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WRECKTHERION(仮題)  作者: montana
101/149

純白の契り

※101話『愛なき世界の異邦人』が欠損中。後に書き直します。


 やや形の変わった台地が遠ざかっていく。特高の作戦に参加したことにどれほどの意義があったのか、よくわからないままにそれは成功を納めたらしい。実感といえるものはなにも持ち帰っていないが、俺たちは今後どこからか援助を受けるだろうし、また、どこかを敵に回したのだろう。この手元に残ったオンリーコインですら、その価値を見出すには難しい。これは少なくとも、ワルドを死闘へと導く道しるべなのだから。

「百枚、あるかね?」

 ワルドに問われ、俺は箱を開く。一目で百枚以上あることが確信できた。というか三百枚に近いだろう。その旨を伝えると彼は百枚きっかりを欲した。それ以上でも以下でも、意味はないのだろう。

 俺は百枚数え、ワルドに渡す。彼はひとつ頷き、ため息に近い音を立てた。

 ……この先、どのような結末になろうともワルドの復讐は終わりを迎えることだろう。しかしいまだに解せない。クルセリアは本当に理解が不可能な存在なのだろうか?

「ワルド……」

 そのとき背後より閃光が迸った! 直後に車内が揺れる……!

「なっ、なんだっ……?」

 振り返ると巨大な爆煙が……! 巨人のごとく立ち上っている……!

「うお、自爆したのかっ?」グゥーだ「いや、爆心地は台地よりややそれている……?」

 拠点の自爆ではない? そうならおそらく……。

「……ルクセブラの、下半身かもしれない」

 あんな女がむざむざ切り裂かれるわけもない……。思えばそれが落下したであろう場所に向かった者はいなかった。罠だと見抜いていたか。

「なにい? なんだそりゃ?」

「なあグゥー、両断されて下半身を失っても余裕でいられるってのはどういう類の技術なんだ?」

「両断だと?」グゥーはうなる「そりゃあ……サイボーグ、つまり肉体を機械化しているなら大丈夫かもしれないが……それでも修理の手間はあるし、痛手は痛手だろうよ」

「再生力も凄まじかった。頭に刃物を突き立てられてもなお、平気だったんだ」

 グゥーはうなり、

「……そこまでいくとさすがにおかしいな。高速再生が可能な体といえば……アイテール関連のものが思い浮かぶが、科学技術としては確立されてないはずだぜ。そう、魔術としてならあり得ると思うが……」

「確立されていない?」

「効果は確認されているが、科学技術として確立されていないものを魔術と定義してるのさ」

「へえ? そうなのか」

「具象魔術やもしれんな」ワルドだ「あれは本来あり得ぬ……と思われるものを創造する力がある」

 それなら……可能性はあるだろうが、そうなるとルクセブラの本体はどこに……? レクテリオラの件みたいに遠隔操作でもしているのだろうか……?

「しかし、本当にいいのかよ?」グゥーだ「ダイモニカスの上で落ち合うって、つまりは袋の鼠ってことだろ? あっさり全滅するかもしれないぞ」

 ……その通りだ。だがクルセリアがそんなことをするとは思えないし、仮に彼女の意思で動いていないにしても、そんな結末になり得る場所にワルドを呼び寄せたりはしないだろう。なぜだかそこだけは確信がある。

 それに戦力は欲しいところだ。ダイモニカスの継承権が危険な輩に渡ることだけは絶対に阻止しなくてはならない……というより、それを止められる可能性のある立場にいるのに見過ごすことは……単純に、難しい。

 とはいえかなり危険な場所に向かっていることには違いない。矛盾しているが、みんなには来てもらいたくないという思いもある……。

「これから宿に向かう。行かないひとはそこに残ってくれ」

 ……しかし、そういった声は出てこない。行く気なのか、まだ迷っているのか。

 しばらくして宿近隣の広場に到着、降下する。ギャロップを他の冒険者に見られたことはないと思うが、もしそうなったら彼らはどう思うだろう。ずるいと俺たちを罵るだろうか。それとも、なんとかしてギマたちと仲良くしようと考えるだろうか。

