そう、暴力をだ』

 奴は絶品の料理を楽しむように唸ってみせる。

『家畜どもは社会通念、経済理念において暴力を剥奪され従順さを要求されているが、その規範こそが大いなるペテンなんだよ。横暴な権力者に何も持たない者がどう立ち向かう? ない知恵を駆使して法の下に正々堂々と勝負を挑めと? 馬鹿め! その時点で既に恐るべき劣勢に立たされているんだよ! そんな分のない戦いをするよりずっと単純で効果的な方法が暴力だ! 俺が間違っているかな? そうだな、ならば才人や極々一部の凡俗が奇跡的に羽ばたく様子を眺めながら延々と地べたを這いつくばるがいい!』

 なんだ? 何を突然、語り出した……?

『だが違うだろう? 誰もそんなことを望んじゃいない。システムは常に凡俗のためにあってこそだからだ。世の多数が凡俗であり、凡俗が運営できないシステムは絶対に破綻する』

 これはグゥーの……。

『そもそも、犯罪という定義は社会が与える概念だ、それはつまり内方しているんだよ、いいや、むしろ基軸として機能している。法治社会を確固たるものにするには犯罪者を排斥しなくてはならないというのが一応の名目だが、実際的には権力構造の維持のため人柱になっているといっても差し支えないだろう』

 そしてこれは……ニューがいっていたことだ。

「……つまり、虐げられし民衆は暴力に訴えかけろと?」

『それもまた屠殺なんだ。人間社会は時々、権力者を殺さねばならない。新陳代謝が健全に機能していることを確かめなくてはならない。なぜなら、社会システムの健全性は特異な人材に担保されてはならないからだ。企業に例えると分かりやすいか? 稀有な才人の運営する会社はその人物がいなくなればその威光を失い、その後は衰退していくばかり。そして隆盛と衰退が顕著な企業は社会へ痛烈なダメージを与えてしまうこととなるだろう。それは明瞭な脆弱性だよ』

「……だとしても殺しに至るのは極端に過ぎるだろう。悪しき王政や独裁ならばともかく、外界には民主主義国家も多いんだ。民衆の総意にて退任させるだけでも充分じゃないのか?」

「いいや、経済が権威を生む宿命にあるならば、民主主義もまた虚構の域を出ない。投票制度はしょせん消極案だよ』

 こいつのいっていることは恐らくギマの思想に関係している事柄だ。それを利用すれば俺の理解を得られると思ったか?

「しかし、お前は罪なき人々を凄惨に殺した。そんな輩が弱者の代弁をするだと? 笑わせるな。お前はギマの社会思想に自身の残虐性を潜り込ませているに過ぎない」

『溶け込んでいるといって欲しいねぇ!』

「それに何より、お前は俺を理解していない。お前が分析していたのは自己投影だけではない。俺の虚像だ。母が死によって罰せられ、俺が浄化されただと? 違う、それは俺の心理ではない、エジーネのものだ……!」

 俺のことを調べたといっていたが、情報源はやはりエジーネか。

 しかしなんということだろう、恐るべきはその自己神格化だ、あいつは本気で俺を救済したと思っている……!

 くそっ……やはりあいつが……。

『そこまでいうなら聞かせてくれないか? お前の心内を……』

「……そんなもの、聞いてどうする?」

『なあに、ただの好奇心だよ』

「お前には理解できん」

『私も聞きたいな』

 ……ゼラテアか。さっきからレキサルもこっちを気にしている。

 俺の話などどうでもいい、それよりあいつのことだ、どうする……。

 俺は、どうやってあいつと決着を付ける……?

「待った」レキサルだ「近い……!」

 近い? 狭い通路の先、どうやら広間になっているようだ? ふたりで覗き込むと、円形が敷き詰められている部屋、どうやらパイプの断面が集結しているらしい。

 そして中央付近には兵士たちが集っている、せり出した複数のパイプの束、その断面に向けて手をかざしている。

 ……これはまさか、所有権とかそういうものを奪い取ろうとしているのか……?

『さて、奴らをそこで倒してくれるかい?』

 ヴァッジスカル……。

「敵に塩を送るような真似をする訳がないだろう」

『だろうな。俺はこっちだ』

 パイプの断面の一部が発光し、道を形づくった。その先にはまた通路……。

「……なぜ、居場所を教える?」

『状況が変わったなら、それに応じて楽しむだけだ。だがそうだな、礼としてさっきの続きを話してもらおうか。話さなければ』

 ふっと、光の道が消える……。

 ……さて、奴の話は本当か? 本当に決着を付けるつもりがあるのか?

