カタナを探す少女
緑に囲まれた山と一面黄色い砂の砂漠に挟まれた村は、これから砂漠に向かう旅人や砂漠から山を越えて都へ行こうとする商人たちが必ず立ち寄る中継地点となっている。そのため、村とは言えども複数の宿屋や、休憩所にもなる飲食店、旅に必要な物資を調達するのにもってこいの商店などが、砂漠と山を一本につなぐ大通りにズラリと立ち並んでいた。
その大通りの中に一軒だけ武器商店がある。頑固親父が営んでいる武器屋として有名で、薄暗い店の奥に鎮座しているカウンターの上部には、大陸独特の文字で「冷やかし殺す」と書かれた紙が額縁にかざって置いてあった。
今、その頑固親父が口と鼻の間の綺麗に生えそろった髭を触り、口をへの字に曲げながら店に来ている客の一人をカウンターから眺めていた。
「こここ……これは間違いない……」
ぶつぶつとその青年は小声でつぶやきながら、手に持った辞書かと思うほどに分厚い手帳のページを次々と捲っている。
「あった!!」
眼鏡をきりりと光らせ、彼は商品である剣が飾られたテーブルと、その手帳を見比べていた。
「このうっすらと碧に見える光沢……柄に刻まれた旧フェブラディア王国の家紋……間違いない、三代目エクスカリバー!! 刃こぼれはし辛くなるが、その分加工があまりにも難しすぎて数多くの鍛冶師たちが一生を賭けて加工法を捜し続け、発見から三百年ものときを経てやっと加工法を見つけたダイアルコス鋼で作られたと言われる伝説の剣エクスカリバー。その流れを組む剣の中で唯一国外に流れ出たとされる第三生産期で作られたエクスカリバーゆえに三代目エクスカリバーと呼ばれている、あの、あの名剣がこんなさびれた武器屋にあるなんて!!!」
眼鏡の青年は一息に呟きを加熱させて、誰一人として興味のない薀蓄をべらべらと捲し立てている。そのせいか、この店に入ろうとした旅人が青年のダイナミックな独り言を聞いたせいで何人も店に入る前に帰って行ってしまっていた。
さらには店のことをさびれたとまで言う始末。頑固店主の顔は熱した鉄のように真っ赤になっていた。
「兄ちゃんよぉ……」
「親父!!! これいくら!!?」
怒鳴りつける前に、青年が店主の方を向き、とびっきりの笑顔で例のエクスカリバーを指さして店主に言った。
「そりゃあ、そこに書いてある通り……」
値段は二千ボールド。しかし、店主はそのままの値段で言うことを躊躇った。この剣はたったの千ボールドで金に困った旅人から買い取ったもの。貧乏旅人の持ち物だった剣が、彼が言うような名剣だとは思ってもいなかったし、店主自身も今の今まで剣について全く知らなかった。
それにこの青年、見れば見るほどに珍妙な格好をしている。腰には三本もの短剣を携え、背中に一本の長剣を背負っている。剣士、と言うには甚だ遠いような、眼鏡でやせ形の、王都で流行りの青地の服を着た青年。
(こいつはもしや、ただの剣オタクか? だったら……)
店主は悪趣味な片方の口角だけを上げる笑みを零す。
「そいつは二十万ボールドさ」
「に、二十万ボールド!!? おいおい、テーブルに置いてある値札には二千って書いてあるぞ!?」
青年も急激な値段の高騰に納得はできず、店主に抗議をする。
「へっへっへ、確かにさっきまでは二千ボールドで良かったが、お前さんが言うにはそうとうな名剣らしいじゃないか。それならその剣に見合った値で売るのが店にとっても、剣にとっても一番だろう?」
店主は、まぁ、お前みたいなやつに払えるわけないだろうがな、と思いつつ、これからもっと高い値で買ってくれる商人を見つけて売りさばいてやる、と心に決めていた。
「ああああ、ダメだ……全然足りない。千五百しかないぞ」
(じゃあ、値上げしなくても買えねぇじゃねぇか!)
