第三話 いいから早く寝ろ(前半)
「さて、じゃあナリア、少しこいつの修理を手伝ってくれないか?」
「手伝いですか?」
「そうだ。一人でやっててもなかなかに終わらなくてな。工具とかはあっても、知識はないからな」
「それで私に手伝いを?」
ナリアは、棚の上に積まれた本を見る。そのすべてが、バイクについての本や、工具の使い方、エンジンについて、機械関係の本など、様々な種類の本があった。まるで、手あたり次第使えそうな本をかき集めたかのような。
「あー、そこの本は俺が拾って来たやつだ。こいつを直すためにな」
「街中からですか?」
「まあな。と言っても、『墓地』の中だけだけど。どうせもう誰も使わないやつだ。俺が再利用しても問題はないだろ」
「そういうもんですかね……?」
「そういうもんだ。それに、この工具や部品だって、そこら辺から拾って来たものだ」
「頑張って寄せ集めたと……お父さんのバイクを修理するために……」
「そういうこった。それで、手伝ってくれるか?」
「もちろんです!」
「よし。なら、こいつの修理する箇所とかわかるか?あとそこの修理方法」
「そうですね、少し見ますね」
ナリアは、バイクを隅から隅まで見渡す。
「ここと、ここを直せばいいですよ。直し方も今調べました!」
「さすがだな。それじゃ、ちゃっちゃと直すか」
「了解です!」
隼人は、ナリアの指示の通りに修理を進めた。工具を持ち、バイクを開き、故障個所を直し、足りないパーツを補った。ナリアと修理を始めてから、あっという間に一時間が過ぎた。一時間前までは、青色とおれんじ色が入り混じっていた空も、ほとんど紫色に染まっていた。
「終わった……」
「終わりましたね」
「ああ」
ナリアが手伝ってくれたことにより、一人でやれば、ひと月はかかったであろう作業が、たったの一時間で終わった。前までは、どこをどう直せばいいのかは全て手探りだった。しかし、ナリアがどこを直せばいいか、どうすればいいかの全てを教えてくれたおかげで、すぐに終わったのだ。
「よし、後はちゃんと動くかだな」
「ガソリンはあるのですか?」
「もちろんだ」
隼人は、隅に置いてあった古いガソリンタンクを持ってきた。
「こいつを入れる」
慎重にガソリンを注いだ。ガソリンを満タンにして、給油口の蓋を閉める。そして、エンジンを入れる。
ブオォォォォォォ——
「よし!」
エンジンがつき、バイクから鈍い音が出る。
「隼人さん、このバイクなんだか壊れそうな音しません?」
ナリアの言う通り、ガタガタと音を鳴らしながら、少し変なエンジン音が鳴っていた。
「まあこいつも古いしな。それに修理したのは、なんたってこの俺だ。まあ、動きゃいいんだよ、動けば」
隼人はバイクを押し、ガレージの外に出る。そして、バイクにまたがり、エンジンを吹かす。
「乗るのですか?」
「もちろん。ちゃんと直ったか確かめないとな」
「免許は持っているのですか?」
「逆に聞くが、持っていると思うか?」
「思いません。隼人さんにはお金がないので」
あまりにも早い返答だった。ナリアの中では、隼人は完全に貧乏キャラになっていた。事実ではあるのだけども。なんだかそれに、ちょっぴり悲しさを覚える。
「まあ確かに免許はないけどさ……」
「それじゃあバイクには乗れません。乗ってはいけません」
「ふっ——ナリアよ、君にいい言葉を教えよう」
「いい言葉ですか?気になります!」
「それはな——ばれなきゃ犯罪じゃないんですよ」
「犯罪ですよ?ばれなくても」
「あーもう細かいなー!どうせちょっと走らせるだけなんだからいいんだよ。人様に迷惑をかけるわけでもないし、どうせ誰も咎めないよ」
「ですが犯罪ですよ?」
「今更だ。廃屋からいろいろかっさらってる時点でな。つーわけで、ちょっくら走らせるか!」
隼人は、勢いよくバイクを走らせた。と言っても、そこまで速度が出るわけではないが。
