隠キャ代表戦線、ただいま膠着状態
教室の窓際の席に座って、僕――木嶋翔太は、空を見上げた。
あぁ、今日もいい天気だ。あまりにもいい天気すぎて、何もかもが嫌になる。僕は陰の者。日光を浴びるとHPが減る設定だ。だから、週末の予定も決まっている。完全引きこもり隠キャ生活。それが僕のアイデンティティだ。
なのに最近、どうにも集中できない。
原因は――西堀茜。
眼鏡の奥の目が一切の無駄を省いたように冷静で、髪は黒く、艶やかで、まるで一切の陽キャ要素を拒絶するような孤高さがあった。
そして僕らは、同じクラスの隠キャ代表の座を巡って、言葉にはしない熾烈な争いを繰り広げることになった。
「……おはよう」
声がした。聞き慣れた、抑揚のない、それでいて妙に耳に残る声。
僕はゆっくりと顔を上げた。そこには――
「……おはよう」
西堀茜がいた。
まさか……話しかけてくるとは。奇襲か? いや、違う。これはきっと、毎朝のルーチンの一部だ。落ち着け、木嶋。お前は引きこもり界の騎士。冷静沈着でなければならない。
「今日は、晴れてるね」
「うん。……天気、いい」
なんだこの会話。どちらがよりテンションを低く保てるかの戦いか? くそ、まさかここまで計算してきてるとは。西堀、お前……。
「……今週末、予定ある?」
その瞬間、教室の空気が変わったような気がした。いや、気のせいだ。そんなドラマチックなことがあるわけがない。
「……ないよ。たぶん、家にいるだけ」
慎重に、言葉を選んだ。
「そう。私も、そんな感じ」
西堀が目を伏せたように見えた。だがそれが照れなのか、ただの光の加減なのかは判断できない。空気の読み合いが続く。これは新手の心理戦だ。
……いや、まて。なぜこんな会話をしてる? 僕はただ、隠キャとしての生活を貫くだけのはずだったのに。
ーーーー
その日の放課後。
僕は自室に籠って、ベッドに寝転びながら、スマホを握りしめていた。メッセージが開かれたまま、文章入力欄には『今日の天気、いい感じだったね』と書かれている。だが、送信ボタンは押されない。
これを送ったら、負けだ。
送受信のバランスを保つ、それが僕たちの「戦いのルール」。今までにお互いメッセージを送った。それが暗黙の了解となり勝敗はついていない。
ーーーー
日曜日。
予告通り、僕は完璧な引きこもり生活を遂行していた。
朝食後は読書。昼はゲーム。夕方は、動画サイトで都市伝説系の動画を延々と観る。完璧だ。これぞ隠キャ生活の神髄。
「……はず、だった」
独り言のように呟く。
気がつけば、スマホを何度も確認していた。通知はないか。西堀からの何かしらの動きがないか。
期待している?
いやいやいやいや。ありえない。お前はそんなこと望むキャラじゃないだろ。恋愛? 告白? そんなもの、画面の向こうの世界の話だ。僕たちは違う。あくまで「隠キャ」というポジションを守る者として、この高校という戦場で静かに戦っていくのだ。
……でも、ちょっとだけ。ほんの、少しだけ。
「西堀、何してるんだろうな」
呟いた瞬間、自分が自分でないような気がした。僕が僕であるために、これ以上は踏み込んじゃいけない。
……にもかかわらず。
「ねえ、木嶋くん」
メッセージの通知音が鳴った。
ドクン、と心臓が跳ねた。
嘘だろ。こんなタイミングで……!?
画面には、まぎれもなく、西堀茜の名前。
開く手が震える。負けた……のか? これは、勝利か敗北か、それすらもわからない。
メッセージの内容は、こうだった。
《明日、いつも通り挨拶しようか?》
ただそれだけ。
なのに、文字から伝わってくる温度がある。まるで、彼女の気持ちがすこしだけ傾いているような、そんな感じがして。
僕は、ゆっくりと返信を打ち込んだ。
「うん。いいよ」
送信した瞬間、胸の中にあったもやもやが少しだけ晴れた気がした。勝ち負けじゃない。そう思いたい。でも、やっぱりどこかで、負けた気もする。
けれど、それでいいとも思った。
隠キャとしての誇りは、まだ失ってない。
ただ、ほんの少しだけ。
隠キャの、その奥にある、別の気持ちが顔を出し始めているだけだ。
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月曜の朝。
教室の入り口で、西堀が僕を待っていた。
お互い挨拶を交わす。
そういう関係も、悪くないかもしれない。
僕はまた一歩、知らない世界に足を踏み入れようとしていた。
けれどそれでも、隠キャ代表の座は譲る気はない。
絶対に。