肩にかけた袋から、お金の入った巾着袋を取り出して中を覗く青年は、涙目になりながら諦めようにも諦めきれない、と言った感じで何度も何度もお金を数えていた。
「金が足りねぇんだったら仕方ない。他の商品でも買ってさっさと帰っちまいな。俺のおすすめはこのビックリナイフ! この柄に付けられたボタンを押すとなんとブレードが発射するっていう優れもんだ。俺の自作だが、こいつなら比較的安値で取引してやるぜ?」
この店に入った以上は何かを買わせてからじゃないと帰さない。逞しい商魂で青年にアピールする店主。
「ああ、買えない……ごめんよ、エクスカリバー。俺が手に入れたら、毎日お手入れして最高の状態を保たせてあげられるのにぃぃぃぃぃ」
しかし、青年は店主の話も聞かないで剣に泣いて謝っていた。
「あの兄ちゃん、本物のやばい奴かもな……」
今までに見たことのない真性の変態を店主は憐みの目で見ていた。青年がおいおいと泣いている間に、きぃ、と店の扉が開いた。
「いらっしゃい! 冷やかしごめんの武器屋へようこそ! 店に入った以上、必ず何か買って帰れよ!!」
店主は元気よく脅迫混入の挨拶で出迎えた。
「……」
入って来た客はきょろきょろと、店内を見回していた。
(……あれは、男の子? それとも女の子?)
入って来た客をそんな風にまじまじと見つめているのは剣オタクの青年だった。眼鏡の向こうにいるその客は、髪が長くて背の小さい、こんがりと小麦色をした肌の人で、きりっ、とした目鼻立ちは凛々しくもあり、幼さからくる可愛らしさも持っていた。
顔だけ見ていると、ちっとも男なのか女なのか分からない。しかも体型は結構細身で、女性らしくも見えないし男性らしくも見えない子供体型だった。
さらに服も変だ。ボタンのような留め具のない、体の正面で重ね合わせてそれを真っ赤な帯で押さえつけて留めている服で、しかも袖が無く、肩から先の腕が全部丸出しになっている。服を抑える帯も、男がするようなベルト状のものではなくて、帯自体が服を留める役割と同時にスカートにもなっているようで、くるぶしまである長い真っ赤な色をしたスカートをはいているようにも見えた。しかし、この子はスカートの前面を切り取ったのか、スカートに見えるのは後ろからだけで、前から見ると腰からマントを付けているように見える。中にはショートパンツをはいており、残念ながら青年はこの子が男であるか女であるかをもっとも直接的な場所で確認することはできなかった。
ただ、そんな異常な格好をしている子だが、もっとも異常なのは、背中に馬鹿でかい大剣を背負っていることだ。
剣のブレードだけでもその子の身長を優に超していて、さらに柄もブレードの半分近くあり、全長でその子の二倍、三メートルくらいはある。加えて、その剣はブレードの部分全体がむき出しになっていて、しかも細かいうろこのような赤錆の粒が磁石に集まる砂鉄のようにくっ付いている。
青年はあまりにも不気味な剣だ、と思いつつも触ったらいったいどんな感触なんだろう、とか、この子が持ち運べるくらいの重さだから軽いのかな、とか軽いんだったらどんな鉱石を使っているんだろう、とか、そもそもあんなに錆が付いているのに剣として使えるのだろうか、とかさまざまな疑問を浮かべながら、ぐへへ、と笑っていた。遠目からみれば、少年か少女か分からない子に興奮している変態にしか思えない。
「おい、店主」
その子がしゃべって、やっとその声の高さや甘くて柔らかい声質から少女だと判明した。よって、青年がこの背の低い少女に興奮している変態に見えることが証明された。
「……あ、ああ」
店主はこの褐色の少女が背負っていた剣をじっと見ていた。何十年も剣を見ているが、こんな剣はみたことがなく、少女に呼ばれてから、少し間を置いての受け答えをしてしまう。
「この店にはカタナは置いてないのか?」
「……………………はぁ?」
店主が、片眉を上げて歯茎を剥きだしにしながら、バカにしたように聞き返した。
「いや、だからカタナは置いてないのかと聞いている。言葉がわからんのか?」
少女はそんな言葉を、まるで空気を吐くように淡々と言い放った。彼女の言葉にはちっとも嫌味や皮肉と言った深読みをするような考えは無さそうで、まるで本当にそう思って聞いているようにしか見えなかった。
「カタナなんてよ、武器屋に置いてあるわけねぇだろ! 骨董品を捜すんなら骨董屋に行きな!」
店主は追い払うような口調で言った。口が悪いなぁ、と思いつつも、青年も確かに骨董屋に行った方がカタナのある確率は高いのに、と頷いて店主の言い分には賛同していた。
「骨董屋には無いから、武器屋にならあるかもしれんと、私は骨董屋に聞いたのだが?」
少女は首をかしげながら言った。さらり、と長い黒髪が揺れる。
「じゃあこの村にゃあねぇよ」
店主は最後に、ぶっきら棒に言い切った。
「そうか……カタナはないのか……」
少女はぼそり、と無表情で呟くと、店主に背を向けて店を出ようとした。
「おいおい! お嬢ちゃんちょっと待ちな! この店は冷やかし禁止。つまり何かを買って行かないと退店できねぇ決まりになってんだ」
店主はこの店の独特のルールを言いがかりのように少女に押し付ける。それに青年は
(目的の物が無かったのに、他の物を買わせるなんて……許せない!)
