第1話「わかった、ミュートするね」
白亜のテラスに、小気味いい金属音が響いた。
高級ブランドの陶器カップが、ソーサーへと乱暴に置かれた音だ。
「――というわけよ。ルーク、貴方との婚約は本日を限りに破棄させてもらうわ」
高慢な声を響かせたのは、輝く金髪を縦ロールに巻いた美女、エレナだった。この国の有力貴族の令嬢であり、僕――ルーク・アルベインの婚約者だった女性だ。
彼女の背後には、いかにも「見せつける」と言わんばかりに、若きエリートの男が寄り添い、僕を見下している。
「驚かないの? 少しは取り乱したらどうかしら。貴方のような、学歴も低くて才能もなし、家柄しか取り柄のない無能が、私と結婚できると思っていたのが間違いなのよ」
「……」
僕は黙って、冷めかけた紅茶を見つめていた。
驚き、というよりは、やはりこうなったか、という諦めに近い感情が胸を占めていた。エレナが最近、別の男と熱心に会っていたのは知っていたし、僕を見下す態度が日に日にエスカレートしていたのも気づいていた。まあ、最初のうちはショックを受けたもんだ。なんとか振り向いてもらおう色々なことをした。
すべて無駄だったけど。
けれど、わざわざ王都の一等地にある高級カフェのテラス席、それも人目が一番多い時間帯を選んで、大声で婚約破棄を突きつける必要があったのだろうか。
周囲の席に座る貴族や冒険者たちが、にやにやとした視線をこちらに送っているのがわかる。
(性格悪いな…。こんな奴のこと俺は好きだったのか)
婚約を受け入れた時の自分をぶっ飛ばしたい。
「もう貴方の冴えない顔なんて、二度と見たくもないわ。私の視界に入らないで頂戴。貴方みたいな『お荷物』が隣にいるだけで、私の価値まで下がるの。わかったら、今すぐ私の前から消えなさい!」
エレナは勝ち誇ったように胸を張り、周囲の観衆にアピールするように言い放った。背後の男も「フッ」と鼻で笑う。
二度と見たくもない、か。
僕の視界に入らないで。消えなさい。
理不尽な言葉の数々が、僕の頭の中で静かに反芻される。
激怒する気力すら湧かなかった。ただ、心の底から「面倒だな」と思った。
「……わかった。そこまで言うなら、ミュートするね」
僕は小さく呟いた。
「は? みゅーと? 何をわけのわからないことを――」
エレナが眉をひそめた瞬間、僕の視界の端に、半透明の淡い光を放つ【システム画面】が立ち上がった。
これは、僕が生まれつき持っている固有スキル『SNS』だ。
この世界の人々を「ユーザー」として認識し、繋がることができる謎の能力。これまでは、遠くの知り合いに脳内でメッセージ(DM)を送るくらいしか使い道がなく、戦闘には一切役に立たないため、俺は自分の身を守ることも、学歴に使うことも、一切できなかったわけだが。
だが、このスキルには、僕自身も最近気づいた『真の機能』があった。
画面に表示された【エレナ・フォン・ローゼンバーグ】というユーザー名。
その横にある、小さな三点リーダーのアイコンを視線でタップする。
『対象ユーザーをミュートしますか?』
『※注意:この操作は世界に改変を及ぼします』
僕は迷わず【はい】を選択した。
カチリ、と頭の中で何かが切り替わる音がした。
「――っ! ちょっと、無視しないでよ!」
エレナが何かを喚いている。だが、僕の耳には、彼女の声がまるで遠くの雑音のように、極端に小さく、曇って聞こえるようになった。彼女の姿も、どこか霞がかかったように存在感が薄れていく。
「じゃあね、エレナ。お幸せに」
僕は席を立ち、テーブルに自分の分の代金を置くと、振り返ることもなくテラス席を後にした。
「待ち nasai よ! まだ話は owa って――!」
背後からエレナの怒鳴り声が聞こえた気がしたが、すぐにそれすらも完全に消音され、何も聞こえなくなった。
(ふんっ。いい気味だ。どうだい?世界からミュートされた気分は?)
読んでいただきありがとうございます!
ミュートされた彼女はどうなるのか、?
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次回をお楽しみに!




