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男装覚書  作者: ゴリエ
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そして、新しい日々へ

十月十二日(土)

一日中図書館にこもっていた。

昼食をとるのを忘れていたので、夕食のハンバーグ定食がとても美味しかった。




十月十三日(日)

今日も一日中図書館にいた。

借りたい本がたくさんあるのに、貸し出し中のものが多くて残念。

予約が何件も入っているものは、いつになったら読めるかな。




十月十四日(月)

ミシェルとニスを見ると、なんとなく意識してしまう。

ダメだ、普通にしていなくちゃ。

二人はいつも仲の良い友人関係に見えていたけれど、知らないところでは、いろいろあるものなんだな。

僕だって、ミシェルから相談されなければ、ずっと二人の関係に気付かないままだっただろう。

知らないだけで、みんなきっといろいろ抱えているのかもしれないね。

僕もそのうちの一人だし。




十月十五日(火)

待っていた本を、思いのほか早く借りることができた。

今日はもう遅いから、また明日にでも読もう。

早く明日が来てほしい。

そういえば、二年生の先輩が、退学処分を通告されたという噂を耳にした。

あまり知らない他学科の人だったけれど、何か問題を起こしたらしい。

この大学に、退学させられるほどの行いをする生徒がいるということに、みんなびっくりしていた。

基本的に、先輩たちもみんな勉強熱心な人たちの集まりという印象だったから、僕たち一年生の間でも動揺が広がっている。

どうして、その先輩は退学になっちゃったんだろう。




十月十六日(水)

大変だ。

今日、ミシェルからかなり大変なことを聞いてしまった。

退学処分になってしまった先輩のことだ。

どうやら、その人は僕たちと同じように、性別を偽って大学に入学していた可能性があるらしい。

ミシェルが、以前目星を付けていると話していた先輩が、その人だった。

まだはっきりそうだと判明したわけではないにしろ、この先輩が退学処分になることが、そもそもそれ以外では考えられないのだとミシェルは話していた。

特に日頃から素行が悪いわけではなく、むしろ模範的な優等生で、生活態度はいたって真面目、成績も申し分ない優秀な人だったらしい。

自分の早とちりであれば良い、とミシェルは言っていたけれど、なんだろう、嫌な予感がする。

この心配が、どうか、僕たちの取り越し苦労になってくれますように……。




十月十七日(木)

不安が的中してしまった。

やっぱり、退学になった先輩は、性別を偽って入学していたようで、どういう経緯かははっきりしていないけれど、先生にその事実がばれてしまったらしい。

先生たちは、なんとか退学の理由を隠そうと躍起になっているけれど、生徒間ではもうかなりこの噂が出回っているし、今日は学校中がこの話題で持ちきりだった。

ミシェルの部屋で二人で話したとき、ミシェルは泣いていた。

「きっと、大問題になるよ。学校が事実を隠ぺいしたくても、これだけ噂になれば、もう隠し通すことはできない。他にも同じようなことをしている生徒がいないかどうかを調べろって、絶対外部から圧力がかかる。そうなれば、僕らはもうここにはいられない」って……。

今日は眠れそうにない。




十月十八日(金)

最近授業中も上の空で、全然講義の内容が頭に入ってこない。

食欲もわかない。

身体は疲れているのに、夜も全然眠れない。




十月十九日(土)

図書館で、久しぶりにアシュレイ先輩に偶然会った。

開口一番に、顔色が悪いと言われ、体調を心配された。

当然、例の話題になる。

誰もいない空き教室に移動して、二人で話すことにした。

アシュレイ先輩は、退学の事件があってから、ずっと僕のことが気がかりだったらしい。

同学年とはいえ、先輩も他学科の生徒とはあまり交流がないらしく、断言は出来ないようだったけれど、情報通の友人を通じて、噂はかなり真相に近いものらしいということを教えてくれた。

