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死神機兵の太陽戦争  作者: 小説書こう


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3/3

3話始まる日常

「どうだ、美味いか」


「は、はい…!」


皿の上にあるのは、合成肉の細切れと乾燥野菜を煮込んだ、ありふれたスープと硬いパンだ。お世辞にも上等な料理とは言えない。だが、湯気を見つめる彼女の目は、まるで最高級のディナーを前にしているかのように輝いていた。軍の配給缶詰を適当に鍋に放り込み、調味料で誤魔化しただけの代物。それでも、包丁を握り、火をかけたのは一体何年ぶりのことだろう。鍋底をかき混ぜる金属音を聞いていると、記憶の蓋が不意に持ち上がる。昔は、よくこうして料理を作った。慣れない手つきでフライパンを振る俺を、ユウマは「おいおい、焦げてるぞ」

と大笑いしながら煽り、ミサキは「文句言うなら食べなきゃいいでしょ」


と呆れ顔で俺の味方をしてくれた。あの賑やかで、少し騒がしい食卓。だが、今の部屋にあるのは、アイがスープを啜る小さな音と、自分の静かな呼吸だけだ。


「……おい、そんなに急ぐと喉に詰まる。水も飲め」


コップを差し出すと、アイはびくりと肩を揺らし、それから両手で大事そうにコップを受け取った。一気に水を飲み干し、ふぅ、と小さく息を吐き出す。その表情には、出会った時の張り詰めた警戒心が、ほんの少しだけ薄れていた。


「あの……おじさん、これ、自分で作ったの?」


「おじさん、か」


数年前は我ながら自分を好青年だと思っていたのに今になって自分の年齢を改めて突きつけられたようで、少し苦笑が出た。


「まあな。軍の飯に比べればマシな方だろ」


「すごく、美味しい。こんなの、お母さんがいなくなってから、ずっと食べてなかった……」


アイはスプーンを握ったまま、寂しそうに視線を落とした。ボロボロの上着の袖から覗く手首は、やはり痛々しいほどに細い。この月面都市の底で、彼女がどれだけの寒さと飢えを凌いできたのか、語られずともその身体がすべてを物語っていた。――「戦争孤児」。ここでは、そんな記号で片付けられる存在だ。俺たちが引き金を引くたびに、この街の路地裏には彼女のような子供が増えていく。その冷酷な因果関係が、今さらになって俺の胸をチクリと刺した。


「……足りなければ、まだあるぞ。パンを浸して食え」


俺は感情を押し殺した声で言い、自分の分のパンを彼女の皿の隣に置いた。アイは一瞬驚いたように目を見開いたが、やがて嬉しそうに小さく頷いた。皿がすっかり綺麗になる頃には、アイの瞼は重そうに下がり始めていた。緊張が解け、腹が満たされたことで、一気に疲労が押し寄せてきたのだろう。


「眠いなら、そこのベッドを使え」


俺が部屋の隅にある簡素なパイプベッドを指差すと、アイは眠気と戦いながら、不安そうに俺を見た。


「おじさんは……どこで寝るの?」


「俺はソファで十分だ。戦場に比べりゃ天国みたいなもんだからな。……安心しろ、何もしやしない。鍵も閉めてある」


ぶっきらぼうに言うと、アイはトボトボとベッドへ歩み寄り、泥のように倒れ込んだ。靴を脱ぐ気力さえ残っていなかったらしい。毛布を頭まで被ると、数十秒もしないうちに、規則正しい小さな寝息が聞こえ始めた。部屋は再び、静寂に包まれた。だが、先ほどまでの「死んだような静けさ」とは、何かが決定的に違っていた。俺は消えかけた暖房のスイッチを入れ直し、ソファに腰を下ろした。暗がりのなか、毛布の膨らみが小さく上下しているのをじっと見つめる。守るべきもののない、ただ消費されるだけの消耗品。それが俺の人生だったはずだ。だが少しずつそれが変わっていくのを感じていた。



次の日の朝、カーテンの隙間から差し込む月面都市の人工光で目が覚めた。

ソファから体を起こすと、ベッドの方ではアイがまだ毛布にくるまって泥のように眠っていた。近づいてそっと毛布を直してやろうとした時、昨日よりも明るい光の下で、彼女の汚れ具合がはっきりと目に入った。

ボロボロのパーカーの袖口は真っ黒に汚れ、銀色の髪もあちこちがパサついて固まっている。路上での生活がどれだけ過酷だったかを物語っていた。このまま服を着替えさせるにしても、まずはその体を綺麗にしてやるのが先決だろう。


