絶滅に至る隔絶
今日は気分がいいので俺さまの下積み時代の話をしてやろう。
当時からしてありとあらゆる悪事に通じていた俺さまだったが、シャイだったせいか世間の評判はチンピラに毛が生えた程度だったんだ。そんな不名誉にあずかり俺さまは悩んだね、ここで一発、ユニークなことをしなきゃいけないって考えたもんだ。
そんなある日、依頼が舞い込んできた。とあるチンピラをやれって内容だ。木っ端の常として依頼者は明かされないが、そこは俺さま、突き止めることに成功した。なんと議会のお偉いさんだったんだ。
なんでもそのお偉いさん、ある女優と不倫していて、そのことで脅されたんだとさ。その女優は昔、商売女らしくって、その筋のチンピラに目を付けられたんだな。つまりチンピラが女優を脅して、脅された女優がお偉いさんを脅して、そのお偉いさんがチンピラをブチ殺そうっていう構図さ。
でもただチンピラをやればいいってわけじゃない。そのバックをもビビらせたいから張り切ってやれってお達しが出たんだ。
どうやったかって? バラして並べてドミノ倒しにでもした? ははは、それもいいけどそうじゃない。
いいかい、人体なんてのはとどのつまりモノだし、モノの破壊には誰だって馴れるもんなんだ。生き物ってのは殺して食ってナンボだろう? その際に嫌でも血とか内臓見るじゃないか。そこでイヤーンなんていってたら生きていけないわけよ。だからバラすなんてことも誰だって馴れちゃうんだ。
でもね、関係性を考慮すると話は変わってくる。例えばあれだ、我が子の無残な死に様を目の当たりにした母親だ、それが完全に発狂する様を見て肝が冷えない奴はなかなかいない。ほとんどのヤツがビビるもんさ。
ここで人類は旧世代の猿とアレをおっ立てるサイコ野郎と俺さまたちとで三種類に分けられる。まあ、その悲鳴を目覚まし時計の音に設定してるのは俺さまくらいのもんだろうがね。
というわけで関係性を考慮してやったわけだ。それで……(中略)……とまあこんな風に頑張ったんだけど、依頼者からこんなお達しがきた。要約すると「残酷だ」ってさ!
おいおい、殺人依頼を出した野郎がナニをいってるのと、ゲンナリするよね。いつもそうだ。どんな大統領も戦場を目の当たりにして「思った通りの惨状だ!」とは膝を叩かない。
俺さまならこういうがね「なんてひどいザマだ! もっとやれるだろ!」
◇
意気込んで足を踏み出したとき、航空機がやってきていることに気づく。なんだあれは? 下腹部の辺りにたくさんの人影が……って、次々と降ってきた! 数は多いが気配は薄い、十数体はいる、近くに続々と着地していくぞ……!
どれもが等身大の機械兵士、ヘルメットを被っているような頭部、草むらに覆われているような体、ぱっと見のフォルムはどれも同じだが、細部となればどれも異なっている。まるでガラクタをかき集めたかのように……。武装も同様に大型の銃ということしかわからないものを手にしている。
しかし、こんなところに呼び寄せるんだ、あれらもまた段違いにヤバい奴らに違いない……!
それに場所も悪い、ギマ軍の馬が狙われたら厄介だ、俺が奴らの気を引くしかないか……!
俺はわざと兵士たちの近くを走り抜ける……! すると奴らは一斉にこちらを見やった!
……兵士たちはこぞって俺を凝視している……と思った途端に、うおお、一斉に追ってきやがった……!
奴らは姿勢を低くし、足音も立てない、静かに、黙々と追ってくる……。すぐに攻撃してくる気配はないようだが……。
そして馬より引き離していくと……おおっと、ドラゴンが起き上がった! ……しかしひどい姿だ、顔半分から胸元までの鱗が剥がれて真皮がむき出しになっている……! ワルドの攻撃がどれほどの威力かよくわかるというものだ。
『オオオ……よくもやってくれたなァアアアアアアアアッ!』
ドラゴンが構え、またなにやら唱え始める! すると兵隊たちがドラゴンに興味を移したようだ? 向こうを凝視し始める……。
『……チッ! 軍隊蟻かっ……!』
……おお? 激昂していたはずのドラゴンが急に静まり、後退したっ……?