 事前に連絡していたので、フェリクスと皇帝が待っていた。俺はこれから向かう場所とその危険性を伝え、また改めてみんなに問いた。

「逆に問うが」黒エリだ「なぜ、お前は当然のごとく向かおうとしている?」

 なぜ……か。でもその答えは単純だ。

「友人、そして仲間だからだよ」

 ……そして大きな恩義があるからだ。

 この冒険、俺がこの地でここまでやってこれたのはみんなとの縁があってこそだが、その最初のきっかけはワルドの誘いだった。彼がいなければまったく別のやり方でこの地を進み……そしてあっさりと死んでいただろう。

「……そうか」黒エリはワルドを見やり「ホプボーン殿はそれをよしとしているようだが?」

 ……なんだ? 湾曲的だな。

「おい、なにがいいたい?」

「言葉が」ワルドだ「必要かね?」

「あなたは死ぬつもりなのだろう。後のことはどうでもよいのか?」

「答えが必要かね?」

 両者の雰囲気が張り詰める……。

 おいおいおい、これから戦いだってのに……。

「妙な物言いはやめろよ、なんで俺のことで揉める? この地にいていまさら危険だからとかいうのかよ。それになにより死ににいくわけじゃあない。どうしても戦わねばならないというなら……勝てばいいのさ!」

「そうかな?」黒エリは眉をひそめる「魔術に造詣が深いとはいわんが、どうにもホプボーン殿があの女に勝てるとは思えんがな」

「詳しくないのに断言するのかよ」

「揚げ足を取るな。とにかく戦い、全力を出し切って復讐の枷より逃れようとしているのではないか、つまり勝敗など当初より問題にしていないのではないかという懸念だ。よく考えろ、もし敗北した場合、我々はダイモニカスの上に取り残されることになるのだぞ」

 みな、ワルドへ視線を向ける……。

「その点に関しては心配いらん。必ず勝つ」

「聞いたか?」黒エリは首を振る「必ずときた」

「クルセリアは確実に葬り、ダイモニカスを狙う悪漢どもも排除しよう」

「ほらみろ、間違いなくこの男の実力を超えた言動をしている! こういう場合、決してろくな結果にはならん!」

 た、たしかに……クルセリアのみならばともかく、他の対立者までも倒すだと……? この断言は、いかにも慎重なワルドらしくない……。

「私はゆく。同行を頼みはせんよ。案じておるなら無理に送る必要もない。決闘の前に癪だが、要請すればあやつが迎えをよこしてくるであろう」

 黒エリはゆっくりと……こちら見やる……! 俺は、とっさに飛び退いていた……!

「ほう、やはりわかるか?」

 こいつ、力づくで俺を止めるつもりだったんじゃ……!

「電撃は逆効果か……となれば」

「待ちなよ、シス」

 フェリクスが割って入る。

「どうしたんだい? 危険なのはいつだって……」

「嫌な予感がしてきた」

 ええ……? そりゃあ俺だってするさ、みんなだってしていることだろう……。

「了解はとらん」

 そのとき! 黒エリはフェリクスを蹴り飛ばし、アリャに電撃、応戦しようとしたロッキーにも同様に……電撃で沈黙させる……!

「おっ……前っ!」

「ヘキオン、ボイジル、ヴォール、彼らが起きるまで護衛し、その後は行動をともにしろ」

「おいおい姉御……」

「隊長命令だ。確実に遂行せよ」

 ヘキオンはうなり、

「……了解」

「エリ、あなたもお留守番だよ。どうか私に手を出させないでくれ……」

 エリは倒れているアリャを抱き、

「で、ですが……」

「ホプボーン殿、復讐もよかろう。満足して死ぬがいい。しかし、私の仲間を道連れにはさせん」

 黒エリ……は、俺を見つめる。

「友情に殉じる覚悟は認めよう。だが、お前は絶対に死なせん。お前だけなら守れるだろう」

 こいつは……。

 だが、そうした動機はよくわかる……。

「……まあ、手荒だが、たしかにこれでよかったのかもしれないな」

 しかし、俺は黒エリに詰め寄る!

