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WRECKTHERION(仮題)  作者: montana
103/149

失われしものたちへ

 ワルドの周囲に黒い鳥たちが集まっていく……! なんてどす黒い気配だ、それに気づいているのかいないのか、クルセリアは余裕じみた表情を保っているが……。

「戦いにはならない。私はあなたを殺したくないし、あなたの力では私を殺せないもの」

 そうなのか……? いや、とてもじゃないが、そうとは思えない……! なぜならこの状況はあの時と一緒だからだ……! スクラトとの戦いで片腕を犠牲にしたあの時と……!

「いったでしょう、私を倒すには私の協力が不可欠だって……。僅かな時間でもいい、あなたの愛が私だけに注がれるのなら、私はあなたのために死んであげてもいいわ」

 ワルドはうなり「慢心も大概にせよ……!」

 そして懐から、あの折れた剣が……! それに複数の装飾物も……? クルセリアは首をかしげる……。

「……嗤え黒き獣よ……」

 くっ、黒い鳥たちが一斉に笑い始めた! しかも、周囲に獣や人のような影もいつの間にか現れているっ……?

 ワルド、いったいなにをしようというんだ……?

 そしてそれをやって……。

 やって……。

 ……って、なんだ? 呪文の続きが唱えられない……?

 いや、そもそも動いていない……? ワルドたちだけではない、誰も動いていない……!

 動きがあるのは黒い影たちだけ、しかもその内のひとつが、人型のものが、こちらに向かってくるっ……?

『あなた、あなただったのか……』

 ……ううっ? この声、どこかで覚えがあるような……?

「な、なんだ、お前は……?」

『忘れたのか、男はすぐに忘れる。いい女のこと以外は』

 影は女……たしかに女の声、噛み殺すように笑っている……。

『でもそう、手足を撃ち抜いたことは忘れてあげよう。私はいい女だから』

 こいつはいったい……。

「誰なんだ……?」

『ゼラテアだよ。ゼラテア・イゼアー』

 ゼラ、テア……。

 なにっ? まさか、ブラッドワーカーのゼラテアかっ……?

「お前、犠牲魔術で死んだんじゃあ……?」

『死の理はすでに崩れ始めている』

 そして影から姿が現れる、というか妙にデカいな……? 羊角のように巻いた紫色の髪、肌が黒い、はだけた紫色の服、唇が真っ赤だ、牙もある、獣のような爪、そして瞳が黄金に輝いている……!

 顔はたしかにゼラテアのものだが……以前とは雰囲気がぜんぜん違うぞ……!

「その姿は……!」

『綺麗だろう?』ゼラテアは両手を広げて見せる『よかった、あの方に従ってよかった』

 あの方……?

『あなたの半身たるあの方だよ』

 蒐集者、か……!

 奴め、カムドとも繋がりがあるようだったしな……!

「……それで、なんの用だ、こんな時に……!」

『私はより混沌なる世界に住まう存在となった。現実と夢想の垣根は崩れ、論理は破綻し、胡乱に揺れる世界の……』

「なんだと……?」

『私を不吉に感じるか? しかし混沌に善悪はない』

「善悪はない、だと? あれらは不要因子を殺せと俺に語りかける!」

『それがあなたの役割だからだ。私があなたの前に現れたこともまた、偶然ではない』

 ……役割だと? なにを企んでいやがる……。

『そもそも殺しの何が悪い。死は理だ。太陽が昇り、月が沈むかのごとく自然たる現象だよ』

「……偶然ではないとは、どういうことだ?」

『あなたは弱い。いいや、本来あるべき戦い方を知らない。このままでは必ず道半ばにて潰えるだろう。その予知能力をもってしても……。そう、あなたがあの男に苦戦をしたことにも理由があるんだよ』

 ……あの男?

