愛の言葉
世界。これを形づくるは言語。
しかし私に名はなく、残す言葉もない。
希望。これを抱くは心。
私はその輝きを知らない代わりに、絶望もまた知らない。
誕生。これを尊ぶは未来。
奪い取ることに執心した私は、なにも生み出すことができなかった。
ありとあらゆる人々の営みは暗に私を否定し続けた。
だから、ゴッディアを消し去ったことに後悔はない。
そうすることによって、最高の形ではなかったけれど……あなたが手に入ったから、それで満足だった。
でも、そろそろ解放してあげなくちゃね。
あなたは私と違い、色んなものを愛せるのだから。
そして、あなたを失うことはなにより哀しいことだから……。
◇
ワルドは依然として勝ち続けている。そしてそのたびに会場のどす黒い雰囲気がうねりを見せる……。
賭けているのはただのコインではない。この巨大兵器の所有権なんだ。だからこそ、あのあからさまなえこひいきは……なんの意図にせよ、俺たちのためにはならないだろう。
とはいえ……邪魔なんかできないな。下手に手を出して決闘の機会をご破算にするわけにもいかない。
そして……やはりというべきか、俺たちの周囲を戦闘服の男たちが取り囲み始めている。もうすぐ手に入れるであろう一万ものコインで何を得るべきなのか、ワルドに教えたいらしい。
しかし、どいつも相当にできる気配だな。それに種族がばらばらだ。どこの勢力だ?
なかでも注目すべきは一際デカい体躯の男だ。顔に刺青? いや模様なのか、ともかく彩色豊かな顔をしており、造形もやや爬虫類っぽさがある。もしかすると、あれがディモなのかもしれない。奴はこの強者だらけの面子の中でも段違いに強烈な気配を放っている……。
「どうする?」黒エリだ「想定外というほどではないが、ここまで一方的に敵視されるとは厄介だな」
「実際問題、戦うわけにはいかないさ。どれもかなりの手練れだ。おそらくだがスクラトなみがゴロゴロいる」
「そうか。たしかに無闇な戦闘は愚策だな」
ああ、奴らを制圧できる見込みは少ないし、仮にそうできたとしても遺恨が残るだろう。特にこういった多種族混成の部隊は背後関係が謎なので……いや待て?
凄腕の混成集団といえばマグラス、か……? いや、断定には早すぎるか、確かめる必要があるな。
「あんたら、マグラス……って、やつか?」
……全体的に気配が揺れた。個々の揺れはかなり小さいが、揃ってとなると当たりと見なしていいだろう。
「立法主義の組織と聞いたが、こんな兵器を手に入れてどうするというんだ?」
……誰からも応答はない。当然か、俺のような馬の骨に答えていいことなど……と、俺たちと同種の老人が前に出てきた。他の戦闘員とは違い、黒服の正装姿だ。片手にワイングラスを携えている。
「カタヴァンクラーが世話になったと聞いた。それに、特高の作戦に参加したらしい。君たちは何者なのかね?」
やはりマグラスか。老人からは戦闘員特有の強い気配を感じない。
「俺たちは……ただの冒険者です」
それ以外に表現のしようがない。まあプリズムロウはといえばまだ違った立場なのかもしれないが……黒エリは特に訂正を加えるつもりはないようだ。
「そうか」老人は頷く「にわかには信じられんが、そうらしいとは聞いている」
……らしいってなんだ?
