【マナー違反?】
「ああ、タルデュー侯爵のところの。レオンティーヌの近衛騎士だったね」
そしてウィリアムの親友こと、ヘンリー・ユベール卿だ。
ウィリアムと同僚だと言っていたが、実際は彼は軍所属ではなく、王女殿下付きの近衛騎士だった。
ヘンリーの手紙には、先日は余計なことを言って危険な目に遭わせてしまったと、謝罪する言葉が綴られていた。
彼のせいではないのに、とリゼットは申し訳ない気持ちになる。
だがさすが社交的な騎士の手紙は、こちらが暗い気持ちを引きずらないよう、すかさず明るい話題に移る。
「デビュタントの際は私の名前を思い出していただければ? まぁ、ふふふ。手紙にまで冗談を書いて笑わせようとしてくれるなんて、本当に楽しい方です」
「誰が楽しい方だって?」
「ひゃっ! ウィリアム様⁉」
突然ソファーの後ろから手元をのぞきこんできたのは、今日も凛々しい軍服姿のウィリアムだ。
黙って入ってきたら驚くのでやめてほしいと言えば、ノックはしたとしれっと言う。どうやら侍女が対応して通していたらしい。
最近ウィリアムがこの部屋の住人のように自由に出入りしているので、侍女もここがリゼットの部屋だということを忘れてしまうようだ。
「ウィリアムも、リゼットに手紙のひとつでも出してみたらどうだい」
「私が? 毎日のように顔を合わせているのに、何を書けと?」
苦々しい顔をするウィリアムに、リゼットは「もしかして」と思いついたことを聞いてみた。
「ウィリアム様は手紙があまりお好きではないのでしょうか? スカーレット様から、ウィリアム様に手紙の書き方を基礎から教えてやってほしいとお話があったのですが……」
「必要ない。軍人が持つのはペンではなく剣、もしくは銃だ。手紙など書けなくとも生活に支障はない」
「……苦手なのですね」
若干憐れむような声になってしまい、じろりと睨まれた。
だがちっとも怖くはない。ウィリアムは簡単に扉を壊したり、軽々とリゼットを抱き上げるような強い軍人かもしれないが、落ち着いていて理性的な紳士でもある。
リゼットはスカーレットと同じくらい、ウィリアムを信頼するようになっていた。
「もし手紙に興味を持たれることがあれば、言ってくださいね。私でよければいくらでもお教えいたしますので!」
「そうだな。その時は代わりに私がロープ昇降の訓練をつけてやろう。窓から落ちなくて済むようにな」
「うぐ……それはご遠慮したいです」
いつぞやの話を掘り返され、リゼットは口ごもりウィリアムをじとりと睨み返した。
手紙とは本当に素敵な文化なのでウィリアムにも好きになってもらいたいとは思ったけれど、押し付けは良くないとぐっと我慢する。
リゼットにとっての手紙が、ウィリアムにとっては剣術や戦術に当たるのかもしれない。
多方面に興味のあるリゼットではあるが、戦いについてはあまり強く気持ちが動かないので、お互い様で終わらせるべきなのだろう。
「軍の方は手紙を書かれない方が多いのですか?」
「そうだな。筆不精な人間が多い印象だ。妻や婚約者からの手紙の返事に苦悩する奴も少なくない」
「そうなのですね。では、近衛の方のほうが筆まめなのかもしれないですね」
シャルルは違ったけれど、と苦い記憶を思い出しながらリゼットが言うと、ウィリアムは眉間のしわを更に深くさせた。
「……なぜ近衛が筆まめだと?」
「ヘンリー様が早速お手紙をくださったので、そういうものなのかなと」
「あいつか……」
ウィリアムは目元を押さえてため息をつく。
ヘンリーの手紙については話さないほうが良かっただろうか。
「いいか、ヘンリーのように、誰にでも簡単に手紙を送る男はいる。しかもひとりに送るような誠実さはない。手当たり次第にだ」
「て、手当たり次第……?」
「またあいつから手紙が届くようなら、読まずに燃やせ」
それはさすがにどうだろう、と苦笑いするリゼットに、ウィリアムは「呪いの手紙だと思って燃やせ」と念押ししてきた。
本人の人柄のまま、楽しい手紙だったのだが、それを呪いの手紙と評するとは。だが仲が良いからこそ言えることなのかなと思うと、何だか微笑ましかった。
ウィリアムが素直にそれを認めることは、きっとないのだろうけれど。
「それで、あいつは手紙で何と?」
「ああ。お会いしたときにもおっしゃっていた冗談を、手紙にも書いてくださいました。デビュタントの際は名前を思い出してほしいって」
「思い出さなくていい。あいつの名はいますぐ忘れろ」
「ええ? うふふ。ウィリアム様ったら、本当にヘンリー様と仲良しなんですね」
遠慮なくものを言い合えるような友人がいないリゼットは、ふたりの関係をうらやましく思ったのだが、ウィリアムは心底嫌そうな顔で「勘弁してくれ」と首を振る。
「そういうことじゃない。あいつは悪い男だから返事を書く必要はないと言ってるんだ」
「ヘンリー様は悪い人なのですか? 近衛騎士様なのに」
「悪人ではないが、悪い男だ。とりあえず、近衛から手紙が来ても返事は不要だ」
「でも……マナー違反になりませんか?」
ウィリアムは「ならない」と真顔で言い切ったので、よくわからないがそういうものかと一応うなずいたリゼットだったが。
スカーレットが笑いをかみ殺すような顔で、金属で出来た扇でウィリアムのお尻を無言で叩くのを目撃してしまった。
「困った孫だね。リゼット、手紙の返事はお前の好きにしていいんだよ」
「はぁ。良いのでしょうか?」
「お前に届いた手紙だからね。それよりデビュタントだね。伯爵夫人から茶会の誘いもあったし、リゼットを夜会に招待したいという手紙も来はじめるだろう。その前にデビュタントは済ませておきたい」
デビュタント。その言葉にリゼットはぴんと背筋を伸ばす。
何度かウィリアムにダンスの練習相手をしてもらってきたが、とうとうその成果を披露するときが来るのか。
期待と不安がないまぜになったような気持ちでウィリアムを見ると、彼もまたこちらを見ていて目が合った。
フッと微笑むウィリアムがあまりにも格好良くて、リゼットは心臓をわしづかみされた気分で胸を押さえる。
(軍神様の笑顔はずるいです……)
くすぐったいような、息苦しいような。
ウィリアムの魅力はとにかく心臓に悪いのだ。
「……リゼット。私はこのあと王宮に出向き、レオンティーヌと話しをしてくる」
「王女様とですか? それはもしかして私のことを……?」




