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Final Episode NO ONE LEAVES

 私は斧から手を離し、その場へ座り込んだ。


 残っているのは、イーサンだけ。

 床に倒れていたイーサンが、ゆっくりと身体を起こす。


 彼も殺さなければならない。生存者が残っている限り、このゲームは終わらない。

 それに、イーサンは目の前で友達を殺されたのだ。今度は彼が、私を殺そうとするかもしれない。


 私は斧へ手を伸ばそうとした。

 けれど、指が動かなかった。


 イーサンだけは最後まで、私を理解しようとしてくれた。

 私が武器を持たずに近づいたこと。手紙を書いたこと。車を直し、キーを残したこと。

 言葉にできなかった私の行動を拾い集め、意味を考えようとしてくれた。


 イーサンが立ち上がる。

 私は思わず身構えるが、彼は武器を拾わなかった。

 ジェイクの死体を一度見たあと、私へ視線を戻す。


「……僕のこと、殺さないのか?」


 答えようとして、喉の奥から低い唸り声が漏れた。


「ゴ……ォ……」


 そのとき、左頬に鋭い痛みが走った。

 クロエの矢で壊れ、さらにジェイクの鉈で斬られた仮面には、目元から顎にかけて大きな亀裂が入っていた。呼吸をするたびに、割れた鉄片が傷口へ食い込んでくる。


 私は仮面の裂け目へ指をかけた。力を込めると、金属が軋み、仮面の左半分が剥がれ落ちた。

 床へ落ちた鉄片が、甲高い音を立てる。

 頬へ冷たい空気が触れた。口元を塞いでいた鉄板も外れている。


 私は恐る恐る、喉に力を入れた。


「あなたは……」


 声が出た。


 低く、掠れた男の声だ。

 けれど、怪物の唸り声ではない。


「あなたは、ケアテイカーを知っているの?」


 久しぶりに口にした日本語だった。

 ――僕が知ってるケアテイカー。その言葉がずっと引っかかっていた。


 イーサンが目を見開く。


「……今、日本語で喋った?」


 返ってきた言葉も、日本語だった。私は息を呑んだ。

 そういえば、彼らは英語で話していることをすっかり忘れていた。


「え……?」


「お前、日本人なのか?」


「なんで……日本語……」


 イーサンは私の顔をまじまじと見つめた。


「まさか……お前も転生者……だったり?」


「転生者……?」


 最近アニメとかで流行っている、生まれ変わりのことを転生者と呼ぶのは知っていた。

 まさか、イーサンも……?