「どこかのスパイだと? ……この地を進む際に、言葉の通じる相手と手を組むことのどこが不自然なのです?」
老人は僅かに目を大きくし「……そうだな。しかしその言い分は本質的であるがゆえにかえって有効性をもたん。私はもっと表層的な、立場にまつわる話が聞きたい」
立場、ねぇ……。
「……それに関しては俺たちも同感です。自分たちが各勢力にどういった評価を下されているのか、関心がないわけではない。つまり、どこかの勢力に加担しているのであろう、といった自覚はあるのです」
「なるほど」老人は笑む「無邪気を装うつもりはないか」
「おおまかに、直情的ないし即物的と考えて頂いて結構です。仲間の意思は尊重したいし、冒険に必要なものを手配してもらえるなら、あるいは眼前の危険を回避できるのならどこの勢力にも加担することでしょう。もっとも、ブラッドワーカーなど、凶悪な勢力への加担をするつもりはありませんが……」
老人は振り返り、背後のゲーム会場を見やった。
「クルセリア・ヴィゴットはゴッディアを滅ぼし、その生き残りであるワルド・ホプボーンは彼女を恨んでいる。そしてここには復讐のためにやってきた。君たちは仲間の意思を見届けるためにここにいる」
「……そうです」
「この、ダイモニカスを手にするつもりはないと?」
「少なくとも、所有したいとは思っていません」そこで俺は疑問を口にする「あなたたちこそ、こんなものを手に入れてどうしようというのですか?」
「単に、他の勢力に奪われては困るというだけの話だ。我々はシマウマになるつもりはないのでね」
「……なるほど。しかし、所有の弊害もあるのでは?」
「というと?」
「武装した者が丸腰相手に平等な議論を求めても信用され難いでしょう。それは立法主義者として臨むところなのでしょうか?」
老人は不敵に笑う。
「いいたいことはわかる。しかし、議論の場に立つということはそういうことなのだよ。ライオンとシマウマの違いをいくら不平等とみなしたところで、そこにその二種類しかおらんのならやむを得まい」
……ふん、まさにこの状況がそうだ。
「……シマウマの戦略はお嫌いのようですね」
「小僧、口を慎み給えよ」老人は鼻を鳴らす「君たちはすでに議論の場に立っておるのだぞ」
……そのとき、ギマの集団、その一部が動いたっ? こっちに来るぞ!
「……むっ?」気づいた老人は意外そうにうなる「ギマ軍とも繋がりがあるのか……?」
先頭に立つはギマの老軍人、白く立派な口髭をたくわえ、両手を後ろに回し、極めて正しい姿勢でこちらへやってくる。マグラスに緊張感がはしった。
ふと、老軍人は少し離れた場所にて片手を上げる。すると後続の軍人たちはその場に留まり、先頭の彼だけこちらへやってくる。そして俺の眼前に立ち、握手を求めてきた……!
俺はすぐさまそれに応じ、会釈もしておく。この方はおそらく……。
「お初めお目にかかります。レクテリオル・ローミューンです」
「あの子から聞いておるよ。私はロ・エー」
やはり、ロ・エー大佐! ニューが話を通しておいてくれていたんだろう!
「なるほど、瞳に深みがあるよい青年だ。あの子が入れ込むのもわかる」
「助かります……。しかし、よろしいのですか? 俺たちのために……」
「もとよりこういった関係なのだよ。それより極めて危険な事態だ。詳しい話はあの子に聞いてくれ」
「話とは……?」
大佐は俺の肩を叩くと素早く踵を返し、去っていった。気づくと、ゲーム会場に集まっている者たちの視線もこちらに向いている……!
か、庇ってもらえたことは光栄だが……これは少々目立ちすぎたのでは……。明確にギマ軍とパイプがあることを表明してしまったに違いない。それは心強いことではあるが、同時に、ギマ軍と敵対している勢力に狙われる危険性を高めたことだろう。
だが、とにかくいまはニューに連絡しないと……。
「ニュー、聞こえるかい」
『はい』返答は迅速だった『お父様と接触できましたか?』
「ああ、ありがとう」
……と、そのとき、黒エリが抱きついてきた……! じゃない、俺の口元を手で覆った。
「口の動きで言葉が読まれるぞ。状況からして周囲に情報を与えない方がいい」
「あ、ああ……」
ついでに俺たちの話に聞き耳を立てるつもりだな。まあ別にいいけれど……。
「えっと、それで、君が口添えしてくれたんだな?」
『お兄さま、事態はかなり切迫しています。これより説明しますが、なるべく表情には出さないようにお願いします。口元も隠して下さい』
「あ、ああ……」
それは黒エリがやってる……って、なんで俺の顔を撫で回すっ?
