第九話 途切れた証言
翌朝。
玲は新聞社に着くと、自分の席に座った。
昨日の夜。
田辺の家へ行った。
けれど、会うことはできなかった。
部屋の明かりは消えていた。
しばらく待ってみたが、帰ってくる気配もなかった。
玲は、昨日までに集めた資料を机の上に並べた。
坂本。
田辺。
宝石強盗。
黒鴉。
そして、金。
一つずつ情報を整理していく。
坂本は黒鴉の下っ端。
組の金を使い、まだ返していない。
そのせいで、最初に使った額の何十倍もの金を要求されている。
一方で、坂本と田辺は突然、羽振りが良くなった。
その時期は、過去の宝石強盗が起きた時期と近い。
そして、その後。
二人は金のことで揉めていた。
「……」
玲は資料を見つめた。
やっぱり、田辺は何かを隠している。
昨日の態度もそうだった。
坂本の居場所を知らないと言いながら、金の話になると妙に言葉を濁していた。
もう一度、話を聞く必要がある。
そう思った時だった。
「玲」
黒田に呼ばれた。
「はい?」
「ちょっとこっち来い」
玲は席を立ち、黒田のところへ向かった。
「どうしました?」
「さっき、榊原から連絡があった」
「榊原さんから?」
「ああ」
黒田は少し声を落とした。
「田辺が死体で見つかったそうだ」
「……田辺が?」
玲は一瞬、言葉を失った。
「今朝、倉庫街で見つかったらしい」
「死因は?」
「そこまでは聞いてない」
「榊原が現場にいるそうだ」
少し間を置いて、黒田が言った。
「行くなら一緒に来るか?」
玲は少し考えてから答えた。
「行きます」
「分かった」
玲と黒田は、そのまま新聞社を出た。
◇
倉庫街。
現場の周囲には、すでに警察官が集まっていた。
規制線が張られ、その向こうには何人かの野次馬もいる。
玲が近づくと、警察官が手を上げた。
「すみません。関係者以外は入れません」
「新聞記者です」
玲は記者証を見せた。
「それでも現場には入れません」
「そうですか」
玲は無理に入ろうとはしなかった。
そのまま周囲を見渡す。
古い倉庫が並んでいる。
人通りは少ない。
現場の奥では、何人もの警察官が動いていた。
そして。
その中に見覚えのある男がいた。
「……榊原さん」
榊原が振り返る。
「お前か」
「はい」
玲は規制線の外から声をかけた。
「田辺が死んだって聞きました」
「ああ」
榊原は玲のところまで歩いてきた。
「朝、ここで見つかった」
「誰が?」
「近くの倉庫で働いてる男だ。出勤してきた時に見つけたらしい」
「それで警察に?」
「ああ」
榊原は煙草に火をつけた。
「身元は田辺で確認が取れてる」
「死因は分かってますか?」
「まだ詳しいことは調べてる最中だ」
榊原は煙を吐いた。
「ただ、事件性は高い」
「殺人……」
「ああ」
玲は規制線の向こうを見る。
ブルーシートで覆われていて、遺体そのものは見えない。
「田辺は、いつ頃からここに?」
「それも調べてる」
「何か持っていたものは?」
「財布はあった。身分証もな」
榊原は少し考えてから続ける。
「今のところ、大きく争ったような跡はない」
「そうですか」
玲は周囲を見る。
倉庫街。
朝。
人通りは少ない。
田辺は、ここで殺された。
「……坂本は?」
玲が聞いた。
榊原は玲を見る。
「まだ見つかってない」
「そうですか」
「お前も坂本を探してるんだろ?」
「はい」
榊原は小さく息を吐いた。
「田辺が死んで、坂本が消えたままか」
「……」
「まあ、まだ何とも言えん」
榊原はそれだけ言った。
「現場は今から詳しく調べる。俺から言えるのはこのくらいだ」
「分かりました」
玲は頭を下げた。
「ありがとうございます」
「また何か分かったら連絡する」
「はい」
玲は現場を離れた。
◇
帰り道。
黒田と並んで歩く。
「田辺、殺されたみたいだな」
「はい」
「坂本のことを調べてたんだろ?」
「そうです」
黒田は少し考えてから言った。
「……この事件、記事にしてみるか?」
玲が黒田を見る。
「田辺の事件を?」
「ああ」
黒田は頷いた。
「お前がここ最近調べてたこともある。記事にできるかもしれない」
玲は少し考えた。
事件。
坂本。
田辺。
宝石強盗。
黒鴉。
バラバラだった情報が、頭の中で並んでいく。
「……分かりました」
玲は答えた。
「やってみます」
「よし」
黒田が頷いた。
「じゃあ、戻って整理しよう」
「はい」
二人は新聞社へ戻った。
◇
会社に戻ると、玲は自分の席に座った。
田辺について調べてきた資料。
坂本についての情報。
宝石強盗の記事。
そして、昨日までに集めた情報を机の上に並べる。
一つずつ確認していく。
坂本は黒鴉の下っ端。
組の金を使った。
まだ返していない。
そのせいで、最初に使った額の何十倍もの金を要求されている。
一方。
坂本と田辺は、突然羽振りが良くなった。
その時期は、過去の宝石強盗と近い。
そして二人は、金のことで揉めていた。
玲は、そこで手を止めた。
「……」
昨日、田辺の家へ行った。
田辺は、いなかった。
そして、その前に話を聞いた時。
坂本の居場所を知らないと言っていた。
金の話になった時も、妙に言葉を濁していた。
玲は、もう一度その時の会話を思い出す。
「……」
あの反応。
本当に何も知らない人間のものだっただろうか。
玲は、坂本の情報に目を戻した。
坂本は黒鴉から逃げている。
組の金を返していない以上、追われている可能性は高い。
そんな坂本が、どこかに身を隠すとしたら。
「……」
玲は、田辺のことを考えた。
坂本と田辺は、昔からの知り合いだった。
金のことで揉めていた。
それでも、坂本が頼れる相手が田辺だったとしても、おかしくはない。
もし、坂本が田辺を頼っていたとしたら。
田辺は、坂本の居場所を知っていたことになる。
「……田辺が、匿ってた?」
玲は小さく呟いた。
もちろん、まだ確証はない。
ただ、そう考えると昨日の田辺の態度にも説明がつく。
そして。
今日、田辺は殺された。
玲は、しばらく黙って資料を見つめた。
「……」
もし坂本が田辺のところに身を隠していたのなら。
田辺を殺したのも、坂本だった可能性がある。
玲は地図を広げた。
坂本が以前出入りしていた場所。
飲み屋街。
裏通り。
古い倉庫街。
港。
その周辺を、一つずつ確認していく。
「……」
玲の指が、地図の上で止まった。
そして。
机の端に置いてあった、ミナの昔の記事に目が向いた。
佐伯恒一の殺人事件。
玲は、その記事を手に取った。
現場の状況。
人の流れ。
周囲の建物。
事件直後の様子。
玲は記事を読み返す。
そして、小さく呟いた。
「……使えるな」
玲は記事を閉じた。
◇
その日の夕方。
ビリオン都市のニュースで、速報が流れた。
――ビリオン都市の港で、男性とみられる身元不明の水死体が発見されました。
警察は殺人事件の可能性もあるとみて、詳しい状況を調べています。
また、事件に関連して、現在行方が分からなくなっている男についても捜査を進めているということです。
画面には、港の映像が映っていた。
玲は、そのニュースを静かに見ていた。
坂本の行方は、まだ分かっていない。
けれど。
玲の中では、少しずつ答えが形になり始めていた。




