92通目【探る者】
そう言うと、デイヴィットががしりとリゼットの右手をとって握りしめてきた。デイヴィットの両手はとても大きく、骨ばっているが美しい。あの繊細なドレスを創り出している、職人の手だ。
大事な手なので、シエルはその手を踏みつけるのをやめてあげてほしい。
「ってことでリゼットちゃん、またうちのショップカードに代筆をお願いしたいの!」
「それはもちろん、構わないというか、むしろぜひやらせていただきたいのですが」
「ありがとう! リゼットちゃんはうちのショップカードを代筆する、私はリゼットちゃんのドレスを作る。それぞれの仕事をそれぞれ対価にする。何てウィンウィンな関係かしら~」
「……えっ? 対価って、まさかこのドレスたちの対価が、ショップカードの代筆で良いということですか?」
いくらお友だちとはいえ、あまりにもつり合いが取れていないのでは? 戸惑うリゼットに、デイヴィットは「ノンノン」と指を振った。
「代筆で良い、なんて言っちゃダメ。リゼットちゃんたら、自分のお仕事の価値がまるでわかっていないのね! あなたの綴る文字にはとんでもない価値があるのよ! この王都一の仕立屋であるアタシが作るドレスと同じくらいにね!」
「デイヴィットさんのドレスと同じくらい、ですか?」
「あのねリゼットちゃん。あなたが代筆してくれたショップカードを使ったら、何とその日以降、お店の売り上げが五倍になったのよ……!」
「ご、五倍ですか?」
「そう、五倍よ、五倍! あのカードのメッセージを読んだお客様から、何だか勇気をもらったって評判で! 依頼が次々舞いこんでるの! たくさん書いてもらったカードももうなくなっちゃったから、今回呼ばれなくても近々代筆をお願いしに来るつもりでいたのよ~」
興奮して語るデイヴィットの言葉に、マノンたちが「売上五倍?」「代筆の効果で?」と戸惑っている。それはそうだ。まさか代筆、つまり文字の力でそんな奇跡が起こるなんて考えもしないだろう。
シエルは『当然でしょ』となぜか偉そうにふんぞり返っているけれど。
デイヴィットに喜んでもらえたのは嬉しいが、何よりもあのメッセージを読んだデイヴィットの顧客の力になれたことが嬉しい。ショップカードなので返事はもらえないが、デイヴィットから話を聞いただけで幸せな気持ちになった。
「リゼットちゃんは自分の力を過小評価し過ぎね。もっと正しく理解しなきゃ。少なくとも、あなたに依頼をする方々は、みーんなあなたの実力を認めて信じて仕事を任せてくれているんだから」
「デイヴィットさん……。おっしゃる通りですね! 自信を持たなきゃ、依頼してくださる皆様にも失礼ということですね!」
「そうそう! そういうことだからこの取引、受け入れてもらえるかしら?」
「はい、ぜひ! よろしくお願いいたします、デイヴィットさん」
友として、働く者として、固く握手を交わす。この大きな美しい手に負けないよう、自分も立派な仕事をしようと胸に誓った。
「っていうか、リゼットちゃんのドレスはなるべくアタシが作りたいのよ~! リゼットちゃんのことを考えると、アイディアが溢れて止まらないの! お願いだからいっぱいドレスを作らせて、アタシのミューズ!」
またデイヴィットにがばりと抱き着かれそうになったが、なぜか足がもつれたように彼は派手にすっ転んだ。リゼットと使用人たちが慌てて彼に手を差し伸べるが、本人もなぜ転倒したのか理解できない様子。
デイヴィットを転ばせた犯人は『油断も隙もない』と文机の上のソファで、小さな人差し指を振っていた。
デイヴィットは持ってきたドレスのデザインをひとつひとつ説明し終えると、今度はデザイン帳を見せてきて、リゼットに何か要望はあるかと聞いてくれた。こんなイメージでと伝えると、その場でサラサラとデザインを描くデイヴィットの手は、まさに魔法の手だ。素敵なリクエストもしたので、完成が楽しみである。
当主になったリゼットのために、いくつもドレスを持ってきてくれたデイヴィット。その恩に報いようと、リゼットもその場で可能な限りショップカードに代筆をさせてもらった。
「うちの店に来たとき、リゼットちゃんが提案してくれたのを覚えてる?」
そう言ってデイヴィットが見せた新しいショップカードは、蝶の形をしていて、閉じても羽をたたむ蝶に見える素晴らしくおしゃれでかっこいいものだった。
「わあ……素敵ですね! お店のイメージにぴったり!
