旅の理由
トヨがドラゴンの塞いでいた道の奥から帰って来た。その手に剣を持っている。
「もしかして、その剣、ドラゴンが守っていた剣なのか?」
状況から、アーニィにはそうとしか考えられなかった。この先に数百年もの間閉じ込められていた剣。それ以外に何があろうか。
だが、トヨは首を振った。
「この先に、剣は無かった。ただ、行き止まりがあるだけ」
「おいおい! そんな馬鹿な!?」
この先が行き止まりであったとしても、トヨが持ってきた剣については納得のいく説明がつかない。アーニィは声を荒げながら、トヨに問いただす。
「その剣はなんなんだ!?」
トヨは、アーニィに向かって剣を差し出した。その剣は非常に短い。ちょうど大人のひじから掌までの長さに、剣先から石突まで収まってしまうくらいの長さだ。さらに珍しい作りをしている。全部が同じ金属でつくられていた。刀身も柄も鍔の部分も、他の剣なら別の素材を繋ぎ合わせて作る部分が、全部赤茶色の金属、銅で作られている。銅をこの剣の形に作った型の中に注ぎ込んで作ったかのような剣だ。
「この剣の色、見覚えがあるだろう?」
トヨはまじまじと剣を上下左右から見ているアーニィへと投げかけた。
「この赤銅色……あのドラゴンと同じ色だな」
アーニィの言うとおり、この剣の色は完全にあのドラゴンと同じ色だった。だが、それが一体何に繋がるのか、アーニィにはとんと見当がつかないようで、きょとん、としながらトヨの次の言葉を待っていた。
「……この剣は、あのドラゴンそのものだ」
「……………………はぁ!?」
アーニィは驚きよりも、トヨの言った言葉が信じられない、と言ったような疑惑を含めながら声を上げた。
「そんなわけないだろう。あの先に、この剣があったんだろ?」
再度聞いてみるが、やはりトヨは首を左右に振った。
「じゃあ、証拠。証拠を見せてくれよ!」
納得できないアーニィ。ただ、証拠を見せろと言いながらも、そんなもの見せられるはずはない。嘘に決まっていると、不毛な決めつけをしながら、トヨのことを疑っていた。
「ああ、そんなのお安い御用だ」
だが、そんなアーニィの無礼な態度も気にしていないようにトヨは承諾した。そして、軽くその短剣を真横に振るった。
すると、刀身がみるみるドラゴンの頭に変わって行った。
「う、うわああああっ!!!?」
ドラゴンの頭に変わった刀身は、まるで生き物のようにきょろきょろとあたりを見回して、アーニィが後ずさりながら声を上げると、彼の方を向く。
「ぐるぁあああっ!!!」
さらにドラゴンは威嚇するようなうめき声を上げた。それも、さっきのドラゴンと全く同じものだった。
「これで、信じてくれたか?」
トヨがアーニィに確認すると、アーニィが頷く。トヨが再度剣を振ると、ドラゴンの頭が、先ほどみた鈍い黄色い光を放ちながら、もとの両刃の剣の形に戻った。
「ど、どうなってるんだよこれ!? なんなんだよこれ!?」
「質問は一つずつの方がいいな」
慌てふためくアーニィにトヨが短剣を見せながら説明を始めた。
「まず、この剣の名は銅剣。その名の通り銅で作られた剣だ」
「銅剣?」
首をひねるアーニィ。そんな剣の名前聞いたこともなかった。
「相当昔に、青銅で剣を作っていたことは知っているけど、赤銅で作っているのは聞いたことがないな」
「やれやれ。剣マニアの癖に銅剣を知らないとは何事か、と言うべきか、それでも青銅で剣を作っていたことを知っていることをさすが剣マニアと褒めればいいのやら」
肩をすくめるトヨに、アーニィは口をとがらせて言う。
「う、うるさいな」
