【自己紹介】
王女の言葉に、ふたりがそろって『どういう意味だ』とばかりにリゼットを見てくる。
が、リゼットも何を言われているのかよくわからない。在り方、とはどういうことだろう。本人にもわからない在り方とは謎めいている。
「抽象的に聞こえるかもしれませんね。でも本当にその通りなのです。まず、フェローさん。あなたはなぜこのレターセットを選びましたか?」
「レターセット、ですか? それは、王女殿下がミモザがとても大好きでいらっしゃるのだろうと思ったからで……」
「待って。どうして王女殿下がミモザが大好きだと? 確かに王女宮には他の宮よりも花は多いけれど、ルマニフィカ王家の花と言えばエーデルワイスじゃない」
ララの疑問はもっともだ。ルマニフィカの国花はエーデルワイスで、王宮のいたるところにエーデルワイスが咲き乱れている。王女宮の傍の庭園にもエーデルワイスが咲いているし、宮内にも飾られていた。
「それはそうなのですが、王女宮のどの花瓶にもミモザが活けられていたので、きっとお好きなのだろうと」
「……それ、本当? たくさんあったけれど、全部見ていたの?」
「はい、とても綺麗でしたので! それに、王女殿下のドレスにもミモザの刺繡がありますよね」
リゼットが言うと、ふたりはまさかと王女を振り向いた。
王女は淡いレモンイエローのドレスに、オフホワイトのチュールが重ねられた柔らかな色合いのものを着ていた。よく見ると、チュールの下にミモザの細かな刺繍がドレープの中心から裾にかけて入っているのがわかる。
「うそ……気づかなかったわ……」
「しかし、気づくチャンスはあった、か」
「そして、王女殿下がミモザの香りをまとわれていたので、これは特別にミモザを愛でていらっしゃるのだなぁと確信しました。その、私もミモザ、素敵だと思います」
もじもじしながらリゼットが言うと、王女は「嬉しいわ」と笑ってくれた。
ルークとララはと言うと、口をぽかんと開きながらリゼットを凝視している。
それは驚くだろう、とリゼットは申し訳なく思った。
高度な知識を手紙で伝えているふたりに対し、リゼットは好きな花でレターセットを選んだのだ。
こいつがなぜ、と思われても仕方ない。
「フェローさんは鋭い観察眼をお持ちですね」
「え!? そ、そんな……」
「謙遜されることはありません。素敵な才能だと思います。人をよく見ているということは、その人に興味があるということでしょう?」
言われてみれば、とリゼットは自分の思考回路について振り返ってみた。
いつも自分は誰かへ、何かへ、外への興味が尽きなかった。この人とどんな手紙のやり取りが出来るだろうと、想像するだけで胸が躍るのだ。
しかしそれが才能だと言われると、ピンとこない。
「手紙の内容についても話しましょうか。フェローさんのお手紙は、まず初めて手紙を出す挨拶と、自己紹介から始まりました」
「は……?」
「自己紹介って」
冗談だろう? と言いたげなふたりの視線に、リゼットの肩が跳ねる。
嫌な汗が背中を流れるのを感じた。
「ええと……マナー違反でしたでしょうか? 王女殿下には、初めてお手紙を書いたので。まずはそこからかなと。あっ。名前などは書いておりません! 趣味や、好きな食べ物など、そういうことを書きました!」
「手紙のお相手のことを知れるのは嬉しいことです。そしてフェローさんは、私の迷いについて尋ねてくれました」
「迷い?」
「王女殿下が何かに迷っていると?」
どんどんふたりに距離を詰められ、リゼットは身を縮ませながらうなずく。
王女はこの部屋でリゼットたちに話していた。ヘルツデンの王太子殿下にお手紙を書きたいと思い、指南役を募ることにしたのだと。
ただ、いまは指南役ではなく代筆者をと気持ちが変わったとも言っていた。
最初はヘルツデンの王太子に自分で手紙を書きたいと思ったことは間違いない。それなのに、途中で自分で書くのではなく代筆者を立てることに考えを変えた。
それは一体なぜなのか気になったのだ。
「考えを変えられたのは、もしかして何かに迷われているからではないかと思ったので」
「フェローさんは、もし迷っているのなら、その迷いについて聞かせてほしいと書いてくれました。手紙のことであれば、何か力になれることがあるかもしれないからと」
「私に出来ることは、本当に手紙についてだけなので……」
ふたりのような知識はないし、経験だって浅い。それでももしかしたら、欠片でも自分が役に立てることがあるかもしれないと思ったのだ。
「嬉しかったですし、心強いと感じましたよ。そして最後の最後に、フェローさんは婚約を祝う一言を書いていました。ヘルツデン語で心よりご婚約をお祝い申し上げます、と」
「まさか、大陸一難解とされるヘルツデン語で?」
「ですが、ヘルツデンは大陸公用語が……」
「ええ。ヘルツデンは大陸公用語で通じます。ですが、現地ではヘルツデン語も日常的に使われているそうです」
ルークとララは顔を見合わせ「もしかして」と同時に口を開いた。
「王女殿下は、最初ヘルツデン語で手紙を書こうとされていたのですか?」
ふたりの問いかけに、王女は恥じらうようにうなずいた。
せっかく手紙のやりとりをするのなら、将来夫となる人の言葉で、そして自分が暮らすことになる国の言葉で書いてみたいと思ったのだと言う。
だが、実際ヘルツデン語を学び始めてみて、その言葉の成り立ちや文章を組み立てる法則が、あまりにも公用語とは違いがあり過ぎて、あきらめてしまったのだそうだ。
「私は勉強は得意だという自負があったのですが、すっかり自信を失ってしまいました。ヘルツデン語は読むだけでも一苦労で、辞書は手放せません。辞書があっても手紙一通で何日も時間がかかるでしょう」
「……リゼット・フェロー。あなたはヘルツデン語を理解しているの?」
感想にやる気をいただいております! ブクマと☆☆☆☆☆評価も本当にありがとうございます!




