【誰がための】
「ええと……完全に理解しているかと言われると、それはちょっと言い過ぎかなと思うのですが。ただ読み書きだけで言えば、よほど難解な言葉ではない限りは、問題なく出来ると言うか……」
「はっきりしなさい! あなたはヘルツデン語の読み書きが出来るのね⁉」
「は、はい! 出来ます!」
ララの剣幕につい反射で答えていた。
しかし出来るのは読み書きだけで、会話でヘルツデン語を使ったことは一度もない。
ひとりきりで邸にこもっている時間が長すぎて、母が集めていた色々な国の物語本を読み漁っていたら、いつの間にか多言語の読み書きを習得していただけなのだ。
「わからないな……。ハロウズの弟子がヘルツデン語に堪能であるなら、最初からその情報を王女殿下に伝えていれば、今回のような選考など必要なかったはずだ」
「はぁ……。でも、手習いの指南であれば、皆さま恐らく他国の言語であっても難なく書き写すことが出来るだろうと思いましたし、代筆をするとしても現地語である必要はないと思ったので……」
手紙のやり取りは心のやり取りだ。心がこもっていれば、言語の違いはさほど壁にはならないとリゼットは思う。
王女に迷いや悩みがあり、自分が力になれるのならとは思うが、ヘルツデン語に明るい人間ならリゼットの他にもいるはずだ。外交官など、リゼットよりもっと堪能な文官は多いだろう。
「あなたは……王女殿下に仕えたいのではないの?」
「えっ。それはもちろん、お仕えしたいと思ってここに来ました」
「だが僕たちの目にはそうは見えない。君はまるで、自分が選ばれなくても構わないと思っているようだ」
「構わない、と思っているわけではないのですが……」
むしろ、選ばれたいと心から思っている。指南役になれば、父に認めてもらえるのだから。
自分が自分でいるためには、王女の指南役にならなければいけない。それは切実な願いだった。
「でも、私の意志はともかく、王女殿下にとっては、指南役や代筆は私でなければならないものではありませんから。大事なのは、王女殿下が満足のいくお手紙を出せるかどうかだと思うので」
リゼットが自分の考えを口にすると、ふたりはハッとした表情で固まってしまった。
正直に言い過ぎただろうか、とリゼットは自分の口を手で覆う。ララの正直さに少し憧れて、思ったままを口にしてしまった。
やる気がないと思われただろうか。それとも生意気に聞こえただろうか。
どうしよう、とリゼットがぐるぐる考え始めたとき、王女が突然王女らしからぬ豪快な笑いを響かせた。
驚くルークたちだが、リゼットはとても聞き覚えのある笑い声だと思った。
「ほら、在り方そのものが違うでしょう? おふたりは私を通しヘルツデンという国とその王太子殿下を見ていましたが、フェローさんは最初から最後までずっと私自身を見てくださいました。私を案じ、私の心に寄り添い、私の婚姻を祝福してくれたのです。ああ、手紙とは本来こういうものなのだと思いなおすことができました」
「王女殿下……そんな風に思っていただけたのですか」
「ええ。私も王太子殿下に、こんな手紙を送りたい。そう思いました。ですから、私はリゼット・フェローさんに指南役と代筆を受けてもらいたいのです」
これがリゼットを選んだ理由だと、王女はきっぱりと言い切った。
自分が選ばれた理由がわからなかったリゼットだが、王女の思いはよくわかった。
そして彼女の力になりたいと、改めて強く思う。
「これが、リゼット・フェローさんを選んだ理由です。ご理解いただけましたか?」
王女の笑顔の問いかけに、リゼットは『いや、ふたりとも納得できるわけがない』と揉める未来を予想したが、ルークとララはどこかすっきりしたような顔で礼を取った。
「丁寧にご説明いただき感謝いたします」
「選ばれなかったことは残念ではございますが、王女殿下のご判断に賛同いたします」
ギョッとしてリゼットはふたりと王女を交互に見る。
これはつまり、リゼットが王女の指南役兼代筆となることを、他の候補者が認めたということなのか。
驚きながらも喜びかけたリゼットだったが、そのときふと頭に浮かんだことに、喜びがしおしおとしぼんでいく。
「あの、大変光栄なのですが、私――」
「何よ、まだ何かあるっていうの? 王女殿下の決定よ!」
「でも、その、もしかしたら私だけ、不正をしてしまったかもしれなくて」
「は? 不正だと?」
ララとルークが顔を見合わせる。
ふたりに申し訳なくて、リゼットは力なくうつむいた。
「不正というか、反則というか、ズルというか……。先ほど、王女殿下が私が婚姻を祝福したとおっしゃっていましたが、もしかしたら私のその、特殊な力? が発動してしまったかもしれなくて。それが影響しているのだとしたら、やっぱり私の不正に当たるのではないかと――」
「ねぇ。それって妖精の力のことを言っているのかしら?」
ララの問いかけに、リゼットは目を丸くした。
驚いたが、そうか、三蹟の弟子なら妖精の力について知っていて当然かもしれないと思い至る。
「だとしたら、いらない心配だ。僕もラビヨンの弟子も、それぞれ妖精の力を持っている」
「えっ」
「王女殿下への手紙にもそれは書いたわ。むしろあなたが書かなかったことが驚きよ」
「えぇ……」
驚きというよりあきれた表情のララに言われ、リゼットはほっと胸を撫でおろした。
三蹟の弟子もそれぞれ妖精の力を宿しているのか。どんな力なのだろう。王女への手紙の内容に関係しているのなら、ふたりともその力を使いこなしているにちがいない。
ふたりに話しを聞いてみたいし、手紙のやり取りもしてみたい。
リゼットがそわそわし始めると、王女はパンと軽く手を叩いた。
「皆さんご納得いただけたようで何よりです。他に何かご質問はございますか? ご意見がある場合も伺いましょう。どんなものにも私は誠意を持ってお答えすることを約束します」
「いいえ、王女殿下。殿下の決定に異はございません」
「僕も、殿下の決定に従います」
「あ、あのぅ……」
頭を下げるふたりを見て、リゼットは気まずく思いながらもそろりと手を挙げた。
予想外だったのか、王女が大きな目をぱちりと瞬く。
「……フェローさん?」
「はい! リゼット・フェローです!」
「もしかして、まだ納得がいきませんか?」
「いいい、いえ! 意見ではなく、質問というか何というか……その、お返事はいただけるのでしょうか?」




