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デブリ


 街を歩けば、()()()()に出くわす。


 ()()()()はうだるような暑い日も、凍える冬の日だって構いやせずにものものしいマスクをつけて、映画のバイオ実験のシーンで登場するような、肌の見えないツナギの服を着ている。


 まるで無骨なロボットの様相をしている()()()()は、下水を掃除して、街のゴミを集めている。

 本来無人遠隔機(ドローン)で解決できるいくつかの仕事は、彼らのために残されていると言っても過言ではない。


 彼らがそんな格好をしているのは、見ている人間の覚える同情を軽減するためだと噂されている。

 政府の公式見解では、彼らの健康を維持するための適切な装備、と言うことらしいが、ハンドフリーの端末でコミュニケーションを取る時代に、たかだかバイタルサーチや位置情報を伝達する機器を積み込んだだけで、あんなにも無骨になるものなのか、甚だ疑問だ。


 誤解を生まないように言えば、彼らは別にディストピア世界に出てくるような労働奴隷というわけでは無い。きちんと日当は受け取っているし、生活や健康の保証を得ている。

 ただ、彼らには『管理』が必要だ。

 放逐していれば、彼らは場所も時も選ばずに、死んでしまうだろう。

 彼らは、生物よりも物に近い衝動を持つ者たち――『デブリ』なのだから。

 

   

 その異変は緩慢に起こったのだという。

 ある時期から、年間自殺発生率のグラフの右肩上がりが止まらなくなった。

 思いついたかのように窓から身を投げた者、手首を切った者、食べることを止めた者。

 これが異常な事であるという判断を下さざるを得なかったのは、彼らが皆、理由らしい理由を持ち得ていなかったことだった。


 『まあいいかな』と、いっそ無関心に、口を揃えて語ったのだという。


 彼らが、イジメを受けていたとか、生活に困窮していたとか、そういうことならまだマシだった。

 理由があるのなら、それを取り除いてやれば良いだけなのだから、世界は優しい。特にこの島国では、弱者には手を差し伸べる条例がいくつも制定されている。

 だが、彼らの衝動は唐突だった。


 例えば、マーケットで手頃なアクセサリーを見つけたから、みたいな感覚で、彼らは屋上の縁を蹴っていた。

 政府は彼らを新たに非保護対象として認識した。

 会社、学校でアンケートを実施して、その回答が基準値に満たない者を収容、器具などを用いた再検査をもって、『生存欲弱者』という社会で保護すべき精神患者の烙印を捺した。


 以降、彼らは各地域施設より派遣され、彼らの生命活動を阻害しない様、安全基準を十全に満たした上で、社会奉仕活動が義務づけられるようになった。

 傍から見れば五体満足な彼らを遊ばせておくことに対して市民が猛抗議したことと、増加をする『生存欲弱者』を養う経済力を持ち得なかったからである。


 幸い、彼らは良い労働者だ。

 生存欲求が無いと言うことは、身を労ることをしない。

 命じられた作業を命じられた時間、命じられただけ淡々とこなす。知能的な問題はないため、仕事を覚えることに弊害は無く、向上意識が無いかわりに、不満や文句は言わない。


 まさに理想の『労働者』だ。  

 そんな、泣きも笑いもせず、ただ死に向かって愚進する彼らのことを、いつのころからだろうか、だれかが呼び始めたのだ。


 人間の、人間らしさを捨てて残った『屑っ端(デブリ)』だ、と。



「いっそ、死なせてやれば良いのに」

 公園のくずかごをひっくり返して新しいバイオプラ由来の使い捨てシートを張っている灰色のものものしい彼らを遠目に、テオは呟いた。

 言ってから、それはやはり現実的では無いと考えを翻した。


 その死体を片づけるのは誰だ。

 個人の自由とは規定された範囲内での行動を示すものであり、あいにく我が国では彼らが衝動を全うすることを許していない。

 コミュニティに所属する以上、『個人』の所有権はそのコミュニティが保有する。

 彼らの親が、そのまた親が、未来のコミュニティの資産となることを担保にこの国での生存を許されてきた結果が今を生きる『個人』なのだから。


 その事実に不満があるのなら、ソイツは今すぐ『一人』になるべきだ。

 通貨の使用を止め、鉄骨とコンクリートの頑丈と安全を保証された家屋での居住を諦め、どっか、未開拓地域でターザンをやっていれば良い。

 いや、それにしたってコミュニティにとっては損失だ。

 生まれてきたのがどんなのであれ、その資産は使ってやらなくては採算が合わない。


 とはいえ、そんなことは結局テオにとってはどうでも良いことだ。

 重要なのは、『彼ら』がちゃんと社会貢献をしてくれて、テオを含めた『人間』はその分の仕事をしなくて良いということだけ。

 今は学生という身分のテオも、いつかは彼らが首をくくる縄を取り上げられ、代わりに畑を耕す鍬を与えられたように、ノートとペンを取り上げられて社会貢献の輪に加わるのかと思うと、少しだけ憂鬱になった。

 

 RURURU RURURU


 耳障りがよいHzに調律されたコール音。

 右腕のリング状デバイスから発せられる、テオの体組織を伝達する音波は、ほとんど公共を阻害しない。

 左手の指でデバイスの側面をドラッグする。

「はい、テオです」

 右腕のングは登録しているテオの声紋や、骨伝導で収集した情報を処理して通信相手にクリアな音声を伝達してるはずだ。

『―――』

「ええ、はい」

 相づちを打ちながらテオは、次のくずかごへむけて、のろのろと歩くデブリから視線を切り、歩みを再開した。


『―――』

「はい、約束の時間には問題なく到着しますから、ほら、もう施設が見えてますから」

 電話口の相手がそわそわしているのが、手に取るように判った。

 彼は一体何が気に入ったのか、数あるサンプルの中でもテオに執心している。

 『病気』から回復した例はほかにもあり、その中には世間にすっかり混じって『デブリ』を揶揄している連中もいるし、なんなら著書を出してその過去を売り物にしている者だっている。

 彼らに比べたら、あくまでテオは経過観察中で、未だに施設に定期的に往診している劣等生だ。


『―――』

「はい、でも博士は重大な研究で忙しいですから、ボクも必要以上にお邪魔するのは気が引けるんです」

『―――』

「ええ、ええ、判っています。こうしてボクがマトモな生活できるようになったのも博士の研究の成果であり、見守ってくださった福祉のタマモノです」


 かつて音声ガイダンス付きで通った道はすっかり馴れ親しんだものに変わっていて、分かれ道にさしかかっても問題なく最短のルートを勝手に足が選んでいた。

 だから、もうずいぶん前から見えていた建物はいよいよ目前にあった。


 意図的にカメラに顔を向けてやれば、問題なく検問は通過できる。

 知った顔に合えば会釈をすることと、通話を切りたがらない博士に相づちを打つことをこなしながら上目にチラリとフロアの表札を確認する。


『自壊衝動精神疾患 対策研究棟』


 巷では『デブリ』というスラングで呼ばれる彼らが患う、未だに解決できない社会問題にもなっている病気への対策を日夜研究する施設。

 生存欲求弱者の認定を受けた者は、隣接する病棟か、あるいはこの場所と紐付けされた地方の施設に預けられ、経過を見て支給されたスーツを纏い、派遣された先の社会福祉に従事する。中にはテオのように回復し、研究に協力しながら日常に戻る者もいる。


 病棟出身のテオにとってこの場所は生家よりもよっぽど馴染んだ場所だった。


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