 私は少し迷ったあと、答えた。


「そう。私の名前は、田村里沙。車に轢かれて気づいたら……」


「は!?」


 イーサンの表情が固まった。目を丸くして私の顔をまじまじと見つめている。


「嘘だろ」


「何?」


「お前、里沙……なのか?」


 その呼び方に、胸の奥がざわついた。


 私の名前を知っている。

 しかも、まるで以前から私を知っているような口調だった。


「あなた、誰?」


「俺だよ! 中村!」


 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。


 イーサンが眼鏡を外す。

 顔はまったく違う。髪の色も、目の色も、身長も違う。

 それでも、かっこつけたいときに意味もなく眼鏡を外す癖も、困ったときに眉尻を下げる表情も、見覚えがあった。


「……中村くん?」


「そう。俺も里沙の葬式の帰りに事故に遭ったんだ。気がついたら、イーサンになってた」


 あまりにも簡潔な説明だった。

 けれど、私も似たようなものだ。車に撥ねられ、気がついたらケアテイカーになっていた。


 確かに気になるところはあった。イーサンだけは妙に屋敷の構造に詳しかった。でも、それはそういう役回りのキャラだと思ってあまり気にしていなかった。


「じゃあ、ゲームを知ってたから、ケアテイカーの行動がおかしいって気づいてくれたんだね」


「そりゃ気づくよ。原作のケアテイカーは、車を修理したり手紙を書いたりしないから」


 中村くんは、床へ落ちた仮面の破片を見た。それから、露出した私の顔をじっと見る。


「というか……ケアテイカーって、素顔はイケメンだったんだな」


「は?」


「いや、仮面の下まで設定資料になかったから」


「今それ言う?」


「大事だろ。ゲームが終わって外に出られたとしても、その見た目で生きていかなきゃいけないんだから」


 言われて、自分の頬へ触れた。鏡を見ていないので、どんな顔なのかは分からない。

 少なくとも、仮面を外した瞬間に中村くんが悲鳴を上げるような顔ではないらしい。


「傷は残るかもしれないけど、元がいいから大丈夫だと思う」


「本当に?」


「身長二メートルくらいあるイケメンだぞ。モデルかプロレスラーって言えば、たぶん何とかなる」


 かなり雑な将来設計だった。でも、多分私を励ましてくれてるんだろうな。

 この怪物の姿で一生生きていかなければならない可能性を考えていた私にとっては、初めて聞いた明るい情報だった。


「車は動く。正門を開けられれば、一緒にここから出られるかもしれない」


 中村くんが言う。


「ゲームでは、ケアテイカーを倒した生存者だけが脱出できる。でも、今は原作と違うことばかり起きてる。二人とも生き残る方法があるかもしれない」


「二人とも……」


 私は床に落ちた斧を見た。


「どうした?」


 確かに中村くんの言うとおり、二人とも生き残る方法があるかもしれない。

 たとえ、この館から一人しか出られないとしても、無理に脱出せず、二人でここに残ることだってできる。


 でもその前に。私は、どうしても確認しなければならないことがあった。


「ところで、中村くん」


「何?」


 中村くんはいつものように楽観的な笑顔を浮かべている。


「私の他に、何人彼女がいるの?」


 中村くんの顔から、笑みが消えた。


「……今、その話、関係なくない?」


「インスタにDMがきたよ。『中村くんの彼女は私だから別れてください』って」


 中村くんの顔がみるみる青ざめていく。


「いや、あの子はすごく思い込みの激しい子で……」


「付き合って半年記念デートの写真も送られてきたよ」


「ごめん……」


 私は斧へ手を伸ばした。それを見た中村くんの体がびくりと震える。


「で、何人?」


「……一人だけ」


「スマホ見たよ」


「……二人」


「全部見た」


 沈黙が落ちた。中村くんの顔が引きつる。


「三人です」


 胸の奥に残っていた、冷たいものが蘇る。


 私が死んだ日、私は中村くんの部屋へ向かっていた。

 バイト先のホームセンターで一番切れ味の良さそうな包丁を買って、彼を殺しに行く途中だった。

 その途中で、車に撥ねられて、死んだ。


 だから、ずっと心残りだった。


「里沙?」


 私は一歩、中村くんに近づいた。

 中村くんが後ずさる。


「待って、話し合おう。俺たち、二人とも転生者なんだぞ。殺し合う必要ないだろ?」


「うん。ゲームのためだけなら、殺さなかったよ」


「じゃあ……」


「これは、私がここへ来る前から、やろうとしてたことだから」


「ちょっと待て! せっかくまた会えたんだぞ!」


「そうだね」


「運命的な再会だろ!?」


「だから、今度こそちゃんと殺せる」


 私は斧を振り上げた。


「里沙! 考え直せ! あれは浮気というか、向こうから誘われて――」


 不思議なくらい、心は静かだった。

 迷いは、もうどこにも残っていない。


 私は両手に力を込め、斧を振り下ろした。


 ETHAN BROOKS:DEAD

 SURVIVORS:0

 OBJECTIVE COMPLETE


 白い文字が、次々と視界へ浮かび上がる。


 ENDING 00

 NO ONE LEAVES

 PLAYABLE CHARACTERS:ALL DEAD

 CARETAKER:ALIVE


〈GAME OVER〉

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