「おい、アイ。起きろ」


肩を軽く揺らすと、アイは「うぅ……」と小さく声を漏らし、眠そうに目をこすりながら体を起こした。まだ寝ぼけているのか、大きな藍色の瞳がぼんやりと俺を捉える。


「……おじさん?」


「起きたか。飯の前に、まずは風呂に入れ。その汚れを落とすぞ」


「ふ、ろ……?」


アイは一瞬、その言葉の意味がわからないというよう

に首を傾げた。月面都市の底辺層では、温かいシャワーどころか、まともな水さえ貴重品だ。風呂に入るという習慣自体、彼女にとっては遠い記憶の彼方なのかもしれない。

俺は立ち上がり、狭いユニットバスへと向かった。

配管がうなりを上げ、少し待つと勢いよく温水が溜まり始める。湯気が狭い浴室に広がり、冷え切っていた空気がじんわりと温まっていく。何の変哲もない無機質な風呂場だが、今の彼女を温めるには十分すぎるはずだ。

脱衣所に戻ると、アイは不安そうに、でもどこか期待の混ざった目でこちらを見ていた。


「湯は張った。服を脱いで中に入れ。……あ、そうだ」


俺は棚から、自分が普段使っている軍支給品の固形石鹸と、引き出しの奥に眠っていた清潔なバスタオルを取り出した。


「使い方はわかるか? 体を洗って、お湯に浸かるんだ。髪もちゃんと洗えよ」


「……うん。やってみる」


アイは小さく頷き、おずおずとパーカーのジッパーに手をかけた。


「じゃあ、俺は外にいるから。終わったら声をかけろ。新しい服を用意しておく」


俺はそう言い残して脱衣所のドアを閉め、リビングへと戻った。

引き戸の向こうから、かすかな水の音が聞こえてくる。

俺はクローゼットを開け、自分が昔着ていた小さめのTシャツや、少し丈の短い予備の衣類を探し始めた。サイズはかなり大きいだろうが、あの汚れたパーカーを着回すよりはマシだろう。

湯気と共に、微かに石鹸の香りがリビングまで漂ってくる。

かつては血と硝煙の匂いしか知らなかったこの部屋に、少しずつ、まともな人間の生活の気配が戻りつつあった。

数十分後、浴室のドアが控えめに開いた。


「ん、おじさん……終わったよ」


中から出てきたアイは、大きすぎる俺のTシャツにすっぽりと包まれ、裾をパタパタとさせながら立っていた。

汚れの落ちた銀髪は湿って、心なしか少し輝きを取り戻したように見える。さっぱりしたのか、その頬はほんのりと赤みを帯びていた。


「……よし。見違えるほど綺麗になったな」


俺の言葉に、アイは少し照れくさそうに、でも嬉しそうに口元を綻ばせた。その表情は、戦場の記号としての孤児ではなく、年相応のただの少女のものだった。


次に俺は、部屋の冷蔵庫を開き、朝飯の準備をしようとする。あぁ、そうだった。何ヶ月も空けてるんだから使えるものはないんだったな。


「アイ、一緒に買い物に行こう。お前の服も買う」


待て、何故俺は一人の少女にここまでしているんだ?

寂しさか?まあいい、俺がしたいことに付き従うことにしよう。


「……買い物?」


俺の言葉に、アイはぱちくりと藍色の目を丸くした。それから、自分の着ているぶかぶかのTシャツの裾をぎゅっと掴む。


「うん。さすがにその格好のままじゃ、外には出られないだろ。俺の古い服を探してもいいが、どれもお前に合うサイズなんてないからな」


何より、そのボロボロで真っ黒になったパーカーをもう一度着せる気にはなれなかった。


「行くぞ。上着を貸してやる」


俺はクローゼットの奥から、比較的丈の短いミリタリージャケットを引っ張り出し、アイの肩にかけた。案の定、引きずるほどではないにしろ、完全に服に着られているような格好だ。袖を何度も折り返してやり、手首が見えるようにしてやる。


「……おじさん、本当にいいの?」


アイは上着の襟元を掴んだまま、不安そうに俺を見上げてきた。


「いいから行くぞ。腹が減っては戦はできん……いや、飯が食えないからな」


つい軍隊の癖で出そうになった言葉を飲み込み、俺は電子ロックを解除してドアを開けた。



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