「……信用できるか?」

 レキサルは唸り「だが、他に頼れる情報はない」

 確かにその通りだ。僅かな可能性でも賭けるしかない、か……。

「……そうだな、じゃあ、聞いてもらおうか」

 ヴァッジスカルは笑い『ああ、聞かせてもらおう』

 そしてまた道が輝く。

 俺たちは兵士たちを横目に広場を渡り、通路を歩んでいく。彼らはこちらに反応しない。

 横をゼラテアが歩いている。高価そうな紫色の毛皮を羽織っている。なんだか魔界とかそういうところの女王みたいだ。

 ……さて、話せといっても、どこから話せばいいか……。

 あのことは説明し難い。俺はふと、通路を振り返る。

「……ブラッドワーカーは全滅するのかもしれない。あの兵士たちに狩られてな。滅ぼすのは俺ではなく、正義感に満ちた何者でもなく、たまたま居合わせた機械たちになるのかもな」

 ふと、レキサルはこちらを見やる。ゼラテアは後ろから手を回してくる。

「……俺はそのことに関心を持った。それは、故郷で俺を好奇の視線で見ていた人たちと通じるところがあると思う。罪を背負いし者がそうあることについて」

『……おっと、あんまり難解にしないでねぇ?』

「悪いが、俺自身もまだ充分には理解していないのさ。だが、聞きたいんだろう?」

 ゼラテアは首に腕を回してくる……。

『どんなどんな?』

「ヴァッジスカル、お前は俺が私生児であることを恥じているといったな。それには肯定する。俺はそれを恥じていたことがある。俺がそうあることについて、いったい何の意味があるのか、単なる負債に過ぎないのか、悩んだことがあるんだ」

 俺はまた歩き出す、レキサルも先へと進む。

「しかし世界は不条理に満ちている。俺ばかりの話ではない、ありとある人々がそうあることについて、それは散見できた。そしてその理由について考えたとき、大抵のことには理由や理屈を付けることができた。しかし、それで何になる? 不条理は未だ解消されていない」

『宇宙とは』ゼラテアだ『そういうものだよ』

「そう、宇宙とは、世界とはそういうものだった。あるものがあるばかりで、俺たちの幸福に寄与してくれる大いなる庇護の手は……いや、実在するのかもしれないが、少なくとも明瞭ではなかった。それはヴァッジスカル、お前が一番よく知っているだろう。お前たちの手に掛かり懸命に救いを求めた人々の内、いったいどれだけが奇跡的に逃げ果せた?」

 奴は含み笑う……。

「しかし、俺たちはお前のような悪党を憎み続けなければならなかった。この、全てが赦される宇宙でだ。それはいったい何の働きなのだろう? 何の罰なのか?」

『お前、面白いことをいうね』

『じゃあ』ゼラテアだ『何なの?』

「知性によるものだと思う。知性ある人と、それがない他の存在、その関係において人は不条理を感じているんだ」

『宇宙は知性的ではない』

「知性は人しかもたない。もちろん動植物も知的だが、人ではない。人が得てしまった知性は人だけのものだ」

『古い古い寓話にそんなのがあったね』ゼラテアだ『禁断の果実を食べた男女は神の怒りを買い、楽園を追われた』

「そう、明哲な話だ。そしてヴァッジスカル、お前から見た俺がそうあることについて、俺から見たお前がそうあることについて、その関係は知性の世界の戦いに過ぎないのではないか、俺がそう思っていることは事実だよ」

 少しの沈黙、レキサルはまた歩き出した。

『……なーるほど』奴は唸る『確かに難解だが、つまり心の奥底からお前は俺を憎悪していないってことだね?』

「悪は知性に先んじないということだよ。お前を殺すという目的ないしその行為は知性に促された行動となる。しかし、俺という属性としてそうあるとしても、いや、ならばこそ、それを逸脱することもあるのではないか?」

『……つまり?』

「知性なき世界では俺は俺に限らないということさ。そしてお前も敵ではない。そういうことを俺は考えている」

『それでも、宇宙がこれからも永遠に沈黙するとしても、俺と戦うのがお前なんだろう? それはなぜだ?』

「……分からん」

 分からない。頭でっかちで何も悟っていないだけなのかもしれない。

 しかし俺はお前を止める。いまはその選択をするんだ……。


                       ◇


 俺たちは光を頼りに、複雑に行き交っている通路をひたすら進む。そして……。

「……気配が、近いな」

 奴の気配を感じる。ここから近い、それに別の方向からだが、複数の気配もある……。

 ……案の定か、お仲間を呼び寄せたな。だからといって尻尾を巻く訳にもいかないが……。

「レキサル、奴らもこっちへ来ているぞ」

「……どうにも、そうみたいだね」

 足取りが慎重になる。奴は近い、すぐそこに……。

「うっ?」

 また広間に辿り着いた、先ほど兵士たちがいた部屋よりはずっと狭いが、中央部にパイプの断面が集まっているなど似たところはある。

 そしてせり出しているパイプに寄り掛かかる形で奴が立っている……!