バイクは、荒れたコンクリートの道を爽快に進む。日もほとんど落ち、冷え始めた風が心地よかった。
「懐かしいな……」
隼人は、ある程度行ったところで引き返した。さすがに暗くなってきたから、ライトなしのバイクでは危ないと思ったからだ。
家が見えてきたその時、突如バイクが揺れ始めた。
「うわっ——なんだ、急に」
ガタガタとハンドルが揺れる。そしてそのままバランスを崩し、バイクが転倒した。隼人はバイクから投げ出される。幸い、ヘルメットなどをしていたため、かすり傷程度で済んだ。
「隼人さん!」
その様子を見ていたナリアが駆け寄ってくる。
「隼人さん!大丈夫ですか!?」
「あ、ああ。急にハンドルが揺れだしてな……それでバランスを崩しただけだ」
「シミー現象でしょうか?」
「さあな。でもまあ、大した怪我がなかったから問題なし。てか何?シミーって」
「ハンドルが勝手に揺れる現象です。もう少しバイクをいじる必要がありそうですね」
「そうだな。乗るたびに吹っ飛ばされるのはごめんだ」
「それではすぐにでも修理しますか?」
「いや、もう暗い。そろそろ腹が減ってきたしな。家に入るぞ」
ナリアを先に部屋に戻し、隼人はバイクをガレージに入れる。隼人はバイクにそっと手を添える。
「でもよかった。また乗れるようになって」
隼人は、冷蔵庫から小鍋と、タッパーに入った米を取り出す。それらをテーブルの上に置く。
「ご飯ですか?」
「ああ」
隼人は椅子に座りナリアはその向かいに座った。隼人が小鍋の蓋を開けると、そこにはカレーが入っていた。量としては、一人前と少しだ。
「うまそー」
隼人は目を輝かせる。
「カレーですか?そんなものいつの間に」
「貰ったんだよ。芳田からな。こうしてたまに飯の残りを貰うんだ。カレーなんていつぶりだ?楽しみすぎる」
「芳田さんは優しいのですね」
「まあな。よく世話になっている」
隼人は、米をカレーの入った鍋に入れ、スプーンですくう。そして、一口。
「んー!うまい!一日置いたカレーは最高だな」
「そうなのですか?」
「そうだ」
「ですが、冷えたままでは美味しくはないと思いますが」
「いいんだよ。てか、電子レンジないし」
ナリアは首を傾げた。そして、台所にある電子レンジを指さす。
「あそこに電子レンジがありますけど……もしかして隼人さん、電子レンジの見た目を知らないとか……!?」
「知ってるわ!バカにするなよ。あれはもう壊れてるんだ」
「なんだ、そう言うことだったのですか」
隼人はため息をついたあと、すぐさまカレーを食べ始めた。そのカレーは、確かに冷めているが、美味しくないわけではなかった。なにより、いつもは缶詰や、適当な料理ばかりで、まともなものはめったに食べない。
隼人が黙々とカレーを食べ続けていると、ナリアの視線に気が付いた。隼人がカレーを食べている間、ずっと見ていたのだ。
「なんだ?俺に何か付いているか?」
「いえ——その……」
「なんだよ、はっきりしろよ」
「その、私も食べたいなーって……」
指をもじもじさせながらそう告げた。
「食べたいだと?もっもっもっ——」
質問をしつつ、カレーを口に含める。
「はい!」
「お前ロボットだろ?」
「そうですけど、何か?」
「ロボットは飯いらないだろ。しいて言うなら電機とかガソリンとかだろ」
「し、失礼な!確かに私は栄養を取る必要はありませんけど——」
「ならいいじゃん。もっもっもっ——」
「よーくーなーいーでーすー!私だってカレーを食べたいのです!」
まるで駄々をこねる子供のようだった。握った拳をぶんぶん振って訴えかけていた。もちろん隼人は無視をした。
「食べても意味ないのにか?もっもっもっ——」
隼人はカレーを食べ続ける。
「そうです!では聞きますが、人間だって生きるには栄養があればいいのです。最悪栄養のサプリメントだけでも生きていけますよね?」