「だがな! お前に守ってもらうつもりはねぇよ! そもそも……」

「死なれたくないんだ」

 その一言に、次ぐ言葉は出てこなかった……。


                ◇


 そしてギャロップはまたしばらく空を飛ぶ……。車内にはワルド、黒エリ、レキサル、そして運転するグゥーに俺……。

 ルナは来る予定だったそうだが、エリとともに向こうに残るつもりらしい。随分と彼女を気に入っているようだな。

 俺は隣のグゥーを見やり、

「……お前も来る必要なかったんじゃないか? これ、遠隔操作とか自動操縦とかできるんだろ?」

「ま、集まる面子に興味があってな。調査もしないとならないし」

「そうか。仕事嫌いなくせにがんばるね」

「あっ、なんだおい! お前、なんで決めつけんの?」

「でもそうなんだろ?」

 グゥーは失笑し、

「……ああ、そうだよ。とはいえ、本当に仕事が嫌いな奴なんてそう滅多にいないもんさ。辛さは人生のスパイス、自分でかけてる内は美味なもんだ」

「でも大抵は人にどっさりかけられる」

「そう。だから不味くなる。それはどこも同じだな」

 ……などという抽象的な話をしているうちに戦艦墓地に戻ってきた。土地勘がなくとも、黒雲と見紛うほどの巨体が相変わらず居座っているんだ、間違いようもない。

「いよいよみたいだな……。死ぬ準備はできたか?」

 タチの悪い冗談をいうと、グゥーは軽く肩をすくめる。

「ダチにな、ト・ルーってやつがいたんだ。最高のハッカーだった」

 うん? なんの話だ?

「ある日、死体になっていた。頭を撃ち抜かれてな」

「ええ……?」

「誰がやったのか? わかりようもない。心当たりが多すぎるからな。ただ、あいつはとてつもなく用心深くてな、隠れ家はたくさんあったし、本当に信用できる奴にしか現在の居場所を教えなかったんだ」

「……まさか、身内が?」

「信用するなんて弱さだ。だから、俺たちは弱者の集まりだ。羽虫がどれだけ火に飛び込もうが火は消えない。どころかもっと強くなるだろうさ」

 ……そうだな。グゥーは俺の予知能力を、そして俺たちはクルセリアを信用しているといえるのかもしれない。大した根拠もなく……。

 しかしそれは弱さか? ……いや、そうかもしれないな。

 誰かが行くならまた誰かも行く、そのまた誰かが行くなら……。

 そうやって、俺たちは死地へと道連れのように進んでいく。まるで、絆を確かめ合うように。

 これを懸念すればこそ、黒エリが実力行使に出たのも不思議ではない……。

「……ああ、たしかに俺たちは弱者に違いない……。黒エリ!」

 彼女は立ち上がり……俺の意図は介しているらしい。右手から電撃がほとばしっている。

「いらんさ」ワルドだ「決闘を前に、撃墜したりはせん」

 黒エリはワルドを睨み、

「信用できんし、そもそもあれがクルセリアの意思で動いているとなぜ断言できる?」

「ならば私をあそこに呼び寄せまい」

「答えになっていない」

「レクの活性による予知は長時間持続せんし、連続使用は負担をかける。いまは必要な時ではない」

 たしかに、ワルドのいう通りではある……。

「答えになっていないと……」

「待て、黒エリ。大丈夫さ」

 黒エリはうなり「お前まで……」

「バリアを張っているからな、おそらくだが、多少なら耐えられる」グゥーだ「そしてすでに射程圏内に入っている。ここで攻撃されないようなら……まあ、たぶん大丈夫じゃないか?」

 そうこうしているうちにダイモニカスの頭上に到達した……。幾何学的な赤い線が小刻みに奔り、ところどころで赤い丸が……大きくなったり小さくなったりしている。記号的だが、どこか、鼓動しているような……印象を受ける。

「おいおい、こいつはお茶会どころじゃないぞ」

 なに? 映像が投影される!

「大きなパーティだ……!」

 グゥーのいう通り、あれはパーティだ! 真っ白いテーブルクロスの敷かれた丸テーブルがたくさん、その上には豪勢な料理に酒、とんでもなくでかい……ケーキ? もある。ざっと数十もの来客があり、みな正装をしている……。

 そして赤いカーペットが真っ直ぐに伸びており、その先に教壇……のようなものがある……。まるで教会のような……?

