第十二話 前進
涙も枯れ果てて、泣きつくした俺は、しばらく壁際に座り込んで膝を抱えて、何も考えられず、ぼーっとしていた。
蓮は、両親に「壮君のことは、任せてほしい。」と言い、両親に帰還するよう促した。
両親は、俺の方を見て何か言いたそうだったが、蓮が首を横に振ったのを見て、話しかけるのを諦め、ゲートを開いて帰って行った。
蓮が、俺の右隣に膝をかかえて座った。
しばらく、お互い何も言わずに、ただただ時間が過ぎていった。
蓮がその間何を考え、どう思っていたのかはわからない。
落ち着いてきたら、また頭に浮かぶのは森さんのことばかりだった。
それが蓮に伝わったのか、ようやく口を開いた。
「森さん・・・、絶対に亡くなったとは限らないよ・・・。」
「でも・・・、擬態なら殺されるって・・・、寄生だったとしても宿主はほぼ死んでしまうって・・・。」
「いまは、まだどっちなのかわからないけど、はっきり亡くなったっていう証拠はないよ。
真実を突き止めるのは、辛いかもしれないけど、また必ず襲撃してくるだろうから、今度こそ確かめよう。」
蓮が強いまなざしで、俺を見た。
俺は、力ななくうなずいた。
てっきり俺は、もう森さんは死んでしまったものだと思い込んでいたが、
蓮の言う通り、はっきりそう決まったわけではない。
事実を明らかにするのが怖いけど、もしほんの少しでも生きている可能性があれば・・・。
助けられる可能性があるなら助けたい。
俺が、希望を見出しかけたとき、蓮が衝撃的なことを口にした。
「森さん本人が、レプタリアンという可能性があるかもしれない。」
「そ・・・そんなわけあるかよ・・! 」
「そうであってほしくないけど・・・、あのコンビニの交通事故現場に居合わせたってのがずっと気になってる。」
俺は、背筋が凍った。
俺は、最も嫌な想像をしてしまった。
「あの事故そのものを、森さんが引き起こしたってこと・・・? 」
「可能性はある。俺に関する何かしらの情報をつかんで、事故を装って、俺がベガ種かどうかの確認をしようとしたのかもしれない。
車を突っ込ませたのはいいけど、壮君が俺をかばって撥ねられるのは想定外だったかもしれない。
でもそのあと、俺が回復させて、無傷で生還した壮君を見て、確信したんだろうね。
あの朝驚いてたのも、壮君や俺に近づくための演技をしていたと思うと正直ぞっとするね。
アイツらも相当賢いから、用意周到に準備して、確信を得たうえで襲撃するから。
無鉄砲にやれば、人間に目をつけられるからね。そうすると色々と厄介だしね。」
信じられない・・・。森さんがレプタリアンだなんて・・・。
俺は、蓮の意見に違和感を覚えた。
小学校のころから森さんを知っている。
ずっと好きで、憧れてて。
彼女の姿を追っていたから。
少しでも彼女のそばにいれたらと、何気なく微妙な距離を保ちつつ、
用もないのに彼女の周りをうろうろしたりしてたくらいなんだから。
今までの彼女とあの襲撃してきた彼女に何か大きな違いがあるような気がしてならなかった。
なんだろう・・・何か大事なことを忘れてる・・・。
思い出したくないけれど、呼び出された公園でのことを思い返す。
姿形は、森さんそのものだった。
手を振るしぐさも、笑顔もこれまで見てきた彼女だった。
次の瞬間、思い出した。
――― 匂いだ!!!!!
香水なんてつけるはずのない小学生のときから、森さんは花のような石鹸のようなそんな匂いがした。
その匂いが好きで。なんで、こんないい匂いがするんだろうってずっと思ってた。
それが、あの日はしなかった。しないどころか、血生臭い匂いが風にのって匂ってきた。
あの時は、気にしなかったけど、もし擬態してた場合匂いまでは擬態できないとしたら・・・。
「蓮君。あのとき、匂いが違ったんだよ。
森さんの匂いが、いつものいい匂いとは全然違ってたんだ。
擬態するときって、匂いまでもコピーできるものなの?」
蓮は、目を大きく見開き、すっと立ち上がると両親からもらった手帳を持ってきた。
擬態についての記載を確認しているようだった。
「壮君。すごくいいことに気づいたかも。
見分けるポイントとして、匂いもあるって。
俺も擬態はよくするけど、匂いまでは考えたことなかった。
匂いは、コピーできない!
