「では……ラストステージの開始だ!」
「どう、して……」
目の前に現れた竜兄に私は困惑した。ヘルガーもシンカーも、まだ生きている。死んではいない。なのに足止めの対象である竜兄がいるという事実に、私は混乱していた。
「……半魚人も、狼獣人も、並々ならぬ強さだった。少なくとも今の俺と、ユナイト・ガードの装備では倒し切れない」
よく見れば、竜兄は全身がボロボロだった。葉のような鎧はあちこちが歪み、マスクには罅が入っている。恐らくは死闘を繰り広げていただろう。
竜兄――ジャンシアヌの両肩は薄緑色の花をつけていた。蔦を操るフォームだ。
「だが――お前の目的のように、足止めは可能だ。ここは列車の中だからな」
その言葉に、私も思い至る。
「封鎖……車両ごと封鎖したってこと? 食堂車に閉じ込めた……」
車両は閉鎖空間だ。入口と出口を蔦の壁で覆ってしまえば、出ることは叶わない。否、あれだけの蔦を出せるならば車両全てを囲うことも不可能ではない。
「そうだ。ユナイト・ガードを撤退させて食堂車を封じた。これで奴らは追って来れない」
銃弾にすら耐えうる蔦の壁。シンカーによる緑のスライムの質量が無ければ破壊できないが……。
「食堂車内で溢れさせれば、自らも窒息してしまう。だから脱出は不可能、ということか……」
緑のスライムを大量発生させて脱出しようとすれば、自分たちも潰れてしまう。それだけではなく自分の足場も崩壊させてしまえば高速で走る列車の外へと投げ出されてしまう。そうなれば、いくら怪人とはいえミンチになってしまうだろう。成程、これは無効化されてしまうな。
「でも時間稼ぎ? 倒す手段にはならないでしょ?」
しかし封鎖したところであの二人を倒せた訳じゃない。突破は出来ない、或いは時間がかかるだろうけど根本的な解決にはなっていない筈だ。
それを指摘するとジャンシアヌのマスクの下で微笑んだ気配がした。
「そうかもな。だが列車はどこに行きつくと思う?」
ジャンシアヌの問いに、私は思いついた答えを言う。
「……駅。そうか、増援!」
シルヴァーエクスプレスに襲撃があったということは、当然ながら伝わっている筈だ。特定の駅にユナイト・ガードやヒーローを呼んでおけば、列車を停車させて乗りこませることが出来る。そうなれば、こちらがより不利になる。
ジャンシアヌが頷き、右手を上げる。
「そう。駅にさえ辿りつけば呼んだ増援であの二人も倒し切れる。そして……」
ジャンシアヌが手を翳せば、再び車両の四隅から蔦が這い出てくる。
「言っただろう? あいつらは足止めだということは分かっているんだ。つまり――お前たちが本命」
「ッ!」
不味い、気取られている! 私は聖遺物を持つはやてへと振り返り叫んだ。
「はやてちゃん、離脱して!」
その言葉とほとんど同時に、ジャンシアヌの蔦が私とはやてへと襲いかかった。
「くっ!」
先程の戦闘で転がったコンテナを駆使し、蔦を躱す。食堂車ならばともかく、障害物の多いここでなら蔦はなんとか避けられる。
私は蔦が迫りだんだんと後が無くなって行くのに焦りながら同じく蔦を回避するはやてに指示をした。
「それを持って、シンカーと合流! その後例の奴を使って脱出して! それで目標は達成できる!」
はやては魔法弾で蔦の軌道を変えながら抗議する。
「でもそれじゃあ、貴女が!」
「私一人なら、なんとかなる!」
はやてにはとても言えないが、ジャンシアヌ――竜兄が私を殺す事はまずない。無論捕まって百合の元から離されるのは非常に不本意だけれど、目的も果たせず全滅するよりは遥かにマシだ。
蔦がコンテナの一つに巻きついて押し潰すのを見て肝を冷やしながら、私ははやてに命じる。
「貴女の上司と同等の私の命令だ、離脱して!」
「……でも、どうやって!」
確かに撤退すべき方向は後方。ジャンシアヌの向こう側だ。今のままでは突破は不可能に見えるけど……。
「……策は、ある!」
そう言って私はベイオネットを頭上に向けた。
「何、を?」
怪訝そうな表情を浮かべるはやての目の前で、私はもう一発のグレネードを天井へ向けてぶっ放した。
轟音と共に炸裂し、爆発が車両を揺らす。
「なぁッ!?」
突如として天井を爆破した私にジャンシアヌが驚いた声を上げる。そしてこの場にいる全員の目線が天井に向けられ、そこに出来た物を目撃した。
即ち、ぽっかり開いた大きな穴。高速で流れていく、青空と雲がよく見えた。
「壊しやがった!?」
驚愕するジャンシアヌを余所に私ははやてに向かって手を伸ばす。
「はやてちゃん!」
「! う、うん!」
私の手を取り、はやてがその稲穂色の翼で飛び上がる。目指す先は穴の中。
「待てッ!」
制止の声を上げるジャンシアヌ。それを後ろに私たちは穴の中に飛び込んだ。
穴の外は当然ながら、強烈な風が吹きつける屋外だ。新幹線用の線路の下に広がる街並みが一望できた。作戦前に脳内に叩きこんだ路線図と照らし合わせると、もうすぐで田園地帯に入る頃か。
「ッ、逃がす、か!」
