十三話
天ヶ原さんは目に涙を浮かべ、俺の顔を見るやいなや胸元に飛びついてきた。彼女の涙で俺のTシャツがじわりと濡れる。
「もうっ! 私がおトイレから戻ってきたら突然いなくなってるんだからっ! すっごく心配しましたよっ!」
「ご、ごめんね。それよりどうしてここが分かったの? つかこの状況なに? なんでこいつが泡吹いて倒れてるわけ?」
感動の再会を果たしたのだが疑問が多すぎてまずそこから解消しなくてはならない。
天ヶ原さんが一旦俺から離れた後で。
「私は貴方様の眷属。いつでもどこでも貴方様の気配を感じ取って駆けつけますよぉ」
「それってストーカーなんじゃあ」
「そしてこれが私の武器ですっ!」
天ヶ原さんが鞄から取り出したのはスタンガンだった。それも玩具とかではなく本物のやつ。 先程ストーカーだとか言いかけた言葉を飲み込むように俺は生唾を飲んだ。あの餌食になりたくないし。
「とにかく、ルシフェール様がご無事でなによりでした。さぁもう帰りましょうか」
夕日を背に、彼女はにこりと笑う。
なんというか、天ヶ原さんは本当にたくましいな。俺だったら絶対足が竦んで動けないだろう。
後でお礼でも言わなくちゃなと思いながら先に進む天ヶ原さんに続こうとした。そんな時だ。
「あっ」
ふと、彼女を見て俺は気づいてしまった。そして気づいたからには俺の体は自然と天ヶ原さんに近寄っていく。
そして俺は後ろから彼女を抱きしめた。
「きゃっ! え?ルシフェール様? どうなされたんですか急に抱きついてきて……」
彼女も俺の突然の行動にびっくりしたのか可愛らしい悲鳴を上げた。
俺だってなんで抱きついてきたと問われたら正直分からない。体が勝手に反応したんだから。
だけども、しかし、俺はこうするしかなかった。分かってしまったんだから。気づいてしまったんだから。
天ヶ原さんが震えていることに。
そりゃそうだ。誰だってあんな状況怖いに決まっている。もしかしたら自分も痛い目に遭わされるかもしれない。もしかしたら当たり所によっては死んじゃうかもしれない。
でも。それでも天ヶ原さんは俺のために勇気をだして立ち向かってくれた。俺のことを助けてくれた。
そんな彼女に俺が出来ること。それが抱きしめて震えをなくしてあげることくらいだった。
「ごめんね。本当にごめん。俺なんかのために……」
目頭がジーンと熱くなり、涙が零れてきた。自分の情けなさとか不甲斐無さが格好悪くて。
そしてこんなに俺のことを思ってくれる人がいるのが嬉しくて。
生まれてこの方こんなに誰かに優しくされたことがあるだろうか。友達もろくにいないしネット上にだって居場所がない。誰も俺の存在なんて気にしていない。
そんな俺に天ヶ原さんはいつも声をかけてくれた。格好いいと、素敵だと言ってくれた。誰かと食べるクレープがあんなに美味しいんだと、女の子と腕を組みながら歩くことがこれほどドキドキするんだと。
誰かに必要とされるのがこれほど嬉しいことだと、全部彼女が教えてくれた。
「ルシフェール様……」
天ヶ原さんが俺の腕の中で反転し、俺に顔を向ける。
彼女の瞳も潤んでいて、顔を少し赤くしながら俺を見つめる。ああもう、本当に可愛いなこの人は。
俺は彼女を強く抱きしめる。彼女のか細い体をめいいっぱい愛するために。
「……ルシフェール様。一つお願いいいですか?」
「うん。いいよ。なんでも言ってくれ」
「…………キス、しましょ。」
俺は天ヶ原さんの顔を見る。彼女は何も言うことはなく、目を閉じてそっとこちらに唇を向けた。
俺も覚悟を決め、唇を近づけた。
そして、二人は永遠の愛を誓う口付けを…………。
「こらっ! そこの二人何してるんだっ! 」
不意にそんな声が聞こえて俺は目を開ける。そこにいたのは世の中の治安を守る警察官だ。
そこで俺は幻想のように甘い夢から覚める。路地には倒れている男女、そして俺達二人。これはまずい。
「あ、天ヶ原さんっ! 逃げようっ!」
「ふぇっ!? で、でもまだキスが……」
「今はそんなこと言ってる場合じゃないからっ!」
俺は天ヶ原さんの手を握り、警察官の合間を縫うように路地から逃げた。警察の怒声が聞こえるがそれを無視してただひたすらに逃げた。




