Dr.Lの心理分析
ヴァッジスカルの居所は掴めていない。このままあの兵士たちを追っていていいものか……というか、奴らはいったいどこに向かっているんだ?
『こんなところまで来たのかい』
うお、またヴァッジスカルか!
『お前のしつこさにはさすがに辟易してきたよ』
「……だったらさっさと決着をつけようぜ」
『まあ待て、今後の予定の話をしようか』
「……なんだと?」
『真面目な話、実際問題ね、いくら優秀っていっても、ひとりの人間がこの巨体を自在に動かすことは不可能なんだ。艦長にはなれるが、我が身にすることはできないといったところか』
やはりか、苦戦しているとは思っていた。
「……ふん、そうだろうよ」
『まあ、絶対に不可能というわけではないんだけどね、マザーブレインに接続すると俺さまが俺さまではなくなってしまう可能性が極めて高いのさ。でも、それじゃあちょっと面白くないわけだ』
「そうかよ」
『そこで艦長に甘んじようと思っていたわけだけどさ……お前って本当にいらんことしちゃう野郎だねぇ……! まったくもってびっくりだ、とんでもない奴らを侵入させたな、軍隊蟻は喜んでここを巣にするぞ』
巣にする? つまり、あの兵士たちはここを制圧しようとしている……?
「……俺が入れたわけじゃねぇよ。奴らが都合よく侵入したから、後を追わせてもらっただけだ」
『あんなもの、いったい誰が呼び寄せた? 女帝さんか?』
「ゼラテアだ。ああ、あと、お前のお友達が奴らに攻撃していたな。ブラッドワーカーも終わりかもしれん」
ヴァッジスカルは少しの間、沈黙する……。
『……ともかくだ、ことはお前の想像を絶するだろう。軍隊蟻はかなり古いアテマタ……いや、正確にはオートマタ……これも違うな、オートキル? どうにも、楽園時代を滅ぼした悪霊の一種らしい』
楽園時代……?
「……それがどうした?」
『いくら文句があろうとけっきょく俺さまたちは人間同士、反目し合いながらも共存できるはずなんだ。しかし奴らは甘くないぞ、増え過ぎるといつか必ずどこかで衝突が起こり、ひいては人類規模の戦いに発展するだろう』
「お前たちが好き放題にするのとどこが違う?」
『お前、俺さまたちの力で人類が滅びると本当に思っているのか? あのね、まあ……俺さまも悪かったよ、ちょっと自己評価が高過ぎるきらいがあるからね、つい誇張してしまうんだ』
なんだ? 急に態度が控え目になってきやがったな……。
『でも現実は甘くないのよ、俺たちが懸命に殺し回っても、ゴキブリ以上の繁殖力で涌いてくるんだ君たちはさぁ? 人類滅亡なんて最難関の公共事業だよ、信じられんほどに困難だ、こっちはもう過労死寸前、つまりは無理筋なんだねぇ……!』
好き勝手なこといいやがって……!
『まあ、それでも多少は見込みがあった! こいつとの同化が最後の希望だったんだよ。でもおめでとう、軍隊蟻のおかげでその夢も潰えた……ガックリちゃん!』
「ざまあみろだ!」
『今後は大量殺戮兵器で都市のひとつふたつ消しとばして回るのがせいぜいだろうさ。でも、それの入手がまず困難だ。どこからか目撃者が涌く、あるいは内部にスパイがいるんだろうね、とにかく必ずといっていいほど準備段階で発覚し、阻止されてしまう。それが大規模な作戦であるほどに発覚率は急上昇する。仮に入手に成功し作戦を実行できても、その後がまた大変なんだ。それをやった後の報復、そのしつこさは筆舌に値するだろう。まったく、面倒くさい話さぁ……!』
「当然だ、バカめが……!」
『そうしてお前たちって奴らは危機に陥ればこそ本能的にまた増えようとするし本当、断言できる! お前たちはゴキブリよりもしつこい!』
いいたい放題だなこいつ……!
『だが軍隊蟻は本当にやれる力を秘めている。奴らは一切の休養を必要とせず淡々と殺し回れる。いいことを教えてやろうか? 瀕死の時代に人類を追い詰めたのは軍隊蟻の力によるところも大きいんだよ』
なっ……なにぃっ?