 相変わらずの出で立ち、しかし妙だな? 気配が……奴の所在とズレがある、ような……?

 奴は肩をすくめ、

「思いの外、俺たちは交流を深める結果となったようだ。何だか、お前をあっさりと殺すのも惜しくなってきたよ」

「できるのか?」

『できないと思うのか?』

 うっ……上から、大きな黒い塊が……いや! 立ち上がる、でかい、四メートルはある巨人、機械人間、甲冑のような黒い体、各所が赤く発光している……!

 ここの兵隊か? 奴の意思の元、動いていると見ていいだろう!

 だが、奴を狙えば同じことだろっ……!

「させるかっ!」

 ヴァッジスカルに向けて……奴は笑って両手を広げる……構うか、バスターを撃つっ……!

 刃はまっすぐ飛び、胸部へと命中し、奴は倒れる……!

 だが安易に過ぎる、泥の偽物かっ! 奴の元へ駆ける、しかしそこには……死体があるだけだ、泥人形ではなく本物の死体が……。

「まっ、まさか……!」

 機械人間が腕を振り被る、伸びてくるっ……? 慌てて飛び退くっ……!

『よくもまあ、こんな脆弱な体にいたもんだ』

 機械人間、いや、ヴァッジスカルは元の肉体、その頭部を掴み、片手で持ち上げる……!

 そして、元の肉体が……ニタリと笑んだ……ところで握り潰される……!

 奴の肉体はいま、確実に死んだ……。

 死んだが、奴はまだ生きている!

「お前……! 体を捨てたのかっ……!」

『この体も仮宿に過ぎんがな!』

 甲冑のような鉄の顔に表情はない、しかし、奴は笑っている、身体中の赤い光が強くなる……!

『力の差が分かるか? いくら予知しようとも、その脆弱な体で、武器で、どう戦う!』

 くっ……!

 だが、やるしか……と、しかし奴は周囲を見回し始める……?

『ところで、あの女はどこだ? あの女は……』

 女……?

『あれこそ楽園の徒、あの強靭さ、凝縮された力、ああいった体が欲しい……!』

 ヴァッジスカルは俺を見やる……!

『聞いていないのか? どこから来たのか、どこで作られたのか……』

 まさか、ニプリャのことか?

「知るかよ……!」

『まあいい、この体でもいまは充分だ』

 そして中央のパイプの束に手をかざした……?

『いざ、オルメガリオス大聖堂へ』

 なにっ! やはり行くのかっ? 元老院の中枢へっ……!

『そこで提案だが、どうする、お前もやるか? 決着は奴らを血祭りした後でも付けられる、死闘の前に共闘するか?』

 な、なに……?

『これは数多の区画の集合体であり、分離や合体も可能だ。必要なのはこの区画だけ、切り離して飛べばすぐにでも到着するだろう』

 元老の元へ……?

 行くか、いいや、行きたい、オルメガリオス大聖堂へ……!

 レキサルは無言だが、その瞳は訴えかけている、気持ちは俺と同じだろう……!

『そうだろう? 元老の顔も見たいだろう、外界を統べる愚か者たちの姿をな……』

 ……と、その時、ブラッドワーカーたちの姿が現れる……。

「あっ、テメエ!」

 奴はさっそく臨戦態勢になるが、大男に制止される。

「待ちなさい! あのアテマタ……危険そうよ!」

『はっはは、俺だよぉ』

 ヴァッジスカルの声を聞いて大男は目を丸くする。

『残念だが、これの奪取は失敗した。得られたものといえば、この区画とこの体だけだ』

「ルーザーちゃん……なの? ついに人間やめちゃった……?」

『超人の道を歩み始めたといって欲しいねぇ! ともかく一時休戦だ、すぐに元老院のところへ向かう』

「ああっ?」電撃バカだ「何の話だぁ? んなの仕事の内に入ってねぇーぞっ?」

『降りたければ勝手にしろ。地面とキスしてくたばるんだな』

「ちっ……!」バカは俺たちを指差し「まあいいや、じゃあこっちはこっちで勝手にやらせてもらうぜっ!」

『それは駄目だ』

「ああっ?」

『こいつらがあそこに行ってどんな顔をするのか見たくてね! その後に直々に俺がやる』

「あんだとぉ……? 調子付くなよてめぇええ!」

 その時、ヴァッジスカルの腕が展開、光線銃のようなものが出てくる!

