「……連れて、帰る……から!」
……空を飛び、私はなるべく早く後方車両に向かう。ごうごうと吹く風が耳を掠めるが、私に影響は無い。障壁が強風をカットしているから、普段通りに空を飛べた。
シルヴァーエクスプレスの屋根の端には対空砲が並木のように並んでいる。普段ならこれで外敵に対抗するのだろうけれど、今回は内部から敵が来たからか作動していない。でも私に気が付けば、即座に反転して狙ってくるだろう。早く通り過ぎないと。
私は急ぐ。全てはこの手に持った聖遺物を届ける為に。
「………」
後方――車両後部に向かう私からすれば――を振り返ってしまいそうになるけれど、私は言われたことに逆らえるだけの勇気はもうない。
命令に背くという発想が浮かびかけるだけで、かつての地獄の日々が脳裏に蘇る。体を苛む痛みも、心を傷つける辛さも克明に思い出せてしまう。あの日々に戻ってしまう可能性があるだけで、私は従順な人形になる。
……でも、どうしてか他の情景も浮かんでくる。エリザベートが路地裏から私の手を引いて連れだす風景や、ボーリング場で遊んだ時の光景だ。最近の、そして一日にも満たない記憶なのに。
そんな葛藤を内でしている間に、目的の車両に辿り着いた。前方に向かう車両と相対的に飛べば、辿りつくのは一瞬だ。
「これは……」
外から見える車両の様子を見て私は驚愕した。元々シルヴァーエクスプレスの外からの様相はシンカーより渡された写真でしか知らなかったが、それでも一目で異常だと分かった。
本来銀色の装甲で覆われている筈の一両が、丸々太い蔦で覆われていたのだ。
「……あのヒーローは、ここまで」
最早、森その物を扱いかねない勢いだ。あのヒーロー……ジャンシアヌの力とはここまで。
「……どういう関係なんだろう」
蔦に覆われた車両の上に着地しながら、私は先程のジャンシアヌと、対峙したエリザベートの姿を思い返していた。
ただならぬ関係に見えた。思えば、食堂車で最初に対峙した時もお互いに驚愕しているようだった。
悪の組織の幹部とヒーローに、どんな繋がりが? 分からない、分からないけれど。
「……それでも」
私は食堂車と前方車両の接合部に降り立つとその連結部に向けて魔法を使う。使用するのは腐食の魔術だ。集中が難しいので普段は使えない魔術だが、硬い金属であっても容易に腐らせて溶かせる。
ぶしゅう、という不快な音と共に煙を上げて連結部が溶けていく。中ほどまで溶けたのを見届けた私は食堂車のドアの前に立った。あれだけ溶ければ後は自重でその内折れる。
「流石に、隙間が無いわね」
太い蔦で雁字搦めにされたドアは一部の隙間もないほどだった。当然と言えば当然。封鎖の為に一番重要視する部分だ。
「どうすれば……」
この蔦を排除しなければ内部には入れない。アンバーに与えられた魔法の中から何か使えそうなものは無いか脳内を探ってみるが、そうしているうちに連結部の方が折れた。
甲高い金属音が聞こえた瞬間、私は衝撃に備えて蔦の一本を思いきり握った。
「くっ!」
軽く揺れて、連結が解ける。前に進む力を失った食堂車は緩やかに速度を失っていき、前方の車両は離れていく。……まだ向こうでエリザベートが戦っているのに。
でも、これがエリザベートの命令だ。駅に到着してしまった場合のユナイト・ガードの増援に対処するには、辿り着かないよう切り離す必要がある。
「……?」
それでも複雑な心境で遠ざかっていく車両を見つめながら、私は手元の違和感を感じた。
振り返ると、握っていた緑の蔦が急速に色を濁らせ枯れていく。
「これ……」
見る見るうちに褐色に変わる蔦。その変異は私の握っているものだけでは無く全体に広がっていた。急速に枯れていく食堂車の蔦たち。
急激な変化に戸惑うが、何故かと考えるとすぐに答えらしきものに思い当たった。
「そっか、あのヒーローから離れたから」
この蔦は全てあのジャンシアヌとかいうヒーローの力によるものだ。そのジャンシアヌ本体から離れたから、蔦は力を失い枯れ始めた。そう考えると納得できる。
思ってもみなかった誤算だったが、これで食堂車の中に入れる。
度重なる戦闘の所為かもう動かなくなっている扉を魔法少女の腕力で破壊し、侵入した。
「……無事?」
内部に入ると、破壊され尽くした車内で二人の怪人が座り込んでいた。ユナイト・ガードの姿は見えない。全員撤退したのか。ヤクトとかいった黒い騎士の姿もないが、端で転がっている機械のパーツを見て何となく察せてしまった。
「……アンタか。車両を切り離したのか? 何にせよ助かった。これで身動きが取れる」
答えたのは、足が半分砕けたテーブルの上に座った狼獣人、確か、ヘルガーって人だ。
見るからに負傷している。特に右腕の傷が深く、銀の毛皮のほとんどが血に塗れている。手の平は、シルエットで分かるぐらいにバックリ裂けていた。
当然、シンカーもいる。しかしその姿は私が思っていたのとは違っていた。
触手を生やした顔面をした、醜い巨人。確かあの姿は、シンカーの奥の手だった筈だ。