「……なんだこれは? ダイモニカスの上でなにをしている?」

「継承権とやらをかけたゲームをするための会場ってところだろ」

「そのわりには教会のような趣向だが?」

「そうだな」グゥーは鼻を鳴らし「ま、結婚式でもするんじゃねーの?」

 それは何気ない言葉だったが、なるほど得心がいく……! そういやそういう話もあったわな、継承権より高くて意味などなさそうなもんだが……。

「やはりな、知った顔がいるぜ」

 グゥーは各所を拡大する。たしかに見知った面子がいるぞ! レオニス、やはり生きていたか。それにルクセブラ、下半身がちゃんとある。そしてヴァッジスカル! あの野郎、やはり継承権目当てに現れやがったな! となりにはソラス・ジェライールもいる……!

 あと意外なところではオ・ヴーがいるな? それにあれはソルスファー・ゼロフィン! 奴もダイモニカスを狙っている? また、ホーさんもいる! となりには老婦人もだ。ニューやテーの姿はない、か……。

 他にも要人っぽい男たちに、そしてその護衛らしき男たち、軍人っぽいのもいる、いちいちヤバそうだな。

 そして会場の中央には……クルセリア・ヴィゴットだ……! すごい格好だ、輝く純白のドレス、色とりどりの宝石、元からか、化粧のせいか、まるで人形のようだ。しかし、あの格好はまるで花嫁のような……。

「……よし、下降する。準備はいいな?」

「……あ、ああ、やってくれ」

 そして会場からやや離れたところにギャロップは降り、俺たちはダイモニカスの地面を踏む……。

 午後の日光が白色の会場をいっそう照らし、まるで陽炎のようにぼんやり浮き上がって見える。

「……いくか、みんな」

「うむ」

 ワルドは先んじて進んでいく。パーティになど眼中になく、一直線にクルセリアの元へ……。そしてコインの入った袋をテーブルの上に置いた。

 正装どころか薄汚い格好の俺たちに視線が集まるが、そんなことを気にしている時ではない。クルセリアは待ち望んだ客に顔を綻ばせる……。

「待っていたわ、ワルド」

「百枚ある。これで決闘を申し込む」

「そう」クルセリアは頷く「でも、それは最後にね」

「いいだろう」

 クルセリアの側にあるテーブルの上には、コインの山がある……。入っているケースの種類がどれも異なるところからして、それぞれが持ち寄ったものらしい。

 そしてその側にはタキシード姿の男が複数がいる。その内のひとりがワルドのコインを数え出した。

「はーい、それではオンリーコインを賭けたゲームを始めちゃいましょう! ゲーム内容はこれ!」

 クルセリアが取り出したのは……多幸薄幸のあのカード!

「これでホールデムをしましょう! もちろん魔術などでズルしてもいいわよ! バレなきゃね! バレたらコイン全部没収でーす!」

 ゲームって蒐集者とやったあれのことか……。たしかにあれならコインのやり取りをするのに最適かもしれないが……逆にいえば、そんなものでダイモニカスの継承権が譲渡されるということになるわけだ……。クルセリアは楽しそうにルールの細部を説明している。

 さてワルドはというと、こっちにやってくるな。やはりゲームには参加しないようだ。カードの絵柄が見えないしな、当然だろう。

「あらワルド! 参加しないのっ? コインは百枚以上あるじゃない!」

 ワルドは振り返りもせず「せいぜい皮肉を吐けばよい」

「そうじゃなくてぇー!」クルセリアは体を揺らす「私と一緒にやりましょうよ! カードの内容は教えてあげるから!」

 なにぃ? なにいってんだあの魔女は……。それってつまり、ワルドのカードが筒抜けってことじゃないか。そんなもんやる意味なんかないだろう、わざと負けるように仕組んで、コインを百枚以下にする算段なのかもしれないし……。

 ワルドもまったく同感のようで、まるで相手をしない様子だが、

「一緒に遊んでくれないなら決闘しない!」

 ……と、クルセリアはそっぽを向き、ワルドはうなる……。

「……話と違うぞ」

「それが私でしょう? ねえ、ちゃんと戦ってあげるから、最後のお願い!」

 ワルドはしばし逡巡するが……やむを得ないと判断したのか、踵を返し、ゲームの席へと向かっていく……。

 まったく、逃げられちゃ話にならないからな、主導権は相変わらずあの魔女にあるってわけか……。

 ふと見やると、グゥーがオ・ヴーに詰め寄っている。そうだ、あいつはなぜ、ここにいる? やはりダイモニカスに興味でもあるのか?