『止めろ、力の制御が完璧ではないんだ、お前を殺した勢いで船を傷付けたくない』

「ちっ……!」

 電撃バカもさすがに力の差は分かったようだな……。

 そして周囲から妙な唸り音が聞こえてくる……。

 窓もなにもないのでどんな状況かは分からないが、きっと分離して移動を始めるのだろう。

 ……やがて室内は妙な沈黙に包まれる。電撃バカは「くだらねぇ」と寝転び、大男は難しい顔で虚空を見詰めている。そしてもうひとり、エシュタリオンの軍人らしき輩は、腕を組んで、こちらを見ている……。

「……あんたは?」

 見た顔だ、どこかで……。

 どこだったろう……?

 少しの沈黙の後、「宿だろう」と男は不意に応答した。

 宿……冒険者の?

 ああ……! そうかもしれない。そうだ、こんなへんぴなところにエシュタリオンの軍人がと不思議に思ったんだ……!

「……あんたは何者だ?」

「答える必要があるか?」

 ない、わな……。少なくともいまは……。

『充電しないと』ゼラテアだ『そろそろ本当に時間切れになるんじゃないかな』

「しかし、電撃をくれる相手が……」

 いる、な……。

 しかし、あいつのところに行って電撃ちょうだい! なんていえる訳もないしな……。まあ、向こうに着いたら挑発でもしてみるか。

 それにしてもワルドは……まだ戦っているんだろうか? それとも決着が付いたのか。あまりに都合のいいタイミングだしな、クルセリアも一枚噛んでいるとは思うんだが……。

「ふと、思ったんだけど」おっとレキサルだ「オル、メガリオス大聖堂のオルは、オルフィンのオルと……同一なのかな?」

 ……どうなんだろう? そもそもメガリオスって何だ? メガロとかって単語なら聞いたことがあるが……。

『そうだ。オルフィンのオルはオリジナルの略、つまり奴らこそがこの星でいう原初の人間なんだ』

 聞いていたのか、ヴァッジスカルが答える。

 しかし、オリジナル、原初の人間だって……?

『だからこそ奴らは肉体を鍛える。その身に誇りを抱いているからだ。そして金属を精錬し、加工することに文化的意義を見出してもいる。ま、素朴で無害なつまらん連中だよ』

「じゃあ、セルフィンのセルとは?」

「我らという意味だよ」レキサルが答える。

『お前たちの中ではな』ヴァッジスカルだ『しかし本当の意味はまた別にあるだろう、しかも、大した内容ではないそれがな』

「なに?」さすがのレキサルも気分を害したようだ「どういう意味だ?」

『すべては便宜上のものなのさ。世界は崩壊し、人々は安息の地を求めて彷徨った。そしてその際に異人種同士が出会い、その内に、ありとあらゆる言語は混ざり合った。つまらん譲歩の精神が小さなコミュニティに芽吹いたとき、世界には無数の言語が生まれ、細切れとなったのだ』

 前に似たような話を蒐集者から聞いたな……。

「しかし、この大陸においてはまたひとつに……」

『なってなどいない。確かにある程度の近似に収束しつつあるが、未だに微細かつ致命的な齟齬は数多い。そして、これは知るひとぞ知る驚異的な事実だが、外界の人間はその齟齬に気付いていないのだ』

 なにぃ……?

「そんな馬鹿な話が……」

『あるのさ。正確には気付いている知識人は相応にいるが、手が付けられない状況にあるというのだ』

 うん? なんだそりゃあ……?

 言葉は通じあっているようで、その実、微妙に齟齬を起こしている、だと……?

「……そうはいっても、すぐに解消可能なんじゃないのか? 国家指定で辞典を統一するとか……」

『言葉の意味を形作るのも言葉なんだぞ、それを理解する個人の背景が異なっていると、言葉の意味もまた微妙に異なる解釈をされるものなのさ。そういや、お前の例え話じゃあないが、天まで届く塔を建造しようとした人々は神に言葉を乱され、完成を断念したという寓話があったな』

 んん……? じゃあなにか、同じ国、同じ人種の住む場所でも、みんな微細かつ致命的な齟齬を抱えて生きているってぇ……?

