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【ネトコン13受賞】代筆令嬢リゼットはくじけない ~あなたの代筆はもうやめにします~【9/1 第1巻発売】  作者: 糸四季


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【女王の依頼】

 


 初めてのおもてなしという大仕事に、リゼットはすっかり緊張していた。

 両親は不在。使用人たちも、天下のロンダリエ公爵家のゲストに誰もが委縮しており、執事も頼りにならないような状況だ。


 まずアンベール子爵ことウィリアムに、インクで汚れてしまった靴の代わりに室内履きを用意したのだが、断られてしまった。

 断られれば引き下がるしかないが、お客様対応としてこれで正解なのか、リゼットにはわからなかった。とにかく、王族にするように恭しく丁寧に対応しようと心がける。



「で、では、母はスカーレット様のサロンで手習いを賜っていたのですね」

「そう。三年ほどいた。誰よりも手紙に対する熱意の高い子だったから、すぐに私の手を離れたがね。他の者にはない才能もあった」



 ティーカップ片手に、スカーレットが懐かしさを滲ませながら語る。

 紅茶に落ちる視線は穏やかだが、どこか寂しげにも映った。



「信じられません……母が三蹟(さんせき)のおひとりの弟子だったなんて」

「私はお前に会ったこともあるよ」

「ええっ⁉ ほ、本当ですか⁉ どうしましょう……全然覚えていなくて」

「赤ん坊の頃のことだからね。とても小さく生まれて、セリーヌはいつもお前を心配していた」



 母の名前を久しぶりに聞いたリゼットは、じんと鼻の奥が熱くなった。

 もう誰も、父さえも母の名を口にすることがなくなって久しい。数少ない母の絵も写真も、持っているのはリゼットだけだ。


 自分と同じように母の存在も忘れ去られてゆく。

 そのやりきれない想いが、スカーレットによって救われていくようだった。



「真っすぐで一生懸命な良い子だったのに、私より先に()ってしまうとはね……。神様ってのはつくづく残酷だ」

「確かに母は早くに亡くなりましたが、スカーレット様と母は、それほど離れていないのではありませんか?」



 スカーレットの言い方が不思議でそう尋ねると、女伯は目を丸くしてまた弾けるように笑った。



「あはははは! 本当に面白い子だね」

「えっ? えっ? 私、何かおかしなことを……?」



 なぜ彼女が笑うのかわからず戸惑っていると、それまで護衛として黙ってスカーレットの背後に立っていたウィリアムがため息をついた。



「リゼット嬢。この人は私の父方の祖母に当たる」

「……え?」



 ウィリアムの言葉に、リゼットはふたりの顔を交互に見た。


 祖母? ということは、ウィリアムは孫?

 ハロウズ伯爵家とロンダリエ公爵家のふたりは、一体どんな関係だろうかとは思っていたが、まさか本当に?


 しかもウィリアムはロンダリエ公爵の子。ということは、王女を母に持つ現公爵の子。

 その祖母であるスカーレットは、伯爵と名乗っているが王女様なのでは。


(王族に接するようにと思っていたら、本当に王族だった……!)



「つまり、お前の母は、私にとっては娘のような年に当たる。実際、私の娘であるウィリアムの母親は、セリーヌのふたつ上くらいだ」

「えええっ⁉」



 告げられた真実にマナーや作法が頭から吹き飛び、リゼットは素直に心のままに驚いた。


 スカーレットの髪や肌には確かに年を重ねた証は刻まれているが、とてもそこまで高齢には見えない。内側から発光するような美しさや、洗練されつくした所作がそう思わせるのだろうか。

