23通目【王女と三蹟の弟子たち】
そういえば、スカーレットもカヴェニャークとは犬猿の仲と言っていた。もしかすると三蹟はあまり仲が良い関係ではないのかもしれない。
せっかくだから弟子同士で仲良くなりたいのに、と思ったところで部屋に侍女が現れ、王女が入室することを報せてきた。
「王女殿下がご入室されます」
窓際から離れるルークに、立ち上がるララ。リゼットも彼らに倣い、扉の前から離れ道を空ける形で頭を下げて王女を待った。
コツリと軽い靴音を響かせ、王女が入室する。
ふんわりと柔らかな香りが、王女の動きに合わせて流れてきた。その優しい甘さをしっかりかいだリゼットは、うっとりとした気分になる。
「皆さま、どうぞ顔を上げて」
ガラスのベルを鳴らしたような、涼やかな声がした。
ドキドキする胸を押さえながらゆっくりと顔を上げると、天使のように愛らしく美しい少女が腰かけていた。
真っ白な肌、太陽の下で輝く稲穂のような金の髪。ピンクのバラのような唇が微笑の形を作っている。
リゼットよりいくつか年下に見えるが、王族の気品からだろうか、王女がとても大きい存在に感じた。
「はじめまして、指南役候補の皆さま。私はレオンティーヌ。この国の第一王女です」
王女の許しを得て、年長者のルークから順に挨拶をしていった。
それぞれ誰の弟子であるかも言っていたので、リゼットもそれに倣いスカーレットの弟子だと名乗ると、王女はにっこりと笑い「あなたが」と呟いた。
「次期三蹟と目される皆さまにお集まりいただけたこと、嬉しく思います。色々と不思議に思われている方もいらっしゃることでしょう。なぜ指南役が三蹟ではないのか、とか。そもそも王族なら代筆者を立てるだけでいいのではないか、など……ね?」
実はまったく不思議に思っていなかったリゼットは、確かに、とハッとしたように他のふたりをうかがった。
ふたりは王女の言う通り疑問に思っていたのだろう。真剣に王女の話の続きを待っている。
「まだ公にはしていませんが……実はヘルツデンの王太子殿下との婚約が決まりました」
わずかにためらうように言った王女に、三人そろって息を飲み、目を見開いた。
公にしていない、つまり機密情報をさらりと教えられてしまったのだ。デビュタントすら済ませていないリゼットには、それがどれほど重大なことか正しく理解することも出来ない。
ただ、言わなければならないことだけはわかっていた。
「王女殿下、ご婚約おめでとうございます!」
王女の様子から、彼女も婚約を喜んでいるのがわかったので、リゼットは笑顔で手を叩き祝福した。
するとルークとララもハッとしたように次々と祝辞を述べる。
「うふふ。ありがとうございます。それで……婚約が決まりましたので、ヘルツデンの王太子殿下にお手紙を書きたいと思い、指南役を募ることにしたのです。ただ、いまは指南役ではなく代筆者をと気持ちが変わっています」
「では、僕たちは指南役ではなく、代筆者候補ということでしょうか」
「ええ……。もしこの変更に納得がいかないということがあれば、断っていただいて構いません」
「現三蹟を招集されなかったのはなぜでしょうか?」
「三蹟は皆さま私よりずっと年上の方々ばかりですから。年の近い方にお願いしたかった。それだけです」
なるほど、筆跡が熟練過ぎてもいけないということだ。
だが何となく、それ以外にも理由があるようにリゼットには感じた。ぼんやりとだが、王女が何かを隠し、あるいは誤魔化しながら話しているように思ったのだ。
「もし皆様辞退されないようであれば、このまま選考に入りたいと思います」
王女が軽く手を叩くと、続き間らしい隣の部屋の扉が開かれた。
中にいた侍女が「こちらへどうぞ」と促してくる。どうやら別室で作業があるらしい。
「皆様には私に手紙を書いていただきます」
道具は中に用意しているので好きに使ってほしいと王女は言う。
どのような内容の手紙か限定はしない。その手紙を読んで、誰に頼むかを決めたい。
王女は無邪気に見える笑顔でそう言ったが、選考の基準などは一切口にはしなかった。ルークが尋ねても「私に伝えたいことを書いてくれればいい」とだけ答える。
「では、お部屋を移動して――」
「お待ちください」
王女の言葉を遮り手を挙げたのはララだった。
ララはリゼットをちらりと見ると「お願いがございます」と王女に頭を下げた。
「公平を期すために、手紙にサインや、印章を使うなど、個人を特定するようなものを入れないようにすることは可能でしょうか」
リゼットはそのお願いがどういう意味かすぐにはわからなかったが、ルークや王女、侍女たちにはわかったらしい。
ルークは「おい」とララを止め、王女は笑顔のまま首を傾げ、侍女たちはララを睨む。
ピリリと空気が変わったのを感じたとき、侍女のひとりが口を開いた。
「それは……王女殿下が特定の人物を優遇するかもしれないとおっしゃりたいのですか?」
明らかに批難している侍女の言葉に、ララは怯むことなく「その通りです」と答え、更に部屋の空気を悪くした。
「あくまで可能性の話です。そういった憂いなく、選考に臨みたいので」
「モニエ殿、さすがに王女殿下に対し不敬が過ぎるのではありませんか?」
「いいえ。私は選考のやり方について意見を申し上げているだけです。複数の候補者から選ぶのであれば、やり方は公平であるべきではございませんか?」
まったく引く様子のないララに、リゼットはただただすごいと感心した。
自分なら、こんな風に王女付き侍女と真っ向から言い合うなんて、とても出来ない。
つい隣にいたルークに「ララさん、すごいですね」と言うと、なんとも微妙な顔をされた。
「わかっていないのか? 君のことで揉めているんだぞ、ハロウズの弟子」
「……え?」
まさか自分が原因だとは思いもしなかったリゼットは、勢いよくララを振り向く。
侍女たちに囲むように睨まれながら、王女に真っすぐ目を向けているララがそこにいた。
(あ……そうか! スカーレット様は王女様の叔母に当たる方で、私はそのスカーレット様の弟子だから)
三蹟それぞれの弟子という立場は同じ、としか思っていなかったリゼットはポカンとしてしまう。
まさかスカーレットが師であることで己が優遇されるなどとは、微塵も考えていなかったのだ。
だがそういうことなら、ララの主張も間違ったものだとは思えない。
一体どうなるのだろうと成り行きを見守っていると、王女は侍女たちをなだめ「いいでしょう」とにこやかに手を叩いた。
「手紙には、個人を特定する情報は書かない。印章も使用しないことをルールとします。それでよろしいかしら?」
「はい、王女殿下。ご配慮いただき感謝申し上げます」
「気になさらないで。もともとスカーレット叔母様には、優遇どころか自分の弟子は特別厳しく見て構わないと言われているの」
人にもご自身にも厳しい方だから、と王女は微笑む。
リゼットはスカーレットが言いそうなことだ、と苦笑いした。だが、それだけリゼットの力を認めてくれているのだと思うと背筋が伸びる。
いつだって凛としたスカーレットの姿を思い出し、彼女に誇りに思ってもらえるような人間になろうと改めて心に誓った。
ララはというと難しい顔をして黙りこんだが、ルークに腕を引かれ一歩下がるよう促されている。
王女は満足そうにうなずき、手で扉を示した。
「では、隣室に移動なさって。あなた方からのお手紙、楽しみにしています」
やはりとても年下とは思えない王女の貫録に、リゼットたちはただただ恐れ入りながら試練の部屋に向かうのだった。