自覚
あたしへの牽制の後、市川の佐伯君へのアプローチは鬼気迫るものがあった。
胸にちりりと痛みが走らないわけではなかったが、諦める術もすでに心得ていた。分相応というものが、平和に暮らすためには最も必要なことなのだ。恋の三各関係なんて、まっぴら御免こうむりたい。だけど……。
ロビーで談話している市川と佐伯を遠目に、あたしはさっさと部屋へと引き上げた。
部屋では品川さんがベッドに寝っ転がって雑誌を読んでいる。
「三国~、佐伯君はやめときなよ~」
「はあ? なに言ってんのよ。品川さん」
「あれは、あんたの手に負える男じゃあないわよ。すごく危険な感じがする」
「ああ、なんか半径3m以内に近寄ったら、妊娠しちゃいそうな感じするもんね」
今日はなんだかひどく疲れたような気がする。
私もぱふんとベッドに横になり天井に手をかざしてみる。
「はあ」
なんだか思わずため息がこぼれた。
「あらあら、随分と色っぽいため息ですこと。もう惚れちゃった……とか?」
「そう、かも……ね」
ただひどく疲れていた。
自分の心に仮面を被ることに。
「あはは……あたしバカだよね。佐伯君が好きだって気付いたときには、もう諦めなくちゃなんないなんてね」
今日のあたしはどうかしてる。
心が溢れて止まらない。
「品川さん……苦しいよぉ」
涙が頬を伝った。
とめどなく流れるそれは、ただ熱かった。
品川さんがあたしの頭をくしゃっと撫でた。
「ああもう……ほんとあんたはバカだよ。でもね、そう自覚してしまったんなら、自分の心を偽るのをやめな。きちんと全力で愛しきらないと、きっと次には進めない。市川に遠慮はいらない。お互いまだイーブンなんだから」
だけど、その授業料はいささか高くつきそうだ。と品川はその言葉を飲み込んだ。
「別にどうこうする気があるわけじゃなくって……その……。品川さんに聞いてもらってすっきりしちゃった」
あははと笑ってみる。
きっとあまりうまくは笑えていない。だけど、いつか心のそこから笑える日はきっとくるって信じてる。