なんだ、あの兵士たちはそれほどまでに危険なのか……っと、そこに通信、
『聞こえますか、ローミューン殿』
この声、さっきの?
『先ほど迎えに上がりましたアル・メー軍曹であります』
「ああ、さっきは助かったよ!」
『要点のみ伝えます。それらのオートマタは通称殺戮兵士、根絶部隊、軍隊蟻などと呼ばれる謎の戦闘部隊です』
軍隊蟻、あのドラゴンもそういっていた……って、ドラゴンが身構えたぞ……!
『我が貴様らなどに臆するか、虫ケラァアアアアアアッ!』
こいつはヤバい、尾の薙ぎ払いがくるぞっ!
『個々の性能もさることながら、常に組織立って行動し、極めて高い戦闘力を持ちます。そして撃破したとしても、この地にある、ありとあらゆるパーツを再利用して部隊を再生させるのです』
待って待って話を聞いている余裕はない、急いでこの場を離れなければ、間に合うかっ……?
『散れィイイイイイッ!』
薙ぎ払いがきたぁっ! だが俺は充分に離れているはず……って、余波の暴風が背中を押すっ、体が宙に浮いたっ……!
「マジかよっ……!」
『そして部隊の全貌は不明、ですがこれだけはいえます』
なんとか無事に着地、ああくそあの野郎……と振り返ると、兵隊たちは同時に着地するところだ、跳んでかわしたんだろう。
『敵性確認、排除対象に指定』
これは機械兵士の声か? 敵対したようだな。
『標的にされてしまうと最後、仕留めるまで延々と追ってくるという話です』
……まったく、ゆっくり説明を聞く暇もないな。
「……ええっと、とにかくヤバい奴らだって?」
『はい、極めてヤバい対象です。絶対に攻撃を仕掛けないよう進言します』
「……そうか、ありがとう!」
『ご武運を……おおっ?』
なんだ、向こうより轟音が聞こえたっ? まさかっ!
「おいっ! なんだいまの音はっ?」
『あ、あなたのお仲間が……』
「仲間、どうしたっ?」
『お待ち下さい、怪我か急病か、蹲っています』
仲間、どっちだ……? 怪我などはしていない様子だったが……。
『どうしました、お怪我でも……?』
少し遠めより、ウ、ウ、ウと唸り声が聞こえる、これは黒エリのものか……?
「どうしたんだ、なにがあったっ?」
『これは……!』
なんだ、なんだってのよ……?
『あなたはいったい……? むっ、待て、なにを……!』
また轟音っ? しかも今度は金属がひしゃげるような嫌な音が……! マジでなんだってんだ……!
「おい、マジでどうしたんだよっ?」
『ああ……あの……。ドアを蹴破って、飛び降りてしまった……』
飛び降りたぁ? 黒エリが?
『おい、あいつ飛び降りちまったよ!』
グゥーか!
「ドアを蹴破ったって? そっちは無事か?」
『ああ、飛ぶには支障ない、でも……』
「なんだってんだ、待ってろっていったのに……」
『あいつ、変身したぞ!』
……変身?
変身ってなんだ? ……まさか、また暴走状態に?
『あれは黒豹だ……!』
黒豹……まさか、ニプリャかっ?
マジかよ、あれは内在しているものに過ぎないのではっ? 表に出てくるなんてことがあるのかっ?
いや、アテマタには意思があり、きっと心情だってあるはず、つまり人間にかなり近しい存在のはずだ。いくら転生者を崇拝しているとはいえ、黒エリが当然のごとく支配権を握っていられるとは限らない……!
『ま、まあ、軍馬のドアを蹴破るんだ、かなりの戦力になるんじゃない? なんかスッゲー勢いで走っていったし……』
じゃない? じゃねーよ!
ニプリャはなにかとまずい、敵対すら充分にあり得る……!
「なにがどうしてそんなことになっちまったんだ……!」
『わからんけど、また戻ってこないって百回ぐらい呟いてて怖かった……』
戻ってこない、ニプリャだからきっとレクテリオラ関係か、くそっ、俺自身には関係ないってのによ……!
『ともかく用が済んだらすぐに離れろよ! なんかまた謎の反応がそっちに向かっているんだからな!』
なに……? ゼラテアめ、まだ何か呼んでいるのか……って、たしかに来ているな、これまた馬鹿でかいものが飛んでくる……!