ジャンシアヌも追いかけて穴の中を飛び出してきた。ヒーローの脚力なら造作もない。再び私たちは対峙する。
隣ではやてが風に乱れる髪を抑えつけながら私に問う。
「外に出て、何を!?」
「まず、屋内では無敵の蔦を封じる」
外に出た目的の一つ。それが蔦の弱体化。
閉鎖空間では無敵に近い蔦だが、屋外では左程の威力を発揮できない。
「そして、空からなら君は逃げられる」
「!」
はやてはハッとした表情となった。この場所からならば、無限に広がる空へと逃げられる。
とはいえ、強い風の吹きすさぶ走行中の車外で飛ぶのは困難を極める。しかしはやては魔法少女。障壁が減衰するのは攻撃だけでは無い。それ以外の悪影響も防ぐ。その一つが強風。
「聖遺物を持ってこの場から離脱して、シンカーたちと合流して。脱出口は後方にあるのだから、車両を切り離せば一応の脅威からは逃れられる。そしてそのまま脱出し、帰還。これが最善だ」
「でも……それじゃ貴女が……」
聖遺物を抱えながら、はやては俯く。おや、心配してくれているのか。中々に嬉しいな。
私は自分より随分低い位置にあるはやての頭に手を置き、その黄金色の髪を軽く撫でた。撫でられる感触に頭を上げるはやてに対し、私は優しく笑みを浮かべる。
「心配は無い。これでもヒーロー相手の遁走には慣れている」
そっと手を離し、私ははやてを背にジャンシアヌと対峙した。
「先に行ってもらうだけだ。精々オススメのパフェの店でも考えておいてくれ」
……言うべきことは言った。私はベイオネットの銃口をジャンシアヌへと向け、不敵な笑みを浮かべる。
「さて、お待たせしまったね」
「……作戦タイムは終わりか?」
ジャンシアヌはタリスマンを着け変え、青紫のレイピアへと持ち替えた。そしてその切っ先を私目掛けて突きつける。
「易々と行かせると思っているならば、流石に甘い見通しと言わざるを得ないぞ」
「ふふ、怖いな」
だけど私には秘策がある。……ちょっと卑怯だけど。
はためく軍服をバサリと広げ、私はジャンシアヌに向かって宣言する。
「では……ラストステージの開始だ!」
キザなセリフを吐いた私はそのままジャンシアヌに向かって発砲し、突撃していく。私のいる方が前方、つまり風上なので背中からは追い風が吹きつけその突進の速度は速い。
だがジャンシアヌは慌てることなく、発砲された銃弾を躱しながらレイピアを構える。その目は私にも、はやてにも向けられていた。はやての離脱を警戒している。
だけど私はその上ではやてに叫んだ。
「行け!!」
「……絶対、無事でいなさいよ!」
一瞬のためらいの気配の後、檄と共にはやてが羽ばたく音が聞こえた。
それを聞いた私はそのままジャンシアヌに迫り、鍔迫り合いに持ち込む。Iランサーの濁った白色の刃と、美しい青紫の刀身が交差する。その隣を、翼を広げたはやてが通り過ぎた。
「行かせるかッ!」
当然、ジャンシアヌは阻止しようと試みる。私を弾く為にレイピアを持つ手に力を籠めるのを感じた。
なので、私は――その場から両足を離し、宙に身を委ねた。ふわりと浮きあがった私は、そのまま後方に滑る。
「――なッ!」
風に攫われて飛びかけた私の手を、ジャンシアヌは思わず掴んだ。おかげで私は車上から落ちずに済み、はやてはそのまま手の届かない後方まで飛んで行った。
「! しまった!」
ジャンシアヌの手を頼りにして再び屋上に足をつけた私は、手を放して数歩下がりにやりと笑みを浮かべた。
「流石に妹がミンチになるのを見たくは無いよね? お兄ちゃん♪」
「……なんて奴だ」
呆れた声で竜兄は呟いた。
そう、私が吹き飛んでいくとなれば当然竜兄は手を伸ばす。ここから落ちればまず屑肉になるのは確定だ。それを見過ごす事は出来ない。それを利用した策だ。
我ながら卑怯な自覚はあるが、手段を選ばないのが悪の組織さ。そしてこれはこのまま、竜兄に手加減を強要する策ともなり得る。
「精々手加減をよろしくね」
にこっと竜兄に向けて微笑む私。これで私が有利になると思ったのだが、私という人間をよく知り頭も回る竜兄はかぶりを振って私の言葉を否定した。
「……咄嗟に手を掴んじまったが、お前が保険も無しにあんなことをする訳が無いな。飛べるんだろ」
「え? そんなことないよ~」
「追い詰められた時に攻撃的に身を捨てるのがお前の捨て身だ。あんな真似をする以上、着地の手段は確保しているのがお前という奴だ」
「ちぇ」
アッサリとバレてしまった。竜兄の言う通り、本格的に振り落とされる前に電磁スラスターを使えば、車上に着地くらいはこなせる。でなければ百合の命でも懸かっていないのにいきなりあんな真似は出来ない。
やはり、兄妹というだけあってやりやすい部分もあれば、やりにくい部分もあるという訳だ。
「つまり?」
私が小首を傾げて問うと、竜兄はレイピアを振って答えた。
「つまり、拳骨で気絶ぐらいは覚悟しておけってことだ」
「……お手柔らかに頼むよ」
ヒーローの拳骨を頭蓋骨に喰らったら、普通に陥没だろうからね!