『不得意なのさ、一対一、しかも平坦な場所での戦いには。そういった場所では身体能力に勝る者が圧倒的な優位に立つ』

「それは、スクラトのことか……?」

『予知は乱戦にこそ、その真価を発揮する。状況が煩雑であるほどに生存力において他を圧倒できるのだ』

 ゼラテアは俺の周囲をまわり始める……。

「まさか、ヘルブリンガー……?」

『イネストロミクスの奥義はアイテールの真髄と直結する。不要因子はその歯車に巻き込まれ糧へと変わるだろう。そして残るのはあなただ』

 ゼラテアは顔を近づけてくる……!

『なぜ死で縁が紡がれるのか? 円の縁が混沌の領域に触れているからだよ。円という単純性は混沌に支えられそこに存在する』

 ゼラテアは両手で輪をつくる……。

『死はそもそも秩序だった。人が、知性が死を混沌にしたのだ。それゆえに死は円の縁を担い、やがて知性は円の直観を手にした。それは当然の帰結に違いないのだ』

「なにぃ……? いっている意味がわからん」

『アイテールは死にとって代わろうとしている。そもそも死が恐ろしいことなわけがなかったのだ。生まれる前を恐怖しないように、死もまた恐怖にはなり得ない。しかし人はよく死を恐れるな? それがなぜかといえば、しばしば悲惨がつきまとうからなのだよ。事故、病、殺人、自害、痛み、苦しみ、後悔、失意、心細さ、喪失、虚無感……それが死の恐怖の本質だ。人は死そのものを恐れているわけではない。よく粗相をする死の取り巻きを嫌悪しているのだ』

「アイテールが死になる、恐怖を支配する……だと?」

 し、死にとって代わるとはなんだ……?

 死がその座を奪われる? そんなことがあり得るのか?

 だとするなら生命とは……?

『アイテールが死となり、そして人類は新たな真円を直観する』

「……直観して、どうなる?」

『ふと、円を思い浮かべてみるがいい。丸だ、真円だよ、ほら……ほらほら』

 ……なにぃ?

『その円の外には何があった? いいや、何もありはしない。それが知性の限界だ!』

 黒い獣たちの動きが激しくなるっ……!

『この星にしても同じことだ! しかし嘆くな難破船の獣たちよ、ハイロード・レクテリオン、ここは獣のゆりかごなのだ!』

 ゼラテアは虚空を指差す、いや、そこには白い鳥がっ……?

『見えるか? あれは可能性だ! 生き残りたくば追うがいい!』

 あれはエリの鳥? いや、エリがあの鳥を呼び寄せていた……?

 セイントバードはただの防御魔術ではないらしい、それどころかあれは……。

「……なぜだ、なぜ、俺に手を貸すっ?」

『これはあの方からの言伝だよ』ゼラテアは牙を剥き出しにして笑む『飼い慣らされることも嫌いではない。もっとも、私に似合う首輪があればだが!』

 ゼラテアは俺の首元に手をかける!

『飼い主にも資格が必要だ! さあ、血に飢えし狂乱の獣を前に生き残れるかな!』

 なんだとっ?

 こいつ、まさか……!

『これこそヘルブリンガー! あの女に教わったものなど児戯に等しかったのだ!』

 おお……。

 なんだ、この、信じられん気配は……。

 こんなことがあり得るのかっ……!

 くるっ……!

『不要因子を、コ・ロ・セッ!』

 ゼラテアは笑いながら影となる、そして頭上に巨大な姿、地面が、ダイモニカスの装甲が展開し、赤い光線が頭上に向かって奔る!

 くそっ……! なんだってこんな……!

 黒い、ドラゴンがくるっ……!

「ブッ……ブラッド、ドラゴンだぁあああっ……!」

 どこからか声が、ブラッドドラゴン? 光線の直撃に耐えながら近くに着地したっ、地面が揺れる! そして立ち上がる……!

 うおお、とんでもないデカブツだ、人間の二十倍はあるっ……? 広げた巨大な羽根が空を覆う、そして両手を動かし……って、なんだとっ? 無数の盾……のような光の壁ができあがる!

 あいつっ、まさか魔術を使うのかっ? 獣が魔術をっ……? 赤い光線が反射される! あんな大出力をいともたやすく……!

