9話死神の新しい契約
そうして、バロウズの襲撃を退け、ソ連の月の領地へと向かった。すると案の定、ソ連の迎撃部隊が現れた。
ソ連軍の迎撃部隊が距離を詰めてくる中、俺はアルテミス・レイの大剣をマウントへ戻し、両手を挙げるように機体の全駆動系をニュートラルへと切り替えた。
(武器を収めても、生殺与奪の権を握られたことに変わりはない。だが、ここが正念場だ……)
『……識別信号を確認。連邦の「不朽の死神」だな? なぜ兵装を解除した』
警戒を孕んだ通信の声に対し、俺は極めて冷静に答えた。
「ヒノモトを捨てて亡命してきた。手土産ならある。この最新鋭機のデータと、連邦の次期作戦計画だ。これらすべてをソ連へ引き渡す。ただし、条件がある…」
『条件だと? 撃墜される寸前の裏切り者が、交渉の席に立てると思っているのか』
ソ連側のオペレーターが鼻で笑ったその時、通信回線に別の重々しい声が割り込んできた。
『待て。その交渉、私が預かろう』
モニターに映し出されたのは、先ほどバロウズの機体に砲撃を放った、大破寸前のソ連軍残存艦の艦長だった。彼は包帯を巻いた痛々しい姿ながらも、鋭い眼光で俺を見据える。
『私はカザコフ大佐の部下、ボリス中佐だ。我が大佐と互角に渡り合い、そしてヒノモトのバロウズをバラバラにしてみせた男の言葉だ、聞くだけの価値はある。……ソ連軍司令部、この機体の身柄は我が部隊が一時的に拘束する。異論はないな?』
カザコフ大佐の残した奇妙な縁が、俺たちに首の皮一枚のチャンスを繋いだ。ボリス中佐の口利きにより、俺のアルテミス・レイはソ連軍の巡洋艦へと誘導され、厳重な警戒のもとで格納庫へと収容された。
パイロットスーツのまま、俺とアイは薄暗い取調室へと連行された。机を挟んで向かい合ったのは、ボリス中佐と、ソ連軍の冷徹そうな政治将校だ。
「単刀直入に言おう、リーカス・ソノダ。お前の条件は何だ?」
ボリスが尋ねる。
「この子と俺の安全。それとソ連内での市民権の完全な保障だ。軍や研究機関の実験台にしないと約束しろ。」
俺がそう告げると、政治将校はフッと冷たい笑みを漏らし、書類をトントンと机に叩いた。
「なるほど、兵器が人間らしい情を抱いたか。いいだろう。その少女とお前の安全と市民権は、我がソ連政府の名において完全に保障してやる。孤児院ではない、不自由のない一等市民としての生活を約束する」
その言葉に、俺の隣でアイが小さく息を呑むのが分かった。だが、政治将校の目が怪しく光る。
「だがな、死神!ただのデータごときで『不朽の死神』と『ガキ』をただで養うほど、我が国は慈善事業をしていない!お前らの未来と引き換えに、お前には我々が提示する『ある条件』を飲んでもらう!」
政治将校はフッと冷たい笑みを漏らし、書類の代わりに、古びた記録媒体をトントンと机に叩いた。
将校は、そのデータドライブから一つの音声ログを再生した。
スピーカーから流れてきたのは、ひどいノイズと、狂気ともつかない異様な熱を帯びた男の掠れた声だった。
『あぁ、なんて美しいんだ。宇宙飛行士で科学者でもある私には分かる。これが見つかれば世界は技術革新へと至るだろう。まあ、もうすぐ死ぬ私には関係のないことなのだが。……数時間前、宇宙船が事故にあい、爆発した。そして、幸いなことに船体から投げ出された私は、"太陽のすぐそば"にいる。不幸なことだが幸もある。だって"これ"を見つけたのだから。でも、ああ、だが暑い、熱い、暑い、熱い、宇宙服を貫通して熱が体に突き刺さってゆく。暑い暑い暑い暑い……熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い……っ!!』
最後は、人間のものとは思えない絶叫のなかでログは途切れた。あまりの不気味さに、俺の隣でアイが小さく身体を震わせる。
「これは今から四十年前に失踪した当時の科学者であり宇宙飛行士でもあった男が、死の直前に遺したメッセージだ。そしてなぜかそれが最近、送られてきたのだ。」
政治将校はログを止めると、鋭い目で俺を睨み据えた。
「男は事故で船体から投げ出され、絶対に生存不可能なはずの『太陽のすぐそば』で、世界をひっくり返すほどの『何か』を見つけたと言い残した。このログが発信された座標の周辺には、現在、未知の超高熱エネルギー反応、そしてお前の乗るアルテミス・レイの炉をも遥かに凌駕する、膨大な『エネルギー』の源流らしきものが観測されている」
将校は身を乗り出し、冷酷に、だが確信に満ちた声で条件を突きつけた。
「我がソ連軍は、この太陽近傍の未踏領域へ調査隊を派遣する。お前の条件はこれだ、リーカス・ソノダ!お前のその圧倒的な操縦技術と不朽の力で、この領域の謎を解き明かし、男が見つけた『これ』を我が国へ持ち帰れ。それが、その子の未来を買う代償だ!」
四十年前の死者が遺した、太陽のそばの狂気。そして、命がけの極秘任務。
「……いいだろう。その条件、飲んでやる」
俺はアイの手をそっと握り締めながら、底知れない不気味さを胸に抱きつつも、そう答えた。




