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13通目【小さな友人】

 


「え……で、では、本当に私は妖精の力がわかってしまった……?」

「そうだ。リゼットは妖精の力を見分けることが出来る。それが出来るということは、リゼットにも同じ力があるということだ」



 スカーレットはまるで悪戯が成功した子どものような顔で、ニッと笑った。

 一瞬何を言われたのかわからず、リゼットはぽかんとしてしまう。

 腕を組みながらこちらを見ているウィリアムと、スカーレットの顔を交互に見て、リゼットは自分を指差した。



「わ……わたしにも、ですか? 妖精が? え? ……ええっ⁉」



 まさか、スカーレットの冗談だろう。

 そう思ったリゼットだったが、ウィリアムに「驚くことか?」とあきれられてしまった。



「お祖母様がなぜ、お前ならわかると言ったと思ったんだ?」

「え……それは、私がとんでもなく手紙を偏愛しているから、でしょうか」

「まぁ……それは、間違いではないな」



 手紙への愛を認めてもらえたとリゼットが照れると、ウィリアムは「むしろそれが正解なのか……?」と真顔で呟いた。

 スカーレットは先ほどリゼットが書いた星空の手紙に目を落とし、しばらく考えこんだあと口を開いた。



「恐らくだが、リゼットの力は“祝福”だ」

「祝福……?」



 おめでとう、と祝う祝福のことだろうか。

 自分が書いた手紙を受け取った相手が、祝われた気持ちになる? 想像しても、いまいちピンとこない。



「祝福と言っても、教会でやる祈りのほうだ。神からの恵みを授かりますようにと、幸福を祈るあれのことさ」

「つまりリゼットの力は恩寵ということですか」



 そういうことだとスカーレットはうなずくが、リゼット本人はちっともどういうことだかわからない。

 良いことがあるようにと祈ることだろうか?

 それはつまり、おまじない的なものということだろうか?



「ええと……ということは、これまで私が“この人に良いことがありますように”とか“願いが叶いますように”とか、そう祈ったことが現実になっていた……?」

「それは少し違う。リゼットの“祝福”が手紙を受け取った者にどんな結果を与えるかは、その者次第だ」



 スカーレットはそこで、自分の力の話を聞かせてくれた。

 スカーレットの宿す妖精の力は“愛”だそうだ。スカーレットからの手紙を読んだ者は、時には恋が愛へと高まり、時には消えかけた愛が再燃し、誰かを愛し慈しみたくなるのだという。

 しかしその愛を相手に上手く伝えられるかどうかは本人次第であり、必ず恋が成就するとか、別れたあとに復縁を約束するなど、そういうものではないのだとか。



「きっかけにはなるが、絶対ではない。そこまで強制力のある力ではないから、安心しなさい」

「はい……」

「お祖母様の言う通りだ。例えばリゼットが“この人の復讐が果たせますように”と祈ったとする。もしそれで誰かの復讐が叶い、別の誰かが死んだとしても、それは君のせいではない」

「そんな恐ろしいことは祈りません……」



 たとえ話だ、とウィリアムに睨まれ、リゼットは笑った。

 軍人らしく励ましてくれたのだろう。


 未来を切り開くのはその人自身。

 ふたりのおかげでそれが伝わり、リゼットはほっとすることができた。



 ***



 すっかり夜が更けた頃、リゼットは子爵邸に戻ってきた。

 だがひとりではなく、スカーレットとウィリアムも一緒だ。迎え出た使用人たちがギョッとしていたので、少し申し訳なくなった。

 なぜスカーレットたちがついて来たかと言うと、リゼットに子爵邸を出てはどうかと提案してくれたからだ。



「継母に部屋に閉じこめられたんだろう? また同じことをされるとも限らない。リゼットの安全のためにも、うちに来ないかい」



 突然のことに驚きすぎて、リゼットはなかなか言葉を発することができなかった。

 スカーレットと一緒に住む? 長年住んだこの家を出て?