「いいや、私はあの男に興味があってここにいる」

 偶然にも、疑問の返答が聞こえてきた。

「つまり、戦いを観戦しにきただけだ」

 グゥーはうなり、

「……で、勝った方とやるってのか?」

「そうだ。まあ、十中八九、あの男が負けるだろうが……魔術師の実力は魔術の威力のみで決まるものでもない。番狂わせを期待している」

 あいつ、どうにもシューと同じ気質のようだな。シューは剣技、あいつは魔術、それの研摩ばかりが目的のようだ。

 しかし、あいつの目から見てもワルドが劣勢か……。本当に勝てる見込みなどあるのか、ワルド……。

「来たのね」

 おっと、見ると老婦人だ。

「こっちよ」

 彼女についていくと、その先にはホーさんだ。大きな枕を抱きしめている……。

「ホ、ホーさん……」

 彼女はちらりと俺を見やり「こんにちはぁ……」

 ま、まだ元に戻っていない感じだな……。

 ……まくらを抱いている様は、なんだか気落ちしている少女のようにも見える。

「本当は来ない方がよかったのよ。ルクセブラもいるしね。でも、彼女の晴れ舞台だものね」老婦人はクルセリアを見やり「……綺麗ね、これが若さにこだわった理由なのかしら」

 これが……? これがって……。

「あの、もしや、結婚式でも始まるんですか?」

「そのつもりのようね」

「あ、相手は?」

「それは……普通に考えればホプボーンさんでしょうけど……」

 なっ……!

 なにぃいい……?

 いや、いやいや、まさかそんな……。

 だって、あれだけのことをしておいて……あれほどの恨みを買っているのに、いまさら愛されるとでも思っているのかっ……?

「すごいわよね」

 おおっと、ルクセブラだ! 隣りには青い髪の若紳士、

「此の期に及んでまだ当然のごとく愛されると思っているあの胆力……。さしものの私でもひくわ……」ルクセブラは肩をすくめる「でも、ある意味、女の鑑といえるのかもね……」

 さっきまで俺とも戦っていたってのに……妙に気安いな?

「単に、正気ではないだけ……だろう」

「あの子のわがままっぷりにはほとほと困らされたけれど……それでも感慨深いわ……。まさかこんな日がくるなんて……」

 ルクセブラはハンカチで目元を拭う……。

 いや、待て待て、なんか当然のごとく結婚式が始まるみたいな流れになっているような気がするが……?

「あなたにも情があったのねぇ……」老婦人は驚いている様子だ「そんな地味なお召し物に身を包むなんて……」

 ルクセブラらしさ……なんてものは知ったこっちゃないが、たしかに地味なドレスを着ているな……。このパーティの主役はあくまでクルセリアってことらしい。

「こんなものを着るなんて、正直、めまいがしたけれど……今日だけは我慢するつもりよ」

「お言葉ですが……」若紳士だ「それもまた、大変高価なドレスでして……」

「でも地味でしょう?」

「それはそうですが……ええ、ご立派ですよ、ルクセブラさま」

 そして彼は優しく微笑み、ふと俺を見やった。

「初めまして、私はユリウス・ルーゼ・アンヒソーヴァー。レクテリオル・ローミューン氏、ですね?」

「あ、ああ……」

「ありがとう。ザヘルを捕らえてくれたそうで」

 ……なに?

「……逆だろ。奴はあんたらの身内じゃ……」

「もういいわ」ルクセブラは手を仰ぐ「飽きたし」

 あ、飽きた……?

「趣向がワンパターンなのですよ、彼は。つまりパーティの主催者としては退屈……ということです」

 アンヒソーヴァーはやれやれといわんばかりに首を振る。

「寛大なるルクセブラ様だからこそ、ここまで扱ってあげていたのに……」

 はあ、まあ、薄情ってことだけはわかったよ……。

「それで」ルクセブラはホーさんに近づき、覗き込む「この黒ぶたちゃんはまだ落ち込んでいるのかしらぁ?」

 よくない感じだ、俺は割って入る!

