10.
あの「夢」を見なくなって半年も過ぎた頃、甲冑と出会った。
もちろん、そのときの私には夢を見なくなったという認識はなかったし、夢のことも忘れていた。
それにもかかわらず、「甲冑展」なんてものにふらふらと入り込んだのは潜在意識にある甲冑への愛着だったのかもしれない。
とはいえ展示されていたのは、甲冑は甲冑でも日本の甲冑で、戦国時代のものがメインだった。
一緒に展示されている本物の刀のなかには、刃こぼれしているものもあり、それが生々しくてちょっと怖い。
じっくり解説を読んでいると、鎧の様式のひとつとして色々縅と書いてあった。
いろいろ脅した甲冑、なんてねー。
ひとりでうけていると、すぐ近くでボソッとつぶやく声が聞こえた。
「クロキシじゃあるまいし」
ん?
横を見るとスーツ姿の同年代らしき人物が、マズイとばかりにすっと目をそらした。
ちょっと神経質そうな、エリートっぽい男だ。
営業回りの空き時間に息抜きに寄ってみたというところだろうか――渋い趣味だな! 人のことは言えないが。
ちなみに私は久々の代休で、平日にサボっているわけではない。
それにしてもクロキシってなんだろう? クロ…黒…黒木氏…黒騎士かっ!
一気に「夢」の記憶が蘇る。
いやいや、まさか、しかしっ!
ぶんぶんっと勢いよく首を回す。
気のせい、気のせい。
横から視線を感じた。
「失礼ですが」
「人違いです」
「やっぱりお前かっ!」
白騎士―正確にはその中身―だった。
脳内に届いていた声は、実際の声を再現していたものであり、声で即座に互いの身元が割れてしまったのである。
まったく変なところで芸が細かい。
しばしの攻防の末、さすがに展示室で騒ぐのは憚られるので、移動することにした。
近場のカフェへと入り込み、奥の席を陣取る。幸いなことに店内の中心付近には賑やかな主婦グループが陣取っていて、おしゃべりに興じていた。
これならこちらの声が聞こえることはほぼないだろう、さすがにいい年して厨二病的な話を周囲に聞かれるのは恥ずかしい。
「そもそも、なんでこちらの生息域に入り込んでいるの、首都圏在住者が」
こちとら首都圏って正確にはどこまでが範囲なんだろうなーと思う地方都市在住者だ。
「せめて生活圏といえよ。今回は出張だ」
メニュー表をめくりつつ、ぼそぼそと言い合う。
結局、二人揃って本日のおすすめを注文し、周囲の様子をうかがいつつ情報交換を開始した。
交換といっても、情報量は白騎士の方が多い。
あの後、黒騎士が制裁を加えて回ったことで、大掛かりな宮廷再編が行われたらしい……なにしろ表向きは皇帝派だった人間までぼこぼこにされたことで二心を持っていることが明らかになったという。
いい仕事をしたな!とひそかに満足感にひたる。
白騎士はその再編後に一回だけ、呼ばれたそうだ……神霊を名乗る存在に。
「それが言うにはだな、直接関与するのは世界の理によりもはやできないために媒体として俺たちを引っ張り込んだそうだ、たまたま近場にいたとかなんとかいう理由で。……黙るなよ、痛々しいのはわかってんだ。他人ごとのような顔するな」
遠い目をしてコーヒーを啜っていたら文句をつけられた。
「いやー、悪い、悪い。でも、どうして私たちだったわけ?」
「相性がよかったんだと、甲冑との」
「甲冑と……」
なんだろう、このやるせなさ。
しばし沈黙がおりた。
「あー、その原型というか、建国時に活躍したっていう白黒本家はどうなったって?」
「本家はいなかった。神霊とやらが宿って2体分動かしていたらしい」
直後、主婦グループが去って、静かになったため、二人揃って再び黙り込んだ。
「出張って言ってたけど、時間大丈夫?」
「ああ。あとは帰るだけだ」
「そう。とりあえず駅に向かう?」
移動しながら話した方が、周囲に気遣わなくて済みそうだということで、歩きながら続きの話をすることになった。