 いや、そもそも違うのか! 奴は獣ではない!

 なぜなら、笑っているからだっ!

『虫ケラども、跪けェィイイイイッ!』

 ブラッドドラゴンは足を踏み鳴らし、地面が揺れるっ……! 言葉まで話せるのか!

『神の降臨であるぞォオオオッ! 頭を垂れろォオオオオオッハハハハハハハハッ!』

 ……違う、あんなものは断じて神などではない!

 神を騙る邪悪な竜、だがわかる、その傲慢さに足る力があれにはあるっ……!

 あんなものがいる状況で生き残れと……? 無茶苦茶だ、不可能だ!

 ……しかし、ゼラテアのいったことは、きっと正しい……。事実、俺は予知の力をもってしてもスクラトに苦戦した。だがもしあそこに強力な獣が割り込んでいたら?

 ……妙な自信がある。その場合ならもっと楽に勝てただろう……!

「おいっ!」黒エリだ!「さすがにアレは想定外に過ぎる!」

「ああ……脱出しろ!」

「……しろ? しろとはなんだっ?」

「さっさと行けといっている! いますぐに!」

 黒エリの拳が飛んでくるな、先んじて躱す!

「やめろ、すぐに行け、俺は大丈夫だ!」

「馬鹿な、まだ見届けるつもりなのか? 予知があろうと……」

 グゥーに通信だ、

「グゥー、聞こえるか。すぐに飛べ!」

『いわれなくてもな!』なるほどグゥーは馬に向けて走っている『お前らこそ早く動け! すぐに発車だ!』

「俺はいい、さっさと行け!」

『はあああああっ? なにいってんのお前っ?』

「俺は大丈夫なんだ。黒エリとレキサルを頼む!」

『正気か? あのドラゴンは現実だぞっ?』

「誰より承知している、さっさと行けっ!」

 そしてグゥーのギャロップが猛スピードでこっちにやってくる!

「さっさと乗れ……っていうか、そのバカボコッて乗せちまえ!」

「いわれなくても!」

 黒エリの打撃、しかし加減しているな、その程度のもんじゃ当たらんぜ!

「くっ……! ちょこまかと……!」

「いや、遊んでる場合じゃねぇって! もうダメだってあれは!」

「このままじゃ、いつかはダメになる。俺はここで生き残り、中央でも通じる力を手に入れる……!」

「おい早くボコれって! こいつ寝ぼけてるんだから!」

「わかっているが……!」

 無駄だ、加減したパンチじゃ到底当たらんさ!

「やめろ! いいから早く行けって!」

「行くって! その前にちょっとボコられろって!」

 くそっ、こいつらも大概に強情だな! このままじゃ巻き込まれる……! 無理矢理にでもギマ軍に連行してもらうかっ……?

 その時ふと気づく、この騒ぎのなか、ワルドの気配には揺れがない……。というかそうだ、何か呪文を……って、折れた剣が黒い四つ足の獣に! そして装飾品が黒い鳥となったっ?

「ワルド……! あなた、まさか……!」

「嗤え黒き獣よ、我ここに……」

「ワルドッ! それは駄目よ!」

『なにをしているっ、虫ケラァアアアアアアッ!』

 地面がまた踏み鳴らされる!

『頭を垂れろォオオオオ! 生贄を差し出せェエエエエエ!』

「切望を叶えんがため……」

 ドラゴンなどまるでいないかのようにワルドはまた呪文を唱え始めている、そして各勢力の戦闘員たちが臨戦体制となった! 魔術、銃撃、ドラゴンを攻撃し始める!

 そしてクルセリアはワルドに向けて衝撃波を放つ! しかし、黒い獣が咆哮を放って相殺したっ!

「影の天秤、これに……」

「駄目、やめなさい!」

 クルセリアが構え、素早く口が動く! だが黒い獣が風のような速さで彼女に襲いかかり、邪魔をするっ……!

「……我が両目を捧げん……!」

 なに……?

 両目……?

