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9.

 神官服は変わらなかったようだ。


 せっせと床掃除をしている神官が目に入った瞬間に、思ったのがそれだった。


 壁に「黒騎士、呪われろ!」とダイイング・メッセージのような貼り紙があった。


 紙自体が相当古くなっているようなので、書かれてからかなり時間が経っているのだろう。


 呪いは黒騎士の専売特許のようだと自分で分析していたくせに、無駄なあがきだな!


 そういえば、この国には紙があるんだな、と改めて気づいた。紙の代わりに粘土板とかだったら、単語表つくるのも大変だったろう、うん。


 神官が掃除を終えて出て行き、気配が完全に消えてから台座を降りてメモ帳を広げる。このメモは改定されているようで、作りなおされていた。それと気づいたのは、以前の自分の書き込みの筆跡が変わっていたからである。


 白騎士の字のほうが遥かにうまい。慣れの問題でもない気がする。


 ようやく前回まで読み終えていたあたりまで来たら、色仕掛けをけしかけたことへの恨みつらみがずらずらと書いてあった。


 なかなか戻れなかったらしく、この世界で数日間、あの手この手で美女たちに迫られたらしい。うらやましいご身分ではないか! 感謝してもらいたいくらいだな!


 結局は、事を知った神官長が激怒して黒騎士の意志が絶対!ということで、神官服は変更なしになったそうだ。


 ちなみにあの二人は王族で、花嫁修業のような感じで神殿に入っており、その後、他国に嫁いだそうだ。それぞれに夫を手玉にとって祖国との関係を良好に保つ競争をしたんだとか。美貌の有効活用できたようで何よりだ。


 そして、それから時代は二百年近く経っていた。今回はまた随分と間が開いたようだ。


 最後の記録は十年近く前で、近年勢力拡大している帝国との開戦が間近であり、緊張状態に陥っている、と記されていた。


 戦争はどうなったのだろう。


 メモを置いて立ち上がる。


 この祭壇周辺は特に変わり映えしないからよくわからない。


 国のトップがどうなっているのか、知ることができればな。


 そう考えた途端、またも瞬間移動していた。


 それこそ玉座の間っぽい、偉そうなおっさんたちがわんさかいる場所である。


 何奴と剣を抜いて襲いかかってきた衛兵らしき男たちを迎撃しつつ、周囲を見回せば、青ざめている者、なにか期待している者、呆然としている者など様々である。


 顔立ちにしても、見覚えのあるような顔もあれば赤銅の肌に赤い髪という、まったく見たことのない色を備えた非常に彫りの深い顔もいた。


 壁には細かな模様が刻みこまれ、床もモザイク状の装飾がなされており、そして何より窓がとても大きく、明るい雰囲気だ。


 明らかにあの国の建物とは違う建築様式だと思わせる。


 そして玉座に座っているのは、見るからに威風堂々とした武人らしき男で、面白そうに、どこか人の悪い笑みを浮かべている。


 黒髪に浅黒い肌、やや険しい顔立ちは明らかに、見慣れた「あの国」の人間ではない。個人的にはとっても好みの顔だ。


 美形過ぎないところがなおよし! ちょっと性格悪そうだけどな!


 一方、その隣に座っているおとなしそうな女性は見覚えのある顔立ちだ。


 豪奢な衣装をまとっているから、多分、妃だろう。なにやらすっかり顔面蒼白になって震えているのが哀れである。


 怖くないよ―、襲ってこない限り、なんにもしないから。


 なんて言ったところで、聞こえはしないのだが。


 何人目かをふっ飛ばしたところで、玉座にいた男が腰を浮かせた。


 だが、その前に隣にいた女性がさっと動いて、目の前にひれ伏した。


「お許しくださいませ、黒騎士様!」


 えーと。


 許すも何もないんだけど、どういう状況なんだろう。


「責はわたくし一人に。戦わずして降ることを選んだのは、わたくしでございます」


 んー、察するにこの人はあの国の王族で、帝国に降伏したってことかな。単語帳がほしい、と思った途端、手のなかに出現した。便利だな!