「それは……シンではないのかっ?」
『さて、文献とかいい加減なのもあるからねぇ……。軍隊蟻はシンの降臨よりもっと古い時代のものだし、謎が多い。根っこが何に繋がっているのか分かったもんじゃないよぉ?』
「……お前の方がマシだと?」
『優劣があろうと同じ人間同士だろう? 訳の分からん機械よりマシだと思うねぇ……!』
優劣、ね……。
「……仮にあの兵士たちを始末したとしても、そうしたらお前はこの巨大兵器で外界を滅ぼすだろうがよ、脅威としてどこが違うってんだよ?」
『あ、やっぱりそこに気付いちゃう?』
「……当たり前だっ!」
『それでも俺さまの見立てじゃこっちの方がマシだと思うんだなぁ……!』
「信じられるか、マヌケが!」
……だが事態は深刻か? 奴に手を貸すなんて論外だが、その言い分がまるで嘘とも思えない……。あの兵士たちがこれを制圧し、増殖するとなると、あるいは人類の脅威になる可能性も……。
この巨大兵器か軍隊蟻の増殖か……。
しかし実際問題、あの兵士たちに手を出すなんて自殺行為だ。広い場所でドラゴンを相手にできる戦力、こんな閉所で戦闘になった場合、高確率にて俺たちが殺されるだろう……!
『まあいい。とりあえずは元老院の老人どもを血祭りにあげるまで保てばいいさ。その後はポイしちゃおうっと!』
「……なにっ? 元老院を?」
『昔コキ使われたからさぁ、そろそろくたばってもらおうかなとね! オルメガリオス大聖堂を派手に吹っ飛ばしたら驚くぞぉ! なんせあそこには奴らの生命線があるし……あれ? すごい偶然だ、今週はあの老人たちが集うんじゃなかったっけ……? なんていいタイミングなんだ!』
……なにぃ? まじかよ、いまそこに元老たちがいるっ……?
……こいつは絶対に偶然ではないな。つまりクルセリアが結婚式を今日に選んだことには理由がある……! 最初からヴァッジスカルに継がせて、元老院を潰す算段だったんだろう……!
……理由はともかく、それはそれで、アリか? 元老院がなくなれば少なくともセルフィンへの攻撃は止まる……? 各国の不穏な動向も収まるかもしれない……? それとも、外界の暗躍者が消えてむしろ混沌の時代が到来する……?
希望や懸念は色々とあるが、少なくとも現状における元老院の印象は最悪だ。それゆえに、都合がいいっちゃいい……。
……しかし、ヴァッジスカルのブラフとも限らない。最初からそんなことをするつもりはないのかもしれない。いま確実なのは兵士たちを放置しておけば少なくともこの巨大兵器は墜ちるということ……いや、そうなるのか? あの兵士たちが制圧して、すぐさま人類に攻撃を仕掛けてくる可能性は……?
やはりヴァッジスカルの方がマシ? いやいや、それはない! ベストなのは両方始末することだが……いまの戦力じゃ不可能だろうし、攻撃に参加した者は今後延々と狙われる危険性がある……。
くそっ、ゼラテア、何を考えている……! 最初からこうなるように仕組んだんじゃないのか……?
ドラゴンをここに呼び寄せたのはあの兵士たちと衝突させて損害を与えるため? あの鳥っぽいのはドラゴンが劣勢になった時の保険? 五十体とか大量にやって来たらさしもののドラゴンもあっさり負けるかもしれないからな。そして体良くドラゴンが損害を与え、兵士たちは修理のために内部へと侵入する、侵入したら豊富な物資を使って増える、あるいは制圧し、拠点にする……。
「ゼラテア……! いるのかっ……?」
返事はない……肝心な時に限ってこれだ!
なんだってんだよ? 兵士たちの増殖が目的でも、なんであいつがそんなことを画策する? というかなぜ俺に接触してきた? 勝手にやりゃあいいじゃないか……。
ゼラテアは死を超越した存在、アイテールは死の座を奪う、つまりあいつはアイテールの意思の元、動いている……? まさか、クルセリアからして……?
この巨大兵器は最初から兵士たちの餌だった? 以前はルクセブラに所有権があった、しかしあの女帝はこれの所有を早々に放棄した、つまりは受け取る資格があった、クルセリアとヴァッジスカル、そしてあの女帝には共通点がある……。
ダイモニカスとはこの巨大兵器のことではない、クルセリアやヴァッジスカルのような特異な人種、異邦人のこと、ではなぜ混同されたのか、それは異邦人たちのものだったから……? おそらく正式な名称はアフロディーテ……。
ダイモニカス、アフロディーテ、なにかの雨、瀕死の時代、古い機械兵士……楽園時代……。きっと、すべてが繋がっている。
だが情報が足りない、こうして悩んでいても仕方がない、いまは奴だ、奴を倒すことに専念する……!