 黒い鳥たちが……一斉にワルドへ向け集まるっ! いや、それより両目だとっ? まさか、あれはっ……?

 ……っと、また黒エリのパンチ! まだやるつもりか! しっかもグゥーまで俺の足元を狙って体当たりをしてくる!

「いい加減やめろ、いまはそんなことをしている場合じゃ……」

 そのとき、オ・ヴーの笑い声!

「まさか犠牲魔術を使うとは! わざわざ足を運んだ甲斐があったぞ!」

 やはり犠牲魔術! そうだ、そういえばワルドの昔話に犠牲魔術の秘伝書とか、そういった話があったはず……!

 ……だが、なんということだ、これがワルドの奥の手か……! 我が身を削ってまで力を得ようとするとは……!

 し、しかし、ここはボーダーランド、肉体を再生させる医術があるんだ、体の一部を失ったとて……後で元に戻せる……?

 だがなんだ、この胸騒ぎは……!

『神に逆らうか、虫ケラァアアアアアアッ!』

 ドラゴンが激昂する! 足を踏み鳴らし、手で三角形をつくり、口元にもっていく、そして光が収束する!

『愚か者どもめガァアアアア……! 消え去れいィイイイイイッ……!』

 その時っ! ドラゴンの至近距離で大爆発がっ! その威力で奴の顔は横を向き、紫色の炎、衝撃が明後日の方向へ向けて放たれる!

 しかし! 余波だけでも凄まじい! 熱く、吹き飛びそうだっ……!

「だぁああもう!」グゥーは地面に伏せる!「だっから早く帰ろうっていってんじゃんっ……!」

 そうはいってもお前、このままじゃ帰らんだろう! やはりギマ軍に連れ帰ってもらおう! 爆発が効いたのかドラゴンも倒れているし、集団で追い討ちを仕掛けている、いまのうちか!

「よし、こっちだ、来いよ!」

 そして彼らの元へ走るが、その途中にオ・ヴーがいる! ……時間がないが、奴には聞きたいことがある……!

「……おいっ! 犠牲魔術で自身を捧げた場合、どうなるっ?」

 オ・ヴーは俺を見やり、笑む……。

「……呪われるのさ」

 の、呪われる……だと?

「なるほど最先端の医療において再生は可能だ。機械化もできるだろう。しかし捧げた部位は呪われたままだ!」

「だから、どうなるってんだよっ?」

「いくら機能を取り戻そうと、失うと同義に不幸が襲いかかるといわれているな!」

「そ、そんな……」

「だが、その恩恵は凄まじい! 見ろ!」

 ワルドの目の辺りから黒い稲光のようなものがっ……? それに、とてつもない気配を帯びているっ……!

「見える、視えるぞ……!」ワルドが、笑っている「クルセリア、お前のすべてが視えるっ!」

「ワルド……なんてことを……!」

 クルセリアの顔から余裕が消えている……。

「呪われた部位はそう易々とは戻らないのよ……!」

「ふっふふ、そんなもの、承知の上よ。嗤え黒い獣よ……」

 ……なに?

 ……嘘だろう?

 まだ捧げるのかっ……!

「やめろォオオオっ! ワルドッ!」

 クルセリアがこちらを向くっ!

「そう思うならお前も止めるのに協力して!」

 くっ……! だが……!

「友よ、よもや邪魔立てはしまいな! わかってくれるはずだ、私の望みを!」

 ……駄目だっ! ワルドはこの日のために生きてきた! 邪魔などできないっ……!

「これだから男は……!」

 クルセリアは飛び、複数の分身が、そして早口で魔術を唱える!

「無駄だ、視えるだけではないぞ!」

 うっ……黒い光? 視界が揺らぐっ……? 分身が消え、クルセリアの姿勢が崩れ、落下している……! それをレオニスが抱きとめた!

