43通目【麗しき兄妹の攻防】
突然の王太子の提案に、一体何がどうしてそうなるのかとリゼットは驚きすぎて返す言葉を見失った。
しかしレオンティーヌはそうではなかったらしく「確かに」と同意するようにうなずくではないか。
「私の指南役兼代筆者として、王女宮にお招きするのですね。ロンダリエ公爵家以上に警備は厳重ですし、外から通うよりも安全ですもの。お兄様、たまにはまともなことをおっしゃるのですね」
「妹よ。お前もたまには妹らしく兄に感謝しても良いのだぞ」
「まぁ。お兄様こそ、私のような出来た妹を持てたことを神に感謝してくださっても良いのですよ?」
兄妹喧嘩という名のじゃれ合いをするふたりに、何やら勝手に話を進められそうな気配を感じ、リゼットは自分はスカーレットの代筆者でもあるのだと主張した。
かなり勇気を振りしぼった主張だったのだが、それならばスカーレットに王宮に通ってもらうか、一緒に住むかしてもらえばいいと軽く言われ眩暈がした。
「それでも恐れ多いなどと言うのなら、いっそ部屋付き侍女になれば良いのではないか? そうすれば堂々と王宮に滞在できるだろう」
「部屋付き侍女……? ですが、私はデビュタントも済ませておりません。さすがにそれは……」
「ならばデビュタントを済ませればいい。私の名で舞踏会を開いてやろう。どうだ?」
「お兄様。魂胆が見え見えでしてよ。フェロー先生を侍女として王宮に紐づけし、私がヘルツデンに嫁いだあとに自分の侍女にしてしまうおつもりでしょう?」
まさか、とリゼットが驚いてアンリを見ると「一体何のことだ?」と良い笑顔で首を傾げる王太子がいた。
本当に心当たりがないのか、しらばっくれているのか、リゼットには判別ができない。が、何となく、本当に何となくだが、後者のような気がする。
なるほど、レオンティーヌの言う王太子の「そういうところ」とは、こういうところか。
「部屋付き侍女に関しては却下です。しかし、デビュタントについては賛成いたします。デビュタント前という部分でフェロー先生を非難する者が出てこないとも限りません。スカーレット叔母様からも、フェロー先生のデビュタントについては相談を受けておりましたし。ぜひ王宮で大々的なデビュタントを迎えさせてあげたい、と」
「スカーレット様が…私の為に、そのような」
「なるべく急ぎたいとの話でしたのでそのように進めておりましたが、更に早めましょう。私の婚約発表を行う祝宴でのデビューはいかがでしょうか? 私の主催ですし、フェロー先生を貴族たちに紹介するのにうってつけの場です」
「とんでもない! 王女殿下が主役の祝いの場で、私のような……」
レオンティーヌはムッとした顔でリゼットを睨み、首を振った。
「フェロー先生は私の尊敬する指南役です。そんな先生を貶めるのは、たとえ先生本人でも許しませんよ」
毅然と言い放つレオンティーヌに、リゼットは熱いものがこみ上げてくるのを感じ、深く頭を下げた。
スカーレットと言い、レオンティーヌと言い、こんなに良くしてもらってもいいのだろうかと、ふと怖くなるときがある。
彼らの信頼に応えるためにも、己の役割をきちんと全うしなければ。
「ありがとうございます、王女殿下。ですが、今日のところは私のデビュタントよりも、ヘルツデンの王太子殿下に送るお手紙について決めましょう!」
ポンと手を叩きながらそう言えば、レオンティーヌはハッとした顔で口元に手をやった。
「あら、本当ですね。私としたことが。お兄様のせいですっかり手紙のことが頭から抜けてしまったではありませんか」
「妹よ。お前はすべて兄のせいにしなければ気が済まないのか?」
「気は済みませんが、多少なりとも気は晴れますね」
「おい……」
「うふふ。本当に仲良しですね。それで、どうしましょう? もし具体的なイメージがまだつかないようでしたら、せっかくはじめてのお手紙ですから、庭園のミモザを押し花にいたしませんか?」
リゼットの提案にレオンティーヌは大きな瞳をぱちくりさせた。
「王太子殿下へのお手紙に、押し花、ですか……?」
「王女殿下のシグネットですし、お部屋から見えるミモザということを一文加えると、ヘルツデンの王太子殿下はきっと王女殿下がどのように過ごされているか、想像しやすいのではないでしょうか?」
「私の生活?」
「はい。王女殿下は、ヘルツデンの王太子殿下のことをまだよく知らないとおっしゃっていましたよね。それはあちらも同じだと思うのです。相手のことをよく知らないから、どのような手紙を出したらいいのかもイメージしにくい。ですから文章でも便箋ででも、手紙全てで王女殿下のことをヘルツデンの王太子殿下にお伝えするのです。そうするとあちらもきっと、同じように返してくれるのではないでしょうか?」
真っ白な無地のレターセットを使うのもいい。そうやってお互いを知らない真っ新な状態から、徐々にお互いを知って、色や柄で鮮やかに染めていく。そんなやり取りも素敵ではないだろうか。
それにミモザの押し花は、鮮やかな色を残しやすい。花と葉を分けて作るのがポイントだ。ヘルツデンに届いても、明るい黄色を保ってくれるだろう。
「ヘルツデンの王太子殿下は、王女殿下の香りについて褒めていらしたので、王女殿下が使われている香水を手紙に吹きかけるのもロマンチックではありませんか? きっと読むときにほんのり香って、王女殿下のことを思い浮かべていただけるかと!」
「まぁ……ふふ! フェロー先生と話していると、何だか私も楽しくなってきました!」
頬を染めて笑うレオンティーヌの可憐さに、リゼットは心臓を撃ち抜かれた気分だ。
手紙の書き方を教えたり手習いの指南をするだけでなく、王女に手紙の魅力を伝えられたら嬉しいなと改めて思う。
「リゼット嬢は本当に手紙が好きなのだな」
「はい! 私にとって、手紙は生きがいです」
手紙があったからここまでなんとか踏ん張ってこられたのだ。
くじけそうなときも、手紙がリゼットを支えてくれた。他の何にも代えがたい大切なものなのだ。
「では私とも手紙のやり取りをしてくれるか?」
「ふぇ⁉ お、王太子殿下とですか……?」
非常に軽く、とんでもない誘いを受けてリゼットは慄き腰を浮かしかけた。
しかし恐れ多いが、王太子殿下がどんな手紙を書くのか、どんな筆跡なのかは非常に興味がある。
つい、ぜひと返事をしかけたところ、すかさずレオンティーヌが「ご冗談を」と笑顔で止めに入った。
「お兄様はフェロー先生より先にお手紙を出さねばならない相手がたくさんいらっしゃるのでは? 婚約者候補のご令嬢たちが、首を長くして待っていらしてよ」
「お前は……本当に可愛くない妹だな」
「よくできた妹とおっしゃって」
両者固い笑顔でまたじゃれ合い始めたので、何だ冗談だったのかとリゼットは肩から力を抜いた。
アンリの手紙には純粋に興味があったので残念ではあるが、機会があれば筆跡だけでも見せてもらえないかレオンティーヌに頼んでみよう。
王女の指南役として今後王宮に出入りするのだから、王族や貴族流の冗談や言い回しには慣れないといけないなと、ひとり斜め方向に決意するリゼットだった。
予告:次回は王太子目線の筆休めです! 皆さんにボロクソ言われる“奴”もでてくる……!?