「ま、まあそうだろうけどさ……」
「それなのになぜ人間は、様々な食材を料理して食べるのですか?」
「それは……うまい方がいいから……」
「でしょう?食事を味わい、楽しむ。栄養摂取という行為そのものに、楽しみを見出しているわけです」
「言われてみれば……そうだけど」
一理ある。隼人はそう思った。ナリアにそう思わされてしまったのが、なんだかとてつもなく悔しかった。
「でしょう?なので私もカレーを食べたいのです!」
「ほーん。そっか。もっもっもっ——」
「あの」
「ん?もっもっもっ——」
「話聞いていましたか?」
「もちろんだとも。もっもっもっ——」
「ならそのカレーを食べる手を止めてもらえませんか?」
「どうしてだ?もっもっもっ——」
「私も食べたいからです」
「そっか」
隼人はスプーンを動かす手を止める。そしてカレーを見る。しかし、もうほとんど残っていなかった。
隼人は少し考え、カレーの入った小鍋をナリアに差し出した。
「ならやるよ」
「わあ!ありがとうございま——」
ナリアは満面の笑みで受け取ったが、その顔もすぐに崩れ去った。カレーの残りがもうほとんどないとわかったからだ。ナリアは、ものすごく落ち込んでいた。
「酷いですよ、隼人さん……」
「食っちまったものは仕方ないだろ」
「それは隼人さんが話している最中にも食べ続けたからですよ!」
「美味かったからな」
「むう……」
ナリアは、頬を膨らませて怒りながらも、残ったカレーをスプーンでかき集めては口に放り込む。ナリアがカレーを食べる姿は、とても幸せそうで、顔が今にもとろけそうだった。
「おいひいでふー!」
「口に含みながら喋るな」
「ひゃい!」
空になった小鍋を、シンクに入れて水に浸す。
「これでよし。歯磨きでもするか」
隼人は洗面台に向かい、歯ブラシを一本手に取った。それを水で濡らし、歯磨き粉をつける。そして、シャコシャコと歯磨きをする。
歯磨きをして三分ほどしたころだろうか。ナリアがすぐ横にやってきた。ナリアは、予備の歯ブラシを手に取り、水で濡らし始めた。
「おいナリア、お前何している。それは予備の歯ブラシだ」
「私も歯磨きをするのです」
隼人は、歯を磨く手を止め、いそいで口をゆすぐ。
「おま、お前な、ロボットなんだから歯磨きとかいらないだろ!」
「何言っているのですか!私だって歯磨きをしなければ虫歯になるのですよ」
「は?なんで?」
「それはもちろん、私が最強だからです!」
「虫歯になるとか、むしろデメリットでしかない不要な機能だろ」
「な、何をー!より人に似ているという点で最強なんですよ!」
「ポンコツの間違いだろ」
「なっ——ポンコツとは失礼な!それは私に対する最大の侮辱ですよ!禁句です!」
「はいはい。それで、なぜお前は歯を磨かずに口を開けている?」
ナリアは大きく広げていた口を閉じる。そして、やたら自信ありげに言った。
「それはもちろん隼人さんに磨いてもらうためですよ!」
毎度思う。この自信はどこから来ているのだろうかと。
「なぜ俺が磨く必要がある」
「その方がよりきれいに磨けるからです。私だけでは、磨き残しが発生する可能性が高いと考えました」
「なんだそりゃ。もし仮にお前が虫歯になるとしても、歯磨きは自分でしろ」
隼人は、ナリアの頭にポンっと手を乗せる。そして軽く手で撫でた後、「じゃあな」とだけ言い残し、洗面台を後にする。ナリアは、どこか不満そうにしていた。
隼人は、自室のベッドの上に寝転がる。今日は色々なことがありすぎて、とてつもなく疲れたのだ。今にも眠りにつきそうである。というか寝たい。
隼人がそっと目を閉じようとし、寝ようとした。しかし、そう簡単に寝かせてくれないのが世の常なのである。
「はーやーとーさーん!」
ナリアが部屋に飛び込んできた。そして——