あれはなんだ、シルエットからして鳥か? しかし頭がないような、平べったいような、そしてえらく色彩豊かっぽい感じ……。
しかし、こちらに来るのかと思えば、なにやら少し遠目の場所に降下していくな……?
「おい、ゼラテア! お前この、どんだけ呼ぶんだよ!」
気づくと、奴は側に立っている!
『それより、後ろに気をつけたらどうかな』
……来たな、ニプリャだ! マジでスッゲー速さでこっちに……って、突如、止まった!
やはり黒いパムの女、前に見た通り、意外と機械っぽくはないな……。周囲をきょろきょろと見回している……。
「あれ、あれあれ、赤い髪の子、見なかった?」
なに、気配があったのか? 俺のものと勘違いした?
……ともかく俺がどういう存在かはわかっていないようだ。だとするなら下手に刺激する必要などない……。
しかし、ワルドに黒エリにヴァッジスカル、気にかける対象が多くてどうしたものか……。ワルドは空中を飛び回り、圧倒的な破壊力で魔女と防衛システムを同時に相手取っている、ドラゴンは兵隊たちとやり合い、その頭上をいつの間にやら謎の鳥? が飛び回っている……。
ワルドの戦いに割って入ることはできない。となればいま優先すべきはやはりあの野郎か……!
「悪いが先に片付けたい要件があるんでな!」
そして走り出すと、ニプリャがついてくる、散歩するような足取りで横に並んだ、こっちは結構頑張って走っているんだがな……!
「どこいくの?」
「……敵を倒しに」
「ふーん」
……さて、単身で突っ込むのはやはり危険だろう。やはり奴らを引き連れて行くべきか、そうなんだろうな……。
あああやりたくねぇ……! しかし釣り上げるなら奴が最も楽だろう……!
「おいっ! このクソドラゴン! こっちにこい!」
『ナニィ……?』
ドラゴンがこっちを見やった! 意外と聞こえるのね!
『なんとぬかした、虫ケラァアアアアアアアアアアッ!』
うひゃあ、こいつは洒落にならねぇよっ? 全力ダッシュだっ!
「あははっ、こっちに来るよ!」
ニプリャは楽しそうだ! ヤバい、マジで急がないと踏み潰される……以前に、ドラゴンが口元で構えたっ! また紫の火炎放射がくるのかぁっ……?
ヤバい死ぬ死ぬ、どこかに隠れる場所は? ないっ!
「ニプリャッ! ものすごい火炎放射がくるっ! 俺を掴んで上にぶん投げてくれっ!」
「え、なんでわたしの名前、知ってるの?」
しまった! 変なところでマズッたか!
「き、気になるかっ?」
「なる」
「だったら俺をぶん投げてくれっ! このままじゃ死んじまう!」
「わかった」
「お前もかわせよ! 直撃したら洒落にならんからな!」
「うん」
くるっ! あの一撃だ!
『塵すら残さん! くたばれェエエエエイイイイイッ!』
「いくよっ!」
視界が高速で回転っ? 気づいたら……空にいるぅ……!
だが覚悟の上、慣れっこってわけじゃあないが、空中戦はつい最近もしたしな! 慌ててばかりもいられんっ!
狙う、バスターだ、予知のヴィジョン、奴の目に当ててみせる!
広がる無数の未来、可能性を掴み取れ!
……いや、待て……!
白い鳥が飛んでいく……!
「そこかっ……? くらえぃいいいっ!」
撃ったっ……!
俺のバスターとてあの巨体からすりゃ小石みたいなもんだろうさ、だが……! 目を貫かれればしっかり痛いだろうぜっ!
『グァアアッ?』
奴の顔が逸れた、火炎放射が止まる!
「はっはは! 見たか!」
でも俺、落下していくんだよね……!
『お兄さま聞こえますか? ニューです』
ええっ?
『残ったとの報告を受けました』
いやいや! いまそれどころじゃないんだよねっ?
『どうして……』
落ちるぅうううう……って、いや、ニプリャが空中で受け止めてくれた、俺たちは着地する!
ああ……なんか気分悪い……。切羽詰まっての提案だったが、結構な無茶だったな……。
「それで、なんで知ってるの? わたしの名前」
ああ、そうだそうだ、ええっと……?