それから、新たな情報として、とても怖いことを聞いた。

退学になった先輩は、先生に女だとばれたとき、口止めの代わりに身体の関係を求められたらしい。

でも、本人が頑なに拒否したことで、逆上した先生が腹いせに大学の上層部に事情をばらして、今回の処分に至ったという。

本当かどうかは、それこそ当人たち以外は誰もわからない。

噂が脚色されただけであってほしいと、心から願った。

でも、もしそれが本当だとするなら、僕はかつてないほどに憤りを感じる。

校則違反をしているのは、たしかに僕たちの方だ。

でも、いくらなんでもそれは、人をバカにしすぎている。

先輩は、また新たなことがわかったら教えてくれるそうだ。

とてもありがたい。

それから、「困ったことがあったら、いつでも相談するんだよ」と何度も言ってくれた。

泣くまいと思っていたけれど、結局こらえきれなかった。




十月二十日(日)

自室で本を読んでいたら、エルトン君から「最近元気がないな」と心配された。

彼が僕を……他人を気遣うなんて珍しかったから、正直驚いた。

それほど最近の僕は、目に見えて落ち込んでいたのかもしれない。

「今後、レトニーはどうするつもりなんだ?」とエルトン君に聞かれて、何のことかと尋ねると、「何でもない」と彼らしくない、歯切れの悪い返しが来た。

僕は、わざと要領を得ていない振りをしたのかもしれない。

エルトン君が、本当は何を聞きたかったのか、薄々気付いていたのだから。






    +++






十一月四日(月)

しばらく日記を書いていなかった。

それどころではなかった。

手短に書く。

僕はもう、この大学にはいられないだろう。




十一月五日(火)

明後日から、全生徒対象の身体検査が始まる。

何度かミシェルとも話し合った末に、もう自主的に退学した方が良いんじゃないかという話になった。

アシュレイ先輩が、「先生になんとか口添えしてみるから、早まるな」と幾度となく提案してくれたけれど、そんなことをしたら、最悪、先輩も共犯者として糾弾される可能性もある。

だから、丁重にお断りした。

先輩は、こんなときでも優しいんだなぁ。

エルトン君は、「こうなった以上、さっさと名乗りをあげた方が良い」と何の躊躇いもなく言った。

「そもそも最初から無理だったんだ、こんなこと」とも。

そうだね、今となっては僕もそう思うよ。

珍しく、意見が一致したね。

僕は、短い夢を見ていたのかもしれない。

でもこの夢は、きっと一生忘れることはないだろう。




十一月七日(金)

短い大学生活だったけれど、楽しかったな。

この部屋とも、みんなとも、お別れだ。

この日記も、今日で終わりにしよう。

さようなら、お元気で。



















   +++
























九月一日(月)

まさか、もう一度この日記を書くことになる日が来るなんて、思ってもみなかった。

あれから、約一年が過ぎた。

私は大学に戻ってきた。

びっくりだよね。

でも、一番驚いているのは、誰でもない私自身だ。

何から書こうか。

とにかく、長くなりそうだ。



去年の騒動の件は、大学内部でも外部でも大きなスキャンダルになって、大学側も内々でことを済ませるわけにはいかなくなった。そこで急遽、全生徒対象の身体検査を実施すると発表した。

私もミシェルも、もう隠し通すことは出来ないと観念して、自主退学を申し出た。

このときも、いろいろあって大変だったけれど(あまり思い出したくないことも多い……)、なんとか身体検査を受ける前に、私たちの退学申請は受理された。

そうしたら、驚いたことに、私たちと同じ立場の生徒が、実は学内に何人も潜んでいたことがわかった。

みんな考えることは同じで、検査を受ける前に退学申請を出していたのだ。

ミシェルと二人で、本当に驚いた。

中には最終学年の先輩もいて、話によると、周囲もさすがに女性だと感付いてはいたものの、それでも黙認されていたというのだから、さらに耳を疑った。

周囲が彼女の在籍を黙認していたのは、女性だという理由だけで彼女の研究が途絶えてしまうことは、この国にとってむしろ大きな損失になってしまうと判断したからだと聞いた。

