Sex抜きに、恋愛は成立するのか!
大学のすぐ近くにあるロフト付のお洒落なワンルームマンションにホームセンターで買った淡いオレンジのカーテンはあたしのお気に入り。
小物類はちょっと節約して100均で調達。
明日はいよいよ入学式なわけで、はやる期待に胸を膨らませつつ、窓を開けて夜空を見上げると夜風が桜の花弁をそっと運んだ。
「ねえ、諏訪さん。もう履修教科決めた?」
入学式で隣に座った品川さんという女の子。
快活でいて、理知的。同い年なのにどうしてこうも自分と違うのか。
だけどあたしは一目で品川さんを大好きになった。
今は大学のカフェテリアでお茶を飲みながら、一緒に履修教科を決めている。
「とりあえず、月曜の一限は一般教養の『西洋史1』ってのを履修しようかなって思ってるんだけど」
オリエンテーションで貰ったパンフレットとにらめっこしながら、あたしは品川さんにそう答えた。
「へえ、面白そうね。私もそれにしようかな」
品川さんは頬杖をつきながら、あたしの顔をじっと見る。
「ねえ、諏訪さん。彼氏いる?」
「い…いません、いません」
あたしはなぜだか赤面し全力で否定した。
品川さんの何もかもを見透かすような濃い茶色の瞳があたしを覗き込むと、なんだかどぎまぎしてしまう。
「うそ」
「うそじゃなくて…あの…ええっと」
あたしが本気で困っていると、品川さんはぷっと吹き出した。
「ああもう、可愛いなあ諏訪ちゃんは」
「あの…品川さんは彼氏いるの?」
そう問うと一瞬品川さんの顔が曇ったような気がした。
品川さんは白磁のコーヒーカップに視線を移し、小さく呟いた。
「彼氏だったら…いいんだけどね」
その日の午後は、品川さんと一緒に「女性の体と健康」という授業を受けることにした。
人気の講義らしく、150名入る大教室にはすでに多くの生徒が着席している。
やがて本鈴とともに教授が姿を現した。日によく焼けた女性の教授で、化粧っ気はあんまりないが、目鼻立ちの整ったなかなかの美人である。教授という肩書き上ある程度年齢がいっているといえばそうなのかもしれないし、若いといえば若いのかもしれない。そういうわけで年齢は不詳。
姿勢の良いしなやかな四肢によく映えるパンツスーツに身を包み、小脇になにやら小箱を抱えている。
「こんにちは~今日から半年間この授業を担当させていただきます、泉原です。で、今日は私のコレクションを持ってきました!」
自己紹介もそこそこに、教授は小脇に抱えていた小箱を開け皆にまわしはじめた。
一見シャンプーや化粧品の試供品みたいな包みに、英語やら中国語…中にはミミズののたつくような文字の羅列で何か書いてある。
「これって…」
隣で品川さんが意味ありげに笑う。
不意に先生がその箱の中のひとつを取り上げ、包装の袋を破いた。
なんだか中からゴム製の輪っかみたいなものがでてきて、それを皆の前に掲げて見せる。
「これ何かわかる?」
そして箱に一緒にはいっていた試験管に、器用にそれを被せた。
「先っぽに空気が入るから、先の部分は指で掴んで少し捻るのがコツよ」
そのリアルさにあたしはなんだか赤面してしまう。
実はあたしがその実物を見たのは、これがはじめてだった。
「実はこれ、私のコレクションで世界のコンドームなのです」
そんなツカミの後、講義はそのタイトルの通り、女性の体のメカニズムやら妊娠やらの話となっていく。だけどだからといって「Sexするな」というんじゃなくて、「やるなら安全にやりなよ」というニュアンスで講義は進められていた。
黒板の板書をノートに写しながら、あたしの思考はSexに思いを馳せる。
あたしは幼い頃から、夫婦間以外でのSexは罪だとずっと教え込まれてきた。
キリスト教思想を抜きにしても、Sexは夫婦間でやるものだとあたしは思う。
エイズや妊娠のリスクもあるし、不倫なんて不毛だと思うし。そもそも結婚したパートナーに浮気されたらその人はどんなにつらい思いをするだろう。
人は与えられた伴侶とともに性を営むのが一番平和で安全だと思うのだけどなあ。
だけど世界には一夫多妻の文化だってあるし…。
愛する人に自分のほかに奥さんがいたら、果たして嫉妬しないでいれるんだろうか。
なんてことを考えてみた。
授業が終わってから、思い切ってあたしは品川さんに聞いてみた。
「品川さんは彼氏とSexするの?」
品川さんはクスリと笑って答えてくれた。
「そりゃあ、するわよ」
「どうして?」
一瞬間があいて、品川さんは答えを探すようだった。
「好きだからよ」
あたしは小っちゃい子供みたいに、なおも尋ねる。
「どうして好きだったら、Sexするの?さっきの授業でもいってたじゃん。いくらコンドームをしてたって、女の人は妊娠のリスクを負うわけでしょ?なのになんで簡単にSexを受け入れちゃうの?」
そう問うと品川さんは寂しそうに笑った。
「求められて応じてしまうのは、本当はその代償に彼の心が欲しいからかもしれない」
あたしはなんとなく不安になった。
「Sexを抜きに、恋愛は成立しないの?あなたのことは好きだけど、結婚するまで待ってって…そんな恋愛はできなのかなあ?本当に相手を大切にするってそういうことでしょう?」
多分品川さん以外の人にこのことをいったら「何十年前の思想だって」あたしは鼻で笑われてたと思う。
だけど品川さんは笑わなかった。
「本当は、そんな優しい関係がお互いに築けたらいいのにね」
春の風があたしたちの間をすり抜けてゆく。
「でもね、知ってしまうと私も身体が求めちゃうの」
そういった品川さんの唇はなんだか妙に艶かしかった。