「あんたが原因だろ……!」

「心外ね、私はただ、あのひとの教えを伝えただけよ」

 なーにが……と、ホーさんが口を開いた……。

「……そうです……悪いのはすべて私たちなのです……。ルクセブラ様は関係ありません……」

 ホーさん……と、その言葉に苛ついたのか、ルクセブラはホーさんが座っている椅子を蹴る!

「おい、やめろってのよ!」

「そうです、今日は暴れないと誓いましたでしょう」

 なにやら俺とアンヒソーヴァーが制する形になり、ルクセブラはうなる……。

「……ふん! あいかわらず陰気な子! 少しはクルセリアを見習ったらどうなの?」

 ……うっ? 背筋に悪寒が……!

 わかる、背後でホーさんが立ち上がっている……。

「……クルセリアが行なった大量殺戮の責はあなたにもあるのでは? そのことにはなんら負い目を感じないのですか?」

 うおお……! なんか後ろですげぇ気配が渦を巻いている……!

 しかし、ルクセブラはこちらを真っ直ぐに見据え、

「口を開いたと思ったらまたそんな話? ユリウス、このルクセブラが悪かったのかしら?」

「いいえ」アンヒソーヴァーだ「兵器が殺戮を行うことはいたって自然なことです」

「奴隷が」

 戦慄が奔る……!

 なんだ、誰だ、いまの言葉、冷たい声は……?

 ま、まさか、ホーさん、のものなのか……?

 ルクセブラも目を見開いている……が、ニヤリと口元を上げた。

「ようやく話せるようになってきたわねぇ……」

 おいおい、俺を挟んでやり合うなってのよ……!

「はいはい、ちょーっとごめんねぇ!」

 肩を叩かれ、見やった先は……ヴァッジスカル!

「お、お前っ……?」

「話があるんだよぉ……大事な大事なお話よぉ?」

「い、いま取り込み中だ……」

「まあまあここじゃなんだし……」

 ……と引き寄せられるが、なんか引っ張られているような……って、ホーさんが俺の服を掴んでいる……!

 な、なんですか? とは聞けない雰囲気……! ルクセブラと睨み合っているし……。

「はいはーい、だめだめー」

 うおっと、今度はスゥーが現れたっ? 来ていたのか!

 ……彼女もなにやら怪しいが……仲裁に入ってくれるのは正直ありがたい!

「お久しブリリアント……ってほどじゃないか」

「なぜ、ここに?」

「クルセリアが結婚するっていうから……」

 なにぃ? なんでまたそんな話にまでいっているんだ?

「あー、悪いけどこいつちゃんは俺さまの先約があるんだよね」今度はヴァッジスカルが話し出す「話ってのはさぁ、そろそろお前ちゃんに働いてもらおうかなってことなんだけど……」

 ……なにぃ?

「阿呆か、誰がてめぇなんぞのために……!」

 ……と、そのとき、奴の取り出した端末から映像が宙空に投影される……! そしてそこには……俺の、故郷の、あの屋敷が……!

「こっ、これは……!」

「驚いたようだねぇ! 俺様に調べられないことなんてないんだよ!」

 ……こいつ、脅す気、か……。

 しかし……。

「お前ちゃん、いいとこのもんじゃないかぁ。まあ生まれはちょっとだけフクザツっぽいし、人質選びには慎重になったね。ホラ、人質とってもさぁ、どうぞやって下さいとか意外とあるのよぉ……? 人って怖いよねぇ!」

 ……奴は端末を操作する。

「それに警備が厳重でね、でも……なんていったっけ? とにかく妹ちゃんいるでしょ! かなりの上玉らしくてねぇ……聞くところによると、お前ちゃんととっても仲良しとか……」

 ……なに?

「それは……エジーネの、ことか?」

「ああそうそう、そんな感じの名前だったね! 奴がお前ちゃんに取り入ったのも、あの顔のお陰なんじゃないのぉ?」

 ……蒐集者のことか。

 いいや違う、そんなわけがない。奴の意図は……計りかねるが、そういった目的はないはず……。

 ……それにしても、仲良しとはなんだ? 世間ではそういうことになっているのか……。

「……誘拐したのか?」

「そんな手間すら必要なかったねぇ……。お前ちゃんに会えるっていったらあっさりついてきたようだよ」

 なにっ……?