「じゃあ、青銅で作られた剣の用途は知っているか?」
「……いや、そんなの知らないな。やっぱり、戦とかに使っていたのか?」
「やはり、剣マニアの癖に、と言ってやるのが妥当か」
呆れたようにトヨがため息を吐いた。
「青銅は加工がしやすい分、非常に脆い。それは赤銅でも同じだ。ゆえに青銅の剣でもこの銅剣でも戦いには非常に向かないんだ」
「じゃあ、何に使うんだ?」
「儀式だ」
「儀式?」
「ああ。儀式とはいえ、昔ではそれらが殆ど政治の一つとして考えられていたのだ。ある時は雨乞いに、ある時は氾濫した川を鎮めるために。自然現象に対抗する手段としてな。それらをうまく治められる者たちに治世を任せていたのだ。その儀式の際にこれらは使われた。生贄を切ったり、舞の装飾として使ったりな」
「それは、青銅なんかの銅で作られた剣じゃないと駄目だったのか?」
「良いところを突くな。その通りだ。加工をしやすいのなら木製の剣の方が楽に決まっているし、生贄を切るのに、銅だと一気に首の骨を叩き折るなんてことはそうそうできない。だが、銅でなければならなかったのには、特別に理由があったのだ」
「特別な、理由?」
「呪術的な力を非情に通しやすい素材なのだ、銅と言うものは」
「呪術?」
「ああ。生贄にしても、舞にしても、それらは当時絶対的だと考えられていた呪術の一環だった。人の魂の力で自然に対抗する、それが呪術と言うもの。まぁ、平たく言えば、銅は人の魂の媒介として非常に機能しやすいものだったということだ」
「あー、ここに来る前に言っていた、剣に魂が宿るとか、そう言う話?」
「そう。普通の剣でもできるだろうが、銅の場合はそれが非常に楽。ゆえに銅が使われたというわけだ」
「じゃあ、その剣にも魂が宿っているのか?」
「だろうな。ただ、どんな魂なのかは分からない。ただ、この剣に潜む魂の禍々しさは、あまりにも強大過ぎて、この剣の形ですら変えてしまった。それも、この剣自信を守るためにだ」
「この剣自身を守る、って、もしかして、この洞窟で何百年も眠っていた剣っていうのは、その剣つまりドラゴン自身だったってことなのか!?」
こくり、とトヨは頷いた。
「おそらく。相当優秀な剣だったのだろう。昔はそのような銅剣をめぐっての戦もあったらしいからな。自分の国を守るためにこの剣自身で命を絶った何者かの魂が乗り移り、誰の手にも渡らぬように自衛という形でこの剣を、ひいては国を守り続けたのだろう」
「へぇ~……それにしても、やけに詳しいな」
「当たり前だ。銅剣はカタナのプロトタイプと言われている。カタナは銅製ではないけれど、かなりの業物なら銅剣と同程度の魂の伝導率を持っているからな」
「か、カタナもなのか!?」
そこで、アーニィがさらに食いついて来た。余計なことを言ってしまった、と顔を歪めるトヨ。
「こ、これ以上は言えん。これ以上言うと、私の使命などについても詳しく話さねばならなくなりそうだ」
「もうここまで言ったんなら言っちまえよ」
「ダメだ! これ以上詮索しないでくれ。お前の話術に呑まれるのはもう御免だ。それより、この銅剣、お前にくれてやる」
トヨがアーニィの方に銅剣を放り投げると、アーニィはみごとにキャッチした。
「い、いいのか!?」
「もちろん。私にはカタナ以外の剣はどうでもいいからな。それに、欲しかっただろう?」
「うん!」
「げ、元気のいい子供みたいな返事を……できれば、それに免じてこれ以上の詮索をやめてくれると助かるのだが」
「分かった、止める!」
「やけに素直だ……こうも剣に左右されるとは、さすがは剣マニアと言ったところなのか……?」