ってことは・・・、森さん本人がレプタリアンって線は薄くなったな。
森さんが敵でないってだけで、ずいぶん心が楽になった。
身近な信用している人が、敵って考えるだけで本当に辛いものだもんね。」
蓮も俺もホッと胸をなでおろした。
「俺もさっきからこの前の戦闘のときの記憶をずっと辿ってたんだ。
石を触手に当たるように飛ばしてたつもりなんだかけど、何個か体に当たってしまってたなって。
そのとき、血液は出てなかったように思えるんだよ。
だから、森さんをコピーしたレプタリアンの可能性が高い気がする。
コピーするとき森さんを生かしてくれてたらいいんだけど・・・。」
蓮が遠い目をして、ため息をついた。
今はそう願うしかない。それしか希望がない。
「今度の襲撃で、改めて確認しよう。
確信できたら、総攻撃をしかけて仕留める。
今度は、逃げない。」
「俺も・・・能力が開花したから、これをうまく使えたらいいのだけど・・・。」
俺は、自分の両手を見つめた。
さっき、自分は暴走してた。
あんなんじゃ、敵だけでなく味方まで巻き込んで、周囲を完全に破壊してしまう。
能力があっても、コントロールできないんじゃ意味がない。
こんな俺の思いを察したのか蓮が励ましの言葉をくれた。
「壮君。悲しいきっかけで能力が発現してしまったけど、発現したことを前向きにとらえて、前に進むしかないよ。
俺にはないすごく大きな力を得たと思う。ちょっと破壊力がすごいけど、なんとかその力を使いこなせるようにがんばっていこう。俺もサポートするから。壮君のその力はきっと俺たちを救う大きな力になる。俺はそう信じてる。」
「・・・ありがとう。」
「この能力の発現をきっかけに、きっとこれからたくさんの能力が壮君に芽生えるはずだから。
何か新しい能力が見つかったら、教えてほしい。お互いの能力をちゃんと知っておくことで、連携が取れると思うし。
俺も自分の能力に磨きをかけて、威力を増すように努力する。
いざというときは、俺には超回復能力があるから。もう力は抑えない。使わないといけないときは使う。
だから安心して。あ、でも無茶はしないでね、即死しちゃうとさすがに無理だから。」
蓮は、申し訳なさそうに笑った。
俺はそんな蓮を見て、ようやく少し元気を取り戻した。
「蓮が、こんなに話す奴だとは思わなかった・・・。
俺より蓮がいっぱい話してる。
でも、俺うれしい。
蓮は、いつも言いたいことがあるのに、言わずに押し黙っちゃうタイプだったから。
俺だけがしゃべり続けて。
でも今は、ちゃんと思ったことを話してくれる。
昔の穏やかで寡黙な蓮もいいけど、今のなんでも話してくれる蓮もいいね。
俺なんて、無力で何もできないと思ってたけど、蓮が俺を信じて頼ってくれてるってわかったから。
前を向いて、がんばるよ。」
俺は、そういって右手を前に出して、ゲートのことを思い浮かべた。
すると、空間の何もないところに水色の円形の光ができ、すっとその円が直径2mくらいになった。
「ゲート・・・開けちゃった・・・。」
俺は自然と発現した能力に驚いた。
蓮は笑う。
「アハハ、壮君。実は天才かもね。
自然にできちゃった。やっぱり俺らより人間のほうが感情も想像力も豊だから、力の発現も規模も半端ないのかもしれないね。これは先が楽しみだ。」
「うん! ちょっと自分自身が自分の変化についていけるか不安だけど、この能力の一つ一つが自分たちを救うものだとすれば、これは大きな前進だよね。早くちゃんと能力をコントロールできるようになりたい。」
俺は、目の前の水色の光の円を目を細めて眺めていた。
その光の先は何も見えないけど、ただただ綺麗で。
しばらく、俺たちはゲートを眺めていた。
これから来る嵐に備えて。
心を静かにして眺めていた。




