【星空の返事】
ウィリアムは「ああ」と前を見たまま短く答えただけで、その問題や事情については話してくれないようだった。
他家のことに首を突っこむつもりはないし、家門のことなら仕方がないとわかってはいるが、何だか線を引かれてしまったような気がして寂しく感じる。
何が出来るわけでもないのに、本当に図々しいなとリゼットは自分にあきれたくなった。
「なるべく君が気せずに済む形で進めるよう、母にはよく言っておく」
「そう、ですね。とてもありがたいのですが、さすがに宝石までいただくわけには……。出来たら私が働いてお返しできるくらいのものにしていただけると嬉しいです」
リゼットがそう言うと、ウィリアムは何を言っているんだと首を振る。
「いや、そこは本当に気にしなくていい。考えてみてくれ。お祖母様がシャペロンを務めるのだから、介添えされる君に半端なものを身に着けさせるわけにはいかないだろう?」
「はっ! 言われてみれば……スカーレット様がシャペロンになってくださるのですものね」
本当なら、自分で衣装を用意するべきなのにと思っていた。
だが、女王のごとき存在感を放つスカーレットと並び立つのに、みすぼらしい格好をするわけにはいかない。それではシャペロンであるスカーレットも貶めることになってしまう。
自分はともかく、スカーレットが万が一にでも笑いものになるなど、とても耐えられない。
「そういうことだ。当日君は、舞踏会の参加者の誰よりも完璧で、誰もが羨むような理想の淑女にならなければいけない。そうだろう?」
「確かに、おっしゃる通りですね!」
「完璧で理想の淑女ならば、やはり上質なものを身に着けるものだ。そうだろう?」
「ええ、その通りだと思います!」
「だから君は我々からどんなものを贈られても遠慮せず受け取ってくれ。君にはその権利がある。そうだろう?」
「確かに、おっしゃる通……り? うん?」
納得しかけたが、果たして本当にそうだろうか?
何やら勢いで流されているだけなような気がしたとき、ウィリアムが「そうだ忘れていた」とさっと懐から手紙を取り出した。
まるでリゼットに考える隙を与えないような流れる動きだ。
「以前、アンナという方への手紙を代筆したのを覚えているか?」
「アンナ様……あっ。星空の手紙の?」
星が大好きな、スカーレットの古い友人のことだと思い至る。
夜会を抜けて森へ行き、星見酒をしたというその友人は、病を患い領地にこもっているとスカーレットは言っていた。そんな彼女を励ましたいと言うスカーレットに、星空の手紙を提案したのだ。
「そうだ。その方からの手紙だ」
「え? でも、お返事がきたのでしたらスカーレット様が読まれるのでは……」
「お祖母様への返事はすでに渡してある。これはリゼット、君宛てだ」
「私に……?」
そのときちょうど、リゼットに用意された客間の前に到着した。
ゆっくり読むといい。そう言ってウィリアムは夜の挨拶をし去っていった。
公爵家のメイドたちが整えてくれる客間には、すでに明かりが灯されていた。リゼットは机の上のランプに吸い寄せられるように近づくと、柔らかな明かりの下で手紙を開いた。
手紙には確かに『リゼット・フェロー様へ』とある。
内容は、代筆をしたリゼットへの感謝が主だった。
まず見慣れない文字に驚き、それが星座を模しているのだと悟り、夢中で読み進めたこと。インクが暗闇で光ることに気づき、ベッドの上でもまた夢中で眺めたこと。
生きていることに疲れ始め、何をするにも気力がわかず、ただベッドの上で呼吸を繰り返すだけの毎日に希望の星が降ってきたように感じたこと。
久しぶりに夫の手を借りて、バルコニーに出て夜空を見上げることができたと、震える文字で丁寧に丁寧につづられていた。
もう読むことはできないと思っていたスカーレットから手紙をもらえて嬉しかった。またぜひリゼットの代筆で読ませてほしい。楽しみにしている。
最後の一文に、リゼットの瞳からぽろりと涙がこぼれた。
「嬉しい……っ」
止まらなくなった涙に顔を覆う。思いがけずもらった言葉で胸がいっぱいだ。
まさか、手紙を送った相手から、こんな風にお礼を伝えてもらえるなんて想像もしていなかった。こんなに代筆を喜んでもらえるなんて、ひとりぼっちだった頃には考えられないことだ。
デビュタントへの不安がみるみるしぼんでいくようだ。
例えジェシカや継母、父が舞踏会にいたとしても、そして彼らに何か鋭い言葉をぶつけられたとしても、くじけたりしない。
立派にデビューを果たし、胸を張れる淑女になろう。そしてスカーレットやレオンティーヌに誇ってもらえるような存在になろう。
涙を拭い、リゼットはそう強く決意するのだった。
***
公爵邸に移り、一週間が過ぎた頃。
リゼットは用意された客間でララに手紙を書いていた。
指南役の選定で出会った、ララ・モニク。三蹟のひとりラビヨンの弟子で、ララ自身も素晴らしい能筆者だ。
彼女に手紙を書くのはこれが初めてではない。ワロキエ商会で再会したとき、取り乱したリゼットに親切にしてくれた彼女に、すでに一度お礼の手紙を送っている。
ララからは本人の性格のまま、ツンツンとした文面でリゼットを心配する返事が届いた。いま書いているのはその手紙への返事である。
「そうだ。舞踏会、ララ様も参加されるか聞いてみよう」
もし王宮のパーティーに参加したことがあるのなら、色々教えてほしいとも書いてみる。
ララはツンツンしているがとても優しく面倒見の良い人なので、きっと「仕方ないわねぇ」と言いながらも親切に教えてくれるだろう。
手紙には師がリゼットの手紙を見て褒めていたともあったので、そのお礼も綴る。あの三蹟のひとり、ラビヨンに褒めてもらえたなど、なんと光栄なことだろう。
舞踏会で直接お礼が言えたらいいなと思いながら、ララの手紙を手に取りため息をつく。
「やっぱり、ララ様の筆跡ってなんて美しく艶やかなの……」
何度読んでもうっとりしてしまうララの筆跡。大人の女性の魅力あふれる彼女の手紙は、早く大人になりたいリゼットにとって憧れずにはいられない。
いつか自分も、と思っていると公爵家のメイドが来て、リゼットに来客だと知らせてくれた。
案内された応接室には、スカーレットとともに、麗しい紳士が立っていた。
ワロキエ商会のジーンだ。今日も浮世離れした美貌にモノクルを装着し、営業用の笑顔を貼り付けている。
「ごきげんよう、ジーンさん。先日は大変ご迷惑をおかけしました」
「とんでもない。元気なお姿を見られて良かったです。あの日の騒ぎを聞いたときはこのジーン、生きた心地がしませんでした」
大げさに胸を押さえるジーンに笑ってしまう。
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