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黒歴史を背負った新人声優だってハッピーエンドを迎えたいっ  作者: 海坂依里
第5章「黒歴史を背負った新人声優だってハッピーエンドを迎えたいっ」
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「主人公が知らない物語【笹田結奈視点】」

「……声優として生き残らなかったら、絶対に許さないんだから」


 鈴音(すずね)さんのスタジオを出たタイミングで、ぽつりと零れる独り言。


「また和生(かずき)くんいじめやってるんですか?」


 私がスタジオから出てくるのを見計らっていたかのように、廊下に座り込んでいた大翔(ひろと)くんに話しかけられる。


「いじめてないから。応援しているだけ」


 話しかけられた割に、彼は私の方を見向きもしないで何かの作品の台本に目を通していた。

 スタジオの扉を開けっぱなしで会話をしていたから、大翔くんは私たちの会話を盗み聞きするために廊下にいたのだと思う。


「私のせいで、和生くんの将来を潰したくないの」

「だったら、サイン会のときの謝罪をした方がいいんじゃないですか?」


 さっきから、とても意地悪だと思う。

 ううん。大翔くんは出会ったときから、こんな感じだったかな。


「言えない……」

「相変わらず面倒くさいですね……」


 大翔くんは私と会話をしているはずなのに、この子は一向に私の方を見てくれない。


「だって! あの日は記憶がぶっ飛ぶくらい体調崩していたなんて、そんなみっともない事情打ち明けられないでしょ!」

「気持ち悪いって言われた和生くんの身になったらどうです……」

「言えない、言えない、言えない! 私のファンでいてくれた和生くんに、笹田結奈の醜態晒せって言うの?」

「そうですよ」


 あの日、あのとき、あの瞬間。

 人生初のサイン会で、私がファンの人に零してしまった暴言。

 あれはファンに向けた暴言でもなんでもなく、笑顔を向けるのも厳しいくらい体調を崩した私が吐露してしまった言葉。

 和生くんに対して『気持ち悪い』って言ったんじゃなくて、体調が悪くて『気持ち悪い』って……本当はスタッフさんに伝えなければいけなかった言葉。


「真実を知っているのは一部の関係者だけでいいって、それは笹田さんの身勝手な……」

「世間はファンの書き込みを信じたし、支持をしたっていうのが現実。大翔くんも、そこのところはよく理解していると思うけど?」


 人の力になるのは、容易じゃない。

 他人のために何かをしてあげるって、なかなかできることじゃない。

 だけど、何かしてあげたいと思ってしまう自分がいる。

 そんな私の一方的な感情は、あのとき、あの瞬間、傷つけてしまった私のファンだった和生くんにとっては迷惑かもしれないけれど。


「どうしたの? 大翔くんにしては、随分気にかけてくれているみたいだけど」 

「俺は笹田さんも和生くんにも、潰れてもらいたくないだけです」


 人の目を見て話すのが、そんなに嫌ですかとも言いたくなるけれど……それだけ、大翔くんは私という人間にさほど興味を持っていないということ。

 あくまで大翔くんは、声優の笹田結奈(ささだゆいな)本田坂和生(ほんださかかずき)くんにしか興味がないということ。


「……ちゃんと償っていく予定だから、絶対に和生くんに真実を明かさないでね」

「本気で面倒なんですけど……」

「後輩なんだから、先輩の言うことは聞きなさい」

「そういうの、パワハラって言うんですよ」


 ずっとずっと後悔していた。

 あの日、あのとき、あの瞬間。

 私に会いに来てくれた人を傷つけてしまったことを、ずっとずっと後悔していた。


「大体ね、あの日、私の傍でイベント見学していた大翔くんだって同罪なんだから!」

「だったら償いも兼ねて、俺が和生くんに話してあげます……」

「告げ口したら、大翔くんの炎上材料を全力で探してくるから」


 一生背負っていかなければいけない後悔なのかと思っていたけれど、彼は私の前に現れてくれた。

 森村荘に入居するその日に、彼は私の前に現れてくれた。

 意識が朦朧としていたおかげで顔はあんまり覚えていなかったけど、和生くんの名前はちゃんと覚えていたよ。忘れられなかったよ。私が傷つけた、あなたの名前。私は忘れられなかったよ。


「難しいですね、俺たちが生きる世界って」

「そこにだけは賛同してあげる」


 私たちが生きる声優業界(世界)【せかい】は、とてつもなく面倒くさい。

 私はただ単に、声の芝居がしたいだけなのに。

 そういう気持ちだけで生きていくことはできないし、そういう気持ちだけで声優業界を勝ち抜くこともできない。 


「私たちが未来を約束されている声優だったら、こんなに悩まないのかもしれないけど」

「……まあ、うん。そうだと思います」


 大翔くんが、いきなり台本を閉じた。

 そして私の方を見てくるのかと思ったら、宙に視線をさ迷わせた。

 やっぱり、私のことは蚊帳の外に追いやる。この子は、そういう人。


「生き残ってくださいね、先輩」

「何、その死亡フラグ……」


 芸能職である声優という職業をやっている私たちには明日の仕事が約束されていない。

 だから、気を遣う。

 自分にとっても、相手にとっても気を遣いまくって、自分の中の自和生を封じ込めていく。


「笹田さん」


 大翔くんは突然、私を見た。

 久しぶりに交わった視線は相変わらず、他人に興味ありませんよといった具合に死んでいた。

 でも、そんな瞳をしながら大翔くんは薄ら笑いを浮かべて、こんなことを言った。


「森村荘は、誰かに恋をしないための場所だと思います」


 誰かに恋をしないための場所。

 心の中で、大翔くんが言った言葉を復唱する。


「男女が一緒に住むってことは、そういうことですよね」


 大翔くんは床に置いておいた台本を手に取って、私の前から立ち去ろうとする。


「大翔くん!」

「なんですか?」

「それは、当然のこと」


 負けたくない。負けたくない。

 誰に?

 明日を担う後輩や同期、先輩に?

 全部に負けない。負けたくないから。


「私は、自分の居場所を奪いにいく」


 大切なものすら守ることができないのが人生かもしれない。


「私の未来を駄目にするのは、他人じゃないってことを証明してみせる」


 大切なものこそ守ることができないかもしれない。

 それでも、大切なものが私の中に存在するからには、頑張りたい。

 最後の最後まで、私は頑張り続けたい。


「和生くんも、仕事も、どっちも大切だから」


 大翔くんは、『そうですか』と一言だけ返していなくなった。

 私が発した言葉は的外れなものだったかもしれない。

 だけど……。


「本当に好きだから……私は、和生くんの夢を守ってみせるから」


 今にも消えてしまいそうな、小さな声が情けない。

 でも、この宣言を貫くために。

 今日も私は、和生くんの先輩として付き合っていく。                        

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