「貴様は父親役か?」ワルドの声は冷たい「あるいはゴッディアの件に関与をしておったのか?」

 レオニスはうなり、

「まさかカムド以外に扱えるものがいたとはな……。だが、勝負など最初からついている。この子はここで死ぬつもりだった。だからこそ……」

「花嫁として受け入れろと?」ワルドはため息をつく「正気か貴様ら……! ゴッディアの絶望をなんと心得る!」

 また黒い光! 余波ですら意識が飛びそうになるっ! レオニスは腕で目元を覆っていたが、やはりぐらりと姿勢を崩した!

「くっ……! シャドウライトにしても、この影響力は……!」

 ワルドはレオニスの前に立つ……!

「……ゴッディアを消し去ったとて、そこには何も残らなかったと思うのか? 私は冥福を祈る人々の話を聞いて回った。その地獄の光景を目の当たりにした人々の話を……。それがたったひとりの仕業とは口にできなんだ。ある個人を憎む力がどれほどのものか知っておったからな。それに、その者と関わりがあるというだけで恐るべき罪人であるかのように思えたのだ……」

「……この子は決して邪悪でも、まして狂っているわけでもない。多くとは違う可能性があっただけなのだ。元老院はそのような子供たちを集めていたが、けっきょく御することなどできなかった」

「下らん。そしていったはずだ、すべて視えると。いい加減立ち上がれ、そして戦え!」

 ふとクルセリアの目が開いた。

「絶好の機会をあげたのに」

「お前は悪として敗れ去り、死なねばならん! それが咎人の義務だ!」

『罰当たりめガァアアアア!』

 おおっとドラゴンが起き上がり、身を翻すっ? これはまさか!

 巨大かつ長大な尻尾の尾先が天に向かい……まさか、こちらに振り下ろす、あるいは薙ぎ払うつもりかっ……?

 また猛烈な爆発が幾度も起こるが、備えているからか、動きこそ止まったものの、振り下ろしそのものが中断される気配はない……!

『抗うなァアアアアアッ! ひれ伏せィイイイイイイイイッ!』

 ……あ、あの大質量を……止められないとするなら……。

 このままでは、みんな死ぬ……!

 鳥、輝く鳥は……。

 紫の炎でめくり上がった地面、その先にとまっている……。

 あそこだ、あそこ……!

「おいっ! あそこだ、あそこに向けて走れっ……!」

 俺は鳥を指差し駆ける、黒エリがグゥーを掴んでそちらにぶん投げる、オ・ヴーがいち早く、滑るように先んじる!

『ハハハハハッ! 神の一撃に砕け散るがいいッ!』

 空気が、地面が激震するっ……体が宙に浮いている、無数の破片が……辺りに飛び交っている……!

 間に合うか、めくれ上がった装甲の裏に飛び込む、黒エリとグゥーの手が伸びてきて、引き寄せられた、その直後、猛烈な威力が壁となる装甲を叩くっ……!

「無理だって無理無理……!」グゥーは悲鳴じみた声を上げる「もお帰ろうって……!」

 だから俺を置いてさっさと行けってよ! そうしないのがお前たちだから……!

 続く余波、だが気づくと……静寂……?

 静かなのか、爆音に耳をやられたのか……。

 試しに装甲の裏から外を見やると……うおお……地面が激しくへこんでいる……! それに、たくさんの倒れている者たち……。しかし妙だな、みんな一箇所に倒れている。そしてその中央にはホーさんだ……! よくわからないが、助けたに違いない!

 そして、それを見て笑っている、ドラゴンが笑っている……。

『やるな、ここまで上質の虫ケラは久しぶりだ!』

 他にも人影がある。あれはクルセリア、そしてワルドの姿も……!

「……皮肉なものね。いよいよという時に限って邪魔が入る」

 クルセリアが手でひし形を作ると、地面から荊状の結晶が無数に現れ、ワルドを包む!

「……心が落ち着いてきたでしょう? そのまま眠って、私の夢を見るといいわ。その間にあれを片付けておくから……」

 そして荊から花が、日光の反射で眩く輝く……! そして清涼な高い音、音楽が聞こえてくる……!