「……ああ、アテマタの知り合い? がね……」
『お兄さま?』
おおっとこっちの話の途中でもあった。
「ニュー、あれだ、ちょっとヴァッジスカルとの決着をね!」
「ニュー?」ニプリャは首をかしげる「ヴァッジ……?」
いやこっちの話なんだけどね……!
「すまないニュー、すぐに戻るから! 約束だ! ちょっと立て込んでいるから切るよ!」
『あの、お兄さま……』
そしてニプリャか、
「いやこっちの話、それで君の名前の件だな、それはアテマタだ、アテマタの知り合いから聞いたんだ」
「なーんだ」
そしてなんだ、ドラゴンだ、奴は片目を抑えている、最悪潰れたか? いや? なんだ、頭上の鳥みたいなのが降りてくるっ……! そして輝く触手? のようなものをドラゴンに伸ばしている……。
うっ? あれはまさか! 治療しているのかっ?
『治療行為確認、阻止せよ』
機械兵士たちが鳥のようなものを攻撃し始める! たしかにまずいな、ここで治療されてはかなわん……!
だが、傷を癒す鳥を攻撃するのは……ちょっと気がひけるな。それにあれはとりわけドラゴンの仲間ってわけでもなさそうだ。気配に敵意もないし、なんというか、あくまで善意でやっているような……そんな感じがする……。
『ぬぅうううっ! やめろ、邪魔だっ!』
おおっと無駄にプライドの高いドラゴンが手を振り回して追い払った、鳥のようなものはまた空へと飛び立つ……。
治療はさして進んではいないようだ、奴の高慢さに救われたな……!
『やってくれたな、虫ケラどもめが……!』ドラゴンがこっちを睨んでいるぅ……!『生きては帰さんぞォオオオオオオオッ!』
やっぱりお怒りですかっ? まずいな、さっさと奴らの元にたどり着かないとこっちの身がもたん! というか、また何やら変な気配があるぞ……! 見ると、宙にローブに身を包んだ謎の人物が浮かんでいる……? 巨人とまではいかないが結構でかいな、少なくとも常人のサイズではない……。あれもヘルブリンガー関係か?
しかし優先すべきは向こうだ、遠くに見える幾人かの影、奴らに違いない……! 離れていくように歩いている!
さっさと追いつきたいが、こうだだっ広い場所では面倒だな。走って逃げられちゃあ、追いつくのも一苦労だろう。
そういう意味じゃあ、ニプリャがいるのは好都合かもしれない。奴らとて乗り物もなしにあのスピードからは逃れられまい。
「なあニプリャ、俺は向こうの奴らを追いかけている……」
なにっ? 光線がくる、慌ててかわすと一瞬、紫色の光が見えたぞっ……!
『チッ……すばしっこい鼠め!』
今度は鼠呼ばわりか、それよりヤバいな、大火力をぶちまけるのではなく、正確にこちらを狙ってきた……!
「ニプリャ、俺は向こうの奴らを追っているんだ、もし走って逃げるようなら先回りして足止めしてくれないかっ?」
「うん、いいよ。あなたどこかレオラに似てる気がするし」
レオラ? ああ、レクテリオラの愛称か? いや待て、またくる、四方八方から塊が飛んでくるっ?
「うおおっ?」
地面に突っ伏しなんとか回避……! くっ、あのドラゴンめ……!
『……ほう、鼠にしてもいい動きだな。予知者か』
ああくそ、今度こそ追いかけるぞ……と、そのとき、音楽がっ……?
ぐっ……うるさい、激しい曲調、しきりに〝やれ、もっとやれ!〟と繰り返している……が、すぐに音が小さくなった、そして奴の声……!
『やあ、お前かい。駒としての役割は終わった、さっさとくたばっちまいなよ』
「ぬかせ、そうなるのはお前の方だ!」
『まったく、困ったもんだ。やはり予知能力者に関わるとダメだね、計算外の事態ばかり起こる』
「そいつはお生憎様だな!」
『まあ、もはや駒は必要ないがね』
奴らは遠ざかっては行くものの、急いでいる風でもない……。ドラゴンはまた兵隊と交戦し始めてこちらより気が逸れたようだ、ローブの人影も動かない、俺の足も自然とゆっくりになる。
『しかし、振り返ってみれば俺さま、お前に負けてばっかりだねぇ……ガックリだよ!』
「……ふん、策に溺れたな」
『俺さまくらいの感知能力があれば最高の策謀家になれるはずなんだけどねぇ……結局、ラッキーなだけだったとは皮肉なもんさ』
……なに?