とてつもなくすごい人だったんだ。

退学になった僕たちは、自主退学の理由を揃いもそろって、「経済的な理由により」と記したけれど、大学や世間から見れば、明らかに嘘なのがバレバレだ。

この一連の騒動は、新聞でも大きく取り沙汰されたし、しばらくは国中で話題となった。

そして、そこから女たちの逆襲が始まった。

そもそも、学力では申し分なく成果を上げている者を、何故性別だけを理由に弾かなければならないのか。

そこまで性別にこだわる理由とは、何か。

私たちの大学だけの問題ではなく、そもそも、根本的なこの国の制度が、大きく見直されるきっかけとなった。

政府は他国からも強い非難を受けたし、この事件を受けて、抗議のデモに参加する人たちも増え始め、(女性だけではなく、男性も一定数いることに驚いた)国内でストライキがいたるところで起こった。

家庭単位でも、抗議の名目で、家事や育児を放棄する女性が増えていると話題になり、国中が一時期騒然とした。

「私たちは特別なことは望まない。当たり前のことをしたいだけ」

このスローガンをよく見かけるようになった。

私はと言えば。

実家の両親の心配をよそに、ただひたすら本を読み続けた。

ミシェルが言っていたことを思い出す。

「勉強したい、知らないことをもっと知りたいって思うことが大事なんじゃない? 人生は、きっとずっと一生勉強だよ」

考えてみれば、大学に行くことだけが勉強ではないんだね。

本気で勉強がしたければ、どんな場所でだって出来るんだと、気が付いた。

大学時代の友達や、アシュレイ先輩から手紙がときどき届いたけれど、あまり大した返事は書かなかった。

今の私には、もっとやることがある。

落ち着いたら、自分から近況報告の手紙を出そうと思っていた。

もっと、みんなに誇れる自分になることが出来てから。



そして、自主退学してから、半年くらいが過ぎた頃だったかな。

女性も大学に通うことが出来るように、法律を改正すると、政府が大々的に発表した。

法律改正にはどんなときでも保守的で、いつも腰が重いのに、異例の速さだと、これもまた国内・国外に限らず広く話題になった。

このことを知って、私は一度は忘れると決めた夢を、もう一度思い出した。

やっぱり、大学に行きたい。

あの場所に戻りたい。

あの仲間たちともう一度、一緒に学びたいと思った。

私はいてもたってもいられなくなって、再び受験し、合格することが出来た。

わがままを聞いてくれた両親には、本当に頭が上がらない。

合格通知が来たとき、信じられないくらい嬉しくて、家族みんなで泣いた。

これは、合格後に聞いた話だけれど。

大学の在学生たちも、学校や政府に署名運動などをして、抗議活動に協力してくれていたらしい。

私は、その手のことはほとんど何もしなかったので、なんだか申し訳ない気分になった。

学業で忙しい合間を縫って、みんな、頑張ってくれていたんだと知って、とても嬉しかった。

待っているよと、言われたみたいな気がした。

ミシェルも合格して、お互いに手紙で報告し合い、喜びを分かち合った。

そして、今日の入学式を終えて、今に至る。

式後に会場の外でテリー君とニスが待っていてくれて、ミシェルと二人でとてもはしゃいだ。

みんな一つ上の先輩になってしまったけれど、あまり変わっていなかったのが嬉しかった。

かつてのクラスメイトだったとしても、中には、私やミシェルのことを快く思っていない人たちもいる。

それは仕方のないことだと思った。

それよりも、私たちを支えてくれた人たちに、今は大いに感謝しようと思う。

記念すべき女子生徒の第一期生として入学した私たちは、新設されたばかりの女子寮に入った。

……と言っても、建物が新しいわけではないんだけれど。

ルームメイトは、もちろん女の子。

マリーという名前の、とてもはきはきした元気で可愛い子だ。

「あなた、以前にこの大学に男装して通っていたって本当? その心意気、とても素敵だわ! ぜひ、いろいろ教えてね」

最初の挨拶でこう言われた。

たぶん、仲良くやっていけそうな気がする。

当たり前だけれど、ルームメイトが同性って、なんて気楽なんだろう。

こんな恵まれた環境が手に入るなんて、思ってもみなかった。

前は本当に大変だったんだ。

そうマリーに話していたら、そのタイミングでエルトン君が部屋に訪ねてきて、心底驚いた。