「……おい、なんだ黒エリ?」
「ん、やはり骨振動マイクか。いいぞ、続けろ」
黒エリは俺の顔に手を当てたまま、先を促す……。
「……よし、いいよニュー」
『はい、要点のみ伝えます。ギマ・ウォルの両軍はダイモニカスを勢力均衡を揺るがす要素とみなし、排除する決定を下しました。そして核兵器の仕様に踏み切ったのです』
「かく? かくって……」
『人類史においても最高クラスの破壊力をもつ爆弾です。ダイモニカスとはいえ只では済まないでしょう。ですので、軍が撤退する際に同行して脱出して頂きたいのです』
おお……そういうやり方でいくのか……。
「しかしこれだけの大質量だ、落としたりしたら……」
『核兵器といっても威力は様々であり、どれほどの威力のものなのか私にはわかりません。ですが効果も疑問視されています。核分裂を外部から抑制する魔術が存在しているからです』
「へえ……そんな使い手が?」
『あるいはそういった機能を有する装置が存在しているかもしれません。ともかく重要なのは、その作戦が失敗に終わった場合のことです。多勢による総攻撃になるのか、あるいは……』
「まさか、見逃すと?」
『あり得ます。ダイモニカスはシン・ガード・ラインを容易に突破することが可能な兵器ですが、ギマ・ウォル軍が保有している強力な兵器はラインを越えることができないのです』
「ああ、そうだろうな……」
『物量にものをいわせて強引に突破した場合でも、その後、どのような報復が行われるか見当もつきません。それゆえに及び腰となっているようです』
外界までは追っていけない……。
「最悪、外界が危険に晒される……」
『もしそうなった場合、ダイモニカスひとつで外界を支配することも充分に可能でしょう。ゆえにどうしてもこの地で止めなくてはならないのです。ですが、ギマ・ウォル軍がなんとしてもそうするか、という点には疑問が残ります。ダイモニカスが私たちに攻撃する可能性は低いからです』
「なぜだ、現に……」
『あれは専守防衛的な行動と見られています。向こうからの宣戦布告はないでしょう。なぜなら軍の総力を結集すればその巨大兵器ですら撃墜できる見込みが高いからです。いいえ、それどころか、この地で暴れ狂えば強大な獣の襲来があったり、最悪、シン・ガードまでもがやってくるかもしれない。これらを相手にしてはいくらダイモニカスとて勝ち目はないでしょう』
それほどまでに中央の獣やシン・ガードは脅威なのか……。
「この地で派手に暴れるのは自殺行為ってわけか……」
『そうです。ですが外界はしょせん、外界でしかない。我々としても好ましいとはいえませんが、多大なリスクを背負ってまで守るものではないのです』
「そんな……」
『心苦しいとは思いますが、現状なにより大事なことはお兄さま、あなたご自身の安全です。とにかくギマ・ウォル軍と行動をともにして下さい。そうすれば生還も難しくはないでしょう』
「あ、ああ……」
『私は今回、そちらに赴くことはできませんでした。ホーさまにきつくいわれていますし、お父さまもお認めになりませんでした……』
「そうか、でも、それでいいさ」
『ですが、私の存在は脅威となっています。そこにいなくとも、いる素振りをするだけで敵は怯えるはず。つまり私はそこにいるていになっているのです』
「……そうか」
『戦術的に有効です。状況を上手く利用して下さい』
利用、ね……。
「……でも、君にとってはいい気分じゃないだろう?」
『効果を考えればまるで問題ではありません』
「そうかな」
『……嬉しい。でもいまはやめましょう。いま重要なのはお兄さまの安否です。よろしいですか、必ず無事に帰ってきて下さい』
「ああ、もちろんだ」
『約束ですよ』
『約束ですわよー!』
おおっと最後にテーのはつらつとした声が、そして通信は終わる。
……しかし、爆弾を使うって、他の勢力のことはどうでもいいってのか? 勢力の均衡といっても、巻き添えにしたら相当な遺恨が残るだろうに……と、集まってきたな、俺たちの周囲をまた別の勢力の強者たちが取り囲む。無言の圧力が凄まじいぜ……!
というか、マグラスとギマ軍はわかったが、他はどういった勢力なんだ? 集まり方を見るに他の勢力は六つ、いや七つはあるようだが……。
「慌てるな!」おっとワルドだ「ダイモニカスの継承権などに興味などない!」
「あら!」クルセリアも声を上げる「ということはっ?」
「私の目的はお前との決着だ。必要な枚数は百枚、それより多くとも少なくとも意味などない」
「あらそう」クルセリアは立ち上がり、両手を広げる「ちなみに今回のゲームは継承権の譲渡が目的なので、勝者が使ったコインは当初の枚数に応じて再分配されまーす!」
その言葉に、周囲に巡る黒いうねりが……やや沈静化するものの、またすぐに俺たちへと敵意が向けられる……。これはつまり、ワルドがコインを使わないとゲームの続きができないってことだからな……。
まったくあの魔女め、あの手この手で結婚の権利をワルドに使わせようとしてくるなぁ……。
「……なにかと融通を利かせるのであろう?」ワルドだ「ではダイモニカス以外の遺物をなにか寄越せ」
「いいわよ、なにが欲しい?」
「なんでもよい」
「それはだめよ、ちゃんと正式な名称をいってもらわないと」
なに、正式名称だって? そんなのわかるわけがないだろう……! ワルドも不満の声を出す。
「貴様……なにを考えておる?」
「わかっているでしょう?」魔女は首をかしげる「あなたは私の最高の理解者なんだから」
たしかに、それをすればことはたやすく進むだろう。しかし、ワルドにとっては心情的に許容し難いに違いない。
……とはいえ、そこまで嫌なことなのかな? 結婚っていっても形式上のことだろうし……。
「なんでもよいならば」おっとレオニスだ「一万枚の賞品でよかろう?」
……奴の一言より、周囲から後押しの声が上がる。
……なるほどな、最初からこの状況にするつもりだったわけか。
「なあに、お父さま、またぁ!」
クルセリアはわざとらしく手を漕ぐ……って、お父さまっ?