しかし、どこにいるというんだ? 結局この問題に行き着いてしまう。艦長とかいっていたし、操舵室のような場所か? アフロディーテは円板状をしている、なんとなくだが端の方とは考え難い。やはり中央付近ではないだろうか? しかし中央ってどっちだ……?
……というか、レキサルは迷いなく進んでいくな。確かに兵士たちはずっと移動をしているようだが……?
「……レキサル、奴らはずっと動いているよな?」
彼は振り返り、
「そのようだね。おそらく操舵室のような場所を制圧しようとしているんじゃないかな」
レキサルもそう考えるか……ならば可能性はあるな。
「見てくれ、通路の各所が破壊されている」
彼は通路を上部を指差す。
……確かに小型の銃器のようなものが破壊されているな。
「防衛システムを突破した跡がある。それが単なる侵入者への排斥行為なのか、それとも、自身のところへ向かっていることを脅威と思っての行動なのか……判別はつかないが、情報が足りないいま、後者に賭けてみるしかないんじゃないかな……」
そうだな、そうする以外にはないだろうな。
……と、狭い通路から解放され、ちょっとした広間に出た。そこは相変わらずパイプのような導管が密集したような雰囲気だが、それらが一箇所に束ねられている部分があり、柱のようになっている。なんとなくそれに触れてみると……脈動のような振動を感じるな……。
「こっち、かな?」
レキサルは複数枝分かれしている通路のひとつを覗き見る。
「……銃撃音が聞こえる」
俺には聞こえないが、戦闘はしていることだろうな。
そして俺たちはまた通路を進んでいく。兵士たちの気配は数十メートルほど先、また進み出した。
「……ところで」ふとレキサルは振り返り「君は輪廻を巡る存在だそうだね?」
……うん? なんだいきなり……?
「ああ、まあ、そう、らしいな……。でも実感はないよ。記憶もないのに前世のことで振り回されっぱなしだ」
「そういうものなのかい? なんだか旨みがないね」
「まあ前世の骨だかを手にしたら記憶や技術とかを受け継げるらしいんだけれどさ、それも薄気味悪い話さ。それどころか、突然体が女になったり」
「ああ、あの赤い髪の」
「意味が分からんよ。というか、俺と一緒にいたニプリャ……パムっぽい女いたろう?」
「ああ、そうだ、彼女は何者なんだい?」
「黒エリが変身した。そしてどうにも先の赤髪の女、レクテリオラと関係があるらしい……」
「……変身だって? そして君の前世と関係があると。なるほど、だからか」
「え、なにが?」
「時折、君のことをじっと見詰めていたから。そういうことなのかと」
「そういうって?」
「もちろん、慕っているんじゃないかと。私と戦った時も身を挺して庇ったろう?」
「……いやあ、それはないかな。あいつ、男に興味ないんだよ」
「おや、そうなのかい?」
「エリが好きなんだ」
「ああ、なるほど……?」
「仮に興味があるにしても、レクテリオラの影響じゃないかな。ニプリャと同化している上に変身するんだ、黒エリの状態でも彼女の意識がないとは限らない」
「……うん? では、レクテリオラになった状態でそのニプリャに出会ったらどうなるんだろう?」
「どうなるか分からないから恐ろしいんだよ……」
「君が変身というか彼女の体を操作することになったことと無関係とは思えないな……」
「まさか、あのまま会いに行けって?」
「そうかもしれない」
「それでどうなる?」
「分からないが、そうさせた意思があるってことが重要なんじゃないかな」
それは……確かに。
「それがレクテリオラの意思だとしたら、いよいよ前世との同一視が難しくなるな。なんというか……人格が乖離しているというか、魂が違う、みたいな?」
「なるほど異なる感じではあるかな……」
そして俺はなんとなくゼラテアの話をし、レキサルは唸った。
「犠牲魔術によって死を超越する……?」
「ゼラテアがどんな状態にあるのか不明だが、どうにも俺にしか見えないし触れられないらしい。この特異性は非常に不可解だ。俺の妄想、幻覚かとも疑うが、それでは説明が付かないことが多過ぎる。彼女は存在の仕方という違いはあれども、いることには違いないと思うしな」
「能力に関係しているのかもしれない。普段は目にすることのできない存在を認識できる者はセルフィンにもいる」
「そうなのか」