 ……あれは見てはいけない、というか音だけでも眠くなってくる……。

 しかし聞こえるはワルドの笑い声、黒い影たちも呼応するように嗤う……!

「効かぬな!」結晶の荊が吹っ飛んだ!「どこまで戯れを続けるつもりだ、本気を出せ!」

 クルセリアはひとつ、ため息をつく。

「……そう、これすらも効かないのね」そして構える「仕方ない、少し痛い目に遭ってもらおうかしら!」

 飛んだ! そしてまた分身し、その分身たちが鎧を身にまとう!

「さあ、彼を捕らえ……」

 しかし、分身たちはあっという間に砂になって消えた……。なんにせよワルドの力だろう……。

「そう、そうなの。強いあなたも素敵よ」

『貴様ら……』

 ドラゴンがわなわなと拳を握っている……。

『我が御前にて何をしているゥウウウウウウウッ!』

「喚くな」

 ワルドの黒い光! ドラゴンはよろめき、手をついた……!

 うおおお、あれにも効くのかっ……! クルセリアはため息をつく……。

「犠牲魔術を使われるくらいなら、この手でボロボロにした方が未来はあるわよね」

「未来だと?」ワルドだ「そんなものはとうに失っておる!」

 そして構える、

「嗤え、嗤え黒き……」

 クルセリアの口が素早く動き、

「……普天に座すは数多の精霊、風の王よ参れ、王宮はここにあらん!」

 なんだっ、ワルドが、クルセリアが宙を舞った、そして鋭角に飛び回る! さらにドラゴンの四肢が不自然に踊り始めた!

「風の王宮か」オ・ヴーだ「強烈かつ微細な風の流れが王宮を象っている。中にいるものは天地を失い、王宮を駆け巡ることになる。その構造を知るのは術者のみ」

 そして彼は笑い、

「しかしあの巨体をも踊らせるとはな。さすがは魔女の異名をもつ者か」

 なんという……! そしてワルドが生み出した黒い獣が飛び込むが、やはり風に翻弄されている……というところであの黒い光! しかし今度は術が解けない!

「同じ手はくわないわよ!」

 ワルドの光線が奔る、しかし凄まじい動きに当てられない、もしくは防御される!

「さすがに目だけでは足りんか! 嗤え、黒き獣よ……」

 やはり、まだやるつもりだ!

「やめなさいといってるでしょう!」

 クルセリアは早口で呪文を唱える!

「……のように眠れ、さすれば楽になろう、それとも雪を掘り微かな暖を頼りに極寒に震えるか!」

 うおっ、冷気が風に乗ったのか! 一瞬で氷の城ができあがった! ドラゴンも凍ったぞ! しかし猛烈な火炎が瞬く間に城を溶かした、中央にはワルド!

「……我ここに切望を叶えんがため……」

 残った城を踏み台に黒い獣がクルセリアを狙う!

「……その力よりは何者も抗えん、双極の星に引き裂かれよ!」

 なんだ、光の球体がふたつ、その間に入った黒い獣の体がねじ切られる……かと思えば、黒い鳥となって散った! その内の二羽が各球体に突撃、中和したっ? ともかく消えたぞ、そしてまた鳥たちが合体、今度は蛇の形となった! クルセリアに巻きつかんと襲いかかる!

「……邪魔よ!」

 手を払うと、無数の光の刃が、蛇を細切れにする! だがまた黒い鳥となった!

「影の天秤、これに代え難き……」

「いっそ瀕死にした方がいいわね!」

 同じく光の刃がワルドに……!

『虫ケラがァアアアアアッ!』

 ドラゴンの腕が割って入った! ワルドへの攻撃を肩代わりする形になったぞ……!

「……我が右腕を捧げん!」

 今度はワルドの右腕が黒く染まる……! そしてまた気配が重く、どす黒く激増する……!

「これで、お前を殺すには充分か……いや」

 ヤバい……!

 ワルドより感じる気配がさらに強大なものへとなっていく……!

『いい加減に屈せェエエエエエエイッ!』

「邪魔だ」

 とてつもない光がっ……! ドラゴンの絶叫が聞こえるっ……!

