二人の境界 2
荷物はやっぱりすぐに纏まってしまい、手持ち無沙汰になったから、二人で一つのソファに並んでヴィンテージムービーを見た。
エンディングにはヒーローとヒロインがウエディングを飾り、一生を寄り添い合うことを誓っていた。
「チープな内容」
一言で評価を下して、テオはモニターを落とした。
「……」
「……」
二人とも、ソファから立ち上がろうとはしなかった。
これも長く一緒に過ごしたからだろう、言いたいことがあるのだと、なんともなしに分かった。
「テオ」
「……ん」
背もたれに肘を突いて、無愛想に返事をする。
「……わたし、降りない」
「……」
どうして、驚いていないのだろう。
決まっている。
感づいていたからだろう? だって、家族なんだから。
それでも、この胸にフツフツと湧く、怒りとない交ぜになったやるせなさはなんだ。
「……なんでだよ」
「……」
なんで黙るんだ。
言ってくれよ。
「ツクモ!」
テオが糾弾すると、ツクモはやっと顔を上げて、答えた。
「信じて、みたい」
赤い目には意思が燃えていた。
ツクモの手が彷徨い、テオの手を握る。
「ッ!」
伝わる。
ツクモの意思が、テオの心の光に触れている。
「信じてみたい。きっと気づいてくれるって、触れあえるって、手を伸ばして待ってみたい。諦めたくない」
テオがツクモの心の導になったように、その役目を彼女は引き受けようとしているのだ。
「無茶だ……。特別なのはツクモだけだ。他のヤツらは、自分以外なんてどうでも良いって思ってる。触れようとするお前の手を傷つけるに決まってる」
それでもかと、言う前にだった。
「それでも、だよ」
強い決意で触れて、ツクモは伝えてくる。
ああ、どうしようも無い。
彼女は決めてしまっている、そこに一分の揺らぎだって無い。テオの言葉が入り込む隙間が無い。
どうして、
「なんでだ! どうして、そこまでツクモがしなくちゃあいけないんだよ!」
「それは……」
彼女は微笑んだ。
大切な宝石箱の蓋を開ける様に、その心の内の深奥を、テオに覗かせたのだ。
「あっ……」
ああ、そんな、そんなことが……、
「ああ、……」
なんてことだ、こんなことが、あっていいのか。
呆然と、声を震わせて、テオはすがるようにツクモの肩を抱いたのだ。
「ボクの、せいなのか?」
ツクモはテオのそれぞれの手に自分の手を重ねて、ゆっくりと首を振った。
「テオが、愛してくれたおかげだよ」
声を詰まらせる。
奥歯を噛み締める。
全ては、テオが与えたせいだった。
最初は疎んだ。
次には優越を感じた。
かつて自分に在った命への脆弱さを、克服した立場から見下し、面倒を見た。
恐怖し、嫉妬し、拒絶した。
そうして過ごした日々を経て、彼女をついに愛することができた。
ツクモはテオが手に入れた、たった一人だけの家族になった。
その愛が、彼女に希望を植え付けてしまった。
それほどに、彼女は、ツクモはテオと紡いだ心を大切だと思ってくれた。
だから、彼女はそのちっぽけな希望だけを根拠に、この絶望だけが蔓延る地上を一人きりで歩いて行こうとしている。
きっといつか、誰かがツクモの声に気づき、この愛情を共感し逢える未来を信じて。
ああ、なんて眩しいのだ。
あの日、テオが憧れた星よりも、彼女の光は煌々としている。
憧憬してしまった。
じゃあ、もう、ほんとにどうしようも無いんだ。
「きっと辛い思いをする」
「うん」
「昔よりもっと傷つくことになる」
「うん」
「それで、たくさん泣いて、それから、たくさん血を逃して、それから、それから……」
「うん、分かってる。分かってるよ」
テオの言葉にツクモはひとつずつ頷いた。
だかれど、ツクモの心はとうとう変えられなかった。
だったらせめてこの想いを、
テオが捧げられるありったけの心を!
少女の矮躯を引き寄せ、強く、強く強く、抱きしめた。
「ツクモ!」
嗚咽混じりに、名前を呼ぶ。
それから、髪に、キスを落とした。
「……うん、ありがとう。おにいちゃん」
自分の腕の中に収まる少女。
テオのたった一人だけの家族。
限りがあるのなら、今は、今だけは、このいまだけは……。
今日は、雪が降っていない。
島の中央エレベーター施設には人が集まっていた。一足先に理想郷に行く者たちに憧れと嫉妬の視線を向けている。
自分のカードを翳して、テオは人の群から抜け出した。
背中に突き刺さる視線を感じながら、エレベーターに乗った。
RU-RURU RU-RURU
フェンスが降りて、ゲートが閉まる。
地上が閉じていく。
「ツクモ……」
扉の隙間に、見送りにきた彼女の姿を見つける。
自分だけとっくに回復してしまったから、同じだけ泣いたのにテオばっかり目元が腫れている。
彼女は眉根を寄せて、顔の横で小さく手を振った。
テオは、気を抜けば駆け戻りそうになる足を踏ん張った。
ずっと、分かっていた。
テオではツクモに寄り添うことは出来ない。彼女の命とテオの命はあまりにも違いすぎる。それは、昔から分かりきっていた。
彼女に選んではいけないと言ったのは、自分だ。
姿は変わらなくても、彼女は成長し強くなった。
自分の意思で自分の理想を掲げられるほどに立派に、強くなったのだ。
家族だとしても、いつまでも一緒に居られる訳では無い。
彼女がテオの元から巣立つ日が来た。そういうことだ。
彼女だって、もう立派に大人なんだ。
だから、――
「――ッ!」
かっしゃん
フェンスに阻まれ、テオが伸ばした手は扉に届かなかった。
中指の数センチ先で、地上は閉ざされた。
エレベーターが動き出す。
注意アナウンスが放送されたが、マトモに聞こえやしなかった。
へなへなと、テオはその場にくずおれた。
見てしまった。
扉が閉まる寸前に、テオは見てしまった。
眉根を寄せて、作った笑顔の横で手を振ったツクモが、堪えきれずに流した一滴を見てしまったのだ。
「つくもぉ」
エレベーターは下る。優しい闇の中へ降りていく。
「つくもぉ!」
地上は遠く離れていく。
テオは、たったのひとりきりだった。
「ツクモ……」
名前を呼んだ。
地上に残した彼女の名前を、呼んだ。
彼女は一人で歩いて行く。
残酷な光の世界を、小さな希望だけを胸に抱いて歩いて行く。
「……」
涙を拭う。
立ち上がる。
「……さよなら」
テオが手に入れた最も大切な輝き。
たった一人だけの家族。
テオは彼女を想いながらいつまでも地上を見上げ続けた。
おしまい
本編はここで終わったと思ってください。
ご愛読ありがとうございました。