山道に戻ったトヨとアーニィが山を下っている。トヨは相変わらず無愛想な顔をしながら、乾いた地面に足跡を刻んでいて、その後ろをアーニィが先ほど手に入れた銅剣をなめまわす様な目つきで、裏表を返しながら剣を見つめて歩いていた。
「なぁ、アーニィ」
「ぐへへ、ん? どした、トヨ」
トヨが振り返ると、アーニィが目線をトヨに移した。トヨはじとっとした目でアーニィを見ている。
「いつまで付いてくる気だ?」
「付いてくるって、別に付いてきている訳じゃないぜ?」
「嘘つけ。私が歩幅を小さくすればそれに合わせて歩いているじゃないか」
ばれたか、とアーニィが口を歪めた。男と女、ましてやトヨのような背の低い女の子なら、自然と歩幅も小さくなる。追い抜こうと思えばアーニィはいつだって追い抜くことができたはずだ。わざわざ歩幅まで合わせるなんて、アーニィが彼女をストーキングしているとしか考えられない。
「いやぁ、トヨといればさ、こんな名剣にまた巡り合えるかもしれないと思ってさ」
「……山を下りてからも付いてくる気か?」
「もちろん。だってさ、カタナも探してるんだろ? もしかしたらそいつも俺の知らないカタナかもしれないからさぁ」
「要は、私をダシにしてカタナに触れたい、とでも思っているんだな」
はぁ、とトヨはため息を吐いた。
「全く……剣マニアめ」
「ぐへへ、そいつは褒め言葉でしかないぞ」
「その笑い方は止めろ。少なくとも、都会に行ったら絶対にするんじゃないぞ」
「……え!? 都会に行ったらってことは、つまり、俺がお前の旅に同行するのを許可してくれたってことか!?」
アーニィは銅剣を腰の紐に括りつけて足を速め、トヨの横に並んだ。
「ふん。今回みたいにカタナでないものを見つけた時に、ちょうどいい荷物持ちになるからな」
「ぃやったー!!! よろしくな、トヨ!!」
アーニィは勢いよくトヨの肩に手を置いた。
「よぉし! じゃあ俺もトヨのカタナ捜しの手伝いしてやるからな!!」
「……カタナはやらんぞ」
トヨは肩に置かれたトヨの手を埃でも払うかのようにぽい、と払った。
「そこまで図々しいことは求めないよ~。でも、ちょっとくらいは触らせてくれよ?」
それぐらいはいいだろ? とトヨに拝むようにアーニィは懇願するが、トヨからの返答は予想外の物だった。
「それはできん」
「えー!? なんでだよ~」
「使命に関わるから言えん……っていうと、またお前の口車に乗せられて吐かされそうだな」
「もち!!」
不満そうなトヨに、アーニィが親指を立てて見せる。
「はぁ、なら、これ位は教えてやる。屈辱を与えられるのはもう嫌だ」
「サンキュートッヨ!」
「トッヨとはなんだ。もっと笑える洒落を頼む」
「ごめんごめん、それよりさ、教えてくれよ。どうして触らさてもくれないんだ?」
「触らせる、というよりは、私が捜しているカタナに出会えば、あっという間にお前が触っても価値のない代物になってしまうんだ」
「……ん? それはいったい?」
アーニィが聞くと、トヨはふぅ、と一息ついた。それから、重々しくアーニィに向かって告げる。
「私の目的は七本の妖刀と呼ばれるカタナを捜すこと」
そして、とトヨが一間置くと、立ち止まった。それから、肩に背負った大剣エンシェントの柄を握って続ける。
「そのカタナを破壊すること。それが私の使命だ」
アーニィが「え」と洩らす。山の中に涼しげな風が吹いた。ざわざわ、と木々の梢がこすれ合うと、小鳥たちが忙しなく羽ばたいて静かに雲の流れる空に飛び立っていった。
ども、作者です。やっと一章終わりです。




