筆休め【軍神の願い】
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突然、手勢を引きつれフェロー子爵邸に乗りこんだウィリアムに、リゼットの父は顔を真っ青にした。
連行されるか切られるかと思ったのだろう。
迷わず両手を上げて抵抗するつもりはないと意思表示をした。
「い、一体何事ですか。アンベール子爵。突然このように大勢で押しかけ――」
「ダニエル・フェロー。後妻の連れ子、ジェシカ・フェローはどこにいる」
軍帽を目深にかぶったウィリアムが威圧的に問いかけると、フェロー子爵の顔が強張る。
多数の部下を率いて、先触れなしにウィリアムが訪れただけでも緊張が走ったことだろう。さらには敬称も敬語もなかったことに、義娘が何かしでかしたことに気づいたはずだ。
「……ジェシカは」
「へ、部屋にいるはずです! 今日は一日中家におりましたからっ」
子爵に答えたのは後妻のメリンダだ。
使用人を盾にするようにして、壁際で縮こまっている。青い顔をしながらも、ウィリアムと正面から対峙しているだけ夫のほうがましか。
「一日中……? それはおかしな話だな。ジェシカ・フェローは本日王立図書館を訪れている」
「王立図書館に? 何かの間違いでは。ジェシカは図書館入館証を持っていませんし、入館証を作るための印章も……先日貸してほしいと言われましたが、断っております」
「そこの母親の入館証は?」
「ないはずです。ふたりは本に興味がない」
だとすると、材質や形状から簡単に偽造できるものではないので、他人の入館証を使った可能性が高い。
身元が確かな貴族のみの利用という信用度の高さから、王立図書館では入館証があれば入館時サインなどする必要がない。ただ、入館証ごとに割り振られているナンバーは控えてあるはずだ。
ウィリアムはすぐに部下のひとりに指示を出した。
「王立図書館に確認しろ。入館記録があるはずだ。時間帯は午後に限らず開館時間のものからすべて洗え。早い時間に入館し、待ち伏せていたとも考えられる。目撃者がいないかもあわせて当たれ」
部下が敬礼し部屋を出ていくと、子爵は緊張した面持ちでこちらをうかがってきた。
「ジェシカが王立図書館に行っていたとして、一体何があったというのです」
「ジェシカ・フェローにかけられた容疑は三つ。ひとつは器財損壊罪。リゼットの母親の形見である万年筆を故意に破壊した」
「フローラの万年筆を……? たかが万年筆ひとつで」
「……万年筆は貴重な素材が使われており、収集家の間では非常に価値が高いものだった。もうひとつは脅迫罪。リゼットが家に戻らなければ、周囲の人間に危害を加えることを暗に示した。最後の国家反逆罪は、危害を加えると脅迫した中に先王殿下の妹君が含まれていることによるものだ」
「まさか!」
「何がまさか、何だ? 我が祖母は、降嫁はしているが先王殿下の妹であり、王族の血が流れているという事実は変わらない。法では王族に準じた扱いとなる」
「それはもちろん存じております! ですから、義娘がそのような恐ろしいことをしでかすとはとても……」
「そうです! 娘は、ジェシカは頭が痛いからと今日はずっと部屋で休んでいたのですから!」
ウィリアムは剣を鞘ごと腰から抜き、床に思い切り突き下ろした。
鋭く響いた音に誰もが口をつぐむ。
「そうだろうか? 子爵の実の娘を部屋に軟禁するような人間を信用できるのか」
ウィリアムは居合わせた執事にジェシカが本当に外出していないか確認する。
執事も他の使用人も、今日はジェシカが部屋から出てくるところを誰一人目撃していないという。
ただ、食事も必要ないから、用ができて呼ぶまで部屋には誰も入らず、静かに眠らせてほしいと言ったそうだ。
つまり今日、ジェシカが外出する姿を見た者はいないが、部屋にいるかどうかを確認した者もいないということだ。
それに近しい使用人に口裏合わせをさせている可能性もある。
「……子爵。ひとつ確認したい。この邸に、体格の良い男の使用人はいるか。身長は私と同程度か、少し背が低いくらいの」
「いえ……当家には、貴殿ほど体つきの優れた使用人はおりません。どちらかというと、護衛でも細身の者が多いくらいで」
「では、出入りの業者はどうだ」
リゼットは男は身なりだけは整えていたが、顔つきや雰囲気から粗野な印象が拭えていない感じを受けたと言っていた。
貴族や騎士は当然、それに仕える使用人たちも教育が施されると洗練された空気をまとうようになる。
それがなかったということは、邸に仕えているわけではない、平民の線が濃厚だ。
子爵は心当たりがないと言い、執事に確認したが執事もそれらしき人間には覚えがないと答える。
「では、メリンダ・フェロー。お前はどうだ」
ウィリアムは青白い顔で震えている子爵夫人を見た。
こちらとは目を合わせず、メリンダは「知りません」と何度も首を横に振る。
「本当に? 体格が良く、粗野な印象の平民だ。よく思い出せ」
「本当に知りません! 貴族がそのような怪しい風体の男と付き合いがあるわけないでしょう!」
「確かに。貴族なら、な……」
ウィリアムは子爵にジェシカの部屋を確認すると、マントを翻し部屋を出た。
子爵と夫人が何か叫んでいたが、構わず部下を引きつれ二階に移動する。目的の部屋の前に着くと、ノックをすることなく扉を開き突入した。