まさか、レオニスが父親だったのか? いや、彼女は孤児のはず……少なくともワルドはそういっていた。
しかしヤバいな、周囲の圧力がさっさと結婚しろという方向に切り替わっている。だがワルドはあくまでクルセリアの要求を叶える気はないらしく、
「ふん、お前を通さずとも、私自身がコインを分配すればよいことだ。みな、好きにもってゆくがよい」と冷淡にいい捨てた。
「あら! そうするとしても、平等に分配できるの?」
「記録していたであろう」
「あなたにそれを知らせる義務はありませーん!」
あ、そうだな……。同数で分配すると、平均より多く持ってきた勢力が損をすることになる。それはそれで文句が噴出することだろう。
「理解できんな」またレオニスだ。わざとらしく肩をすくめる「これほど稀有な美貌をもつ花嫁を選ぶ。史上もっとも簡単な選択に思えるが……」
周囲からも同意の声が湧き上がる……! どうでもいいからさっさと嫁にしろ……って感じだ。
「……権利を得たとて」ワルドだ「それを行使するか否かはまた別の話だな?」
「そうよ。ほらほら早く、私を手に入れちゃいなさいよ!」
ああ、もう駄目だなこれは……。けっきょくワルドが単身でやってくるのが正解だったのか……。
あるいは、彼の最期となるのかもしれない……。だからこそ見届けるつもりでここに来たのに……申し訳ない。
そしてワルドは……しぶしぶ頷いた。
「……よかろう……。お前と結婚をする権利、それを得ることにする……」
「まあ! アフロディーテより私を選ぶのっ?」クルセリアは顔を覆う「ちょっと、さすがに照れちゃうわねっ……!」
わざとらしい……。
しかし……申し訳ないとか思っておいてなんなんだが……美しく着飾った花嫁が嬉しそうにしている姿には……なにかそう、無条件でその幸福を祝いたいという感覚もあるんだよな……。やったことを考えれば不謹慎な考え方だろうが……。
……そういや、老婦人はクルセリアとあまり仲がよくないようだった。実際、老婦人はクルセリアの陰口を叩き、クルセリアはといえば彼女の館をぶっ壊しに、アーマードラゴンをけしかけてきたくらいだからな。しかし、彼女はクルセリアの姿を見て綺麗だと祝った。それはつまり……そういうことなんだろうと思う。
周囲から拍手と歓声が上がった。意図は様々だろうが、ともかくみな祝福をしている。そして……俺もこっそり手を叩く……。
肝心のワルドはうんざりした背中を見せているが、彼の元に礼服を持った紳士が近づいている。あれに着替えろっていうことらしいな……。
「馬鹿馬鹿しい」ワルドだ「霧に包まれた顔の花婿がおるか」
そりゃそうだ……と花嫁が彼の背後から抱きついた。
「そうよね」
なんだ? クルセリアの口が素早く動いたような……って、ワルドの体から……大量の黒い霧がっ……溢れ出したっ……!
これは、ついにか、ミスティダークを解くつもりだっ……!
「クッ、クルセリア……!」
花嫁はワルドの前に回る、そして顔を近づけた……!
「三十年ぶりの光で私を見て……」
「うおおっ!」
ワルドは椅子をひっくり返し、地面に転がる! 顔を、目を覆っている……!