ラッキーな、だけだと?
『最初から継承の権利を持つ者は限られてるんだってさ。俺さまがそのひとり、そしてここにいる権利者は俺さまだけ、つまりは俺さまこそが継承者なんだよ』
なっ……なんだとっ?
『なーんだって話さぁ! せっかく練った計略もぜーんぶ無駄! コケにされたもんだよ! またまた大敗北、ガックリちゃん!』
マジかよ、なんだそりゃあ……!
「お前がダイモニカスの所有権を握っただと?」
『そうだといってるじゃないかぁ』
……そうか。
ならば、いよいよここで逃がすわけにはいかなくなったな……!
「……しかし、こんなものを手に入れてどうする? 外界の支配者にでもなるつもりなのか?」
『アッハッハァ! 支配者ねぇ! 実のところあまり興味ないかなぁ、そういうの! ほら俺さま、可愛がったペットをよく殺しちゃう人だし!』
ふん、たしかに向いてはいないわな。
『なあ、レクテリオル・ローミューン。お前はあれだね、わりと不思議な人種だねぇ』
なにぃ……?
『俺さまはもちろん敵が多いわけだけどさ、大抵はあれだ、身内をやったから恨みを買う……みたいなことが多いわけさぁ。でもお前には大したことをしてないはずなんだよねぇ。少なくともわざわざこんな場所に残るほどのことは』
理由ならあるさ……。
「お前は人類の脅威、理由はそれだけで充分だ」
『そうか、やはり知っていたのか』
その時、奴の声音が重苦しい響きをまとう……!
『その通りだ。我々はお前たちとは違う。我々はかつてお前たちによくこう呼ばれていた。愛なき世界の異邦人、ダイモニカスとな』
ダイモニカス……? それはこの巨大兵器のことなのでは……?
まあどちらでもいい、つまりはそう名付けられるほどに悪事を繰り返してきたってわけだ……!
「……隔絶といっていいほどの共感能力の欠如、お前は人類すら笑って滅ぼすことができる悪魔だ」
『人類が滅びてなんの不都合がある? 暑苦しく肩を寄せ合い、細々と分け合い、薄気味悪い愛とやらを語り合うウジ虫どもがはびこるこの世界はまるでゴミ溜めだ。俺はな、お前たちが炎に焼かれ踊り狂い、飢餓に見舞われて赤子を食い、イデオロギーで互いのケツを掘り合う様をポップコーン片手に見届けたいんだよ。それが娯楽というものだろう?』
こいつは……!
「理解は望んでいない、ここで終わらせてやる!」
『それについては同感だな! この絶滅戦争はいまに始まったことではない! わかるぞ、お前は幾度も我々に立ち阻んだな! これまでは苦渋を舐めさせられたが、これをもって終止符を打ってやろう!』
そのとき、人影が踵を返し、こちらにやってくる……!
あれはソラス・ジュライール、そしてソルスファー・ゼロフィン! さらには鳥みたいなのが降下してくる? 伸びてくる触手の先には……!
「レキサル!」
「ああ……」レキサルは触手より離れ、着地する「やられたと思ったが……どうやらあの鳥……? に助けられたようだよ」
「回復してなによりだ! だが、さっそく大物とやり合うことになるぞ!」
「……今度は不覚をとらない!」
「後ろにも注意しろ、ドラゴンに謎の兵隊、そしてローブの奴にもな!」
背後では依然としてドラゴンと兵隊が戦っている、鳥のようなものが辺りをゆっくりと旋回している、ローブの人影は黙ってこちらを見下ろしている……。
「気をつけるんだ、ソルスファーは魔術における攻撃を前借りできる、発動の前後関係を逆にできるんだ」
ええ、なんだって……?
「なになに? なにそれ?」
「魔術を一切の予備動作なく放てるが、その後、呪文なり必要な動作なりを行う必要があるということさ。そうしないと再度その能力を使うことはできないようだ」
なんだそのデタラメな能力は……?
「マジかよ、つまり呪文を後から唱える魔術師みたいな感じってか?」
「そう、だが本来の方法でも魔術を使えるんだ。つまり魔術の前後関係が把握し辛い。しかし君なら大した問題ではないんじゃないかい?」
そう、だな? ともかく予知すればいいしな!
