【悔しかったんだ】
まさか、ウィリアムの母親、ロンダリエ公爵夫人のグレースの用意すると言っていた宝飾品があれほどとは——。
王宮に向かう馬車の中でリゼットは恐ろしい光景を思い出し身震いした。
「アクセサリーなんていくらあっても困らないでしょう? せっかくだから、どんな色のドレスを着ても問題ないように、あらゆる色の宝石でセットを揃えてみたわ」
気に入ってもらえるかしら、と心配そうに言ったグレースの後ろにズラリと並べられたのは、色とりどりの宝石が輝く開かれたジュエリーケースたち。
鮮やかなルビーにサファイヤ、エメラルド。ダイヤにトパーズ、アメジスト。オパールに真珠にトルマリン。あらゆる色の宝飾品がリゼットの目の前で光り輝いていた。
「お義母様のドレスに合わせるのなら、エメラルドが良いかしら」
「ピンクダイヤのほうが合うんじゃないか?」
「そちらもいいですわね! こちらセットのまま使います? こちらのパールのイヤリングを合わせるのも可愛らしいですけれど」
「ピンクパールがあるならそれもいいが……」
ああでもないこうでもないと、スカーレットとグレースは自分たちの準備をギリギリまで後回しにしてリゼットを飾り立ててくれた。
おかげで準備が完了した自分を鏡で見たときは、別人のように見違えて感動したほどだ。
自分が自分じゃないみたい。
きちんと妖精のお姫様になれていたことにほっとし、夢みたいだとうっとりしたリゼットだったが、最後のグレースの言葉で現実に引き戻された。
「他のアクセサリーは、あなたの客間の衣装棚にしまっておくから。たくさん使ってちょうだいね」
今回身に着けたピンクダイヤのアクセサリーだけでなく、他の宝飾品を受け取ることになるとは思っていなかったリゼットは衝撃を受け、しばし立ったまま気絶したのだった。
少し前までは、宝石どころかドレスひとつ持っていなかったのになぁと、自分の境遇のあまりの変わりようについていけずにいる。精いっぱい働いて、自立して、現実に追いつかなければ。
「リゼット、緊張しているのかい?」
向かいに座るスカーレットに眉が寄っていると指摘され、慌てて眉間を指で伸ばす。
せっかく公爵邸のメイドたちが総がかりで別人に仕上げてくれたというのに、王宮に着く前に崩してしまっては申し訳が立たない。
「ウィリアム……お前はいい加減、目線だけで人を殺しそうな顔をやめなさい」
あきれたようにスカーレットに注意を受けたウィリアムは、先ほどから荒んだ表情でブツブツと呟いていた。よく聞くと「オウタイシツブス」と呪文のような言葉を延々と繰り返している。
実は馬車に乗りこむ前からずっとこの調子なのだ。
***
公爵邸でリゼットがドレスに着替え、メイドたちの手によって磨かれ妖精のお姫様に仕上げてもらったあと、ロビーに向かうとウィリアムが待っていた。
いくつもの勲章を飾る軍服ではなく、濃紺のドレススーツを身にまとったウィリアムは、それはそれは凛々しく美しく、階段の途中で思わず足を止めて見惚れてしまうほどだった。
軍帽を脱いだ彼は今夜ばかりは軍神ではなく、妖精の姫をさらう王子様のように映った。
「リゼット」
こちらに気づいたウィリアムは、リゼットに歩み寄りグローブをはめた手を差し出してくれた。
夜空のドレスではなく、妖精のドレスをまとうリゼットを見て一瞬残念そうな顔をしたので、リゼットは申し訳なくなった。
前々から準備してくれていたというのに、こんなことになってしまうなんて。
リゼットもウィリアムに贈られた靴とドレスでデビュタントを迎えたかった。もちろんスカーレットが用意してくれていたことに心から感謝しているし、この妖精のドレスも本当に素敵だと思う。
だが、何度も想像していきたのだ。夢にだって見た。あの青い靴をはいて、ウィリアムと舞踏会で踊ることを。
これからいくらでもそのチャンスはあるかもしれないが、それでも最初に参加する舞踏会、デビュタントで踊る特別な日は、あの靴で迎えたかった。
「申し訳ありません、ウィリアム様」
「リゼットが謝る必要はない。むしろあの人を困らせて楽しむ悪趣味な王太子のほうこそ、リゼットに謝るべきだろう」
「私などを困らせて、何が楽しいのでしょうか……」
「あのクソ野郎のことなど理解できるか」
ウィリアムの口調が荒々しくなったことにリゼットは驚いた。
王太子アンリと口論することはあっても、クソ野郎などと暴言を口にしたことはこれまでなかったのに。しかも虚空を睨む目は、戦場の悪魔そのもの。
舞踏会場でアンリを仕留めてしまうのではと本気で心配になった。
***
それから馬車に乗りこんでもずっとこの調子だ。穏やかにデビュタントを終えられる気がしない。
まさか銃など隠し持ってきていないだろうかと、ウィリアムの全身をじろじろとチェックしているうちに、馬車は王宮に到着してしまった。
前の馬車からロンダリエ公爵夫妻も合流し、舞踏会に参加する貴族たちで溢れかえる前庭を行く。貴族たちはロンダリエ一族を見ると、皆無言で頭を下げて道を空けた。
さすが、王族の流れを組む序列一位の大貴族ロンダリエだ。そこに紛れている自分の場違いさを感じながらも、リゼットは必死に背筋を伸ばした。
ここで小さくなっていたら、エスコートしてくれるウィリアムにも、シャペロンになってくれたスカーレットにも失礼だ。
今日のリゼットは、誰よりも立派な淑女なのだ。そういう魔法をロンダリエの人々にかけてもらった。
「そう気張る必要はない」
肩甲骨のあたりに気合を入れながら歩くリゼットに、ウィリアムが隣で笑った。
いつもはスカーレットのエスコートをしているウィリアムが、リゼットの横にいるのがなんだか不思議な感じがする。
「誰の目も気にするな。リゼットはここに夢を叶えに来ただけだ。他人は関係ない。そうだろう?」
「それで、いいのでしょうか?」
「いいに決まっている。我々は君が夢を叶える手伝いがしたくてここにいる。君の邪魔をする者はロンダリエの威信にかけて排除すると誓おう」
一瞬軍神が顔をのぞかせたので、慌てて「誓わなくて大丈夫です!」と止めた。
胸元に手をやったので、確実に今日も銃を持ってきている。剣は置いてきたようなので、安心していたのだが。
デビュタントを迎えたならば、リゼットは一人前の女性ということになる。
もし社交界の洗礼を受けたとしても、自分で何とかする力を身につけなければならない。いつまでもウィリアムやスカーレットに甘えていては一人前の淑女にはなれないだろう。
「私だって戦えます。何かつらいことが起きても、簡単にはくじけませんから」
「……そうか。勇ましい妖精姫だな」
ウィリアムにそうからかわれたが、姫も戦う時代なのですと言い返す。
さらに笑いを深めたウィリアムが、そっと顔を寄せて囁いた。
「ドレス、似合っている」
「ウィリアム様……」
「すぐに言えずにすまない。お祖母様の見立てが良すぎて悔しかったんだ」