 だがスカーレットとは今日会ったばかりだ。亡くなった母の師だとしても、リゼットとスカーレットが血のつながりのない赤の他人であることに変わりはない。

 それなのにいきなり一緒に住むなんて許されるのだろうか。


 しかし遠慮するリゼットに「そうしたほうがいい」と強く言ったのはスカーレットの孫であるウィリアムだった。



「今日は監禁だったが、次は拘束もあるかもしれないぞ」

「さすがにそこまでは……」

「なぜそう言い切れる? 奴らは反省しているようにも見えなかったし、父親も当てにはならないんだろう?」



 人の家族に随分な言いぐさだが、心配されているのをひしひしと感じるので嫌な気持ちにはならなかった。なぜだか少し、くすぐったい気分だ。




「それに君も次は何をしでかすかわからない。今日は窓から落ちてもおかしくなかった。次は屋根からだってありえる」

「ありえません。何があったら屋根に上ることになるんですか……」

「戦場ではそういうこともある」

「私は戦場に行く予定はないと言いました……」



 ウィリアムの軍人ジョークはわかりにくい。


 大丈夫だと言ったが、ふたりは譲らなかった。

 結局、代筆者に怪我でもされては困ると言われたのが決め手となり、リゼットは荷物を取りに一度子爵邸へ戻ることになったのだ。

 家族には反対される予感しかないが、それもふたりが何とかしてくれると言う。

 ありがたいが、リゼットも自分で話すつもりだ。自立したい、その一歩なのだと伝えれば、きっと理解はしてくれるはずだ。


 ウィリアムが壊したリゼットの部屋の扉は、すっかり直されていた。

 継母が、父に見つかる前に証拠隠滅したのだろう。扉のない部屋で眠るのは嫌だなと、家を出たとき思ったので良かった。



「狭いし、窓は小さくて薄暗いし、こんな所でお前は生活していたのかい」

「慣れればなんてことはありません。でも、部屋をここに移されたばかりの頃は、怖くて寂しくてよく泣いていました」



 母が亡くなり、新しい母が来て、でもその人には疎まれていることがわかり、何度心がくじけそうになったことだろう。

 その度にリゼットは母の手紙を読み、筆跡を真似たり、送り方のわからない母への手紙を何通も何通も書いたりして過ごした。



「……そういえば、この部屋で私、妖精さんを見たかもしれません」



 ふと、遠い記憶がよみがえり、リゼットは窓の下のあたりでうずくまりながら、床で手紙を書いていた自分の幻をそこに見た。



「時々、手紙を書く私のそばに、小さな姿がありました」

「それは妄想ではないのか?」



 ウィリアムに問われ、リゼットは「私もそう思っていました」と答える。

 あまりにも寂しかった自分が作り出した、妄想の小さな友だちだったのだろうと。



「あれが本当に妖精さんだったかはわかりません。いつの間にか見えなくなってしまいましたし。でも、私はあの妖精さんの存在に救われていました」

「きっとそれは妖精のはずだ。私も幼い頃に何度か見かけたことがある」

「お祖母様も? そんな話は初めて聞きましたが」

「言ったところで、お前は“幻覚ですね”としか言わないだろう」



 スカーレットに容赦なく指摘され、ウィリアムはムッと口を閉じた。

 確かにウィリアムは言いそうだ。先ほども妄想ではと似たようなことを言っていたし。



「だが、私の場合は妖精の残像を見ることがある程度だった。さっと机の下に隠れるお尻が見えたとか、本棚の裏に逃げこむ羽が見えたとかね」

「やっぱり、妖精さんは恥ずかしがり屋なのでしょうか?」

「さあ。そうかもしれない。だが、リゼットは全体をはっきり見たことがあるんだろう? とても愛されているんだろうね」



 スカーレットに言われ、そうだったら嬉しいなとリゼットは笑顔になる。

 あの頃は、本当に毎日がつらくて寂しくて。小さな友だちが時々姿を見せてくれるのを心待ちにしていた。彼、もしくは彼女がいたからくじけそうになっても耐えられたのだ。

 スカーレットが言うには母も恐らく同じ力を持っていたそうなので、もしかしたら母についていた妖精が、自分の元に来てずっと寄り添ってくれたのではないかと、そんな都合の良いことを考えた。


 元々少ない私物をまとめると、鞄一つにしかならなかったことに驚かれた。



「たったこれだけ?」

「はい。服は普段着が数着だけですし、本はスカーレット様のお屋敷にもあるものばかりでしたから。文房具は元々持ち出していましたしね」

「ありえないね。足りないものは後でそろえるとしよう。あと持ち出したいのは文机だけだね?」

「業者を手配します。明日中に届くでしょう」



 ということは、早くも家を出る準備が整ってしまった。

 あとは家族が帰ってくるのを待つだけだと思っていると、ちょうどその彼らが夜会から戻ってきたようで、階下が騒がしくなる。



「では、行こうか」




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