第二話
「ガアプ団長!見てください!」
ガアプは、我に帰り、オルセの指差した方向を見上げた。薄霧の向こう、どうやら洞窟のようだ。
近付き、ガアプ達はそのあまりの作りに驚いた。精巧に作られた階段が、光苔の壁に囲まれ、果ての見えない地下の闇へとのびている。
ガアプ達は、顔を合わせると、ガアプを先頭として、松明を掲げながら、ゆっくりと階段を降り始めた。
次第に、暖かくなる周囲。火竜の住みかかもしれない。まるで、春の日差しの中にいるようだ。
途端、松明の火が消えた。いや、周囲が異常まで明るくなった。
「これは・・。」
思わず、感嘆の声が出る。それは、あまりにも美しい世界であった。
城ひとつ入りそうな大広間。その四方を、七色の輝きが囲み、中央に集まり、一筋の光の大柱。
その中に、聖母のような美しい女性が立っている。
「・・人間か。」
女性が赤い口腔を開く。反射的に、三人は剣を構えた。女性に不釣り合いな、獣の声。
「お前が、火竜か?」
キリアが防御呪文で三人の防御を高めながら問う。
「火竜」
女が、吹き出すように呟いた。
「我が血を、肉を、魂を、あんな下等なものだと言うか。この愚者どもが!」
ガアプは女の言葉に、戦慄を覚えた。まさか、そんなまさか。
「古の神竜(エンシェント、ドラゴン)・・?」
−−−神竜−−−
オルセの言葉に、女がにたりと笑う。何て事だ。
三人は、その場を動く事が出来なかった。何故なら、古の神竜とは、火竜と根本的に違い、皇国のシンボルそのもの、人類が誕生する遥か前から存在し、知性も魔力も潜在能力も人間とは桁が違う。この世界において最強の存在、まさに神なのだ。
何故だ。ここにいるのは火竜ではないのか。アレ村は、火竜の魔力により、干ばつに襲われているのではないのか。火竜が、村に降りては作物や畑を暴いていたのではないのか。
ガアプの心臓に、疑問の刃が刺さる。
その時。
「おぎゃああ!」
三人の騎士の耳に、確に人間の赤ん坊の鳴き声が響いた。
「赤ん坊?!」
「違う。」
ガアプの問掛けに、古の古竜が囁いた。
「餌だ。」
その言葉が、激闘を告げる合図となった。
ガアプ達は、同時に声をあげ、剣を構えた。
この竜は、我々が山を登る間に、村から赤ん坊を餌として盗んできたのか。許すわけにはいかなかった。
勝ち目は殆んど無い、だが、騎士として逃げることの許されない戦いが始まる。
ドン!
まず、ガアプが女に向かい、剣をふりかぶった。しかし、女はガアプの岩おも砕く一太刀を片手で捕える。そして、ガアプを睨みつけた。
「食事の邪魔だ!」
見る見る内に、女の肉が膨れあがり、皮膚を引き裂き、赤い鱗が増殖する。女がメリメリと巨大化する。
ガアプは女を蹴りあげ離れると、体制をたて直した。
ガアプ達の目の前で、変化を遂げる女。首がのび、足が丸太の束のようになる。やがて竜は、まるで一つの小山ほどの大きさとなり、雄叫びをあげた。
雄叫びと共に、地面を割り何かが飛び出す。土でできた火竜だ。
「下僕か!」
竜が魔法で作った動く土人形ども。偽物といえ火竜を象っただけあり、あなどれない。
「私におまかせを!」
魔法騎士キリアが、巨大な竜巻魔法を起こし、火竜ども薙払う。
火竜はキリアにまかせ、ガアプとオルセの二人は神竜へと走った。
神竜の火炎の息。
二人はそれをかわすと、左右に分かれた。
オルセの剣がしなる。それを、神竜の尾が弾く。
ガアプが神竜に向かい剣をふるう、が、今度は歯で太刀を塞がれ、火炎をあびる、寸前でかわす。
神竜は、まるで蝿を払うようにオルセと、溜め息を吐くようにガアプと対峙していた。まるで、子供の遊びだ。
「ぐああ!」
ガアプの耳に、オルセの叫び声が聞こえた。神竜の、自身の体よりも大きい面により見ないが、竜の尾をまともに食らったのだろう。ガアプの全身を、焦りが貫く。
絶対的な力の差。必死で神竜の歯の刃を弾くが、攻撃のチャンスが全く無い。
「おぎゃああ!」
赤ん坊の鳴き声。我々が死んだら、赤ん坊の命はない。
騎士としての誇りが、赤ん坊の叫びが、二人を強く支えていた。
瞬間。
光の矢が、神竜の横顔に突き刺さった。キリアの魔法。
火竜を全て倒したキリアが、更にガアプに身体能力増加の魔法を、尾により深い傷を負ったオルセに治癒魔法を放つ。
ガアプの心身に力がみなぎる。
神竜が叫び、ガアプを背にした。尾が切断され、血を滝のように流している。オルセか。
「私に背を見せるとは、いい度胸だな!」
ガアプは叫ぶと跳躍し神竜の背を駆け上がった。
神竜は、ガアプが自身の背を走るのを、オルセへ復讐の業火を吐き出すのに夢中で気付かない。
キルアが、ガアプの剣に鋭利の魔法を浴びせる。
ガアプの剣が、更に大きく鋭い刃となって、神竜の長い首もとを突き刺したーーー!
「ご、ごあがああああぁぁっ!!」
神竜の首が半分切れ、血が吹き出し、ガアプを染める。
神竜は大きく痙攣すると、そのまま力無く倒れた。
竜の肉体から、とめどめが無く血が流れる。錆び付いた濃厚な匂いと共に、竜の瀕死の吐息が伽藍をみたす。
神竜ではない、この程度の存在が、古の偉大な竜の神の筈がない。
殺すか。
剣を掲げ、竜の切断されかけた首に狙いを定める。生ぬるい竜の血吐戸と、その瞳とぶつかる。
竜は抵抗もせずに、ただただガアプの最後の一太刀を待っているようだ。ふと、ガアプの体に、ふつふつと気持の悪い疑問が吹きこぼれた。
この、竜のあまりの無抵抗さは何なのか。竜が、何故この程度の戦いで虫の息なのか。竜相手で、この手応えの無さは、なんなのか。
竜の瞳が、長い睫から覗く。強い、瞳。
まるで、殺されるのを待っていたかのような。
ガアプは掲げた剣を振り下ろそうとして、やめた。強い躊躇と疑問が、彼をそうさせた。
「ガアプ様……?」
「赤ん坊が先だ。どうせ竜は、動けまい。」
「再生するのでは?」
「これほどの傷だ、竜でも半刻はかかる。」
赤ん坊の更なる強い叫び。ガアプは惹かれるように、赤ん坊の声をたどり始めた。