31通目【それぞれの反省】
「申し訳ありません、ウィリアム様。このようなことになってしまい……」
「謝るなリゼット。君が無事でよかった」
王太子の許可を得て王宮を辞し、馬車の中でリゼットはウィリアムに抱きしめられていた。
王宮に行けば、もしかしたらシャルルを見かけることがあるかもしれない。
それくらいの予想はしていたが、向こうから声をかけられ、しかもシャルルがあんな暴挙に出るなど考えもしなかった。
正直に言うと、シャルルがリゼットのことをそこまで気にかけていたとは思っていなかったのだ。
ジェシカに色々聞いて、家を出たことは知っているかもしれないな、とそれくらいに考えていた。それがあんな風に激昂するなど、いまでも信じられない。
「謝るのは私のほうだ。すまない、リゼット」
「どうして……ウィリアム様が謝るのです?」
「リゼットに黙っていたことがある。その上で君を守ると決めていたのに……」
「私に、黙っていたこと?」
ウィリアムは答えず、まずは邸に戻りスカーレットに報告をしようと言った。
シャルルのことは王太子が自身の近衛のことだと引き受けてくれたので、上手く収めてくれるだろう。そう言われ、リゼットは落ち着かない気持ちのままうなずいた。
***
王宮から真っすぐにハロウズ伯爵邸に戻ったリゼットとウィリアムは、すぐに王宮であった出来事をスカーレットに報告した。
シャルルが声をかけてきたと言ったあたりからスカーレットの顔は険しくなり、彼が剣を抜いたところまで話すと、目元を覆いソファーに体を預け動かなくなってしまった。
「申し訳ありません、スカーレット様。王宮の庭園での私闘なんて事態にまでなり、ウィリアム様に多大なご迷惑をおかけしてしまいました」
「リゼット、言っただろう。それは君のせいではない」
「でも、私の幼なじみであるシャルル兄様がウィリアム様に……」
「そうだ。あれはシャルル・デュシャンが我を忘れ仕掛けてきたこと。だから君が気に病むことではない」
ウィリアムは真剣な顔でそう言ってくれたが、リゼットの罪悪感と不安は薄れない。
もしこれでウィリアムの立場が悪くなるようなことがあれば、どう償えばいいのだろう。
ウィリアムはリゼットを守ろうとしてくれただけで、何の落ち度もないというのに。彼の評判に傷がつきでもしたら、後悔してもしきれない。
「王太子殿下もおっしゃっていただろう。自分の騎士が迷惑をかけたと。我々に非はないと、殿下が口にすることで保証してくださったんだ」
「本当に、大丈夫なのでしょうか? その、おかしな噂が立ったりとか……」
「ああ。心配するな。それにロンダリエ公爵家は噂程度で揺らぐような家門ではない。王太子殿下でも気を遣うのがロンダリエだ」
だから本当に大丈夫なのだと、ウィリアムは手を握ってくれた。
それになんとか握り返すことができたとき、黙っていたスカーレットが深々とため息をついた。
「すまない、リゼット。私の判断が間違っていたのかもしれない」
「スカーレット様……?」
スカーレットは侍女に手紙を持ってこさせた。
手紙は四通。すべて同じ人物の筆跡で、シャルルのサインが入っている。
ハッとスカーレットの顔を見ると「リゼット宛に最近届いていたものだ」と教えてくれた。
「シャルルお兄様……本当に手紙を送っていたんですね」
「申し訳ないが、中身を確認して、私の判断でリゼットに渡さないことを決めたんだ。新たな一歩を踏み出すことを決めたお前にとって、この手紙は重荷にしかならないと思ってね」
そう言われると、一体何が書かれているのかと、読むのをためらってしまう。
だがシャルルの憔悴した様子を思い出し、きちんと向き合うべきだと覚悟を決めた。
手紙には、リゼットが元気にしているのか心配する言葉とともに、なぜ家を出たのか、どうして一言も相談してくれなかったのか。
家を出たあとも手紙のひとつも寄越さないのはなぜなのかと、遠回しにリゼットを責めるような文章が書かれていた。
他人の家に居候するくらいなら自分の所に来たらいいとも書いてある。対して面識のない伯爵と過ごすより自分のほうがずっといいだろうと。
出て行ったのもジェシカのせいなのだろうから、大事にしてくれない家族から自分が守ってやるとも。
段々と文面にいら立ちのようなものが見え始め、なぜ返事をくれないのか、女伯に邪魔されているのかと、スカーレットをすべての黒幕にして、自分が救い出してやるという妄想めいたことも書かれていた。
王宮でのシャルルの発言とほぼ変わらない。どこか心が壊れてしまっているように感じて怖くなる。
「リゼットの負担にしかならないと判断したが……こんな危険が及ぶのなら、説明していたほうが良かったね。本当にすまない」
「……いいえ、スカーレット様。私がこの手紙を読んで、シャルルお兄様に返事を書いていたとしても、おそらく結果は変わらなかったと思います」
自分の意志で家を出て、自分の意志でスカーレットを頼ったのだと説明したとして、あの状態のシャルルが納得したとはとても思えない。
きっと何を書いてもシャルルの心にまっすぐ届くことはなく、彼にとって都合の良い言葉に変換されて読まれていただろう。
「私が……間違えたのです」
「リゼット。それは」
「私のせいです。私が不義理をしたから。家を出ると決めたとき、シャルルお兄様に相談するなり、ひとこと声をかけるべきだったのです」
「君もさっき言っただろう。彼に何を言ったとしても、結果は変わらなかったはずだ」
「それでも、シャルルお兄様には話すべきでした。だって……私にとって、家族以外繋がってくれていたのはシャルルお兄様だけだったのだから」
ジェシカのついでだったとしても、シャルルはリゼットを見つけると必ず声をかけてくれた。顔色を心配し、もっと休めと言ってくれた。
それなのに、家を出ると決めたとき、シャルルのことは一切頭に浮かばなかった。
シャルルが自分から離れていくのを感じて寂しがっていたくせに、離れていたのは自分も一緒だったのだとようやく気付いたのだ。
「シャルルお兄様が変わってしまったと思っていましたが、変わったのは私も同じでした。私のせいでシャルルお兄様にも、お父様にも、ウィリアム様にもご迷惑をかけてしまって――」
「リゼット、やめろ。あの男はそうやって、君に罪悪感を植えつけて、また籠の中に閉じこめようとしているんじゃないのか」
もう一話更新します!