「ぶへっ——」
転んだ。何もないところで転びやがったのだ。
「やっぱお前、床とキスするのが好きだろ」
「酷いです。酷いですよ!」
「それで、なんの用だ?俺は寝たいのだが」
「大した用はありません」
「じゃあなぜ来た」
「それは——マスターである隼人さんの側にいるのが私の役目……だから?」
「よくわかってないのかよ……」
ナリアは、ベッドに座っている隼人の横に座った。
「隼人さん。少し聞きたいことがあるのですが、いいですか?」
「なんだ?」
「その——妹さんのことを少し……」
「紬のことか?それなら夕方に話しただろ」
「そうなんですけど、もう少しくわしくと言いますか……」
隼人は、おもむろに立ち上がり、部屋を出て行った。隼人はすぐに部屋に戻ってきた。そして、ナリアに何かを渡す。ナリアに渡したのは、一冊のアルバムだった。
「アルバムですか?」
ナリアはアルバムを開く。アルバムには、幼いころの隼人と、妹の紬の写真が貼ってあった。
隼人は、紬が無邪気に遊んでいる写真を見た後、口を開いた。
「……元気な奴だったよ」
隼人は、天井を見上げながら語る。
「あいつはいっつもはしゃいでいてな。元気すぎて、付き合わされるこっちが疲れてしまうほどにな。まるでナリア、お前みたいにだ」
「私ですか?」
「ああ。お前みたいに無駄に元気で、それでいて感情豊かでな。喜ぶときは全身を使って喜び、悲しい時は顔を歪ませ、落ち込んだ時は座って俯いたまま。それに、あいつはよく俺の言うことを聞かなかったな。やめろと言っても平気でやってくるやつだった」
「腕白だったのですね」
「腕白か……それが一番しっくりくるな。あ、あと紬もよくこけていたな。すっごいドジな奴だからな。その姿を見て、よくからかっていたもんだ。——お前を見ているとな、思い出すんだ」
「思い出すですか?」
「ああ。妹を、紬を思い出す。似ているんだよ」
「私は写真に写っていた妹さんとは、まったく似ていませんでした」
「外見はな。でも中身は似ている。元気なところも、感情表現が豊かなとこも、そしてドジなとこも。もしかしたら、お前は紬の生まれ変わりじゃないのかって思うほどにな」
「でも私は——」
「分かってる。お前はロボットだ。生まれ変わりとかはありえない。というか、俺の妹はまだ死んでねえっつーの。絶対どこかで生きてる。俺はそう信じる」
「……そうですね、きっと生きていますよ」
「ああ。きっと生きてる。だからこそ、あいつの帰ってくる場所を用意してやらないといけない」
「そうですね」
「そのためにも、俺はとっとと寝る。まずはあのバイクを直さなきゃだからな」
「ですね!寝ましょう!」
「そうだ」
「はい!」
「……」
「……?」
「……早く行けよ」
「どこへです?」
「リビング」
「なぜですか?」
「いやだから、俺は寝るって言ってるだろ?」
「はい。なので私も寝ます」
「なら部屋から出ろよ」
「なぜですか?私は隼人さんと寝ます」
「……」
隼人は無言で立ち上がる。そしてナリアをつまみ出した。ついでに持ってきたアルバムも渡す。
「ひゃっ——何するのですか!」
「俺は寝る。お前はリビングのソファかどっかで寝とけ。それは机にでも置いておいてくれ」
「酷いです!虐待ですよ!心が痛みます」
「お前はロボットだ。痛む心がないだろ。おやすみ」
隼人はすぐに布団をかぶり、眠りについた。
というわけで、第三話 いいから早く寝ろ(前半)でした
前半と付いているので、次は後半です。本当は計一万字くらいで収める予定でしたが、間に合わなかったですね、はい。
もう一つの作品も、これまた間に合いませんでしたね。
皆さんは、複数作品書く時は、先に投稿分を書いてから、別のものを書きましょう!
それではまた!来週かそのまた次か!(極力毎週どちらかは投稿します……)




