第71話〜もう一人の有栖〜
砕け散った牛の魔物の肉片を見つめながら1人佇む聖女。
真っ白だった彼女の修道服は、自身が流した血液と牛の魔物から受けた返り血で真っ赤に染まっていた。
聖女有栖VS魔王軍部隊長 序列第5位タウロス。
その勝負は有栖の圧勝という意外な形で幕を引く事となった。
「いやぁお見事だ。まさか一撃とはなぁ」
パチパチと手を叩きながら、聖女へと歩み寄る魔王。
「よく言うよ。私達の力を試したくて魔物をけしかけたくせに」
「ははっ、悪かったなぁ」
「それで?力試しは満足してもらえた?」
「もちろんだ。期待以上だったぞ」
「なら良かった♪」
圧倒的強者のオーラを放つ魔王を前にして、楽しそうに談笑する有栖。
「ところで聖女さんよぉ。お前はなんで魔物と戦ってるんだ、本来こっち側の人間だろ?」
まるで小さな疑問を口にするように、魔王グラシアが有栖に尋ねる。
「有栖がそっち側って…お前何の話してるんだ?」
質問の意味が理解できず思わず俺が聞き返すと、魔王は心底つまらなさそうに答える。
「もうお前に用事はないんだがなぁ」
「ひっどーい、私のお気に入りなんだから邪険にしないでよね」
魔王の返答に有栖が批判的な声を上げる。
「まぁいいや、代わりに私が答えてあげるよ。ユートは私の魔法を見て違和感を持ったことはない?」
有栖が近づいてきて、俺の顔を覗き込むようにそう尋ねてくる。
声や容姿こそいつもの有栖だが、身近で見るとますます別人だと思い知らされる。
「…無い、とは言い切れないな」
「具体的には?」
「ダインスレイヴと黒い魔法…とか」
「さすが、ユートはやっぱり察しがいいね」
「明らかに他の魔法と比べても異質な雰囲気だしな」
「うん、キミの想像通りだよ。私の魔法は普通とはちょっと違うの」
「…だよな」
ダインスレイヴを操る彼女が纏う漆黒の魔法。
それは聖女と呼ぶにはあまりにも禍々しいものであり、それに対して疑念を抱いた事がないかと言われれば嘘になる。
だがそれでも、根っからの善人である有栖が使うものならば無害に違いないと思い込んでいた。
しかし、それはどうやら俺の希望的観測に過ぎなかったようだ。
「私の魔法は聖女としてとある神様に授けられたものなの。まぁ神様って言っても一般的に想像するようなものとは大分違うけどね」
「神…か。やっぱこの異世界にはそういうのも存在するんだな」
「うん。それでその神様って言うのが…」
「邪神の類なのだろう?」
話が核心に入ったところで静観していた魔王が会話に加わってくる。
「そういうこと。私の魔法はその邪神に与えられたものってこと。まぁ、この子はそれに気がついて無かったみたいだけどね」
そう言いながら彼女は自分の胸に手を当てる。
彼女、というのは恐らく本来の有栖自身を指しているのだろう。
「くはは!やはり邪神の寵愛を受けていたか!どうりで気色の悪い魔力を持っているわけだ」
「…魔王の貴方に言われる筋合いはないけどね」
「ははっ、違いないな!」
邪神の寵愛を受けた聖女…
有栖の正体を聞いた途端に上機嫌になる魔王。
まぁコイツからすれば、敵国の最高戦力が自分達に近い存在だという事実はさぞ面白いのだろう。
「黒い魔法を使っていた理由はわかった…だがなんで急に別人になったんだ?」
「別人、っていうと語弊があるかな。私だって正真正銘、白崎有栖だからね」
「じゃあ、別人格か?」
「そっちの方が近いかな。簡単に言えばこの子が転生したタイミングで、邪神がこの子に目をつけたの。それで自身の力を彼女に分け与えたんだけど…善良な彼女ではこの力を扱うことは不可能だった」
「…故に邪悪な力を使いこなすための人格が生まれた、という訳か」
魔王の問いに有栖が頷く。
「そういうこと。邪神によって生み出されたもう1つの白崎有栖。それが私だよ」
「…そのお前が表に出てきたってことは、本来の有栖は消えちまったのか?」
「消えた…とは違うかな。彼女は生きるために私と1つになることを望んだの。だから彼女の心は今私と完全に溶け合っている状態、っていうのが正しいかな」
「その割には元の人格の面影もないけどな」
「あはは、彼女よりも私の方が強いからね。溶け合ったら私が主人格になるのは自然だと思うよ」
「そういうことか…」
タウロスとの死闘の最中、死にかけた有栖が選んだのがこの闇の人格とも言える存在と融合することだった。
その結果、彼女の人格が大きく変わってしまったと…。
瀕死の重傷を受けていた以上、生き残るためにこれ以外に手はなかったのだろう。
しかし今の彼女は本当にこれまでの白崎有栖と同じ人間と呼べるのだろうか…。
「事情は分かった。つまり今のお前は先程の小娘とは別人格というわけだろう?」
動揺する俺をよそに再び魔王が口を開く。
「そういうことになるわね」
「ならば話は早い。聖女有栖よ、お前を魔王軍に迎え入れたい。我が下に来るがいい」
魔王が放った一言。
その言葉の意味が俺には一瞬理解ができなかった。