「でしょう? これもリゼットちゃんのおかげ。ショップカード目当てのお客様が増えたら、責任とってちょうだいね?」
デイヴィットの冗談に笑いながら、リゼットは誇らしい気持ちで、最初のとき以上に想いをこめて代筆をした。蝶の軍服のドレスを着る人たちが、勇気と自信を持って美しく舞えるようにと。
デイヴィットは「アタシの女神【ミューズ】はやっぱり最高だわ!」と上機嫌で、最後にリゼットの頬にむっちゅうと口づけをして去っていった。シエルが怒りの表情でデイヴィットの髪のセットを乱し、リゼットの頬をごしごしと拭ったのは言うまでもない。
「リゼット様は、素晴らしいお仕事をされているのですねぇ」
デイヴィットを見送ったあと、もらったドレスたちをしまいながら、マノンが感心したように言って微笑んだ。
「本当ですね。セリーヌ様もいつも何か書かれていましたが、あの方は趣味でされていました。リゼット様は好きなことをお仕事にされたのですね」
「そうですね……私にとっても手紙を書くのは趣味のようなものでした。いまでもそうです。お仕事じゃなくても、手紙は読むのも書くのも好きですから。でも、私にも誰かの力になることが出来ると思ったら、そうせずにはいられなかったんです」
仕事だと誇りを持つことは大切だと思うが、手紙を書くときに仕事とそれ以外の区別をつけることはない。仕事でも、趣味でも、手紙を書くときはただひたすらに相手のことを考えている。
手紙でひとを幸せにすることが、いつだってリゼットの目標なのだ。
「何とご立派になられて……っ」
「まぁ。皆さんそんな、泣くほどのことじゃ……」
それぞれハンカチを取り出して涙を拭うモルガンたち。どうやら彼らにはリゼットが幼い頃とそう変わらないように映っていたらしい。
デビュタントを迎えたばかりではあるが、少しは成長したと、頼もしい当主だと思ってもらえただろうか。
「これは父君にご報告しなければなりませんね」
「ええ、ええ。きっとお喜びになられますね」
「えっ。ち、父には私が自分で手紙を書きますから!」
「もちろん、リゼット様直筆のお手紙を、父君はいちばん楽しみにされていらっしゃいますよ」
「ええ、ええ。泣いてお喜びになられるでしょうねぇ」
まるで孫の成長を喜ぶ祖父母のようだ。実の娘と息子があきれた顔をしているが。
しっかりした当主への道のりは遠いようだと、リゼットは苦笑いする。
それにしても、デイヴィットが去り際に言ったことが気になる。
『ショップカードが評判になって、一見さんが来ることも増えたんだけど、その中に明らかにドレス目当てじゃない客がいたりするのよ~』
『ドレス目当てじゃない……? じゃあ、その方は一体何を目的にお店に?』
『あなたよ、リゼットちゃん。リゼット・フェローが書いたショップカードはもらえるかとか、リゼット・フェローはよく店に来るのかとか。どこのへぼ密偵よってくらい探りを入れていたわ』
基本、【蝶の軍服】は一見さんはお断りだそうで、その客もすぐに追い払ったと言う。リゼットが有名になってきて、今後無理に会おうとする人が現れるかもしれないと、デイヴィットは心配してくれた。
『何だか嫌な感じがしたし、くれぐれも気を付けてね』
そう言われたが、自分に会って何か得があるだろうか? いまいちピンとこない。きっと爵位を継承したばかりのいまだけだろう。
気にはなったが、そこまで重くは受け止めず、マノンたちと一緒にドレスを収納するのだった。
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