筆休め【秘された手紙】
年などとるものではないと、スカーレットはしみじみ思う。
最近少し寝つきが悪かったのもあるが、商談の途中から頭痛がし始め、スカーレットは仮眠をとることになった。
呼びつけておきながら早々に帰してしまうことになったジーンには申し訳ない。
そのジーンの見送りをリゼットに任せてしまったのも申し訳なかった。あの子ならきっと上手くこなすだろうけれど。ジーンもリゼットを気に入ったようだった。
部屋まで送ってくれた孫が出て行こうとするのを、スカーレットは呼び止めた。
伝えるべきか迷ったのは一瞬で、大切なことは何か、優先順位は何かを考え口を開く。
「ウィリアム。リゼットが出かけるとき、出来る限りお前に付き添ってもらいたい」
スカーレットにも護衛はいるが、人員は然程多くはないし、軍で大佐を務めるウィリアムほどの力を持つ者もいない。
フェロー子爵から奪うように連れてきたとはいえ、一応リゼットを預かっている身だ。万が一のことがあってはいけない。
そうなれば子爵、ダニエルに申し訳が立たないし、セリーヌにも顔向けできない。
「元々そのつもりですが……何かあったのですか?」
「……リゼットに秘密にできるかい」
「話によりますが」
スカーレットはため息をつき、侍女ソフィアに手紙を持ってこさせた。
それはリゼット宛にスカーレットの邸に届いた四通の手紙だ。差出人はすべて同じ人物で、内容もほぼ変わらない。
「読んでみな」
ウィリアムがいぶかしげな顔をして手紙を受け取り、読み始めてすぐに顔を険しくさせた。
気持ちはわかる。スカーレットも読んでいてどんどん気分が悪くなった。
「差出人は……シャルル・デュシャン?」
「調べさせたところ、デュシャン伯爵の二番目の息子で、リゼットの幼なじみのようだ。近衛騎士として王太子宮に配属されているらしい」
「ええ。それから夜会でリゼットの義姉をパートナーにすることが多く、周囲から婚約者のように認知されているようですね」
「お前……知っていたのか、ウィリアム」
スカーレットの自慢の孫は「先日ふたりが一緒にいるところを目撃したので」と、手紙の便せんから目を離さずに答える。
シャルル・デュシャンからの手紙には、なぜ自分に黙って家を出たのか、なぜ手紙の返事をくれないのか、他人の家に居候をするなら自分の家に来たらいい、というようなことが書かれている。
その文面はリゼットを心配するようでいて、その実リゼットがスカーレットを頼ったことが許せず、自分の手元に取り戻したいという心情が透けて見えるようだった。
リゼットを大事にしない家族からは自分が守ってやるようなことも書いてあるが、それならばもっと早くに出来ただろうと言ってやりたい。
四通目は今朝届いたが、リゼットからの返事がないことにかなり焦り、苛立っていることがうかがえた。返事がないのもリゼットが自分に会いに来ないのも、スカーレットに行動を制限させられているからだろう、必ず助けてやる、というようなことも書いてある。
「この手紙、リゼットには?」
「見せていないよ。何だか自分の都合の良いようにリゼットの思考を決めつけているような感じがしたからね」
「お祖母様の判断は正しいと思います。あの義姉と行動をともにしている時点で信用ならない」
「あのやかましいメス猿か。確かにね。あれと上手くやれる奴はロクな人間じゃないだろう」
「同感です」
低くうなるように言って、ウィリアムはシャルル・デュシャンの手紙をぐしゃりと握り潰した。
一応「おやめ」と注意して、手紙を取り戻す。
侍女に手紙のシワを伸ばすように言って片付けさせた。
「あんなもの、捨ててしまって構わないでしょう」
「一応リゼット宛の手紙を私たちがどうにかするのは良くない」
「あれをリゼットに見せるつもりですか?」
「まさか。リゼットが少しでも幼なじみがどうしているかを気にしたり、会いたいと言うようなことがあれば別だが、いまのところは考えていないよ」
自由と目標を得て、毎日前向きに邁進しているリゼットに、余計な負担や心配はかけたくない。
いまは目の前のことにだけ集中させてやれる環境を整えるべきだ。
その為にスカーレットは持てる力はすべて振るうつもりでいる。
「だが……何となく、この男は思いこみが激しそうだし、それが悪化すると何をしでかすかわからない種類の人間な気がする」
「リゼットに危害を加える可能性があると?」
「そうならないことを願うが……」
「わかりました。リゼットが出かける際は私をお呼びください。私が向かえないときは、部下を送ります」
「軍を私物化していると言われるよ」
「公爵家の私兵を使ってもいい。この邸の警護を増やすように手配もしましょう」
できる男は判断も仕事も早い。
スカーレットは安心して「頼んだよ」と孫に託すことができた。
「もうお休みください。リゼットが心配します」
「そうだね。ここ連日、あの手紙のおかげで寝つきが悪かったから、少し休ませてもらうことにするよ。すまないね、ウィリアム」
ウィリアムは何をいまさらとでも言うように片眉を上げ、お任せをと優雅に礼をし部屋を出ていった。
優秀な孫が、スカーレットの悩みを半分以上引き受けてくれた。
あとスカーレットに出来るのは、王太子宮の主である甥に探りを入れることで、シャルル・デュシャンに遠回しな牽制をすることくらいか。
デュシャン伯爵とは付き合いはないが、スカーレットの交友関係の中には、伯爵と繋がりのある人物もいるだろう。そこから接触を図るという手もある。
リゼットはすでに、スカーレットにとって大切な家族であり、愛すべき弟子、そして守るべき代筆者だ。
スカーレットは一度懐に入れた者への愛情が深い。自分が愛する者の邪魔をする輩や害をなす者に容赦はしない。
リゼットは必ず幸せにする。これは決定事項である。
リゼットとウィリアムの、甘酸っぱい様子を思い出すと自然と笑みがこぼれる。
スカーレットにとって大切なふたりが、一緒になってくれればいちばん嬉しいのだが。
その辺りは余計な手出しは無用だろう。
他人の恋路に余計な世話を焼く者は妖精に呪われる、ということわざがある。妖精に呪われてしまってはたまらないので、スカーレットはただの老人として若人たちを見守るのみだ。
頭痛が少し軽くなったのを感じ、バラの女王はようやく安心して眠りにつくことができたのだった。