 ついて、きたっ……?

「まあ、いちおう丁重に扱うようにはいってあるけど、俺様の手下だからねぇ……。それなりに原型が残ってるといいけど……」

 こっ……!

 このクソ野郎……!

 よ、余計なことしやがって……!

 く、来るのか……?

 あいつが、来ているのかっ……?

「なんの話?」スゥーだ「どうしたの? すごい汗よ……?」

 俺の様子を見て、ヴァッジスカルは嫌らしい笑みを浮かべる……。

「さて、かわいい妹ちゃんがこちらの手にあるってことは理解できたかな? そこでビジネスの話をしたいんだけど……っと、ちょっと待ってねぇ!」

 ……奴は、向こうで端末で会話を始める……。

 ……くそっ、マジかよ、だがこの地で俺に会えるわけが……。

 ……と、そこでヴァッジスカルの笑みが固まった。

 奴は振り返り、

「お前ちゃんの妹って……」

「……どうした?」

 奴は答えず、端末をいじり始める。

「よう、俺さまだよ。ポイント4を調理する。オーブンは使えない。フライパンでやれ。具材の確認はいらん。……いいやそうじゃない。急激に鮮度が落ちた。ああ、そうだ、すぐさまやれ。じゃあよろしく!」

「……なんの話だ?」

「ああ、ちょっと拠点がバレてね。人質を移すことにしただけだよ。それでね……」

 気配がわずかに揺らいでいる。……なにか起こったな?

「不測の事態が起こったようだな。馬鹿め、あれに関わっていいことなんかないのに……」

「おいおい、かわいい妹ちゃんだろ? 強がったって……」

「……あれは仇なんだよ。異常な女だとは思っていたが、まさかお前たちの手にも余るとは……」

「なんだってぇ……?」

 そのとき、端末から音が。ヴァッジスカルはそれを見て、明確に眉をしかめた。奴がこんな表情を見せるのは初めてだ。

「……真面目な話、お前の妹は魔術師なのかい?」

「知らんが極めて危険な才能があるらしい。だがそれ以前にあれは……」

 ヴァッジスカルはふと考え込む……。

 くそっ、単に逃げ出したとかそういう問題じゃなさそうだ、実害が出ているに違いない! つまりはなんらかの力を手にしたってことだ、あの、ただでさえ恐ろしいエジーネが……!

 だがしょせんは都会者、どんな力か知らないが、冒険者ですら苦戦するこの地でどうこうできる……わけもないと信じたいが……嫌な予感がする……!

「人質作戦は失敗ってことで、じゃあまた!」

 ヴァッジスカルは足早に去っていく。あいつ、俺をゲームに参加させてコインを集めようとしたな? たしかにポーカーなら予知の力を使えばかなり有利に戦えただろう。

 ……しかし、いやにあっさり退いたな。それほどまでに予想外だったのか? 他の人質、特に親父やディラークをさらっていればまた違う結果になっただろうに……。

 ……それはそうと、こっちの諍いはまだ続いているようだ。というか、ホーさんがまだ俺の服を掴んでいるし……。スゥーはルクセブラとも面識があるらしく、結婚式だからと仲裁をがんばっている。

 そして向こうではさっそくポーカーが始まったようだ。魔術すらもありとはな、いったいどうなることやら……。

 当然、ヴァッジスカルの奴も参加するだろう。最終的にあそこにいる誰かがこのダイモニカスを手に入れるんだ。

 そういう意味じゃ、俺も参加した方がいいのかもしれない。少なくとも悪漢の手に渡すことはなくなる。

 しかし、俺の一存でダイモニカスをどこかにやってしまうとして……それでいいのかという疑問もある。兵器であれなんであれ、ただ消え去っていいものなどこの世にあるのだろうか?