と思って店主に反対して少女を助ける、という設定を頭に思い描いて実際に青年は(ここでただで帰してあげたら、あの剣触らせてくれるかな!?)
と、剣オタクの下心丸出しで店主に問い詰めようと思っていた。
「なんだ、そういうルールなのか。うむ、都会には都会のルールがあるとは聞いていたからな。そのルールにはきちんと従おう」
しかし、少女はあっさりと店主の無理やり購入ルールを受け入れてしまった。
「おいおい、都会って……ここは十分田舎なんだがな」
店主は多少クールダウンしたのか、それとも少女の聞きの良さに機嫌を良くしたのか、髭を触りながらつぶやいた。
「もしかしたら、相当な田舎者なのかも……」
店中をうろつきながらきょろきょろと見慣れないものを見るように剣をみる少女のしゃべり方は男っぽい凜としたものでありながら、きょろきょろとしていたり、小走りで棚から棚へと移動する姿には年相応の小動物みたいな可愛らしさがあるなぁ、と青年は思いながら見ていた。
「……」
その少女が、青年の傍に来た。
(こ、これは大剣をじっくりと見るチャーンス!!!)
青年はどきどきと胸を高鳴らせながら、少女の背負う大剣をじっと見つめた。そうしていると、大剣にこびり付いている赤錆が、ピクリと動いたように見えた。
「うわっ!!?」
青年が声を上げる。
「なんだ……私に何か用か、眼鏡」
「い、いや……なんにも」
振り返った少女に向かって慌てて平静を装う青年。少女は「そうか:と目をぱちくりさせて青年から目線を元に戻した。
(な、なんなんだあの剣は……)
青年の頭の中に疑問が募った。正体不明の謎の大剣。それは不気味でありながらも非常に興味の惹かれるものだった。
「よし、これにしよう」
そう言って少女が持ってカウンターまで持って行ったのは、さっきまで青年の興味が集中していたあの三代目エクスカリバーだった。
「な!?」
「おうおう、お嬢ちゃんお目が高いねぇ。そいつは大変な名剣なんだ」
青年が驚いている隙に店主は口々にさっきまで青年が言っていた薀蓄を披露していた。
(あの親父……さっき剣のこと知った癖に……しかも俺のおかげで)
店主の得意げに話す様子に青年は肩を震わせる。
「そんなことより、これはどれくらいで買える?」
少女は別に三代目エクスカリバーについては大して興味がないらしく、店主の言葉を遮って問いかけた。
「あ? ああ、そいつは二十万ボールドだ」
(あの野郎、またぼったくりで……)
「ボールド?」
少女が首をかしげる。
「ボールドが分からんのか?」
「うむ。この国の通貨の単位かなにかだろうが……あいにくそのような通貨は持っていなくてな……金貨か銀貨だったらどれくらいになる?」
「けっ、大陸外国の貨幣か? ……それなら金貨で三枚、銀貨で十枚だな」
(金貨三枚って、親指サイズの金貨でも一枚十万ボールドの価値はあるはずだから……あいつ、ちゃっかり値段をあげてやがる)
ここはきちんと言っておかないと駄目だと、青年は少女に近寄った。
「なぁ、君。金貨三枚だと……」
青年が横から注意しようとすると、少女が青年の方にくるりと体を向けた。
「なんだ?」
少女は、なぜか服の、ちょうど胸のあたりにある服の左右の襟の延長のような部分が重なったところに手を掛けて、まるで服を脱ぐように思いっきり広げていた。
それ故に、少女の胸元が激しく露出していた。鎖骨に至っては丸出しだ。
「ぶっ!!!? 君、ちょ、なにやってんだよ!!!?」
青年は慌てて後ろを振り向く。
「なに、って……こうしないと財布が取れんだろう」
少女はそう言うと、右側の懐に手を突っ込んだ。
(そうやって取るのなら、はだけさせる必要ないじゃないか!!? く、くそう……こんな小さい子に動揺するなんて……しかも、あ、淡いピンク色の物が見えちゃったじゃないか……)
青年は顔を真っ赤にしながら激しく動揺し、フーフーと鼻息を荒くしていた。。