 いやでも、それでも人間社会は回っているし……?

『ところで、お前のお仲間、意外と会話をしていないことに気付いたか? お前が輪の中心にいることは偶然だと思ったか?』

 えっ、なに?

「なにがよ?」

『お前は客観的にみてかなり語学に精通しているんだよ。教養があるんだ。自然と相手の言語に合わせることができる。生まれのお陰かねぇ?』

「なにぃ……?」

 確かにあそこには日々様々な来客があり……様々な言語も飛び交い……一部理解不能なことも多々あり……その度に勉強させられたものだが……。

 そうか……あるいは母さんがあそこを出なかった理由、俺をあそこで働かせた理由がそれだったのかもしれない……。大人になったとき、いずれどこにでも行けるように、とか……。

『みな、お前だけはよく自分の言葉を理解してくれていると思っているのさ。だからお前は自然と仲間が増えるし、その中核となっている。みなここではお前より孤独なんだ』

 なっ……?

 なにぃいいい……? 嘘だろ、みんなが……?

「いや、みんな普通に会話は成立していたはずだ?」

 だが待て? なんか思い当たるような?

 例えばワルドとアリャ。アリャ当初、ワルドの言葉がよく理解できなかったようだ。単に言い回しが難しいんだと思ったが……その後、俺とアリャに同様のことが起こったことはなかったような? これも単に言い回しの問題なのか?

 じゃあエリとアリャはどうだ? 二人は仲がいい。アリャはエリの懐に収まると大人しくなる。でも、あんまり会話をしたところを見ていないような? 黒エリとアリャも同様のような……。

 じゃあエリと黒エリはどうだ? 彼女らはすぐに仲良くなった。それはもちろん黒エリの好意やエリの寛容さあってのことだろうが、元々同郷だ、言葉はすっかり通じる。そのことが関係していないとは思い難い……。

 そういやフェリクス、あいつは割と自由人らしいが、共闘していてそれほど身勝手な動きをしたことがあるか? 黒エリは扱いにくいようなことをいっていたが……そもそも、黒エリの言葉を充分に理解していないとか……?

 いや、うーん? そんなこともないと思うけれどなぁ……? みんな普通に会話が通じていたし……? それとも、俺の知らないところで齟齬を起こしていたのかなぁ……?

 まじかよ、そんなことがあり得るのか? そういや、ギマのグゥーとかジューはあんまりみんなと話していなかったかもな? 基本、俺とばっかりだった。

 いやでも、ニューはエリと深い話を……翻訳機を使用していたから? いや、でも、聞き取りはともかく、話すには知識が必要だろうし……それも翻訳機を使っていた? しかし、その際には言葉が重なるよな? 発生した声と翻訳した声みたいに、しかし彼女らはごく自然と……。

 ということは? ニューは、レジーマルカの言語を話せる? しかし、なぜ外界の言葉を……?

 ……ふと、妙な想像が脳裏を過る。これは荒唐無稽な妄想か? だが、あえて邪推するなら関連があるのでは? アテマタトレマーの三人中二人はレジーマルカの出身、残り一人はギマでニューの姉みたいな立場、レジーマルカは人と機械の融合を……?

 あっ、あれっ? もし、万が一、ニューがレジーマルカと関係があったら、三人は間接的に繋がらないか? アテマタも……。


「……気が付きましたか? 思い過ごしならばよいのですが……」


 確か、エリがそんなことをいっていたな? あれは、ニューの信仰における危うさだけではなく、言語的な意味も含んであった?

 しかし、単に外界に興味があり、言語に堪能だっただけなのかもしれない、だからエリは言及を止めた? 無闇に疑いたくなかった……?

 やばい、なんでこんなときにこんなことを考えているんだ俺は? ヴァッジスカルの心理作戦か? というかあの野郎、機械の体になってからの方が気安くなってないか……?

 だ、だがいまは元老院だ……。

 いまさら降りることはできないし、到着を待つしかない……。

 しかし、いいのか? 奴らを行かせて……。

 だが、阻止する意義などあるのか……?

 そもそもここで奴らと戦い、倒せたとしても、この船は安全に着陸するのか……?

 ああもう、考えることがいっぱいあって……!

 ……しかし、決着を付けなければならないことは確かだ。

 少なくとも、奴とは大聖堂で……!

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