 ……いいや、単にビビッているだけなのかもしれない。重責を背負いたくないんだ。そういう意味じゃ、あそこでゲームをしている彼らは俺よりも遥かに意志力がある。

 しかし、なにをもって彼らは力を必要としているのだろう? 叶えたい理想でもあるのだろうか? しかし……と、そこで肩を叩かれる、黒エリだ。

「お前は参加しないのか? ダイモニカスを手に入れれば……今後がかなり楽になるぞ」

「予知は温存しておきたい」俺は少し、嘘をつく「俺は……万一、奴らがダイモニカスを入手したとき、その場でやらなきゃならないからな」

「ルーザーだかスカルだかの輩か……。たしかに邪悪には違いないだろうが、そこまでこだわる必要があるか? 正直、戦闘力もさして高そうに思えんが……」

 そんなことはない。奴はエオいわく、そして実感的にも邪悪極まる男に違いない。

 ……しかし、俺が虐げられた人々の怒りや哀しみを背負うのも筋違いなのかもしれない。けっきょくは単に気に入らないってだけなんだろう。

 だが、男とはそういうもんだ。気にいらんからぶっ殺す。そういう意味じゃ、スクラトのいう通りだ。

「俺は奴が気に入らん。ふざけた企みがあるならなおのことだ」

「……そうか」

 向こうからクルセリアの声が聞こえる。どうやらワルドが一人勝ちしているようだ。

「なにかおかしいな?」黒エリはうなる「ホプボーン殿は霧で前が見えんのだろう? なぜ勝てる?」

 まあ、勝たせたいんだろうさ……。

 しかし、ワルドが結婚の権利を欲しがると思うのか? あの魔女は本当になにを考えているのだろう……と、いつの間にかホーさんとルクセブラのにらみ合いが終わっていた。ホーさんはまた椅子に落ち着き、ルクセブラはゲーム会場の方に向かっている。

 スゥーは肩をすくめ、

「まったく、困ったもんよ」

「……ルクセブラとも知り合いなんだな?」

「まあ、ね」

「多重スパイって話は本当か?」

 単刀直入に尋ねると、微塵も気配が揺らぐことなく、スゥーは手の平を漕いだ。

「それは誇張よ、演技訓練のコンサルタントやってるから、そういう噂、立っちゃうけどね」

「そう、か……」

「仮にそうだとして、なにか知りたいことでもあるの?」

 知りたいこと……。

「知ってどうするの? 私のいうこと、その認識が正しいってどうしてわかるの? ぜんぶ嘘かも」

 まあ……完璧に正しいことなんてないというのは……わかっているつもりだ。

「そうだな……。俺は……そう、目先の安息が欲しいだけなのかもしれない。思い込みたいんだ、満足したいだけ……」

「真実はココにあるのよ」

 スゥーは俺の頭を指でつつく……。

「それでいいのよ。大丈夫、私たちはちっぽけなんだから。ありとあらゆる過ちは赦される。太陽の光は平等に降り注ぐ。それが愛なのよ」

 あい、愛……。

「……そうだろうか? 無残に辱められ、殺された人々はなんの遺恨も残さないと?」

「大丈夫! どんな恨みも宇宙の孤独に比べたら取るに足らないから!」

 そういい残してスゥーはゲーム会場へ……。

 しかし、宇宙の孤独だって……? なんだってんだそれは……。

 ホーさんを見やると、やはり宇宙まくら? を抱いている……。

 遠くからはワルドがまた一人勝ちしたという内容のどよめきが、イカサマを叫ぶ声、しかしそれは前提として承認されている……。

 ヴァッジスカルの野郎はジェライールと相談をしているようだ、ルクセブラやスゥーはゲームを眺めながらワインを嗜んでいる、オ・ヴーはひとり椅子に座って身動きしていていない、レキサルがソルスファーと対峙している、レオニスは穏やかな表情でクルセリアを見つめている……。

 ワルドは、カードをテーブルに投げ捨てた。辟易している背中だ。

 クルセリアはワルドの隣に座り、楽しそうだ。

 ……どうしてなんだ? どうしてゴッディアを滅ぼした?

 ワルドのいう通り異邦人だから? 理解できないから消し去った? そんなことをしなければ、あるいはワルドと紡がれたかもしれないのに……。

 遠くからエジーネの笑い声が聞こえる……。

 ふと、ホーさんと目が合った。

 その瞳は黄金に、恐ろしい輝きを放っていた。

 彼女は心優しい女性だ。きっとそうだろうと思う。

 しかし、それはこの宇宙においてあり得ること、例えば残酷なことを赦さないという態度でもある。

 それは美しい瞳だった。

 清いものしか認めない、美しい瞳だった。

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