当然だ、ずっと暗闇のなか過ごしてきたんだ、ただの光でも強烈な刺激となって彼を襲うことだろう! 花嫁は蹲るワルドに駆け寄る……。
「まぶたを通しても眩しい?」
クルセリアはワルドの顔に手をやる。
「大丈夫よ、すぐに元に戻してあげる」花嫁の表情は優しい「実はね、私もあなたに会うとき以外は自身にミスティダークをかけていたの。あなたほどではないけど、私も長い間、暗闇の世界にいたのよ。でも幸せだった。遠くのあなたの声が聞こえたから」
「わ、私に触れるなっ……!」
ワルドの拳は宙を切る……。
「私たちは変わらなかった。身も心も。変わる必要なんてないもの。あなたはずっと、私のことを考えていたのでしょう? 私もよ、ワルド」
「憎悪だっ……!」ワルドはクルセリアを振り払い、よろよろと歩き出す「私は、いつもお前を憎んでいたっ……! どれほど憎んだのか想像もできまい! お前に人心が理解できようはずも……」
そのとき、ワルドの顔が見えた……!
やはり、やはりかっ……!
若い、若いぞっ……! せいぜい三十代、茶色い長髪、そして髯をたくわえた精悍な顔つきの男だっ……!
あれがミスティダークの効果なんだろう、身体年齢が止まっているっ……!
「なにが婚姻だっ! どこまでもふざけ……」
そのとき、男は言葉を失い、その場に立ち竦んだ。
クルセリアを見つめている……。
花嫁は信じられないほど美しく微笑み、両手を広げた……。
「……ね、綺麗でしょう? あなたの花嫁よ」
よろめくワルド、神々しさを湛えた美しき花嫁は優雅に、ゆっくりと彼に近づいていく……。
「あなただけが私の世界だった。ゴッディアなんて最初からなかったのよ。この世界には最初からあなたと私しかいない」
ワルドの足がもつれ、尻餅をついた。
「なんだ……? なんだというのだ……? お前は……」
「私に名はない。心がない。どこにもいく場所がない」
花嫁はワルドの前に立つ……。
「世界、希望、誕生……。あなたは私のおとぎ話だった」
ワルドは尻餅をついた格好のまま、後退する……。
「……わ、わからん。なぜ、そこまで私に執着する? なにものにも興味をもたんお前が……」
「答えがないから愛なのよ」
花嫁は太陽に向けて手を掲げる……。
「いいえ、答えなんかいらない。理由なんかわからなくていい。ただ私はあなたとひとつになりたかった。それだけでいいの」
「馬鹿な、ならばただ……」
「あなたは私と違っていた。あなたが愛するものはたくさんあった。私はそのうちのひとつに過ぎなかった」
花嫁は大きく両手を広げる……。
「でもいまは違う! この瞬間、いまだけは! ここにはふたりだけしかいない!」
なんて巨大な気配だ……! ただひたすらに……!
「わかったでしょう、私の本当の気持ちが! いいでしょうゴッディアくらい! あなたはまたすぐに違うものを愛せるんだから!」
……なんという……。
……なんということだ……。
「あなたは私を見くびっていた! 私の愛を、ずっと……! あなたは問いた! なぜ、なぜ、なぜ……! いったでしょう、私は愛せないからよ! たったひとつのものしか……!」
たったひとつ、ひとり、それがワルド……。
「いろんなものを愛せるあなたには理解できないでしょう! いいえ、それどころか、すぐに忘れてしまうのよ! 私の唯一の、渾身の答えすらも……!」
ワルドは呆気に取られていたが……しかし、その目に怒りの炎が宿る……!
「ざ、戯言を……! そのような、閉じられた愛などあるものかっ……!」
そして立ち上がった……!
「愛を動機にした殺戮など、あり得るはずもないっ……!」
ワルドの気配もまた、大きくなるっ!
「お前は共感の世界より隔絶された存在、それゆえに世界を疎み、一国をも平然と滅ぼした! それ以上でも以下でもあるまい!」
そのとき、電撃がっ……? やったのは黒エリだっ?
「凄まじい力を感じる、余波に気をつけろ」
「お、おお……」
「嫌な感じだ……。かつてない規模の戦いになる……!」
……そのとき、気づいた。
いや、活性によって視えるようになった……。
あ、辺りが……無数の黒い鳥に包まれているっ……!
鳥たちが……ワルドとクルセリアの周囲を巡っているっ……!
笑っている、嗤っている、黒い鳥たちがっ……!
これは……!
これはまずいっ、これはっ……!
「どれほどこの日を待ち望んだか……!」
ワ、ワルドに黒い鳥たちが集まっていくっ……!
「やめろっ! ワルドッ!」
駆け出すが、大量の黒い鳥たちが阻むように眼前を通り過ぎるっ……!
凄まじく不吉な笑い声、しかし誰も、あの黒い鳥たちに気づいていない……!
戦いが、始まってしまう……!
「決着をつけるぞ、クルセリアッ……!」