マリーは、気を利かせて退室した。

むしろ、居てほしかったのに。

エルトン君に会うのは、実はちょっと気まずかった。

一年経っても、エルトン君に対する私の苦手意識は健在だった。

エルトン君と話すと、自然と自分のことを「僕」と言ってしまって、なんだか妙に落ち着かなかった。

テリー君やニスと再開したときも、女の格好をした自分を見られるのが恥ずかしかったけれど、エルトン君には、その比ではないくらい、顔から火が出るほど恥ずかしかった。

何か変な感じだった。

エルトン君とは、退学してからも、連絡は一切取り合わなかった。

でも、私はその間の彼のことを、手紙をくれた友人たちの話で少しだけ知っていた。

抗議活動を誰よりも熱心にしていたこと、大学の生徒を代表して抗議文を読み、その発表が新聞やテレビでも流れたこと、そんな中でも相変わらず成績は首位をキープしていたこと、など。

彼がテレビでしていた演説は、本当に素晴らしかった。

まだ世間での意見が賛否両論で、混乱していた時期でのことだったので、下手をすれば、保守派の人たちの攻撃対象にもなりかねない、危険な行為ではあったけれど。

その甲斐あってか、彼の演説がきっかけで、心を動かされた人たちも多いと聞いた

そのことをエルトン君に話すと、「あんな昔のこと、もう忘れてしまった」と、そっけなく返された。

私は、今までずっと聞きそびれていたことを、エルトン君に聞いた。

いつから私が女だと気付いていたのか。

何の脈絡もない、今となっては、本当にどうでも良い話かもしれないけれど、退学した後、何故かずっとそれだけが気になっていた。

ミシェルやアシュレイ先輩のように、はっきりとしたきっかけや理由が、エルトン君には見当たらなかったから。

エルトン君は、たしかこんなことを言ったと思う。

「そんなもの、出会ってすぐに決まっている。冷静に考えて、男と女を見間違う方がおかしいと思わないか。どんなに外見を取り繕っても、中身は間違いなく女だ。それだけでも十分なのに、何日も一緒に過ごせば、揺るぎのない確信すら持てた。体型も、体臭も、声も、感性も、何もかも本物の男とは全く違う。むしろ、騙される方が俺にとっては理解しがたい。男が女の振りを容易に出来ないように、逆もまた然りだ。そんなものがまかり通るのは、物語の中だけだ」

これには、返す言葉もなかった。

それから、エルトン君はこんなことも話していた気がする。

「何のために、人間が男女に分かれているのか。それは、差別をするためではない。生物的に担う役割が単純に違うからだ。そこには、どちらが優れている・劣っている、なんて理論が入る余地はない。性質が違いすぎる者同士を、比較すること自体が馬鹿げている。男しか出来ない、女しか出来ないことがある、ただそれだけだ。でも、どちらかの性にしか成しえないことは、そう多くあるわけではない。生殖に関すること、身体能力に関すること、脳の構造の微妙な違い以外は、男も女もそれほど大きな差はないんじゃないかと俺は考えている。ジェンダーは社会的、文化的に備わるものだし、生まれた時から身についているものではないからな。このへんは、俺が生涯をかけて研究していきたいと思っている分野だが。何にせよ、どちらかを虐げて、人類の半分を敵に回す必要はない」

エルトン君の考えを、このとき初めて知った。

案外、将来はみんなから頼りにされる、素敵な学者さんになるのかもしれない、と思った。

「俺からも聞きたいことがある」と言われて、何かと思えば、「君の本名は何というんだ?」って、真剣な顔で聞かれた。

エルトン君からは、それ以外は特に何も聞かれなかったので、もしかして、これを聞くために、わざわざ女子寮を訪ねてきたのだろうか、と思うと、なんだかおかしかった。

もちろん、会いに来てくれたことは素直に嬉しかった。

「これからは、エルトン先輩って呼ばなくちゃいけないのかな」って、何気なく言ったら、ものすごく彼のテンションが上がって、アンコールを要求する声がうるさくなって、割とめんどくさいことになったので、「ああ、この感じ懐かしいな……」って、のん気に思い出してみたり。

日常が、やっと戻ってきたんだ。


ここまで読んでくださってありがとうございました!

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