「そういう意味で君は奴と相性がいい、頼んだよ」
「ああ、ジュライールは精神操作の魔術が得意らしい、それと関連があるのか幻覚などを見せてくる可能性が高い、気をつけてくれ」
「わかった」
奴らが近づいてくる……。余裕なのか、落ち着いた足取りだ……。
「実戦は僕の役目ではないのだが、ビジネスパートナーを守るのも仕事の内か」
ジュライールは足を止めて微笑む……。
「……脅して無理矢理にいうことを聞かせることのどこが仕事だ、お前たちのしていることはただの無法だ!」
「人はみな怯え追い立てられて生きている。その実情をより明示化しているだけさ」
「心がないだけだろう!」
奴は指を振る……。
「しかし皮肉なことに、そんな僕こそが人心を掌握できている。それにね、ブラッドワークもまた僕にとっては退屈な労働なのさ」
「だったらそんなもんやめちまいな。そして動くな、動けば首が飛ぶぜ……!」
ジュライールはあっさりと両手を挙げた。ブラフが効いた……?
……ニューにはああいったものの、奴らはここで仕留めなくてはならない、悪いが使わせてもらう……。
「やはりいたのか」
それにしてもニューの存在がここまで通用するとは……! だがそのときっ! 奴の前後を赤い光線が通る予知っ? ニューを狙ったものか……! ジュライールはため息をつく……。
「危ないね、ジャケットが少し焦げてしまった」
『まだ最適化が済んでいないんでね』
ふとジュライールは笑み「やはりブラフか」
そのときっ! ジュライールの体が幾度か揺れ、胸部から血が……!
「おや……? いるじゃないか……」
ジュライールは倒れる、くるっ! ソルスファー、光の散弾だっ!
「伏せろレキサル!」
俺たちは跳んで伏せる、頭上を光がはしるっ! そして奴も飛び退き、なにやら呪文を唱えた、あれが後出し呪文だなっ!
しかしなにが起こった、実はいたのかニュー? あの通信は傍受されることを見越していた? 可能性はある!
「ニュー、いたのかっ? 無事なのかっ?」
奴を刺したということは無事なのかもしれないが、多少なりともあの光線をくらった可能性がある!
『お兄さま、無事ですね、いまそちらに脱出機を送るよう手配を……』
ニューからの通信だ、
「君こそ、なぜここにいる!」
『ここ、そこに? なんのお話ですか?』
ううっ? いないのか? それともこれも演技?
……いや、ジュライールの魔術かっ! ない、奴の死体がないっ! そしてくる、銃撃だ!
「うおおっ?」
跳んで身をかわす、奴はどこだっ? 気配は向こう、姿はない、しかしアサルトで撃つっ……!
……手応えは、あるか? いや、気配が動いている、速い、魔術かなんらかの装備か……! しかし俺が相手をするのはソルスファー!
「レキサル、ジュライールを視認できるかっ?」
「いいや、気配はあるようだが?」
「奴は幻覚を見せる、応用で姿も消せるのかも、動きも速いぞ! だがあんたの広範囲を吹き飛ばす矢なら当たるかもしれん!」
「ああ、了解した! 奴は任せてくれ!」
……そして俺はソルスファーか、奴は両手を後ろに回し、肩をすくめる。かかってこないのか……?
年配の男だ。剃り上げた頭、深い皺、しかし活き活きと輝く瞳、無精髭、緑の服とマント、手足に鎧、腰に複数の短剣……らしきもの? 素朴な装備だが、気は抜けんな。
「君は予知者だそうだな。相性が悪い」
「……あんたはいったい? アリャでなにをしようとした? デンラ君もだ、なにを企んでいる?」
「私はただの求道者だよ。知りたいことがあれば誰とでも接する。他者を使って実験もする。そのような点において批判があるのは分かる。しかし、時間は有限ではないか。探求の時間はもちろん、昼寝をする時間を取ることだって大切なことだ。それに落とし所は考える。自身の利益ばかりを優先はしていない。アリャは戦力を手に入れたろう。デンラは幸運を掴んだ。もちろん代償はあるが、納得の上でのことだ」
この男は……。
しかし、デンラ少年が幸運を……?
