42通目【ロンダリエの人々】
狙われているのはリゼットも同じだから、スカーレットと一緒のほうが守りやすいと言われ、恐縮しながらロンダリエ公爵家に連れて行ってもらったのは今朝の話。
(とってもありがたいことではあるのだけれど……)
今朝のやり取りを思い出し、リゼットは無意識に胃のあたりをさすってしまう。
***
初めて訪れたロンダリエ公爵邸は、ほぼ城と言ってもいいほど巨大で荘厳な造りをしていた。
王宮を豪華絢爛と評するなら、公爵邸は荘厳華麗。どちらも豪華だが雰囲気が異なる。
ウィリアムがここで育ったと考えると、イメージにぴったりだと思うくらいには、公爵邸は外装も内部も重厚で歴史を感じる趣があった。
「お義母様! ご無事で何よりです……!」
出迎えのためにホールで待っていた公爵夫妻は、とても対照的な夫婦だった。
スカーレットを熱い抱擁で迎え入れた公爵夫人は、目に涙を浮かべスカーレットの無事を喜んでいた。対してスカーレットの実子である公爵はというと、ウィリアムによく似た厳めしい顔つきのまま黙って母と妻のやり取りを眺めている。
どちらかというと夫人のほうがスカーレットの血縁者なのではと思うほどの対応の違いだった。
公爵は寡黙な将軍といった雰囲気で、ウィリアムが年を重ねるとこんな風に、凛々しさはそのまま渋い大人の魅力あふれる公爵になるのだろう。その姿を想像すると、心臓が妙なリズムで飛び跳ねた。
「私の代筆者、リゼットだ。この子の部屋は私の近くにしておくれ」
「心得ております。はじめまして、リゼットさん。お会いできて嬉しいわ」
「こ、こちらこそ! 初めてお目にかかります、公爵夫人。この度は私のようなものにまで公爵邸滞在の御慈悲を――」
「そんな堅苦しい抜きにして。グレースでも、お義母様でも、気軽に呼んでくれると嬉しいわ」
「お、お義母様……?」
公爵夫人のあまりのフランクさにリゼットが戸惑っていると、スカーレットが「おやめ、グレース」と止めてくれた。
少し疲れたように額を押さえていたので、リゼットたちは慌ててスカーレットを囲んだ。
「大丈夫ですか、スカーレット様」
「昨日の今日でお疲れでしたでしょう。気が利かず申し訳ありません。ウィリアム、すぐにお義母様をお部屋にご案内して」
「私が行こう」
それまでひとことも発しなかった公爵が、おもむろにスカーレットの手を取りエスコートを始めた。
去り際リゼットをちらりと見たかと思えば目礼をしてくれたので、リゼットは慌てて頭を下げた。本当に寡黙だが、しびれるほどに格好良い背中だった。
リゼットもスカーレットを追いかけようとしたのだが、その前に素早く公爵夫人に止められ、ぎゅっと両手を握られてしまった。
「嬉しいわ。私、ずっと娘がほしかったの。うちは息子ばかりだったから。ウィリアム、こんなに素敵なお嬢さんを連れてくるなんてやるじゃない」
どうやら公爵夫人は盛大な誤解をしているようだった。
リゼットが誤解を解こうとする前に、ウィリアムは予想していたかのように「ですから……」とため息をついた。
「母上、言ったはずです。リゼットはお祖母様の代筆者として一緒に来てもらったのだと」
「ただの代筆ならハロウズの邸に留まっていても良かったはずでしょう? それか、リゼットさんにもご実家があるのだからそちらに帰るとか」
公爵夫人の言い分はもっともなものだったが、実家に帰る想像を一瞬してしまい肩が跳ねた。
しかしすかさずウィリアムがなだめるように、大きな手で肩を抱いてくれる。その力強さと温もりに、リゼットはほっと体から力を抜いた。
「それも説明したでしょう。フェロー子爵の義娘が重要参考人で、リゼットもまたその人物に狙われている。そんな状況で子爵邸に帰せるわけがない」
「ああ……リゼットさん。聞いたわ、ご実家でつらい目に遭われていたのですってね。ここが第二の実家だと思ってくつろいでちょうだいね。私のことも、本当の母だと思ってくれていいのよ」
「母上、いい加減に……」
「でも、安心したわ。ウィリアムったら恋人のひとりも作らないし、見合い話もすべて蹴ってしまうのだもの。こちらが強引に話を進めようとしても、すぐに戦場に逃げていってしまうし。外戚から養子をとるしかないと考えたこともあったけれど、リゼットさんが来てくれたからロンダリエも安泰ね」
ご機嫌な様子の公爵夫人に、リゼットは恐る恐る手を挙げる。
「あの、話が、なんというか、非常に恐れ多い方向に飛躍していると言いますか……」
「あら、心配しないで? 身分差なんて、ロンダリエには関係ないわ。結婚相手がどなただろうと、ロンダリエ公爵家の威信が揺らぐことなどありえません。それでもリゼットさんがどうしても気になるようでしたら、お付き合いのある有力貴族の養子に一度入ってから婚姻を進めても良いのだし――」
「母上! リゼットとはそのような関係ではない!」
それまで母親を諫めるように静かに語りかけていたウィリアムが、語気を強めた。
公爵夫人とリゼットが目を丸くすると、すぐにハッとした様子で咳ばらいをしたウィリアムは、なぜか傷ついたような顔をして背を向けた。
「彼女の迷惑にしかならないことを言うのはやめてくれ」
行くぞリゼット、と言うと先に歩き出したウィリアムに、リゼツトは何と返事をして良いのかわからなかった。
ウィリアムの言葉に、少なからず傷ついた自分がいることに気づき、そんな資格はないのにと、また自分で自分を傷つけるようなことを考えてしまう。
「まぁ。あの子ったら相変わらず素直じゃないんだから。リゼットさん、気になさらないでね」
夫人は息子は照れているだけだと言っていたが、リゼットはそれに上手く笑い返せた気がしなかった。
***
「なるほど。ロンダリエ公爵家はリゼット嬢を完全に未来の嫁として受け入れたのだな」
今朝の公爵邸での話を聞いて、王太子は楽しそうにそんなことを言った。
何がそんなに面白いのかリゼットにはわからないが、王女にはわかるのか、じとりと兄をねめつけている。
「おっしゃる通りと言うか、何と言うか……。ウィリアム様はそのせいでずっとピリピリされていて。それが申し訳なくてどうしたらいいのか……」
「フェロー先生のせいではありません。それはロンダリエの問題なので、放っておけばよろしいわ」
「そういうわけには……」
そんな風に割り切れるなら、リゼットはもう少し強かに上手く生きれていただろう。
なかなか気分を上向きにできずにいると、王太子が平然とした顔でとんでもない提案を口にした。
「ふむ。リゼット嬢が公爵家に世話になるのが心苦しいというのなら、王宮に来ればいいのではないか?」
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