ギョロリとした目で私を視認したシンカーは、触手の間からくぐもった声を出す。
『……敵は?』
「もういない。前方は切り離したから」
私がそう答えると、シンカーは巨人の姿を解いた。緑色のスライムがほどけ、床に吸い込まれて消えていく。ヘルガーに負けず劣らずボロボロな紳士服姿になったシンカーは、杖をついて溜息を吐いた。
「ふぅ……慣れない本気は出すものではありませんね。まさか即座に撤退を選ぶとは……」
「あの巨人の力はすごかったが、結果的には失敗だったな」
ヘルガーが頷いている。あの巨人、戦っている姿を見たことは無いのだけれどそんなにすごいのかな? でもその所為で逆に倒すのは無理だと見切りをつけられて逃げられているのだから、本末転倒だ。
私を従えるシンカーの失敗に少しだけ胸が空くけど、今はそれどころじゃない。
手に持った聖遺物をシンカーに差し出した。
「これ、確保したわ」
「おぉ、確かにこれです。作戦成功ですね」
喜ぶシンカー。けれどその隣でヘルガーが苦い顔をする。
「……エリザは?」
「戦っている。今度は足止めとして」
「チッ! またかよ馬鹿が……」
舌打ちをしながらヘルガーは立ち上がろうとしたが、痛みに顔をしかめてそのまま手を床についた。
「ぐっ……」
……私はシンカーに聖遺物を手渡しながらエリザベートの指示を伝える。
「撤退してだって。聖遺物を持ち帰るのが先決だからって」
「だが、奴を置いていく訳には……」
「どのみち、もう既に車両を切り離したからアンタが向かうのは不可能」
「……くそっ」
ヘルガーが怪我を負っていない方の腕で床を叩く。後方車両を切り離してしまった以上、もうエリザベートの元へ向かうことは不可能だ。このまま言う通りに撤退するしかない。あるいは、それを狙って車両を切り離すよう言ったのかもしれない。ヘルガーに追わせない為に。
……けど、追う方法はある。
「兎に角、シンカーはこれと、後これを持って撤退して」
そう言って私は、聖遺物以外にも浮かせて持ち歩いていた金塊をシンカーに押し付けた。重量があるから運ぼうとすると動きが鈍くなるだろうけど、撤退するだけならばいいだろう。
「む?」
怪訝な表情を浮かべて緑のスライムで金塊を受け取ったシンカーに向かい、私は言った。
「……私が、エリザベートを救援する」
私の言葉に、二人が驚いた表情を見せる。でも私なら出来るんだ。
「シルヴァーエクスプレスは遠くに離れてしまっただろうけど、それでも追えば私は追い付ける。魔法と翼があるから」
いつもは忌々しく思う翼も、この時ばかりはありがたい。それにスピードを上げる補助魔法を使えば凄まじい速度で走る列車相手であっても追いつける。
「待て、それなら俺が行く。バイドローンは撤退してくれ」
ヘルガーが私を止めに入る。エリザベートの部下だから、自分が救援に向かうべきだと判断したのだろう。けれど……。
「……その怪我じゃ、無理。片腕使えないんでしょう?」
「ぐっ……」
唸って黙るヘルガー。撃破されてしまったヤクトに続いて一番重症なのがヘルガーだ。最早千切れかけているといっても過言ではないその腕をエリザベートが見れば、撤退させることを選択するだろう。
「それに、飛べるのは私だけ。だから、私が行く」
そう宣言すると、黙って話を聞いていたシンカーが頷いた。
「……そうですね。それがいいでしょう」
「おい!」
「手段が無いのならば、諦めるべきです。撤退しましょう」
「ぬぅ……!」
シンカーはヘルガーを諌める。……実を言えば、シンカーならば緑色のスライムから空を飛べるキメラ戦闘員を呼び出せる筈だ。けれども言わない。コイツにとっては作戦の成功が第一で、聖遺物を持ってさっさと撤退したいからだ。エリザベートは次の作戦で重要な立ち位置だけれど、それもヘルガーさえいれば代用が効かない訳じゃない。廃工場でエリザベートを助けたのは、まずローゼンクロイツとコネクションを作るのが第一だったから。それが成功した今、部下であるヘルガーでも構わない。
コイツはそういう奴だ。でも今は都合がいい。
「だから、行ってくる! 先に戻っていて!」
「あ、おい!」
制止するヘルガーを振り切って、私は食堂車の扉から外に飛び出し翼を広げた。
「……連れて、帰る……から!」
そう言い残して私は翼をはためかせ、空に飛びあがった。即座に加速の魔法を発動させて、線路を辿り一直線に飛ぶ。すぐに食堂車は遠くなった。
「………」
正直、私もなんで助けに行くか分からない。このまま撤退しても、命令には背かない筈だ。むしろ、救援に行く方が困るかもしれない。
でも、私の中で何かが飛べと訴えている。微かに残った魔法少女のプライドなのか、それ以外の何かなのかは分からなかった。
私の翼は広がって、空には何も阻むものは無い。このまま飛び去って自由になれるように錯覚するけども、私の行き先はレールの先だと決まっている。
「……エリザベート……!」
まだ言い慣れていない名前を呟いて、私は戦い続ける彼女の元へ向かった。