「予知者の力にも興味がある。どれ、少し遊ぶとしようか」
ソルスファーは指を二本立て、呪文を唱え始める!
「させるかっ!」
アサルトを数発連射! だが突如、出現した網目のような壁に阻まれる! そして指をこちらに向けたとき、網目が急激に広がって襲いかかるだと! しまった、範囲が異様にでかい、半球形に周囲を阻まれた!
そして奴はまた呪文を唱える……が、なにも起こらない。後追いの呪文か……。どうやら先に網を操作する呪文を唱え、網を出す呪文を前借りし、先の呪文で操作し、後出しの呪文を唱えるという工程を踏んだらしい……。
「なるほど、予知できるのはほんの数秒前といったところか。それでもかなり有効な能力には違いないが」
……それは正しくない。たしかに数秒前の予知が飛び込んでくることはあるし、その場合は往々にして正確だが、それとは別に……いや本質は同じなのか? ともかく先のものほど予知というよりは予感めいた感覚になる感じだ。そして自分から予知をしようと思ったときはくじ引きめいた面倒な工程を踏むことになる。
……しかし、さっきはすぐに有効打を打てたな。白い鳥を追っていったおかげか……。
「ニプリャ! 手を貸してくれ!」
「いいよ」
ニプリャは片手を上げ……たところで銃撃された? たぶん頭を撃たれた、しかしちょっと首をかしげただけで、まるで効いてない感じだ……。
「えいっ!」
刃のような光線がはしり、網のドームが分断されたぞ! よし、自由になれた!
「おお……」ソルスファーは幾度も頷く「やはりアテマタの最上位種か……」
最上位種……ニプリャが? 少なくとも他のとは違って硬質的じゃあない感じではあるが……。
……いや、そういやおかしいな? 首のあたりとか黒エリより艶かしい、ほぼ人間のような雰囲気だ。あいつの場合はもうちょっと機械的な感じなのに……。
「セルフィンにはとある風習があってな、ある種の子供が生まれると間引きをしなくてはならないのだ。禁忌の血筋を引いていることがバレては大変だからな」
なに……? いきなりなんの話だ?
「どうした? 聞きたいだろう、アリャの話だ」
ア、アリャの……。
「あの子には双子の姉妹がいた。ニリャタムという子だった。彼女には特徴があってな、パムの形質を強く受け継いでいたんだが、それはセルフィン、もしくはオルフィンにおいてはそれほど珍しいことではないのだ。事実、我々はパムと血縁関係にあるのだから」
た、たしかに……。
それは、なんとなくわかる。アリャは挙動や言動とかなんとなく猫っぽいしな……。
「それが、禁忌なのか……?」
「いやいや、むしろ名誉なことさ。しかし、パムはパムでも特殊な種族がいてな、アテマタと交配した血筋がいるんだよ」
ア、アテマタと……交配ぃ……?
いや、しかしニプリャを見ればほぼ人間だしな……?
「つまり君の友人と同じ体を持つ者が子を成したわけだ。その命脈は禁忌の血筋と呼ばれ、発現が発覚した血筋は殺されるか、里を追い出されるか……ともかくろくな目には遭わない。だから間引きをして、永遠に沈黙をするのだ」
な、なんという……。
「アリャは、そのことを……」
「知る必要があるかね? しかし、そのとき間引きは行われなかった。禁忌の血筋とはいえ我が子を殺める母親がどこにいる? ふふ、禁忌など関係なく殺める親は実際にいるな。まあともかく、アリャの母親は真っ当だった。それゆえにニリャタムを逃したのだ。ちょうど、里にやってきていた行商人にな。彼の名はビル・ゴッドスピード。口は悪いが誠実な男だった」
ああ、アリャに言葉を教えたジジーか……。
「彼の手でニリャタムは里から出て、セルフィンの隠れ里に移り住むようになった。そこで里子に出されたのだが……まあ長くなるし、この先はいいだろう。一応、戦闘中だものな」
ええ……?
「いや、待てよおい……!」
「大方予想もつくだろう? 詳しくはそのうち知ることになるさ」
そうしてソルスファーは構える……が!
……なんだってんだよ、戦闘中ってのはたしかにそうだが……!
くそっ、それにしてもヴァッジスカルはどこだ? やはりダイモニカスの内部にいるのか? だとしたら厄介だぞ……!
ともかく目の前の敵を退けなければ……!