「皇妃様、お下がりください!」


 そう言って女官と思っていた女性が斬りこんできた。こちらもあの国の人間だと思われるが、なかなかの胆力である。


 しかし、甲冑に搭載された自動迎撃システムは容赦がない。ごめーんと思いつつ、吹っ飛ばす。


 大変不本意だと思ったからか、当たりは他の野郎どもより、かなりソフトだったようだ。


 とりあえず、よいしょとひざをついて、皇妃様の前に単語帳を差し出す。


否定ない」「怒る」を指さすのだけど、顔を上げてくれないと読んでもらえないという残念さ。


「皇妃よ、面を上げてみよ」


 埒が明かないと思ったのか、皇帝らしき男が口をはさんだ。


 恐る恐るといった様子で顔を上げた皇妃は単語帳に瞠目し、意味が通じたのか、ほっと肩から力を抜いた。


「戦争」「否定ない」「良い」


 ぺろんぺろんと単語帳をめくって指差していく。


 皇妃が青い目を潤ませた。


 きっと辛い思いをして来たのだろう。白騎士がいたらもう少し意思疎通がうまくいくんだろうなと思ったら、白騎士が出現した。


〝うわ、なんだ、ここは! 黒騎士っ?!〟


 白騎士はガシャンガシャンと挙動不審に周囲を見回し、こちらの姿を確認すると、非難がましい目を向けた(ように感じられた)。


〝なに泣かせてんだ〟


〝嬉し涙だよ!〟


〝どういう状況なんだ?〟


〝この人があの国の多分、王族で皇妃様、そして、向こうのが多分、皇帝〟


 失礼だけどと思いつつ指さしながら教える。


〝戦争回避して、降伏したらしいよ〟


〝……ああ、それじゃ、あの時の王女様か〟


〝知ってるんだ。それじゃ後は任せた!〟


 ぐいぐいと単語帳を白騎士に押し付ける。


〝何をだよ!〟


〝なんか戦わないで降伏したこと謝られたのだけど、わたしには関係ないし、戦争回避大賛成だから、謝る必要なんて全くないと。そう伝えてもらえたらありがたいです〟


〝そういうことか。わかった〟


 白騎士はおとなしく単語帳を受け取って皇妃の前にひざをつき、やり取りを始めた。大変スムーズである。


 やれやれ一安心とふと周囲を見回したら、皇帝と目があった(と思う)。


 にやりと大変男くさい笑みを浮かべた皇帝陛下はゆっくりと立ち上がりながら言った。


「伝説の黒騎士殿に少々頼みがある」


 なんでしょう。大変不穏な気配がするのですが。


「貴殿らの武勇伝を幼き頃から聞いておってな、ぜひとも一度手合わせをしたいと思っていたのだ」


 玉座の横に立てかけていた鞘をつけたままの大剣を掴むやいなや皇帝は打ちかかってきた。


 皇帝陛下、殿中でござるー!


 心のなかで叫びつつ、自動迎撃機能に従い、迎えうつ。


 陛下、と皇妃様が血相を変えるが、気にするなとばかりに白騎士がその肩を抑えた。


「楽しんで、いらっしゃるのですか……?」


 単語帳を目にした皇妃がつぶやくのが聞こえた。


 白騎士め、仕返しだな! 楽しんでいるのは皇帝陛下だ!


 だが、しかし。


 好みの顔の俳優が出演するアクション映画と思いつつ眺めていれば、それなりに楽しめるような気がしてきた。


 なにせ自動迎撃、何もしなくてもよい。


 迫力ある映像をお楽しみくださいってことですね!


〝前向きだなっ!〟


 白騎士からツッコミが入った。


 甲冑相互通信機能おそるべし。


 いや、無意識に「口に出して」いたのか。


 それにしても皇帝陛下、楽しそうである。周りの人たちはハラハラしているが。まあ、中には変な期待を込めて見ているような気がする人もいるようだ。


 だが、うっかり殺しちゃったりはしないからな!


 思った途端、不思議な動きを甲冑がした。皇帝陛下の剣を奪い取るやいなや、怪しげな人に向かってふっ飛ばしたのだ。


 剣の行方を目で追った皇帝が再びにやりと笑った。


 襲撃が止んだので、腰を抜かした怪しげな人物に近づいてみる。


 がくがく震えて、とても顔色が悪い。


 その怯えっぷり、なんだかSな性質が芽生えてしまいそうです。いや、もう元から多少あるかもしれないけど。


 いやー、悪いね、手が滑っちゃって、というノリで肩をぽんぽん叩いたら白目を剥いて倒れてしまった。


 あら、やだ、小心なんだから。


 これでは、自分がなにか悪いこと考えていたって証明しているようなものではないか。


 やれやれと放り投げた大剣を拾うと、周囲にいた人たちが、びくぅっと身じろぎして、さささささーっと引いていった。


 うん、保身は大事。


 はい、とばかりに皇帝に剣を差し出すと、なにやら失笑された。


「それで斬りかかることを期待されていたようだが?」


 どこまで野蛮認定されているんですかね。


 ないない、と空いてる手をプラプラ振ったらガチャガチャ鳴った。


 しかし、このジェスチャー、通じるのだろうか?


 呪いの儀式と思われたりして。


 いっそ呪ってみるのもいいのかもしれない、皇帝夫妻に悪心を持つ者よ、呪われろ!とかね。


 だが、それよりも、この甲冑に自動索敵機能が付いて、不穏な連中を殲滅してくれたら手っ取り早いような気がする。


 ガシャンと甲冑が音を立てた。


 差し出していた大剣を引っ込めると何やら剣先を下に両手で胸の前に持って直立した。


「黒騎士様が皇帝陛下に真礼をっ!」


 そんな声が聞こえた気がしたが、甲冑が疾走し始めたのでガチャガチャうるさいのと驚きとで確認はできなかった。


 剣が鞘から抜かれてなくてよかった。


 甲冑が次々と逃げる男たちをフルボッコにし始めたのである。抜き身だったらスプラッタ再び、である。


 索敵&殲滅機能は搭載されていたとゆーことなのだろう。


 しかし、さすが皇帝、敵が多い。


 宮殿内を縦横無尽に駆け巡っての一方的なバイオレンス映像も飽きて来た。


 DVD鑑賞中ならトイレに行ったり、おやつを取りに行ったりするところだが、悲しいかな、離脱することはできない。


 この甲冑、サービス機能は充実してないな!


 とはいえ建てた国もなくなったんだから、この甲冑ももう機能しなくてもいいぐらいなのではなかろうか。


 大轟音が響いた。


 甲冑が怒った?


 そう思ったが、テレビであった。


 借りたDVDを鑑賞中にうっかり眠ってしまったらしい。


 ストレス発散用に選んだアクション系SFである。宇宙船らしきものが爆発していた。


 だから、あんなことになったのか?


 しかし、その直後にあんなことってなんだっけ?と頭を捻る羽目になった。


 年のせいなのかっ?!


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