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黒歴史を背負った新人声優だってハッピーエンドを迎えたいっ  作者: 海坂依里
第3章「新人声優、初めて主人公を任された現場で」
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第1話「新人声優が安心して仕事ができるのは、先輩声優がいてくれるおかげです」

「ヴォイクス所属の本田坂和生(ほんださかかずき)です」


 収録スタジオのあるフロアに到着すると、空気が一変する。

 スタッフの忙しそうな足音や、ここでしか会うことのできない役者同士が楽しそうに雑談している声が響き渡って、これから収録が始まるのだと気持ちが引き締まる。


「アテンドプロモーション所属の笹田結奈(ささだゆいな)です」


 良い芝居ができる気がする。

 そんな予感が走ったところで、実際に俺一人で作品の世界を作り上げることはできない。


「和生くん、次の挨拶は……」


 声優って職業に就いて、作品の製作には本当に大勢の人たちが携わっているんだってことを改めて実感させられる。

 ここに集まっている人たち全員で、良い作品を作りたい。

 ユーザーの人に受け入れてもらえる作品作りをやりたいって気持ちが強くなっていくのを感じる。


「これで、今いる人たち全員に挨拶できました……よね?」

「うん、大丈夫」


 作品作りには大勢の人たちが関わるだけあって、挨拶に回る人たちの数も尋常ではない。

 一時流行した感染症が理由で収録人数が減ったとは聞いているけど、まだまだ新人の俺からすれば一つの作品に関わる人数の多さに毎回驚かされる。


(今日、笹田結奈さんと共演するんだよな……)


 今日は、いろんな意味で心臓が痛い。

 初めていただいた指名の仕事。

 初めていただいた主人公の仕事。

 そして、元想い人の笹田結奈さんとの初仕事。

 すべてが重なってくれたおかげで、俺の心臓はなかなか落ち着きを見せてくれない。


「和生くん、緊張してる?」


 緊張を隠しきれていない後輩を見抜いて、さりげなく話題を振ってくる先輩。

 緊張しているなんてらしくないと言っているかのような笹田さんの笑顔に救われる気持ちもあるけど、励まされてばかりの俺ではいられないと虚勢を張る。


「今日の現場、笹田さんと一緒で良かったです」


 笹田結奈を見返すだけの仕事を獲得するために、こっちは被れるだけの猫を被りまくってきた。

 新人男性声優の中で群を抜いてる大翔(ひろと)には劣る猫かぶりかもしれないけど、いい子のフリをするのは得意だ。


「笹田さんの気遣いに、凄く救われています」


 笹田結奈さんのことばかりに気を取られている俺だけど、笹田結奈に負けっぱなしでいたら、いつまで経っても彼女を見返すなんて大きな夢を叶えることはできない。


「事務所の先輩がいないと、緊張解すのも大変ね」

「先輩がいる同年代とか見てると、物凄く羨ましくなります」


 必ず先輩が後輩のことを助けてくれる世界ではないけれど、周囲に知り合いがいるのといないのでは気の持ち方が違うんだろうなってことを日々の仕事を通して思う。

 だからこそ、今日は笹田さんのような心強い先輩がいてくれるだけで精神的支柱になっていると思う。


(心臓は相変わらず痛いけどさー……)


 大先輩の笹田結奈さんに、この笹田結奈病を治療してもらいたい。

 そんなことを思ってしまうくらい、自分の心臓は病気になったかのごとく変な動きをし続ける。


「やほでーす」

「あっ、甘塚(あまつか)先生!」


 どこの事務所に所属しているんですかと声をかけたくなるくらい可愛らしいアニメボイスを響かせながら、イラストレーターの甘塚先生が控え室に顔を覗かせた。


「君を失った世界で、もう一度向日葵の花を咲かせよう! キャラクターデザインと原画を担当しました甘塚陽菜里(あまつかひなり)です。今日はよろしくお願い致しますっ」


 甘塚先生はどの場所でも明るく元気いっぱいの女性らしく、食事会のときに見せてくれたときの笑顔で俺たちと挨拶を交わしてくれる。


真宮(まみや)ちゃーん、ほら! ちゃんとキャストの皆さんにご挨拶!」

「私、そんなに関わってないですからー……」

「原作者が挨拶しないでどうするのかな~」


 甘塚先生が、控え室の入り口付近で遠慮がちに待機している女性を必死に説得している姿が目に入る。

 それと同時に甘塚先生と女性のやりとりが目の前で繰り広げられているわけだから、二人の音声も自然と耳に入って来る。


(原作者?)


 緩やかなウェーブのかかったロングヘアが特徴的なその女性。

 清楚系の白ワンピースに濃い青色のカーディガンを組み合わせていて、爽やかなお嬢様のような雰囲気を醸し出している。


「どこかで見たことあるような……」

真宮紅葉(まみやくれは)先生」


 笹田さんの近くに居させてもらっているおかげで、ぼそっとした俺の独り言も笹田さんは聞き逃すことなく拾ってくれた。

 更には俺のフォローに回ってくれて、もう本当に先輩ありがとうございます状態。


「あ、あの、えっと、ひま咲かの原作を担当しました、真宮紅葉です……」


 甘塚先生が真宮先生の緊張を解そうと声を飛ばすと、真宮先生は顔をほんのり赤らめた。

 それと同時に、スタッフの人たちや出演者の間に和やかな空気が流れていくのが分かる。


「あ! 森村荘にいらしたことありますよね?」

「あ、覚えていてくださり、恐縮です……」


 この、誰からも愛されるような愛くるしい笑顔を見せる真宮先生を森村荘で見かけたことがあることを思い出す。


「追加情報としては、大翔(ひろと)くんと同じ中学出身」

「…………嘘だ」

「本当。確か、大翔くんとは今もクラスメイト同士でしたよね?」


 真宮先生が笹田さんの言葉を肯定したことで、大きな声を上げそうになってしまったのは言うまでもない。


「なんなんですか、そのマンガ的展開……」

「私も本田坂さんと、同じ年齢なんです」


 現役高校生で、シナリオライター。

 俺の同い年は、どれだけ凄い才能を持っているのか。

 真宮先生みたいな人が、将来脚本家を目指す人たちの目標になっていくのかもしれない。


「ひま咲かに、素晴らしい命を注いでくれてありがとうございます。私は、その、この場にいるのが場違いみたいな感じではあるんですけど……」


 真宮先生は、オリジナルアニメの脚本やシリーズ構成、さらには人気ゲームの原作を手掛ける超実力派クリエイターだ。


「真宮ちゃーん、自信持って!」

「あ、ありがとうございます……」


 ゼロから物を生み出す才能もあれば、作品の魅せ方も上手い。

 関わる作品はどれもヒットしているのに、本人はどうも自分に自信がないらしい。

 そんな一面が、余計に人を惹きつけるのかもしれない。


「大翔くんには、いつもお世話になっています」

「あ、え、あ! 大翔と仲がいいんですね!」


 話題選びを間違った気がする。

 クラスメイト同士が似たり寄ったりの業界で仕事をしているという設定が羨ましすぎて、ついこんな返事をしてしまった。


「あ、はい! そうなんです。付き合いが長いと、つい甘えちゃう部分があって……駄目ですね、私」


 真宮先生の仕事量を考えると、同い年とは思えないほどの凄さを感じる。

 でも、彼女が現役高校生として必死に食いついている姿を見て、少しだけ胸が痛む。

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