「それも含めて、君は色々と不思議だね。電撃を無効化したり、予知も可能とか」
「そうだな……」
……実際に能力が発現したのはユニグルのアレがきっかけだろう。拘束され、電撃をくらっている状態から逃れるために力を欲した。だから危害になり得る電撃が無効化され、それと同時に拘束を打ち破る力が肉体活性により付与される。なるほど要求は叶えられている。
しかしそれと予知がなんの関係にあるというのだろう? 予知は電撃で活性して発動する。これはニューとの、これまたアレな方法で得た力だが、それはつまり不眠によって、あるいは攻撃をくらうことで引き出された力だ。それがどうして電撃で発動するんだ……? そういや、ゼラテアは充電といっていたな……。
そもそも、電撃を無効化する肉体というのはいかにも馬鹿げている……というより、その能力を得たとするなら肉体が何らかの変異をしているということにならないか? しかし、そうしたとするなら、従来の状態とは異なる点が現れるのではないだろうか? 例えば肌触りでもなんでも、以前とは異なる点が現れるはず……。
……しかし、そのような感じはない。俺の手は変わらず俺の手だ、機械っぽくなったとかそういう変化はない。
……あるいはこうなのかもしれない、電撃を肩代わりする鎧を俺はすでに身に付けているなど……。
そしてそれは電撃を無効化しているのではなく、吸収しているのでは? 充電をし、そのエネルギーを元に身体能力を向上させ、予知をする機能を起動している……?
あるいはすべての魔術師がそうなのかもしれない。みな各々、目には見えない異なる装備をその身に宿しているのかもしれない。違いはその機能……。
確信はないが、もしそうだとしたら……改良もできるのでは? アイテールが構造を有するのなら、機械のように改良できるはずだ……。
そうだ、そもそも構造を有するってなんだ? それは自然発生的なのか? それとも俺の要求に従って誰かがデザインしている?
人は体を鍛えれば筋肉が発達し、膂力は向上する。しかしそれは人体にもともと備わっている機能であり、それを逸脱することはない。それ以外の能力を付与するには設計が必要なはずなんだ……。
無意識的にやっている? それとも……。
これらのことをレキサルに話すと、彼は唸った。
「自在にアイテールの機能を変化できたらそれこそ無敵の力といえるだろうね。しかし、多様な魔術を扱える者はいても、変幻自在とはいかないのが現実だ」
「具象魔術は? 等身大の人間並みの質量を生み出すなんて尋常じゃない力だ」
「中身は空っぽかもしれないよ。抵抗や抗力が強くて質量があるように思えるだけなのかもしれない」
中身は空、か……。確かに反発する力が強ければどうとでも再現できるのかもしれないな……。
「その、ゼラテアという人が見えるのは、アイテールでできたゴーグルのようなものを身に付けているからなのかもしれないね。そしてスーツを通して触れることもできる。それは君の装備特有の機能であり、だからこそ君に接触してきた」
「だとしたらあの黒い影たちは……」
「実在するか? それは分からない」
「ゼラテアは自身を美しいと認識していた。やはりそういう形をしているのでは?」
「君にはどう映ったんだい?」
「……まあ、美しいといっていいとは思う」
『本当?』
うおっ、なんか急に出てきやがった!
「ゼラテア! いったい何を……」
『やあ、そろそろか。決戦の前に話をしよう』
なんだまたヴァッジスカルか……!
「ちょっと黙っていろ! いまゼラテアに話があるんだよ!」
『充電しないの?』
ああもう、話がとっちらかってなぁ……!
『俺はお前のことをよく調べたよ』
『そろそろ充電した方がいいよ』
お前ら、同時に喋るなっ……!
『その生い立ち、生き方、何をして、何を考えて生きてきたか』
なにぃ……? いや待て、いまはゼラテアに話が……。
『よく勘違いされるんだけどさ、俺さまはさしてやりたい放題している訳じゃないんだよ。ある者が何を恐れ、何を憎み、何を嫌がるのかちゃんと調べてブラッドワークをしているんだ』
「なにぃ? お前が俺の何を知っているというんだっ……?」
『腹違いの妹を誰よりも愛している』
なっ……!
なにぃいいいいいっ……?
『……だが、これは正しくない。お前の反応を見ればそうと分かった。俺さまを欺くとはかなりの曲者だねぇ……!』
当然だ……! ふざけやがって……!