「変な奴だな」
「お前の方が変な奴だ!」
青年は少女の方を振り向いた。少女はすっかり服を元通りに着直しており、手には淡いピンク色の紐のついた巾着袋を握っていた。青年は、見覚えのあるピンク色の紐を見ると、自分が早合点して動揺したことを思いだし、さらに恥ずかしい気持ちに貶められた。
「金貨三枚だろう。これでいいか?」
少女は早速会計に戻り、店主の手に巾着袋から取った金貨を三枚置いた。
「いっ!?」
青年が顔を引きつらせる。
「こ、こいつはでけぇ!!」
その金貨を見て、店主も青年も驚きを隠せなかった。それもそのはず、大体この大陸に運ばれてくる金貨は、親指サイズの外国硬貨が主なのだが、この金貨はそれらとは描かれている柄も違い、さらには大きさも掌サイズの規格外なものだった。
「こ、こいつはいい! これだけの大きさの金があれば、こんな店やらなくたって一生暮らせていけるぞおおおお!!」
店主は大喜びで、金貨を崇めるように両掌に広げていた。
「これでもう店からは出ていいのだな」
その狂喜に浸る店主とは違い、少女はぽつりと言って、鞘に納められた三代目エクスカリバーをカウンターから取り上げた。
「ええ、いいですよ、持って行ってくだせぇ」
すっかり腰を低くした店主は、さっさと出て行ってくれと言わんばかりに告げた。少女の方も、さっさと出て行きたいらしく店主に背を向けて歩き出した。エクスカリバーの柄を持って、鞘の先端を地面に付けて引きずりながら。
「うわああああああああ!!! そんなことしたら鞘が削れちゃうだろおおおおおおおおお!!!!」
青年が少女のその行動に絶叫した。しかし、少女はそんな馬鹿でかい声も気にしないままに、店を出て行ってしまった。
「く、これは追いかけてあの行動を止めさせないと……」
青年は少女を追いかけて店を出ようとした。
しかし、閉じられた戸の取っ手に手を掛けた瞬間に、カン! と青年の頬を掠めて何かが飛んできた。
短いブレードだった。むき出しの鉄のブレードが、青年の横顔すれすれに通り過ぎて、木製の扉に突き刺さっている。
「おっと、この店は冷やかし禁止だと、さっきいったよなぁ」
犯人は店主だった。手には刃のついていない柄だけのナイフが握られている。
「お前! もう十分な金をさっき手に入れただろ!」
「いやいや、それはそれ、これはこれさ。いつでも商魂たくましく、が俺のモットーだからなぁ。さぁ! 何を買う!! 何を買って行くんだ!!?」
店主は青年に激しく問い詰める。
(何かを買わないと、出て行かせてくれなさそうだ……じゃあ、適当に……)
青年はさっと、店主の方を見て、店主の持っている柄だけのナイフを指さした。
「それくれよ」
「よし、このビックリナイフだな。値段は百ボールドだ」
青年はそそくさと袋から銅貨を二枚取り出して、店主に渡した。
「はい、百ボールドちょうど。で、これが商品だ」
店主から青年は見た目はあきらかに普通のナイフの、柄に小さなボタンが付いているだけしか違いのないビックリナイフを受け取るとすぐに扉へ体を反転させた。
「よし、追いかけよう!」
青年はすぐに腰のベルトにヒモでビックリナイフを繋いで、店を出て行った。
少女はもうすでに砂漠と山を繋ぐ一本道を山の方に向かって進んで、小さく見えるほど遠くにいた。けれどその足取りを追うのにはもってこいの、エクスカリバーを引きずった跡が、砂の地面に残されていた。
「待ってろよ、絶対にその行為を止めさせてやる。ついでに、あの大剣も触らせてくれるかなぁ~ぐへへへへへ」
青年はにやけながら、少女の後を追って行った。
どうも、作者です。目標は週一日曜更新。もう一作連載していますが、ファンタジー物が書きたかったので投稿。軽い話でもありシリアスをちょいちょい絡めていければいいな、と思いつつ進行して行きます。
これからトヨとアーニィの物語をどうぞよろしくお願いします。