神霊によると、神霊の意志と甲冑に憑依した人間の意志とが重ならなければ、甲冑そのものが動くことはできなかったとのこと。そして、あの世界に渡るのも、あの世界の人間たちが顕現を願わなければできないことだったという。
よく動いてくれたと神霊はわたしに礼を言っていたそうだ。ならば直接私に言えよ、と思ったが、わたしはあの世界への親和性というものが、元・白騎士ほど高くなかったために、憑坐となる甲冑が役目を終えてからは呼び出すことができなくなった、ということだった。
「ちゃんと始末まで終えていくとは素晴らしいと絶賛してたぞ」と元・白騎士は妙に無表情に淡々とした声で告げた。
甲冑が機能しなくなってもいいんじゃないかと思ったのは正解だったらしい。
「ふーん。で、報酬はなかったの? 向こうの都合で手伝わされたんだから何かもらってもよさそうだけど」
「すまんが、一存で断らせてもらった。もう、関わりたくなかったんだ」
「そんなにあの世界に行くのが嫌だったんだ」
「いや、あの世界じゃなくてな……神霊に……」
それきり語ろうとしない元・白騎士をなだめすかして聞き出したところ、神霊はなんの嫌がらせか、マッチョな低音ボイスのオネエとして具現化していたんだそうだ。
「見てみたかった!」
「そうかよ、代わって欲しかったよ! 切実にな!」
ひと通りの「その後」の説明が終わった後は、過去に遡っての言い合いとなった。はたから見れば、たいそう低レベルな争いだっただろう、無論、聞こえないよう注意していたが。
もはや会うこともあるまいと互いに思い切り文句をぶちまけたおかげか、駅に到着したころには妙な爽快感があり、晴れ晴れとした顔で別れることができた。
互いに名刺やメルアドを交換しよう、なんてこともなく、綺麗さっぱりと今生の別れを告げた――そして、互いの記憶も夢と同じく消えていたのだ、その時は。
だが、その夜、「夢」を見た。
霧のかかったような空間でふわふわと漂っていると、何かに引っ張られた。
〝嬉しいわぁ、アタシに会いたいと思ってくれるなんて〟
耳元に響く―ように感じられる―ゾクゾクするほどの低音美声に、別の意味でゾクゾクするオネエ言葉。
〝オネエマッチョ神霊!〟
うふふっと妙に嬉しそうな笑い声がする。しかし、残念なことに姿は見えない。
〝アタシ、あなた達の事、気に入っちゃったのよね。ちゃんとお礼もしたいし、今、交渉中なのよ。ちょっと難しいんだけど、アタシ諦めないから!〟
誰とだ?そして何をだ?
〝だから、ちょっと待っててね〟
〝一体何をっ?〟
〝やあねぇ、決まっているじゃない!〟
ばしんっと背中を叩かれた――ような気がした。
ばっと目を開けると見慣れた部屋の天井が見えた。
汗がどっと噴き出している。
「気のせい、気のせいのはずっ」
天井を睨みつけたままつぶやく。
最後に低音ボイスが告げた言葉。
〝トレードに決まっているでしょ!〟
誤訳だ、変換ミスだ、きっと。
相手は外国人どころか、世界違うし、種も違うし。
異世界トリップなぞ御免である! わたしはこの世界で生を全うしたいのだ!
――これだけ確固たる拒絶意志を持てば大丈夫なはずだ、多分。
だが、わたしはそのときまだ知らなかった。
神霊を「見てみたかった」というわたしの願いがまだかなっていなかったことを。
そして、異世界トリップではなくとも、転生という手段もあることを。
さらに神霊にとって、たかが百年やそこらの人間の一生なんてとても短いものであることを――。
目覚めて数分後、わたしはこれまでのように「夢」の記憶をなくした。
出勤して、勤務先が大手企業に吸収合併されることを知るまで後2時間。
人事異動で新しい上司が本社から出向してくることを知るまで後十日。
そして、元・白騎士が上司となり、「夢」の記憶が蘇ったまま消えなくなるまで後半月――。
さて、黒騎士様の明日はどっちだ?!
お気楽な話を書きたいな~と、定番要素を盛り込んで、好き放題に書いてみました。
お付き合いありがとうございました!