「あいつはとんでもない悪女だっ……!」
『充電しないのって』
「うるせぇよ!」
一喝するとゼラテアは首を絞めてくる……!
待て待てお前と戯れてる場合じゃないっての……!
『そこだ。お前は悪に怒るが、それは裏を返せば興味があるということでもある。だからあの女を殺して終わりにはしなかったし、俺さまの話もちゃんと聞くし、こんなところまで追ってくる』
「なにぃ……?」
『ルーザーウィナー先生の心理分析は結構当たるのよぉ?』
なーにが先生だ……!
「どうせでまかせだろ!」
『そうかな? じゃあ試しに聞いてみなよ』
ちっ、お前に遊んでいる余裕なんかあるのかよ……!
というかゼラテアも首から手を離さないし……!
『……さて続きだが、お前は悪に興味がある。しかし、自身が悪事を行うことには興味がない。あくまでそれを行う他人に興味があるらしい。だからお前は怒りつつも知ろうとする。ある可能性を期待するからだ。しかし、大抵は取るに足りないものしか出てこない。だからお前はまた怒る。そんなことでやったのかと……』
ある、可能性……。
『どうにもお前、俺が赤ん坊を殺したことに興味があるようだな? 俺への最大の関心がそこにある。だから俺にこだわる』
……確かに、それはあるだろうさ。だからお前を嫌悪している……。
「……どうせ大層な理由などないんだろう?」
『だが、お前は期待した。しかし妙だな、お前には弱者への加虐趣味がない。むしろ奴に近いな、強者を打ち倒すことに興味を抱くタイプだ』
「……奴って蒐集者かっ? なんでそんなことが分かるんだよっ?」
『行動から分析できるのさ。その上で赤ん坊の死に興味を持つということは……』
「……なんだっ?」
『……ところで、お前は禅を知っているそうだな?』
「……それがどうした?」
『白い教会の教えに傾倒しなかったのは、そっちに興味があったからじゃないのかい? そうだ、お前は不条理に晒されて生きてきた。だからそれをすっかり飲み下したいと思っている』
不条理……。
『単刀直入にいってやろうか、とどのつまり、お前は社会、世間……いいや、俗さを憎んでいる』
俗さ……か。
なるほど、そういった解釈をしたか……。
『だから聖女のような女が好きだし、このボーダーランドの土を踏んだ』
「……分かった」
『分かったって?』
「もういいって話だ……」
『当たっていただろう?』
「まあ、そこそこ、な……」
『なんだよぉ、俺さまとお前の仲じゃないか、そんなに半端なこといわれると逆に続けたくなっちゃうねぇ!』
「いや、もう充分だ……」
『普通に生きていたって辛く悲しいことはたくさんあるよ。ある地で慎ましく生活し、そして自然と生まれる苦痛を感じる。それは飢えだったり、他者との不和だったり、事故や病魔、親しい者との決別、死別……いくらでもあるじゃないか。それがここでの苦しみに劣るなんて誰がいえるんだい?』
これは……。
『なるほど一理ある。しかし、視点を変えればお前はあそこの狂気と俗世間を天秤に掛けたということでもある』
「……分かったよ」
『いいやまだだ。つまりそれがお前なんだよ。それほどまでに、お前は俗世を憎悪している』
「憎悪ではない……」
『いいや、憎んでいるね! 重要なのはここからだ!』
お前には分からない……。
『なぜ、そこまで憎悪するのか?』
お前には、理解できない……。
『お前は女給の私生児であり、それを恥じているんだ』
『お前は、俗物どもに辱められた』
『罪を背負わされた』
『あの屋敷から離れられなかったのはそのためだ』
『お前の監獄。だからこそ』
『母親が殺されたとき』
『お前はこう思ったんじゃないか?』
『彼女は罰せられたのだと』
『お前の罪を背負っていったのだと』
『お前は浄化された。ようやく故郷より解放された』
『そして俗世を捨ててここに来た』
『だから死ぬような目に遭っても帰ろうとはしなかったし』
『こんなところにまで来る』
『そんなお前が外界を守る?』
『チンケな正義感じゃないか』
『違うだろう? お前は俺に会いに来たんだ』
『赤子を殺した俺に会いに来た』
『赤子を殺せる者は凶悪犯か超越者のどちらかだとお前は思ったんだ』
『でも、悪いねぇ! 正直にいうと、あの時の俺にそんな大層な思想はなかったんだよ』
『期待を裏切って済まないね』
『さあ、殺しに来なよ』