28話ハンドマン
「リーカス。アルテミス・レイ出るぞ!!!」
俺は激痛と凄まじい熱を堪えながらそう叫び、機体をゆっくりと、ゆっくりとカタパルト・ハッチへと向かわせた。
「リーカス大丈夫ですか!?なんだか体調がすぐれてないようですが?」
モニターに映るタチアナの顔が、不審そうに歪む。それもしょうがない。なんせ機体の計測器には一切感知されない、俺の脳の髄だけが直接感じている“熱”だからだ。
「あ、ああ。大丈夫だ、行ける。行けるさ」
ここで馬鹿正直に「頭の中に悪魔がいる」なんて話しても、混乱を招いてみんなを心配させるだけだ。今は言わずに出撃しよう。先に出撃して前線を支えてくれているらしいザンギエフに、これ以上迷惑をかけるわけにはいかないからな。
(はあ〜あ、だーかーらー。ボクに身体を貸せば、あんなの直ぐに倒せるんだけどな〜)
「うるさい!」
『どうしたんですか!? リーカス!?』
大声を上げた俺に、タチアナがさらに驚く。クソッ、やっぱりアスフェリオンの声はみんなには聞こえてない。
(まあね。ボクは今、君の脳内に棲みついてるんだから。ふふ、聞こえるわけないじゃん)
頭を叩き割るような笑い声を無視し、俺はスロットルを限界まで押し込んだ。アルテミス・レイが暗黒の宇宙空間へと弾き出される。
バヤールから飛び出した俺の前に、百機以上のヒノモト艦隊を従えた「それ」が姿を現した。
ユウマの新機体。大破したノヴァをコアとして強引に結合された大型サポートユニット。その全貌は、巨大な「人間の右腕」の形をしていた。五本の指の先端には、禍々しいビーム砲が不気味に開口している。
『やあ、リーカス。驚いたかい?』
通信ウィンドウに、冷徹な、しかしどこか余裕を取り戻したユウマの顔が映し出される。
『実はだいぶ前にね、ヒノモトの本隊に増援をお願いしていたんだよ。少し到着が遅れたけれど……でも、安心してくれ。君の命までは取らないようにと、上層部にはちゃんと通達しておいたからね。おとなしく降伏して、その未知のエネルギーを差し出すんだ』
その言葉と同時に、巨躯の機体の五本の指先が、一斉にアルテミス・レイへと向けられた。
「寝言は寝て言え、ユウマ……!!」
指先から放たれる極太のビーム。外からの圧倒的な砲火と、内側から脳を焼きに来るアスフェリオンの誘惑。二つの熱に炙られながら、俺の本当の最終決戦の火蓋が切って落とされた。
「くっそおおお!!」
複数のビームの発射に対し、俺はヘリオスフィアの力を使わず、スラスターの瞬発力だけで回避を試みる。
しかし、避けた先にはユウマの随伴機がすでに回り込んでいた。
一斉に放たれる実弾とビームの嵐。脳を焼くような熱気とアスフェリオンの笑い声が邪魔をして、回避の手がわずかに遅れる。
迫り来る敵の猛攻に対し、俺はアルテミス・レイの大剣を強引に構え、防御姿勢をとった。直撃の衝撃が機体を激しく震わせ、装甲が悲鳴を上げる。防ぎきれない――そう直感した瞬間だった。
「オラァッ! 若造がもたもたしてんじゃねえ!!」
通信を突き破る怒号とともに、重厚な影が割り込んできた。ザンギエフの《アイアン・ベアサバイバー》だ。すでに満身創痍のはずのその巨体が、巨大な盾を掲げて敵の追撃を強引に弾き飛ばす。
「ザンギエフ……!」
「へっ、少しは休めたかよ、リーカス! だが、ここからは――」
ザンギエフの言葉は最後まで続かなかった。
視界の端から、異様な質量が迫る。ユウマの《ハンドマン》が、その巨大な「手」を突き出してきたのだ。五本の指先から、眩い輝きとともに高出力のビームソードが音を立てて展開される。
『邪魔だ、旧時代の遺物があ!』
ユウマの冷徹な声とともに、巨大な光の刃が振り下ろされた。
アイアン・ベアサバイバーの盾ごと、その分厚い装甲が、まるで熱したナイフでバターを裂くように容赦なく切り刻まれていく。
火花と油を撒き散らし、ザンギエフの愛機がまたたく間にバラバラに解体され、宇宙空間へと沈んでいく。
「ザンギエフ!!!」
俺の叫びがコックピットに響き渡る。
もう、猶予はなかった。仲間の犠牲の上に辛うじて立っているこの状況で、綺麗事など言っていられない。この百を超える軍勢と、ユウマの怪物を打倒するには――あの忌々しい悪魔の力を引き出す他ない。
「おい、アスフェリオン……」
(ん? なあに、やっとボクを頼る気になった?)
「勘違いするな。お前に身体は渡さない。……だが、その力、毟り取ってでも使わせてもらう!」
(へえ? 面白いこと言うね。じゃあ耐えてみなよ!この“熱に!!)
アルテミシウム炉が、これまでにない禍々しい漆黒と深紅の輝きを放ち、爆発的な出力を生み出し始める。
同時に、俺の脳内に直接、凄まじい激痛が走った。精神が、自我が、内側からボロボロと摩耗し、削り取られていく感覚。
「あああああああッ!!!」
狂いそうな苦痛に歯を食いしばり、意識が混濁しかけながらも、俺は操縦桿をへし折らんばかりに握りしめた。意識の主導権は、まだ渡さない。
黒煙と紅蓮のオーラを全身から噴出させながら、アルテミス・レイは《ハンドマン》に向かって牙を剥いた。