「やめてっていったのに……!」

 クルセリアの悲痛な声、あんな声音は初めてだ……。

 しかしなんだ? 周囲でも爆発が起こっている、それにいつまで経ってもワルドの放つ光が弱くならないっ!

「愚かな機械、殺戮の兵器よ! 貴様にも咎がないとはいわせんぞ! こやつと共に、ここで潰えるがいい!」

 うおおっ、ワルドは超火力でダイモニカスをも攻撃しているのかっ……! ドラゴンの悲鳴が聞こえる……!

「貴様ら、こんな汚れたものが欲しいのか? そうしてまた人を焼くのか? その罪を理解せんのか、それとも見て見ぬ振りをするのか、これの業を背負う気があるのかっ……!」

 くっ、視界は効かないが気配はわかる、というか誰かこっちに近づいてきているぞ! 敵意はない、肩を叩かれる!

「撤退だ! これを装着しろ!」

 手渡されたのは……ゴーグルかっ? 装着すると、多少だが視界が効くようになった、やってきていたのはギマの軍人だ!

「待て、俺はワルドを……」

「防衛システムが本格的に起動した! このままでは巻き込まれるぞ!」

 激しい光のなか、ドラゴンを挟み、ワルドはクルセリアと防衛システムをも前にしてもやり合っている! なんて力だ……!

「待ちなさい! あなたには今後の人生があるのよ!」

 ワルドは嗤い、周囲の黒い影たちも呼応するように大笑いする……!

「未来など必要ない」

『ありはしない』

「復讐を果たせるのなら」

『果たせなくとも』

「それでよい」

『不要因子を殺せ!』

 なんということだ……。

「嗤え、黒い獣よ……」

 なんという、ことだ……。

「影の天秤、これに……」

 ワルドは最初から……。

「代え難き……」

 帰ってくるつもりなんかまるでなかった……。

「我が左足を捧げん」

 そして左足から黒い稲光が……。

 そうか、やはりそうだったのか……。

 体から力が抜けていく……。

 黒エリとグゥーに引っ張られていく。

 遠くに軍のギャロップ、ふと見ると、オ・ヴーが側を歩いている……。

 奴は嬉しそうだ……。

「……認めざるを得んな。このひとときに限り、あの男は最強の魔術師なのかもしれん」

「ひととき……」

「そう、炎はほんの僅かな間だけ燃え盛る。まあ、その後も熱き灰が残るのかもしれんがな。そして残念でもある。好敵手を失うことは生き甲斐をひとつ失うことに等しい」

 オ・ヴーは振り返る……。

「さらばだワルド・ホプボーン。よい最期だった」

 最期……。

「ほら、早く乗れ!」

 いつのまにかギャロップに乗せられようとしている。

 俺は無意識に抵抗する。

 しかし、残って何ができる?

 ワルドもそれを望んではいないだろう……。

『まさか、ここで帰らないだろう?』

 ゼラテア……が、立っている。

『まだ何もしていないのに』

 ゼラテアはまた手で輪をつくる……。

『いっただろう? 乱戦でこそ、あなたの真価が発揮できると』

 まさか、まだ呼ぶつもりか……。

『殺したい輩がいるのだろう? やるならいまだ』

 殺したい……。

『ほら、運悪く馬がやられて慌てている』

 たしかに、奴の気配はまだある……。

 遠ざかっているが、まだダイモニカスの上にいる……。

『悪いことは重なるものさ。誰しも平等に』

 ……ヴァッジスカル……!

『それに、パーティはまだ終わらない!』

 ヘル、ブリンガー……!

「なにをしているっ? 早く……」

 ……俺は黒エリの手を振りほどき、戦いの場へと戻る。

 怒鳴り声が背中を叩く……。

「必ず、戻る! 先に帰っていろ!」

 ふと、怒鳴り声は止まった。

「……わかった。待っているから」

 俺は行く……。

 そして逃がさんぞ!

 ここで決着だ、ヴァッジスカル!

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