 ウィリアムの母、と言われたほうがずっと信じられる。



「お祖母様。年若い令嬢をからかうものではありません」

「私は何もしていないだろう。若く見えすぎても良いことなんて何もない。見せたい人ももういないしね」



 そう言ったスカーレットの表情があまりにも悲しげだったので、リゼットは慌てて話題を変えるべく身を乗り出した。



「あ……あの! それで、私がスカーレット様の代筆をというのは一体どういうことでしょう? 私は、デビュタントもまだの半人前ですが……」



 そんな自分に頼みだなんて、とリゼットが不思議な気持ちで首を傾げると、スカーレットはカップを置いてため息をつき、ウィリアムはわずかに眉を寄せた。



「お前が十六になるのにデビュタントを迎えていないのは問題だが、私の代筆をするに当たって支障はない」

「あ、あの……そもそも、三蹟のおひとりであるスカーレット様がなぜ代筆をお探しに?」

「ああ、その話がまだだったね。私は病を患ってね、長く王都を離れ領地で療養していたんだ。その間にセリーヌが亡くなり、葬儀に行くことも出来なかった。すまなかったね」

「そうだったのですか……。とんでもない、そのお気持ちだけで十分です。ご回復されて何よりです」

「ありがとう。まあ、病は治ったんだが、後遺症が残ってね。これがリゼットに代筆を頼みたい理由だ」



 そう言って、スカーレットは自身の右手を挙げて見せた。

 軽く握りこんだように形で固まったその手は、よく見ると小刻みに震えている。


 ハッとリゼットが顔を上げると、スカーレットはどこか皮肉げな笑みを浮かべて右手を下げた。



「命は助かったが麻痺が残ってしまった。それもペンを握る右手に。これでも大分動くようになったが、いまだティーカップも持てやしない」



 言われて初めて、それまでスカーレットが左手でティーカップを持っていたことに気がついた。

 馬車から降りてきたとき、ウィリアムの手を取っていたのは左手。握手を求め差し出されたのも、確かに左手だった。



「まったく気がつきませんでした……」

「簡単には気づかれないくらいに振舞えるようになったから、ようやく王都に出てきたのさ。だが知名度だけ残っていても、実際はもう私は三蹟ではない。ペンも持てない私は、ただの老人だ」

「そんなこと……」

「いいんだよ。心残りはあるが仕方のないことだ。だがせっかく王都に戻ったんだ。友人たちと手紙の交流ができないのは寂しい。そういうわけだからリゼット。私の代筆を頼まれてくれるかい?」



 正直、心が躍るような依頼だ。スカーレットはきっと王都どころか国中の貴族と数多く交流を持っているだろう。もしかしたら交友関係は国外にも及ぶかもしれない。

 それだけたくさんの手紙が読めて、返事を書けるというのは魅力的でしかなかった。本当はすぐにでも引き受けたい。



「私で……よろしいのですか? 私はデビュタントもまだで、誰も存在を知らないような、何者でもないただの小娘です」

「……お前にそう言ったのは継母かい? 知っているよリゼット。社交界ではいま、フェロー家母子の筆跡()が素晴らしいと話題になっているらしいじゃないか」

「私は邸からほとんど出たことがありませんし、知り合いもいないので社交界のことはよくわからなくて」


 本当は継母からたまに聞かされる。

 リゼットの代筆した手紙が社交界で人気で、皆が返事を欲しがっていると。だが、誰もリゼットが代筆をしていることは知らないのだ。



「先ほどの手紙を見せてくれたのは私の友人なんだ。フェロー夫人からだという手紙を、素晴らしいからぜひ読んでみてくれとね。確かに美しい筆跡だった。誰かに手習いを?」

「い、いえ。手習いを受けたことはなくて」

「引用されていた詩もセンスがあった。詩が好きなのかい」

「はい。詩もですが、読書が好きです。素敵な文章を見ると、手紙に書きたくなりますし」


 三蹟に褒められたことが嬉しく、もじもじしながら答える。


「あれは相当な読書家でないと選べない詩だ」


 黙っていたウィリアムが「べた褒めですね」と珍しそうに言う。


「まぁね。それだけではない。この子は相手の欲しい言葉を自然と理解し、嫌味なく書ける。才能だけでなく気遣いに溢れているんだ」

「お祖母様がそこまでおっしゃるとは」



 そこでウィリアムは、初めてリゼットに興味を持ったような目を向けてきた。

 あまりにスカーレットに褒められるので、気恥ずかしくて目をそらす。



「素晴らしい手紙だった。そして……筆跡があまりにもセリーヌのものと似ていた」

「あ……」


 手習いは受けていない。だが、ずっと亡くなった母の文字を真似ていたのだ。

 優しいスカーレットの微笑みに、じわりと熱いものがこみあげてくる。



「それで確信したんだ。これは現フェロー子爵夫人の直筆ではない、とね」


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