ベッドの上にいたジェシカが、突然大人数で乱入してきたことに驚き身を起こす。一応、寝間着を身に着けてさも寝起きであることを装っている。
「何なの!? 断りもなく淑女の部屋に押しかけるなんて! 憲兵を呼ぶわよ!」
「憲兵ならここにもふたりほどいるぞ。あとは私の直属の部下だが」
ツカツカとベッドに歩み寄り、ウィリアムは胸元から出した拳銃をジェシカの額にぴたりと合わせた。
静まり返る部屋の中で、ジェシカのこめかみからたらりと汗が流れ落ちる。
「一体、何のつもりよ……」
「こうされている理由は、お前が一番わかっているのではないのか?」
「身に覚えがないわ。ロンダリエだか何だか知らないけど、あまりにも無礼じゃありません? いますぐ銃を下ろさないと、裁判所に訴えを起こすわよ」
「貴様! 無礼なのはどちらだ!」
「身の程をわきまえろ!」
ジェシカの反抗的な態度に、ウィリアムの部下たちが気色ばむのを、手で制する。
内心、ウィリアムは厄介だなと、目の前の女を見下ろしながら思った。
ギラギラとこちらを睨みつけてくるジェシカの目を、戦場で何度も見てきた。大きな覚悟を決めた目だ。こんな目をする人間は、総じて手ごわい。
こちらが想像しないような何かを仕出かすことがほとんどなのだ。
「私が何をしたっていうの? 今日は一日中寝ていたの。そんな私を何の容疑で、何の権限があって連行しようって?」
「ジェシカ・フェロー。お前には複数の容疑がかけられている。王立図書館でのリゼットへの脅迫はとても看過できるものではない」
「図書館になんて行ってないわ。一日中寝てたっていま言ったでしょ。アンベール子爵、でしたっけ。あなた騙されてるのよ。リゼットはかまってほしくて嘘ついたのね。そうやってシャルルの気を引こうとしていた子だもの。知ってます? あの子色んな男と噂があるのよ。図書館員とか、王太子殿下とか?」
「不敬罪も追加されたいようだな」
「はぁ? 私が言ったんじゃなくて、噂よ噂!」
あんな子の言葉に騙されるなんてかわいそう、とジェシカは笑う。
他にも使用人に色目を使っていただの、手当たり次第に男に手紙を送っていただの、リゼットの中傷をペラペラと口にした。
こうやって、この邸でリゼットを孤立させていっただろうことは想像に難くない。
だがウィリアムに対しては無意味だ。リゼットのお人よしと言っていいほどの善性にはあきれそうになるほどなのだ。こんなにも身近な人間から悪意をぶつけられてきたというのに、リゼットはあまりに純粋すぎる。
「……お前は、噂と同じで証拠がないと言いたいんだろう」
銃口をゴリッと抉るように押し付け、ウィリアムは「舐めるな」と低く命令した。
「今日よりお前に監視をつける。四六時中、どこででも見張られていると思え。必ず監獄に落としてやる」
ジェシカは表情を一変させ「やってみなさいよ!」とわめいたが、部下たちに押さえつけられていた。
間違いなくジェシカは罪をおかしている。ひとまず今日は忠告で牽制することはできたので、あとは早急に証拠を揃える。
部下に邸の人間の聞き取りと身辺調査、それからジェシカが子爵家に来る前の交友関係を当たる指示を出し部屋を出る。
すると廊下に憔悴しきった顔のフェロー子爵が立っていた。
「本当に、義娘がやったとお思いですか」
「逆に聞くが、ジェシカ・フェロー以外の誰がリゼットの万年筆を折ると思うんだ?」
「それは……」
「先日王宮で問題を起こしたシャルル・デュシャンは自邸にて謹慎中。念のためつけていた監視にも確認が取れている」
嫌でもそのうち答えが出ると言うと、子爵は肩を落としため息をついた。
迷惑をかけて申し訳ないと謝罪してくるが、口だけの謝罪などに何の価値もない。
目の前の男は他者の行いによる自分の不利益を嘆くばかりに見える。そうして自分では何の責任も取らず、第三者でいようと小賢しく振舞っているだけだ。
「貴殿は……一度もリゼットについて聞かないのだな」
「そ、それは! もちろん、心配してはおります。……あの子は無事なのでしょうか」
「まずそれを先に聞くべきだったな。リゼットの父親でありたいのならば」
吐き捨てるように言い、ウィリアムは子爵に背を向けた。
腹立たしいばかりの家族だ。こんな家で、リゼットは何年もたったひとりで生きていたと考えると、怒りでどうにかなってしまいそうになる。
もっと早くに出会えていたなら、という考えてもどうしようのないたらればを想像しては、やりきれない思いを持て余し戦場で剣をふるいたくなった。
剣戟と銃声が飛び交う場所では誰より冷静でいられるのに、いまなぜこんなにも心を掻き乱されているのか。
(リゼットは幸せにならなければいけない)
これまで味わってきた苦しみや悲しみの分だけ、いや、それらをきれいさっぱり忘れてしまえるほど、たくさんの幸せに包まれなければならない。
ウィリアムを見つめ「軍神バランディール様のようですね」と喜ぶあの笑顔を守りたい。
初対面の相手の靴にインクをかけるそそっかしさがあると思えば、驚くほどに博識で、手紙に関しては祖母以上に造詣が深かったりする不思議な少女。
気づけば目で追うようになっていた。危なっかしいから自分が見ていないと、と自身に言い訳まで用意して。
なぜそう思うのかという核の部分を明確にしないまま、ウィリアムはリゼットの生家をあとにするのだった。
実は初恋ウィリアム大佐かわいいじゃ~~~ん!と思った方はブクマ&評価をぽち!




